暗躍した呪術師の狙い
大変長らくお待たせしました
あらすじ
レオンハルトをぶっ殺した
レオンハルトが倒され、暫くしてから謁見の間に傭兵や冒険者、騎士達が雪崩れ込んで来た。
彼等は皆疲労困憊の中、戦意をギラギラと維持していたのだが、淡く光るメリッサや、討たれたレオンハルトの前に、困惑を隠せない様子だった。
戸惑う彼等へ、冒険者ギルドや傭兵ギルドのマスターが彼等に指示を飛ばす。
様々な感情を押し込め、誰もが忙しなく新たな王の誕生の為に動く。
慌ただしい中、ひっそりと男が呪術師の死体に近づいた。
呪術師のリーダーらしき老人は既に事切れており、その手には青白く輝く短剣が握られていた。
その色から、純度の高いミスリル鉱石が使われている事が分かる。
ミスリル鉱石は希少金属の1つであり、硬度は鋼鉄よりもやや上程度だが、魔法伝達率はかなり高い。
単純な短剣としてではなく、魔法触媒や、魔力や魔法を纏う魔法剣としての価値がある。
最低でも金貨80枚程の価値があろう短剣に、つい欲が出てしまったのだ。
勿論、不用意な事を控えろとは指示されていたが、傭兵とて一枚岩では無い。
荒くれ者や、食い扶持を求めて人と戦う事を選んだ者達は、己の欲に忠実な者が大半なのだ。
周囲の目を掻い潜り、そっと抜き取った短剣を胸元に仕舞うと、何処からか声が聞こえてきた。
導かれるままに、ふらふらと、心地よい気分で歩みを進める。
まだ日は昇っておらず、城の屋上へと続く階段の闇へと、そっと呑まれていく。
軋む音を立てて、屋上の扉が開き、先程の傭兵が月光の下に姿を現した。
石造りの床で、皮製のブーツはコツコツと乾いた音を響かせる。
先程の様によろめく事もなく、伸ばした背筋は別人の様だ。
月に照らされて浮かんだ表情は、下卑た男の物では無かった。
足元に広がる赤黒い魔法陣は、キラキラと光を反射し、幻想的に見える。
中心に積まれた、死体から垂れる血で描かれたのだろう。
ライオス達が見た空に浮かぶ魔法陣はあくまでも魂を集める物で、そのエネルギーを分解や精製する機能は無い。
レオンハルトの驚異の再生力を機能させるには、魂には余りにも不純物が多かった。
感情や精神、記憶と言った不純物が多く混ざった賢者の石は、とても不安定である。
移植された者達の触媒となった魔石が暴走し、異形へと成り果ててしまうのだった。
その為、集めた魂のエネルギーを、純粋なものへと精製する魔術を展開していたのだ。
魂を集める魔法陣が破壊された後、集めた魔力を結晶化していた。
当にメフィストの考えた賢者の石に限りなく近いソレは、山積みとなった死体の上で眩く輝いていた。
「成功とは、言えないか」
「そうだな、随分と総量が少ない。それでは、魔力を生み出すエネルギーの消費量が優ってしまうぞ」
「っ!?」
返事が返ってくると思っていなかった男が振り向くと、月光に照らされ、黄金に揺れる髪を纏う少年が立っていた。
気配は気薄で、闇と同化している。
「貴様、何者だ?」
「知る必要は無い、お前は此処で死ぬのだから」
青白い閃光と共にその腕から放たれた雷は、男との間に割り込んできた人間によって塞がれる。
その身を焦がし、力尽きた者の手から短剣が落ちる。
しかし、倒れた男と入れ替わる様に、少年こ前に数人の傭兵らしき男達が立ちはだかる。
「雷魔法、だと?」
傭兵達からは表情が抜け落ちており、その瞳は焦点が合っていない。
皆揃いの短剣を構えており、柄には赤黒い魔石が埋め込まれている。
全て、魔剣だ。
謁見の間で死体となっていた呪術師の数と、丁度同じ人数である。
「それがお前達の狙いか」
「如何にも、ガラハンドの研究を誘導し、魔石を核に賢者の石を作る事で、人が魔物へと変貌させる事に成功したのだ。老いさばらえた肉体を捨て、魔剣になる事で新たな肉体を奪い、我等は真理に至るまで研究する時間を得た」
魔剣は魂を喰らう事で、所有者の肉体を操る事が可能だ。
憤怒の剣もベルの魂を焼き尽くさんとしており、魔剣を捻じ伏せなければ正しく担い手となる事は叶わない。
もしも人が魔剣へと転じれば、悍しい精神で所有者を喰らい尽くし、身体を乗っ取る事だろう。
しかし、魔物へと転じたとは言え、一朝一夕で魂を喰らい操る程の存在とはなり得ない。
産まれながらにしての魔物と、魔物へと転じた人間では、やはり根本的な性が異なるのだ。
「肉体を変える事で生きながらえる、か。そう、上手くは行かない。かって、聖剣と呼ばれるモノに成り果てた女は、時と共にその人間性すら魔物に堕ちた。身体を奪うという手段が、目的となったのだ。己の愛した勇者を演じ続けるる為にな」
「我等が魔剣となる術を探したのは、貴様の聖剣の本質を知ったからだ。だが、ワシらは色欲に狂った聖職者気取りとは違う。探究心こそが我等の性、例え魔物に堕ちようともそれは変わらんさ」
「人は、自分に都合の良い真実しか信じない。私は彼女の生き様を知っているが、アレは色欲等と生易しいモノでは無い。貴様ら同様、狂気に取り憑かれた盲信者だ」
「ベオウルフ、貴様も我等の事を言えまい。お前も、此方側の人間だろうに」
「そうとも。今の私は、勇者である事すら捨て、生きる全てを1人に捧げた。故に、邪魔する者は、斬り捨てる」
目の前の呪術師の男、名をカルロと言う。
禁術だと迫害される呪術師の1人で、人で有りながらも魔王軍へと寝返った。
街1つを死霊術にて不死者の大軍へと変貌させた男は、それを手土産に魔王軍へ移った。
人で有るだけに人間の手札を見通し、更なる多くの悲劇を生んだ人類の戦犯の1人で有る。
魔王亡き後も、彼は逃げ延び眼前に立つが、彼自身の戦闘力はそれ程高く無いだろう。
虚な傭兵達の様子から、魔剣に操られてはいるが、未だ魂は残っている。
生きているならば、無関係な傭兵達を殺める事は避けたいと思わず考える。
雷撃に焼かれた者は既に絶命しているが、死体に心を痛める程ベルは優しくない。
「レオンハルトを操ったつもりだろうが、貴様もまた、奴の掌で踊っている道化に過ぎない」
「私が君に始末されるのも、奴の計画通りと言うわけか。しかし、弱った君に私を斃せるのかね?」
「っふ!」
元魔王軍相手と考え、ベルは現在出せる力を全てを使う。
瞬きの間に、傭兵達が同時に飛びかかる。
後の事を考えていないのか、彼等の四肢は内出血を起こしており、肉体の限界を超えて動かされる。
そして彼等が到達する前に、空を割らんばかりの眩い落雷がベルの身体を貫いた。
生物の伝達神経は電気信号で行われている。
地球では当たり前の知識だが、魔法が発展し、未だに雷を神の領域と判断するこの世界の者はそれを知らない。
初代勇者が人の枠を超えたのは、雷によって肉体を操るこの魔法が有ったからだ。
音が消えた世界を、ベルは疾る。
ポーチからは傭兵達の人数分の丸薬を取り出し、1人ずつ丸薬が口に飛ばす。
魔剣の魔力は、魂を喰らう度に加算式に増加していく為、カルロは元々魔力に加えて傭兵の男の魔力すら自在に操る事が可能だ。
ベルはと発動した空間魔法は、膨大な魔力量を込めた一撃であり、急激に何倍にも増えた重力がベルの足を縫い付ける。
「氷槍」
「っ!」
重い身体に魔力を込め、ベルは無理やり剣を振り抜く。
元の身体では苦にならない重力でも、少年の身体は悲鳴を上げて軋んでいた。
あまり時間は掛かれないのは、身体を移し替えたばかりのカルロもだろう。
フィーの丸薬によって、傭兵達は発情し、魂の源である生存本能を刺激して、乗っ取ろうと張り付く魔剣の精神を押し除ける。
目に見えて弱った傭兵達は暴れる精神に耐え切れず崩れて行き、カルロは焦り始めた。
「生意気なっ!」
呪術師さ死体を動かす死霊術にも精通している。
魔法陣の材料となった死体達を、カルロは魔力を持って起き上がらせる。
魔物としてでは無く、死体を自分で動かす魔法は、操作する数が増える程難易度が上がり、更に自衛を含めば曲芸じみた並列思考が要求される。
魔物である不死の王、エルダーリッチには勝てなかったが、人の身で有りながらも超越した技術は、当に一騎当千に相応しい実力であった。
「落雷」
放たれた神の怒りは、瞬きよりも速く起き上がった死体を消炭にした。
苦悶を浮かべたカルロは、ベルを憎々しげに睨み吐き捨てる。
「我々は既に動き始めている。勇者である貴様が幾ら動いた所で遅い」
「別に、私はレオンハルトへの借りを返しているだけで、貴様ら魔王軍残党を殲滅する気は無い」
「なら、私を見逃せ。貴様も人間供にはうんざりしているからこそ、勇者という肩書を捨てたのだろう?レオンハルトへの借しは、貴様は十二分に返している筈だ」
必死の形相でカルロが叫ぶ。
彼が何故魔王軍へと降ったのか、何故人と敵対したのか。
その答えをベルは知っている。
「悪いが、第二の聖剣を作る訳には行かない」
だが、それ以上にベルは聖剣を、魔剣を憎んでいる。
全てを奪う、卑しい聖剣へと至る可能性がある魔剣へと転じる技術を、ベルは決して認めず、存在させない。
僅かな攻防の後、魔王軍の残党は人知れず灰へと還った。
今晩2話投稿し、残りの3話も近々投稿出来ます
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