幕間 とある父と娘
幕間です
薄暗い部屋を、魔導具の照明が照らしている。
窓が一つも無いのは、この部屋が地下に作られているからだ。
天井には、空気様の穴が開けられており、風の音を響かせる。
息を潜める様な生活も、彼にとっては望んだ平穏だった。
「父様、魔王軍の残党がサルマン王国で暗躍したらしいわよ」
「サルマン王国?ああ、あの化物が統治する国か」
「うん、勇者の出身国でしょ?ヤバくないかしら?」
「だからお前は子供なんだ。あの化け物が、魔族の暗躍程度に臆するものか、それすらも掌握しているだろうさ。だから、何の問題も無かろう」
「父様にそんな事言わせるなんて、怖過ぎるわ」
「魔族との戦争で、ヒューマンが指揮を取れたのも化け物と勇者の所為だ。そして、我等は敗れた」
「ふぅん、それよりも、暗躍したって話の元副将の何とかって奴を、勇者が華麗に斬り倒したらしいわ!」
笑顔ではしゃぐ彼女を、男は憂鬱そうに見やる。
頬を染める娘の感情に、複雑な心境なのだろう。
それは父親として当然の感情である。
「お前はあの男のことばかりだな、好きなのか?」
「あーうん、好きだったけれど、強すぎるライバルがいたからね。私はちょっと、流石に勝てないと思うから」
「馬鹿をいえ、彼奴は男だろう。男と女が愛し合うのが世の理り」
「そういうのは、古いよ。過去の遺物の骨董品だよ、父様」
「辞めろ!父の心を抉ぐるな!」
娘からの心ない言葉に、男が打ちひしがれていると彼女は続ける。
「というか、身体を女の子にしたみたいよ。父様も加担していたと思うけど、新しい身体に乗り換えて、ちゃんと女の子として勇者とくっついたわよ。恋の力は凄いわぁ」
「ふむ、乗り換えた?」
「前の身体は勇者に殺されたそうよ」
「抜け殻とは言え、奴に手を掛けさせるとは、悪趣味な真似を」
「でも、確実に魂を移すには彼が手を下すべきだったのよ」
「どこまで予見したのかは知らないが、やはり
唯の人ではあるまい。剣聖等と呼ばれていたが、いや、敢えて剣聖と呼ばせていたとすら思えるな。奴の道は、剣の道では有るまいに」
「そのレオンハルトも死んだらしいから、悩みも随分と減りそうね」
彼女の台詞に、男は驚きに間を見開いた。
「死んだ?彼奴がか?」
「ええ、表向きの冒険者ギルドの発表では、暗躍した魔族が引き起こした悲劇ってなっているけれどね。愚王として貴族を巻き込んだ大規模魔術の行使をして、息子に討ち取られたみたいね」
「馬鹿を言え、死体は確認したのか?」
「ええ、大規模魔術で得たエネルギーで、随分と若返っていたけれど、確かに本人の筈よ」
男は片手で顔を覆う。
故人の死を嘆いているのかと伺った彼女は、その口元が弧を描いている事に気がつき頬が引きつる。
「漸く目障りな奴が逝ったか。どれ程の煮え湯を飲まされただろうな。だが、奴の死後の策はどうだ?否、そもそも本当に死んだのか?」
ぶつぶつと、自問自答を繰り返す父親に、娘である彼女は呆れた様に肩を竦めた。
平穏な幸せを願っているフリをしようと、この男は常に闘争を求めているのだ。
それが魔王の性だから。
しかし、自らの性を自覚しつつも、抑えなければならない。
全ては国を守る為に、かっての王は自らを閉じ込める。
スッと表情を消した彼は、再び手元の魔導具を弄り始めた。
「父様が未だ魔王をやっていれば、残党なんて生まれなかったのよね」
「それは本末転倒だ。勇者と似た様なものだが、魔族は魔王に依存し過ぎていた。大国として国土を納めるには広過ぎ、末端の制御が不可能だったからな。いずれ内戦で弱体化した所を、人間供に貪られるだけだ」
「責めて無いわよ、寧ろ感謝してる。ただ今回は、未完成とは言え賢者の石が上手く手に入ってたら、目障りな人間を葬れたのにさ。何とかって副将も使えないよね。あ、元副将か」
彼女の発言に、男は片眉を上げたが、気にしない事にした。
娘は既に成人しており、子供では無い。
そして、力を失った自分が抑えれる程弱くないのだ。
不用意に彼女の機嫌を損ねて、夕食が野菜尽くしになる事の方が避けたい。
「賢者の石?ああ、あの永久機関擬きか」
「父様も、研究に協力したのよね?」
「うむ、メフィストの案は面白かったからな。純粋な魔力を使い、魔力に還元する魔術は、ある特定値を超える事で還元する魔力の方が多くなるという、何とも奇妙な……」
「原理は良いわ、私は使うだけだから。というか、さっきから、何を弄っているの?」
「あの小僧が……今は小娘か?兎も角、彼奴が送ってきた。通信の魔道具らしく、エルフの魔術と、ドワーフの魔工学を使っている。公になれば戦争が引き起こるぞ」
「はぁ、本当に強すぎるライバルねぇ。それって、火種として使っても良いの?」
「駄目だ、コレは私の玩具だ」
「男って何時もそう、父親を見てそう思う日が来るなんて……いいえ、頻繁に思わされてたね」
娘の存在を忘れた様に魔導具に没頭する男を見て、彼女は部屋を後にする。
一度だけ振り返った先は、根本から折られた片角
魔王にとって、魔力の源とも言えた大角。
彼女は不機嫌そうに唇を尖らせると、夕食を野菜尽くしにしようと決めるのだった。
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