影を喰らう者の果て
あらすじ
影に飲まれたソラリス達
闇の中で、ソラリスはふと思い出した。
無造作に伸びた無精髭と、ぼんやりと世界を写す瞳。
彼が写すのは1人だけ、最後まで自分を写す事は無かった。
もう、彼が助けてくれる事は無い。
図ったかの様に、いつもピンチに助けてくれる人は死んだのだから。
「君は目眩しの魔法くらい使えるだろうに、どうして朝日の灰を欲しがるのさ?」
球体のそれを放って彼は首を傾げた。
あの時自の分が何と答えたのかは、既に彼女は覚えていない。
ただ、手元にある魔道具は、何度も彼女を助けたのは事実なのだ。
何時も、ピンチの時に助けてくれる英雄の様に。
「嘘だろ……」
周囲の冒険者達は、ソラリス達に被さる影達に顔を蒼褪めさせた。
瞬間、爆発的な光量により影が一瞬で搔き消え、シャロン本体の醜悪な姿と、距離を取るソラリスの姿が露わになった。
頭から槍が刺さりつつも、片脚で飛ぶソラリス目掛けて氷矢が飛ぶ。
「畜生っ!誰か防御っ!」
「魔力が無い」
「間に合わな……」
エリーを抱え腕が塞がり、片脚も無いソラリスは既に魔力が尽きており、空中でどうにかする術を持たない。
しかし、僅かでも距離を取らねば、再び影達に囲まれ今度こそ脱出は不可能となる。
もう朝日の灰は尽き、造り手は亡き者となった。
空中で身を捻った彼女はその背で氷矢を受け、衝撃で更に距離を取ると地面を転がる。
魔力が尽きた事で、失った腕を覆う氷は溶け血が流出る。
息を吸おうにも氷矢に肺を貫かれ、穴が空いた肺では満足に呼吸も出来ない。
「……!」
横に転がるエリーを見てみれば、苦しそうに顔を歪めつつも、命がある事にそっと微笑んだ。
薄暗い視界の中、心地よい気怠感に身を任せてゆっくりの目を閉じていく。
痛みは既に感じない。
愛した人の元へ行ける事に、ソラリスは少し安心した。
「君、どうして何時も、死に掛けているんだい?」
「ごぼっ!?」
無造作に口に突っ込まれた液体にむせ、ビチャビチャと生温い液体が身体に掛けられ、欠損部位が熱を帯びた様に熱くなる。
目を開けて見れば、自分を見下ろす何時も決まって呆れた顔。
何時もと異なるのは、それが美しい少女だった事だ。
彼と重なった表情に、ソラリスは困惑しつつ尋ねた。
「……ふ、ふぃ?」
「君が危険だと、ベルくんに言われたのさ。ま、好意を持ってくれた相手を、無下にするもんじゃぁ無いって、君は何時も言っていたから、ね」
「……っ!?」
「おっと、悠長に話している場合じゃぁ無いね」
フィーはポーチから魔石を2つ取り出すと、地面へと放り、魔力を流し魔法を発動させる。
「人形作成」
無詠唱でも使えるが、メフィストの頃から何度も使った数少ない魔法であり、彼女は無意識に詠唱をして魔法名を唱えた。
魔石を核に周囲の地面で身体を形成し、1メートル程の小さなゴーレムが生まれた。
ソラリスとエリーを担ぎ上げて歩き出す。
シャロンの影は再び広がり、本体の代わりに作られた少女が歩みを再開していた。
「ま、ちな、あ…さしも、たた…えるっ!」
「魔力も無いし、欠損部位の治療は体力を消費する。
無理だよ。君達の戦いを見て、倒し方も大体分かるからね、早くお逃げよ」
見ていたなら、もう少し早くに助けろと内心思ったソラリスだったが、彼女達の危機は自らの失態の為、嫌そうに顔を歪めるに留めた。
もしも目の前の少女が、ソラリスの知っている人物であるならば、彼もまた勝利が確信出来るまでは手を貸さないからだ。
臆病だと馬鹿にされていたが、彼を嘲た者達は既に土に還った。
この世界は、勝たなければ、生き残れない。
フィーはポーチから遮光素材を用いたゴーグルを装着し、明け方の灰を放る。
眩い光に本体を残したシャロン目掛け、六連式魔導筒を発泡し、ついでと火矢を飛ばす。
絶叫したシャロンに再び明け方の灰を投げる。
ちまちまと繰り返していると、ゴーレムがソラリス達を周囲の冒険者の元に届けた。
彼らは、先程まで苦戦していた怪物が、何も出来ずに攻撃される様に何とも言えぬ表情を浮かべつつ撤退する。
ソラリスは最後まで抵抗していたが、怪我人を守る余裕などフィーには無かった。
「うん、順調だね。でも、ガラハンドが城に残すなんて、何か有りそうだなぁ」
ポツリと溢れたフィーに返事をする様に、シャロンは癇癪を起こし地団駄を踏んだ。
大口を開けて絶叫するシャロンの口から、美しい少女の身体が飛び出すが、ドロリと少女の皮膚が滑り落ち、醜い素顔を曝け出す。
口から少女を生やした身体は、ビチャリと次々と手足を生やし出していく。
慌ててフィーが放った攻撃も、タールの様に体表が飛び散るだけであった。
撤退しているソラリスは、ぼんやりと傭兵時代の記憶を思い返す。
まだ未熟だった自分は、敵に捕まり酷い事をされた。
ぼろぼろの自分を助けたのは、逞しい勇者では無く、ヒョロリと頼りない無精髭を生やした男だった。
勇者達の戦いに巻き込まれない様に隠れたら、ソラリスを見つけたと言っていたが、真実は彼のみ知っている。
今の様にポーションをかけられ、他人任せに言いのけたのだ。
何とかなるよ、と。
手足が募り、巨大な4本の脚を造ったシャロンは、ジロリとフィーを睨み屈む。
長年の戦闘経験から、フィーは気が付いた。
影から這い出た人型には、人並みの力が有った様に見えた。
ソラリスの腕を喰らって、氷魔法を放った。
もしや、人を喰らって得た手足一本一本には、人並みの筋力が有るではないかと。
例えば百人全員が同時に地面に蹴れば、地面が揺れる程の力を与える事が出来るだろう。
では、目の前の怪物の募った手足が、同時に地面を蹴るとすれば、どうなるか。
「もしかして、ピンチかい?」
運が良かった。
シャロンは初めての移動手段に見誤ったのだろう、巨大な質量と、幾多もの脚力を合わせた彼女は、フィーから1メートルもしない横を過ぎ、建物に衝突する。
ガラスや調度品が割れる音が響くが、彼女は気にした様子も無く抜け出そうと足掻く。
フィーはポーチから試験管や明け方の灰を取り出し、投擲した。
同時に両腕のゴーレムは、ポーチから1メートル程の幅の巻物を取り出すと、空高く放り投げる。
崩落した残骸を跳ね除け、シャロンはフィーを睨むが、その顔目掛けて試験管が飛来する。
顔前で明け方の灰が炸裂するが、鬱陶し気に手をかざしただけだ。
しかし、閃光によって出来た一瞬の隙を縫って、試験管が身体に衝突し、飛散した粘度の高い液体が身体に付着する。
肉体へのダメージが無かった為か、シャロンはそれを無視し、辺りに散らばる城の一部を投擲した。
集合体からなる巨大な手から放たれた岩壁は、散弾銃の様に致死的な威力と攻撃範囲で襲いくる。
「怖いなぁ」
フィーの腕から試験管が投擲される。
ガラハンドも使っていたが、これは焔の剣同様に火山地形の迷宮で採取される、爆発罠の火薬を元にした爆薬だ。
ガラハンドの物との違いは、配合する種類や量であり、燃焼生の高い火竜の糞や、魔力を流す事で燃え続けるマグマスライムの粘液等、危険度と希少性の高い物を使っている。
破裂と共にマグマスライムの粘液が燃焼を再開して着火、轟音を響かせ、衝撃で瓦礫を吹き飛ばす。
フィーは前方に風の盾を出し、衝撃を防ぐ。
破壊者の名を持つ錬金術。
軍を相手にする殲滅魔法や魔術といった、禁忌とされる技術が存在しつつも、人や魔族が滅びていないのは、それを行うには複数人の一流の術者を必要とするからだ。
一流の術者をそんな事に集うのであれば、各所に分散した方がよっぽど戦果が挙げられる。
そして、個人で禁忌とされる術を扱える者こそ、魔王と勇者という存在だ。
技術のみで迫る破壊者の異名を持つメフィストは異常であり、異端であり、この世界の異物なのである。
彼の死は世界の平和を守る為に必要な処置であり、各国の王達も国の独断で決められた、勇者による処刑に意を唱えず、尚且つ邪魔立てすらしなかった。
だからこそ、勇者は世界の理不尽さに憤り、友の、愛する者の為に全てを投げ出した。
「ギャァォァッ!」
爆炎に引火し、火達磨となったシャロンが絶叫する。
シャロンに纏わり付いた物体は、マグマスライムの粘液を元に造られた物で、良く長く燃える野営用の固形燃料として利用される。
焔の剣の様に温度は高くないが、纏わりつく燃え続ける炎に包まれるのは、地獄の様な苦しみだろう。
「オマエェェッ!」
「へぇ、喋れる知能は残っているのだね」
炎に焼かれつつも、シャロンはフィーに飛びかかる。
しかし、飄々とした様子でフィーは人差し指で空を指す。
「頭上注意、だよ」
「ピギャッァォ、」
轟音と地響き、揺れる足場。
ブチリと肉が潰れる音と共に、空からソレが落ちて来た。
メフィストが破壊者だと言われる由縁。
戦略兵器だと言われた錬金術による魔導具や、薬品を全て積み込んだ巨大ゴーレムが起動する。
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