昇る朝日と名無しの者
あらすじ
なんかパッと出の魔王軍残党をやっつけた
朝日が昇る。
終わりの見えなかった、長い、余りにも長い悪夢の様な夜が明ける。
黄金の光が街を照らし、不死者達は蒼白い炎を上げて焼き尽くされ塵となる。
当たり前の日の出に、人々は涙と共に手を合わせた。
神への感謝か、友への弔いか、愛するものへの別れか、願い事は違えど、彼等は祈る。
暖かな日差しが、失意と恐怖によって凍えた心を溶かしていく。
王城からは、割れんばかり歓声が、新たな王の誕生を祝っていた。
城前、冒険者の簡易拠点では、負傷者の手当てや、住民の保護、炊き出しなど忙しなく人々が働いていた。
テントが多数建てられている拠点の端で、舟を漕ぎながら1人の少女が膝を抱えていた。
彼女は誰かを待っているのか、時折周囲を見回し、落胆と共に舟を漕ぎだす。
服装から冒険者であろうが、年端も行かない娘には深夜の戦いは精神に多大なる負担を掛けていた事だろう。
冒険者達は、時折痛ましげに彼女を見やる。
「フィー、無事だったのね」
「うん?ソラリス…さんか」
「さんを付けなくても良いよ、アンタとアタシの仲じゃないか」
「なら、ソラリス、何か用かい?」
「御礼をね」
ソラリスは手足が完治している様子だったが、欠損部位の治療後は、リハビリを必要とする為、松葉杖に身体を預けている。
彼女は懐から、白銀に輝くミスリル硬貨を取り出すと、フィーへと放った。
金貨100枚分、実に100万ウィーロもの価値ある硬貨を手に、彼女は首を傾げた。
「エクリサーの代金さ。それで2割って所だから、また支払いに行くよ」
「ふぅん。別に、用が無くたって、会っても良いのだけれど、ね。オレ達は友達だから、さ」
フィーの言葉に、ソラリスは呆けた様に目をまん丸にした。
「何さ?」
「いいや、アンタの口から友達なんて言葉が聞ける日が来るなんて、ね」
「心境の変化、って奴さ」
「へぇ、何が切っ掛けなのさ?」
「それは…….」
言いかけたフィーは言葉を途切れさせ、あらぬ方向に顔を向けて破顔した。
恋する乙女の様な表情を浮かべ、最愛の人へ手を振る。
小走りで駆け寄る少年への表情に、ソラリスはそっと初恋の思い出に蓋をしめ、ため息を吐いた。
「ベルくん会いたかったよ!」
「ソラリスさんも無事だったのですね、良かったです」
思い出したのか、ソラリスへと視線を戻したフィーに呆れを込めた視線を投げつつも、片手を上げて別れの言葉を述べる。
また会えるのだ。
今度は友人として。
若き初恋に別れを告げ、彼女は優しく微笑んだ。
僅かに滲む瞳に、フィーが気がつく事は無い。
「じゃぁ、また、その内にね」
「ええ、アンタも体調には気をつけるんだよ」
「…….?」
砕けた口調のソラリスに、ベルは正体が露見した事を察した。
彼女の想いを知っているだけに、ベルは複雑そうな顔をしてしまう。
それは同情心から来るものなのか、独占欲から来るものなのか。
何方にしても、信頼出来る彼女には自分達の正体を話そうと考えており、それが少し早まっただけなのだが。
「何はともあれ、ベルくん、オレは、寝るよ……再会は、とても、嬉しいけれど、もう、限界なんだ」
「ああ、大丈夫だ。ゆっくりと休め」
眠り落ちたフィーを抱き上げ、ベルはゆっくりと人混みに紛れる。
復旧に動く冒険者達に指示を出している冒険者ギルドの職員に声を掛け、自分達の受けた護衛依頼について尋ねた。
彼は使い魔なのか鳥を肩に乗せており、最新の情報を必死にやり取りしている様だ。
「第2王子イルミ様の護衛依頼か、君の話はマリアンナに報告を受けているよ。けれど、囮となる為に護衛対象から離れた事は、事実確認の為に調査が必要なんだ。あくまでも、規則としてだから、君達を疑っている訳ではないよ」
「ええ、勿論ギルドの事は信用しています」
「有り難う。ただ、この混乱だからね、その確認作業が何時になるのかは分からないけれど。先程、夜明けと共に王都へ着いたウッドベル公爵の私兵に、イルミ様が保護されたと報告を受けているから、最低でも依頼失敗は無いからね」
「そうですね、報酬には保護されるまでの寮費も含まれていると聞いたのですが」
「恐らく保護された時点で報酬の支払に使われるだろうが、君達の場合は事情が異なるから、下手をすれば先延ばしとなるかもしれない。勿論、上乗せの方でだよ。王都の事情が事情だから、それも遅れそうだけど」
「そうですか、依頼達成は兎も角、報酬は辞退させてもらう事は可能ですか?」
職員は少し驚いた顔をしたが、自分は故郷の家族の安否を確認する為に王都を離れる事と、辞退した報酬は街の復旧に使って欲しいと言われ、幼いながらに誇り高い少年にえらく感動していた。
その後直ぐ立ち去った少年が、場内の出来事について尋ねられ無い事に少し職員は首を傾げたが、その後の忙しさに直ぐに忘れてしまった。
フィーを抱えたベルはこれからの事を考える。
魔王軍の残党が計画に関わっていたとは言え、勇者しか使えないと、言われる雷魔法を乱用した為、直ぐにでも追手が放たれる可能性が有った。
チラリと王城を見上げ、友とその息子に思いを馳せると、そっと歩き出す。
不死者が闊歩した王都は至る所で黒煙が上がり、道には力尽きた者や、親や子を探す声、愛する物の死を嘆く声が響く。
必死に誰かの名を叫ぶ子供とすれ違い、失くした故郷へと思いを馳せたベルは、唇を噛んだ。
魔王軍との戦争でも、犠牲者の数は多かったが、今回もそれなりの死傷者が出ただろう。
しかし、国を立て直す面から見てみれば、技術者や商人はラーナが保護しており、有能な貴族を残し掃除された国の中核が民を保護したのだ。
死傷者の数は、随分と少ない。
そして、悪意や怨恨は、レオンハルトやガラハンドが墓に持って行ってしまった。
民衆に何処まで情報が公開されるか分からないが、死人に口無しと、誰かが悪者にされるのだろう。
「馬鹿だな、彼奴は」
「ええ、そうでしょうね」
「おや、マリアンナさん。ご無事で良かったです」
ヒラヒラと手を振る彼女に、ベルは笑い掛けた。
「ベルくんも、フィーちゃんも無事で良かった。ラーナさんの所に行くのですか?」
「……いいや、私達は王都を出るよ。お前達に追われるのも嫌になるからな」
「……何時から、気がついていたのですか?」
「確信を持ったのは、お前が第2王子の護衛に推薦した時だ。私達の様なDランクの子供らに、あの様な大役を任せる訳がない。近くにいる王家の影供が居るとしても、私がベオウルフだと確信を持ったからこそ護衛という形にしたのだな」
王家の影として、冒険者ギルドに勤める受付嬢マリアンナは、そっと息を吐いた。
彼女は勇者ベオウルフが失踪した日に、彼と同じ金色の毛色を待つベルを最初から疑っており、個人の趣味以外の理由でも彼に近づいたいた。
勿論、可愛い少年少女と触れ合いたいという己の欲望の方が強かったが。
王家の影達は密かに王子らと王妃を護衛しており、近衛兵に襲われた時も、窮地に晒されれば姿を表していただろう。
レオンハルトの命令なのだから。
「意外と、気がつかれないものですねぇ」
「お前は、私達を害そうとしなかったからな。そもそも、弱者に警戒する必要は無いからな」
「流石ですね。私達が陛下に頂いた任務は、勇者の発見と処分ですが、真に信頼できる者達への命令は異なりました。王家の影とは言え、一枚岩では有りません。腐敗した貴族に取り入る者を炙り出そうとしたのでしょうね。御子息を、守る為に」
「とは言え、抹殺命令は今も残っている訳だ。態々魔王軍の残党すら計画に組み込み、勇者が未だ国に在すると雷魔法を使わせた。一時的とは言え、弱体化したこの国に周辺国が手を出せないように。警告が終われば、個の力を有する勇者は邪魔にしかならないのだろう?」
会話を散らす風の魔法が解除された。
身体を迸る魔力に仰天しながら、マリアンナは慌てて手を振る。
「ち、違います。貴方を発見した時点で、陛下は言伝と共に王子達の護衛に任務は切り替わりました」
「言伝?」
「ええ、『迷惑を掛けた。不満は空で聞いてやる』と」
ベルはため息を吐いた。
友であり、上司であり、師匠でもあった男は、最後まで自分を子供扱いしていると。
殴るのは、あの世までお預けとなるだろう。
それが何時になるのかは分からないが、元剣聖は、計画の為なら自分の実力すら抑えて息子に殺される頑固な男だ。
ずっと待っている事だろう。
「身内の始末はついたのか?」
「ええ、膿は取り除けました」
「では、私達に何の用だ?」
「感謝と、取り引きをしに。貴方達が居なければ、この国は傾いていたでしょう。薄氷の上を歩む様な計画でしたから」
「要らない。レオンハルトに借りを返しただけだ。奴の顔を殴ってやろうとしたが、それすらも回避するとは恐れ入る。その手元の金も、国の為に使ってやれ」
金貨が入った袋を、マリアンナは弄ぶ。
「それで、取り引きとは?」
「ふふふ、実は、貴方がベオウルフ様だと知っているのは、私だけです。勇者様を発見したが、誰かとは伝えていないのですよ」
「あれだけ派手に雷魔法を使ったのに、か?」
「ええ、ええ。不幸にも、他の方達は何者かの襲撃に遭った為、目撃者が居ませんよ」
「お前……」
「ベルくん、冒険者ギルドや王家を誤魔化して、足跡を消してあげましょうかぁ?」
「何が望みだ?」
「それは……」
マリアンナは真っ直ぐな瞳でベルを見やる。
「ベルくんを撫でさせてください!!」
「……ん?」
「ベルくんの頭を撫でさせてください!!!」
思わず天を仰ぐベオウルフは、現在29歳だ。
聖剣が押し付けた前勇者達の記憶を攻略すれば、精神年齢は3桁になるだろう。
外見年齢が幼くなったとは言え、中身だけは変わらない。
目の前の女を、魔物に襲われた様に偽装して処理しようかと、真面目に考えてしまった。
「素直に取り引きを飲む事を推奨しますよ」
「私がお前を消す可能性を想像しないのか?」
「今の貴方じゃ無理ですね」
昨夜の動きを見た限り、マリアンナはCランクの冒険者程度の実力だった。
弱体化しているとはいえ、雷魔法も込みで考えれば圧倒出来る実力差がある筈なのだが、彼女の表情から何か不安を感じとる。
「昨夜の実力を見る限り、私はそうと思わないが」
「ええ、マリアンナは貴方に勝てないでしょう」
「……?」
「マリアンナはCランクの冒険者がギルドに勧誘された為、職員として働きました。なので、彼女はCランクの実力なのですよ」
「……お前、誰だ?」
「そもそも、王家に仕える影に潜入し、冒険者ギルドの受付嬢として勤める、マリアンナという女性等は最初から存在しませんよ」
マリアンナは最初から居なかった。
ギルドでの彼女に、僅かばかりの信用を置いていただけに、ベルは少し複雑な気持ちを抱えてしまう。
だが、魔王討伐に置いて裏切り等飾る程体験してきた。
食うに困っていた童女に食べ物を与えた所、元気になって魔王軍に勇者を売られた程度の裏切りは、手足を使っても数え切れない。
決して裏切る事が無いのは、腕中の少女だけだ。
「顔も知らない人間を信用するよりも、斃してしまった方が楽だろう?」
「私が誰か等、些細な事よ。ただ、貴方が冒険者ギルドと敵対しない限りは、貴方の味方って所ね」
マリアンナは友人として過ごしており、討伐依頼にも共なった事もあると、以前酒場でソラリスから聞いた。
冒険者ギルドは、大陸の殆どに根を張る組織であるが、私欲の為に動いた事は皆無だ。
この組織は国に縛られる強力な個人が、自由を求めて作られたのが始めである。
目の前の女は、創立に関わった者だろうとベルは当たりを付けた。
150年程前に創立された冒険者ギルドだが、強者程寿命が長いこの世界では不思議な事は無い。
彼女の強さは、Aランクの冒険者を軽く超える事だろう。
「私は行く所が有るからな、数分だけなら許可してやる」
「賢明ですね、それでは!」
マリアンナを名乗っていた時と、全く変わらない態度に、ベルは薄寒いものを感じた。
此処までお読みいただきありがとうございます