行商アズ
あらすじ
ラーナやフロルは故郷へ帰る予定だ
ガタガタと揺れる荷馬車の中で、フィーは目を覚ました。
周囲には価値のある調度品や、金の入った復路が積まれており、何やら上手く商売が行った様子だ。
頭上から覗き込む様に自分を抱くベルを見て、そっと一息ついた。
「ここは、どこだい?」
「アズの荷馬車だ」
水魔法で宙に浮かせた水球で喉を潤しながら、フィーは手綱を握る体長1メートル程の猫獣人、ケットシーと呼ばれる種族の男を見やる。
彼は隣の女性と話をしており、フィーの視線に気がつくとそっと手を振った。
女性は弓で武装をし、すれ違えば誰もが振り返る美貌と、尖った耳からエルフである事が分かる。
何度か苦汁を飲まされたやり手の商人の顔に、フィーの表情が歪んだ。
金に無頓着とは言え、フィーとて上手いこと利用されるのは悔しい。
「久しぶりだにゃ、無事で良かった友よ」
「オレは君の事を、友達とは思っているけど会いたくは無かったよ。まだあの時の事は覚えているからね!」
「くっくっく、猫に手玉に取られる方が悪いにゃ」
「むぅ……」
唸るフィーの頭を撫で落ち着かせたベル。
2人の姿を見て、願いが叶った事をアズはそっと喜んだ。
「突然、保存の効く食料を売れと、王都によびだし、お次は商売時の王都からさっさと立てと、相変わらず猫使いが荒い奴だにゃ」
「悪いと思ってはいるが、半壊している王都に商人仲間と供に食料を運んだだけで、随分と儲けられたのだろう?」
「ごもっともだが、泣いてる幼子からボる程外道じゃない。大した儲けは無かったにゃ」
「そんな君だから、声をかけた。損して得とれと言うし、商会の名を王家に売れただろう?」
「国に貸しを作れたし、かなり感謝しているにゃ。最も、向こうを納得させる理由を上手く考えないと、此方も共犯者だと疑われかれないけどにゃ」
「それは大丈夫だ。難癖を付けてくる様な貴族は一掃されているからな、心良く亜人の君も迎え入れる」
アズは、ジロジロとベル達を見やり笑った。
ケットシーである彼は、身長が1メートルちょっとしかなく、大抵の種族は見上げる形となる。
ベオウルフであった時は、首が痛くなる程見上げて漸く顔が見れる事に、不便さを感じていたからだ。
今後の付き合いでは、商談をする時に首の痛みを気にする必要が無いだろう。
「にしても、そんなちんちくりんになるなんてにゃ」
「確かに、今の姿は幼過ぎてまともに戦う事は出来ないからな。その内、もう少し成長させるさ」
「人間はそんな簡単に伸び縮み出来ない筈なんだがにゃぁ……。それより、目的地はどこに行くのにゃ」
「迷宮都市ラヴィだ」
「……悪いがラヴィまで直接は行けないにゃ。少し前から、あそこの火山が死んだのか、炎が消えてみるみる気温が下がって来たにゃ。作物は大打撃、お次ぎに寒波が酷く雪が降り積り出したらしいにゃ」
「全く利益が見られず、馬車が走らない程雪が酷いのか」
「理解が早くて助かるにゃ。まぁ、再会を祝して飯くらいは奢ってやるから、途中まででご勘弁して欲しいにゃ」
「勿論だ。アズとは長い付き合いになるからな」
「墓穴を掘ったにゃ」
「なに、損はさせない」
意味ありげに笑ったベルをみて、アザはゲンナリとした顔で溜め息を吐いた。
一流の商人であるだけに、彼がもたらす利益が膨大である事を理解してしまう。
しかし、割と抜けているフィーと異なり、ベルは商談に強く楽しくないのだ。
気が重そうなアズをエルフの女性が慰めていると、ふと思い出したかの様に顔を上げた。
「なぁ、メ……フィーがいるなら、あの薬は無いかにゃ?」
「……オークの睾丸を使ったやつか?」
「ああ、アレは中々貴族にも高く売れるからにゃ。ハルミン王国の錬金術達が国外に流出するかもとは言え、貴族に卸される魔法薬の作り手なんて数える程だにゃ。きっと、今後は価値が上がるにゃ」
「悪いな、今は無いんだ」
「それは残念にゃ」
「魔王軍の残党が関与していてな、傭兵を何人か魂事乗っ取ろうとしていた。彼等に、精力増強丸を飲ませて、性欲という形で意識を強制的に浮上させ、打ち勝たせる事に使ってな」
話の途中でアズは慌てて耳を塞ぐ。
聞いてしまえば、関わりを避けれない内容だ。
態々風の魔法で散らさずに話した事に、彼の眉間にシワが寄る。
「おや?発情すると魔剣は負けてしまうのかい?」
「何らかの形にしろ、魂の取り合いは意志の強さがモノを言う。故に性的興奮した事で、主導権を取り戻せたのだ。魔剣は破壊したが、肉体はそのままだからな、発情し合った男達が屋上で大人しくしているかは分からないがな」
「それはそれは、汚らしい絵面になりそうだね」
「オレを巻き込むのは辞めて欲しいにゃ」
「アズも無関係じゃない。人が魔剣へと至る技術が開発された可能性が有るからな。行商をする君も、奇妙な剣には気をつけるべきだ」
器用に猫の顔で、苦虫を噛み潰した顔をしたアズに、フィーは少し感心していた。
その後、アズはベルから魔剣の特徴を聞き、仲間に注意勧告を出す事を決める。
「精力剤の件だが、機会が有ればうちの商会に納品してくれりゃ良いにゃ。勿論、オレの名前を使ってくれにゃ」
「オレは構わないけれど、作製法を商人ギルドは扱っていないのかい?」
「錬金術師や薬師は、魔法薬のレシピは秘蔵するものにゃ」
名誉や金に無頓着だったフィーは首を傾げたが、魔道具とは異なり、魔法薬や薬は使用料を取る事が難しい為、商人ギルドでも取り締まりきれないのが現状なのだ。
僅かに分量を変えてしまえば異なる薬となり、製作者が、これは違う薬だと言えばそれまでである。
薬師ギルドと言われる薬専門のギルドも有るには有るが、その規模は小さくあくまでも薬の作り方の伝授や販売が主だ。
故に、秘伝された魔法薬の作り方が失伝する事も多々ある。
「それで、勇者殿の当面の目標は魔王の残党狩りかにゃ?」
「いいや、気ままな旅をするつもりだ」
「ベルくんと、勇者が救った世界を見て回ろうとしているのさ」
「ふぅん、オレからは何も言わないけど、平和になったとは限らない。くれぐれも気をつけてくれにゃ」
魔王が倒された事で、人類は共通の敵を失った。
元々小競り合いをしあっていた国同士は激化し、本格的な戦争に乗り出す国も多い。
魔王を倒した事で、世界が救われる事は無かったのだ。
最も、純粋な善意のみで人々の為に魔王と戦ったのは、初代勇者だけであるのだが。
進む馬車の中で、彼等は雑談に花を咲かす。
此処までお読みいただきありがとうございます
次の話のエピローグで王都の話は終わります
幕間の話を数話挟んでから二章を書く予定でふ
ソラリスのその後等も少し予定してます