朝日の下、それぞれの思い
あらすじ
マリアンナさんは、ギルドのヤバそうなショタ好きだった
前に朝日を美しいと思ったのは、何時だっただろうか。
一徹したぼんやりとする頭でラピスは考えた。
周囲の人々は、命がある事を感謝し、互いに抱き合っていたりする。
暖かい。
日の温もりは、恐怖に強張った身体や精神を解きほぐし、脆くなった涙腺からは涙が滴る。
「ラピス、お前の身柄は我が国のものだ。供に来てもらう事となる。そういう取り引きだからな」
「……わかったっす」
生まれ育った国から離れるのに思う所は多々あるが、錬金術師であるガラハンドが引き起こした悪夢の様な一夜を明け、彼の部下であった者達にとって、この国は居辛くなる事だろう。
レオンハルトと実際に対峙した者を除けば、大衆にとって彼は賢王であり続ける。
王族という絶対なる存在を守る為に、ガラハンドという愚者は都合良く使われ、民はそれを信じていく。
メフィストや部下の研究を奪ったとはいえ、ガラハンド自身も錬金術師として人々に貢献した事実は有る。
だが、大衆は振り上げた拳を、自らの正義のままに振り下ろす対象が存在すれば満足するのだ。
それが偽りの真実だろうと。
メフィストを貶したのも彼ら民衆であるし、勇者が守り続けたのも彼らだ。
被害者であり加害者である事を、彼らは疑問にも思わない。
「小枝よ、女子を誘う時は、もう少し言葉を飾るべきじゃが、生娘にはちと難しかったかのう?」
「黙れ、寸胴めっ!」
「ラーナさん、おはようっす」
「ああ、おはようラピスよ。良い朝日じゃ、本当に」
太陽に目を細めた彼女は、何を考えているのだろうか。
彼女が育てたり、ライバルとして切磋琢磨した王都の鍛冶屋達。
彼等も全員が無傷では無く、死者や怪我による引退者は出てしまう。
職人にとって、道を失うのは死と同意義だ。
夢を語る彼等の姿に想いを馳せ、彼女はそっと目を閉じ黙禱を捧げる。
嫌味を吐こうと口を開いたエルフの少女も、彼女の雰囲気を察して、同じ様に目を閉じ彼女の友へ祈りを捧げた。
亡き者を思う事に、種族等関係無かった。
「フロル、だ」
「え?」
「私の名はフロルだと言ったのだ」
「……ふ、ふろるさんっすね」
「ラピス、小枝供は堅物で気難しい上に、認めた相手の名しか呼ばぬし、名前も教える事もありゃせん。お主は、認められたんじゃ」
「そ、そうなんすか?」
「チッ!寸胴もっ!私は小枝では無いと言っている!」
憎々しげに吐き捨てたフロルの言葉に、ラーナは目をまん丸にして呆けた。
彼女の言い方では、ラピスだけではなく、自分に対しても名を呼べと言っているのだ。
「何を間抜け面を晒している」
「いや、何でもありゃせんよ」
「えっと、あの、ラーナさんは、この後どうするんすか?」
「少しは復旧を手伝うじゃろうが、儂がしゃしゃり出ては、弟子と同業者が腕と名を上げる事は出来まいて。暫し、故郷に帰ろうと思うとるよ」
「ドワーフの国等、縁が無いからな。もう会う事もあるまいが……それよりも、聞きたいことが有る」
訝しげなラーナを睨みつけながら、フロルは口を開いた。
「貴様が使った人間兵器の事だ」
「ああ、ありゃメフィストの遺産じゃて、設計図は奴の頭の中じゃから、再現は不可能よ。そもそも、砲弾を意図的に魔力暴走させる事なんぞ、表の魔道具じゃ不可能じゃろう?」
「意図的に魔力暴走させる……だと?」
魔力暴走は、幼い子供に魔力が発現した時や、錯乱した大人が引き起こす事が多い。
自らの身体にある魔力を制御出来ずに解放し、意図せずに、命すら燃やし尽くす勢いで、純粋なエネルギーとして暴発させる。
周囲だけではなく、暴走させた者にも甚大な被害を及ぼす行為であり、外部からの力で引き起こす事は、その者の処刑と何ら変わりない。
意思を無視して、命を散らせる程強力な魔道具。
フロルの頭に奴隷の首輪が浮かぶが、余程の薄暗いツテを使わなければ手に入らないだろう事から、実現する事は難しいだろう。
所有どころか、研究する事すら禁じられている魔道具だ。
トロルの様な巨体を容易く破壊する威力には、殆どの国が魅力を感じるが、その為に奴隷の首輪に手を出せば、周囲の国は大義を得たと攻め込んでくるだろう。
ラーナが弾に使った、唯一所有する奴隷の首輪は塵となり、彼女を責める事は不可能だ。
魔力の総量に比例して被害が上がる魔力暴走を、兵器として利用するのであれば、魔力総量が元々高い者が多いエルフという種族は、高品質な弾として扱われる。
実現は不可能という事実に、種族としての危機は無いことにホッとすると共に、懸念を女王に報告する必要性に顔を顰めた。
悍しい技術なのだから。
その時、弟子の1人がラーナへと声を掛ける。
どうやら、ウッドベルの私兵含む、生き残った真っ当な貴族達の私兵が王都に辿り着いたらしい。
同時に、何処の情報なのか大量の食料や傷薬を売りに来た商人達の話に眉をひそめる。
「儂はあのいけ好かない猫の相手をせにゃならん。見送りは出来んが、其方の女王に伝えてくれ。『勇者は望みを果たした』と」
「伝えておいてやろう」
「では、またなフロル」
「……縁が巡ればな」
余りにも呆気ない別れの挨拶に、戸惑いつつもラピスは手を振った。
朝日の下、人々は忙しなく復旧に動いていく。
ラーナ達が作った街の拠点、冒険者ギルド職員の手に1羽の鳥が降り立った。
飼い主と従魔契約を結ばれた鳥は、茶色の羽で町を疾り、結ばれた報告書を届ける。
報告書を広げた職員は、素早く同僚に指示を飛ばしながら、保護された第二王子イルミへと近づいていく。
不安そうに眉を下げる王子は、職員の口から伝えられた父親の訃報に瞳を滲ませた。
国の為に民を贄にした行いを知らぬ彼にとって、レオンハルトは手本となる王だった。
そして、この一夜を体験した第2王子イルミは、民の為の政策に重きを置いていく。
この政策に民達は彼を好いて行くのだった。
何処までがレオンハルトの手の上なのか、彼亡き今は知るものが居なかった。
「王子、お怪我はございませんか?」
暫く声を押し殺して泣いていた彼に、そっと声をかけるものが居た。
顔を上げると、傷だらけの顔をした貫禄ある兵士が立っている。
武器や鎧に刻まれた紋章は、ウッドベル公爵家のものであり、冒険者ギルドに聞かされていたことを思い出す。
護衛依頼は、ウッドベル公社家の元に送ることであり、私兵達が王都へと来たとしても、明け渡した時点で完了となる。
名残惜しくも、民の為に精進する事を決めた彼は、真っ直ぐに兵士を見やる。
山の様な背丈の余り、大抵の子供は泣き喚く強面だが、第二王子である彼にその様子は見られない。
ギルド職員はそっと距離を取り、小さな王族の背中を微笑しげに見送った。
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