影を照らす朝日の灰
大変お待たせいたしました
あらすじ
ガラハンドは死んだ
彼奴は妻思いの碌でなしだったよ
ソラリスは荒い息のまま、右へ左へと飛び跳ねる。
一瞬居た場所には、実体を持つ影が這い出てくる。
殺到した影は、冒険者達に掴みかかり動きを止めるのだ。
幾人かの犠牲によって、影に取り込まれるのは、大口の化け物に喰われた時のみだと判明した。
また、老年に達した冒険者は、命と引き換えに歩む少女へ直接攻撃をした。
しかし、少女は物理攻撃に殆ど反応を見せない事から、魔法が有効打になると冒険者達は考えた。
影から湧き出る者は、動きは遅いが、数が多い。
街を徘徊するゾンビとは異なり、個体毎の運動能力は低く、幼子程度の力や動きしか出来ない様だ。
しかし、這い出る者の数は、終わりが見えない程多い事が、唯一にして最大の脅威となる。
接触すれば群がられ、捕まった者は、大口の怪物に捕食された。
コイツは本体じゃない。
老年の冒険者の遺言を反芻しながらも、氷矢を雨の如く複数展開する。
被弾した影は千切れ飛び、分断された影の部位は黒煙のなって飛散していく。
どれ程人を蓄えていたのだろうか、減ったそばから這い出てくる影に、ソラリスは舌打ちを漏らす。
影だからか、光魔法が有効な事も判明している。
だが、先ず冒険者には魔法の使い手の数が少ない。
魔法で食えるのなら、態々冒険者とならないからだ。
更に、攻撃や生活に便利な火や水の魔法では無く、光魔法を扱える者は皆無に等しいだろう。
エルフは風や水、ドワーフは火といった様に、種族毎に得意属性は異なる。
これは、身体が造る魔力の質が、生まれつき属性が含まれていると言われている。
魔力に偏った属性が無いヒューマンだが、産まれた土地によって祖先が異種であったり、生活環境に適応する事で魔力の質が決まる為、生活に必要な火、水、土を得意とする者が多い。
また、魔法を発動する程に魔力を持ち、魔法の原理を理解して初めて発動する為、魔法を使える者自体が少ないのだ。
光や闇は想像が難しく、攻撃や防御の魔法も少ない。
光魔法のを使えても、明かりの魔法だけ覚えている者が殆どだ。
使いもしない光魔法を練習するよりも、攻撃力の高い火や、飲み水となる水の魔法を練習した方が有意義だと考えるのは当然だろう。
「埒があかないね……」
「ソラリスさん、逃げた方が良いんじゃ?」
零した彼女に、エリーは不安そうに告げる。
周囲の冒険者の数は、先程引き起こされた影の膨張により出た負傷者を、治療の為に運んだりして減っている。
死者が少ないのは、ソラリスが咄嗟に冒険者達をフォローしたからだ。
「逃げるって、何処へだい?」
「そ、それは……」
「フレディ達が戻って来れば良いんだけど、そう上手く事が運ばないね」
轟音と共に、城の上部で壁が飛ぶ。
ソラリス達が戦闘を始めてすぐに、城内でも派手に開戦された様子だ。
そして、Bランクの仲間が居て尚手こずるのは、目の前の怪物と同等か、それ以上のモノを相手しているのだろう。
背後のそう遠くない場所に、遺体が大量に安置されており、攻防の間にもシャロンは歩みを進めている。
「……エリー、アンタは仮拠点に戻りな」
「た、確かに私は足手まといですけど!ソラリスさんを置いてなんて行けません、私だっての仲間なんですからっ!!」
「この怪物の倒し方は未だ不明だが、その他の能力の事は分かってるんだ。アンタが生きて情報を届けないと、より死者が出ちまうだろう?」
「それなら、ソラリスさんも一緒に!」
「悪いけど、Aランクの私にもプライドが有るのさ」
槍を持つソラリスの腕が強く握られる。
エリーは分かっていた。
現在最も実力のあるソラリスが抑えなければ、怪物は人々を喰い続け、Sランクの魔物が誕生してしまうかもしれないのだ。
Sランクの魔物とは、単体で国を墜とす存在だ。
Aランクの魔物ですら、Aランク冒険者が徒党を組み漸く討伐出来る強さであり、Sランクとなれば勇者がいなければ討伐など不可能だろう。
目の前の怪物は、既にAランクの戦闘力を持っている。
「アンタ達っ!次に攻撃したら撤退だっ!!」
「「おうっ!」」
既に10人に満たない数となっているが、全員がベテランの猛者であり、勝機が皆無の戦いでもあがき、生き残ってきた。
情報の代償に喰われてしまった、老年の冒険者同様、命を投げる覚悟は出来ている。
勿論死にたく無いのは共通だが、だからこそ他人の為に命を賭けるのだ。
魔法使い達も魔力が切れかけており、発動する魔法の威力も低い。
だが、誰もが震える足に鞭打ち、奥歯を噛み締め魔力を練る。
「氷雨ッ!」
残り魔力の殆どを消費してソラリスが放った魔法は、効果範囲に無数の氷矢を形成する攻撃魔法だ。
有効部位が発見出来ないと判断し、面での攻撃を試みる。
先程から、遠距離攻撃を持つ者が試みているが、目に見えた成果は得られず、影を一部を削る事しか出来ない。
しかし、時間稼ぎにとエリーが投擲した魔道具で事態は動く。
彼女が投擲したのは、高価で有りながら、一度しか使えない消耗品の魔道具だ。
希少な素材を使うせいで、Bランクの冒険者すら買うことを躊う値段の上、ごく僅かな時間しか効果が得られない。
結果として、この魔道具を買う者は少なく、利益とならない魔道具の作り手も減ってしまう。
錬金術で作られるこの魔道具は、鍛冶屋や魔術師が作れず、結果としてサルマン王国では1人しか作れない。
勿論、そんな変人の錬金術は1人しかいない。
彼の友だったソラリスは、この魔道具に幾度と命を助けられ、パーティーメンバー全員に購入を勧めた。
刺激を受けると、臀部から魔力による光を放つ瞬光蟲や、太陽の光属性の魔力を日中取り込み、夜に花弁を発光させて蟲をおびき寄せる食中植物、満月草。
衝撃を受ける事でぼんやりと発光する鉱石、微光衝石といった素材を混ぜ合わせた魔道具。
伝承によれば、日の下に出れない恋人の為に、一目でも明け方を見せようととした錬金術師が生んだそうだ。
光魔法を属するこの魔道具によって照らされた後、部屋には灰が募っていた。
故に、“朝日の灰”と呼ばれる。
朝日の灰の効果は只1つ。
僅かな時間、光属性の魔力を纏う光で爆発的に周囲を照らす閃光。
目くらましならば、砂や光魔法による発光で事足りるのだが、この魔道具は刹那の間、昼間と錯覚する程周囲を照らす。
エリーが何故今投げたかと問われても、足止めの為としか答えられ無いだろう。
効果は絶大。
頭上に出現した強力な光属性の光源により、本体を除く分断された影が四散して行く。
痛みに苦しむ悲鳴が響いた。
優雅に歩む少女は、ドロリと泥を撒き散らして崩れていく。
足元に集約された影の上で、怪物の様に脂肪を蓄えたシルエットをした、影の怪物がもがいていた。
周囲に広がる影は散り、怪物の肩には氷雨の氷柱が数本突き刺さっている。
1人を除き、誰もが呆けた。
氷雨を使ったソラリスすらも。
僅かな静寂の中を駆けるのはエリー、両腕にダガーを握り、シャロン本体の元へたどり着いた。
同時に足元の影が再び広がりだす。
足手まといでは無い、自分も仲間だと証明する為に。
「死になさいっ!」
両腕に練り上げた魔力を込めて筋力を強化する、交差させた刃を振り抜き、ネチョリとした感触に眉を顰めつつも、シャロンの頭が宙を舞う。
頭部が崩れる寸前怪物は嘲笑を浮かべ、気を抜いたエリーを抱き抱えた。
万力の様な締め付けに骨は軋み、吐血する。
「な、ぞんなっ!」
胸元に飾られた賢者の石が赤黒く輝くと、じわじわと頭部が生えてくる。
身動ぎするが、全く外れる気配はない。
ソラリス達は近づこうとするのだが、再び広がった影から、人型が這い出て行く手を阻む。
世界がゆっくりと動く。
徐々に強める拘束は、エリーの必死の抵抗を楽しんでいる様子だ。
「舐めんじゃないよっ!」
ソラリスは限界を超えた量の魔力を脚に流し、同時に肉体強化の魔法を施す。
強化魔法は鎧の様に動きを外側から強化すのに対して、魔力による肉体の強化は、身体に魔力を流す事で肉体を活性化させて枷を外したり、内側から魔力で擬似的に筋力を構成させて強化する。
強化魔法は纏う魔力に限界がある事に対し、魔力を直接肉体に流す強化は元の肉体の強さに比例し、後の事を考えなければ肉体が破裂するまで強化が可能だ。
勿論、失った肉体を戻す事は出来ない。
受付嬢のマリアンナの脚が血塗れになった時は、筋肉が傷つき、内出血等で治療を必要としていたが、それでも余力は残していた。
脳に肉体の能力が抑えられている様に、自傷行為とすら言えるこの強化方法は、肉体が破裂する様な程の強化を本能的に避け、無意識にブレーキをかける。
この本能的を退ける者は、人として異常であると言えるだろう。
そして、Aランク以上に到達する冒険者は、総じて異常なのだ。
ソラリスの片脚は、脹脛と腿が腰の太さ程拡張し、地を蹴ると同時に弾け飛んだ。
肉片が周囲の人型を怯ませ、彼等の頭上を易々と通過して、シャロンの本体に迫る。
腕と脚を失い、気が狂うほどの激痛が身を襲うが、彼女が戦場で受けた仕打ちはそれ以上であり、ぼろ雑巾の様に転がっていた自分を助けた人を思い返せば辛く無い。
両腕で握った愛槍がシャロンを頭から貫き、放り出されたエリーを抱きしめる。
彼女達2人を、山の様に人型が覆い被さっていく。
ここまでお読み頂きありがとうございます
ブックマークが増えると、生きる糧となります、大変ありがとうございます