せめて妻と供に
あらすじ
王城にヤバイ奴が放たれた
薄暗い部屋の中、男が1人手を動かす。
手に持ったマジックバックに、紙の束を一心に放り込む。
樹から作られた紙は、初代勇者が考案したそうだ。
これにより、多くの紙が出回ったが、それでも安い物では無い。
無意識に顔を触ると、古樹の様に硬い皮膚の感触がその手を冷やし顔を顰めた。
他の者がどの様な末路に至ったかは、誰よりも実験を繰り返した本人が知っている。
「くそ、私はメフィストを超える事が出来ないのか……!?」
「見つけたぞ」
乾いた発砲音と共に、放たれた魔力塊が男の肩を吹き飛ばす。
散らばる資料と、自分の血に悲鳴を上げた男、ガラハンド。
だが、腕に埋め込まれた紫の結晶が紅く輝くと、肩に湧き上がる様に樹の様な皮膚が捻れて塞いだ。
飛び散った血液はドス黒く、人から外れている事実を更に押し付ける。
「再生能力は面倒だが有限だ。殺し尽くせば良い」
「ぎ、ぎざま……っ!何故此処にっ!?」
「自分が使った抜け道を、追跡者が使うのは道理だろうが。罠を警戒して時間を要したが、待ち伏せすら無かった時は呆れたぞ。余程、間抜けだとな」
「わ、私が間抜けだとぉっ!?」
「ああ、それも、相当な」
頭に血が上ったガラハンドは爆撃を使おうとするが、周囲の資料が目に入り慌てて発動魔法を変更する。
そんな彼とは対象的に、追跡者ベルは悠然と歩みを進めた。
周囲の資料は、1人を除いた錬金術師達にとっては宝だ。
しかし、生憎とベルは錬金術師では無く、只の紙切れに過ぎず、蒼白く燃え盛る憤怒の剣を抜きはなった。
「や、止めろっ!し、資料が燃えるっ!!」
「私には、必要の無い物だ」
「ま、待て!シャロン嬢は、そ、外の魔物は私の支配下にある! 」
「そうは見えないが……?」
窓を振り返ろうとしたガラハンドだが、ベルは踏み込み、マジックバックを持つ腕を焼き切った。
肉と木が焼ける匂いが部屋を漂う。
あまりの痛みに声すら上がらないガラハンド目掛け、蒼い火槍を複数放ち、文字通り消し炭にしようとする。
「ウォォッ!」
「む?」
しかし、身体に埋め込んだ賢者の石が赤黒く輝き、まるで血管の様に身体を迸ると、失った腕から太い樹の根が生え、何本にも枝別れし火槍を防ぎ切る。
幾本か貫通し身を焦がすも、白目が失われ、真っ黒な眼球からは何の感情も見られない。
成り果てたのだ。
「ワダジが、わたジが、けんジャだ」
「ああ、魔石に呑まれたのか。メフィストを貶した事を後悔させようと思った、本人に自覚が無い魔物が相手ではどうにもな……」
「スベテ、ワダジの」
「子を作る、身体を作る、若返る、人を助ける、生活を豊かにする。私が出会った錬金術師達は、誰もが自分の真理を求めた」
「……」
「賢者の石とは、錬金術師にとって研究の果てであり、具体的な物を示すのでは無いそうだ。では、人の研究を真似、尚且つ粗悪なお前の作ったソレは一体何だ?と、聞いて欲しいと頼まれたのだが。いや、もう少しフワッとした感じだったか?まぁ、どちらにしろその有様では、答えられないか……」
メキリメキリと音を立てて、ガラハンドだった樹は成長していく。
気配が魔物のモノになったソレは、ベルが過去に討伐した、長命した樹の魔物、エルダータレントと類似する。
エルダートレントは魔法攻撃と、枝や根を伸ばした触手攻撃を得意としていた。
根は地中の魔力を吸収する事が可能な為、本来の魔力総量よりも多くの魔法を使えるが、いかんせん人工物の建物では利点を活かす事が出来ない。
肩から上以外を全て大樹に呑み込まれ尚、彼は吠える。
「ワダジのホウガ、優れているのダ。奴より、メフィストよりもナっ!」
「ああ、結構だ。お前の言葉は、耳を貸す必要も無い。勇者である事を捨てた、人間を見限った私が、それでも尚、愛した人を貶した貴様は、ただ斬り伏せるのみだ」
ゆらりと、炎が揺れる。
ベルの怒りに呼応するかの様に、青白い炎が溢れ出す。
仔を質に取られた母竜が、人間に抱いた憎悪よりも、歪んだ勇者から溢れ出す感情は、深く黒く。
そして、余りにも濃い。
勇者とは、聖剣の担い手では無い。
勇者とは、異世界より召喚された初代勇者の生まれ変わりを、聖剣が喰らい尽くしたモノである。
かって魔王討伐を掲げた初代勇者は、道半端で力尽き、彼の死に世界を呪った聖女が魔剣へと成り果てた。
魔剣は聖剣を自称し、勇者の死体を操り最初に魔王を討伐する。
その後も、勇者が生まれ変わる度に、初代勇者の記憶や人格、戦い方、価値観を植え付け続けていた。
永劫とも言える、勇者の記憶は引き継がれ、途切れる事なく新たな勇者に刻まれる。
多くの者は発狂し、壊れた心に聖剣が居座り、勇者を演じた。
血塗られた聖女に終止符を打ったベルだが、聖剣によって奪われた自分を取り戻した時には、随分と歪んでしまっていた。
室内を踊る炎に、魔物であるガラハンドは本能的に恐怖する。
魔物と成り果てたからこそ見えてくる、生物としての格の違いを垣間見て。
「バけモノめっ!!」
「その台詞は、聞き飽きた」
大樹から幾重にも伸びる根は、数刻前の攻防を思い出されるが、先程とは比べ物にならない程の熱が剣から発せられており、一振りで半数が塵と化する。
荒れ狂う炎は憤怒の剣へと無理やり押し込められ、ギリギリと軋む音は、火竜の歯軋りを連想させる。
どれ程の数伸ばした所で、憤怒の剣が振るわれれば一瞬で塵と化する様に、ガラハンドは刃状にした風を飛ばす魔法、風鎌を放つ。
だが、ベルに届く前に上昇気流によって乱れ、魔力が飛散してしまった。
時間稼ぎにすらならない様に、慌ててマジックバックへと意識を向けるのは、未だ人で在ろうとする名残か。
「終わりだ、ガラハンド」
胸元へと突き刺された憤怒の剣から、爆発的な熱が穿った箇所から流れ込み、一瞬で水蒸気へと化した木の水分は爆ぜて行く。
人の形を残す胸上を除き、大樹の身体は瞬時に炭化し、甲高い音を立て埋め込まれた全ての石が砕け散った。
ぼとりと床に落ちたガラハンドは、ぼんやりと見回す。
ベルと目が合い、漸く合点がいった様子であった。
「ああ、そうか。負けたのですね」
胸から上だけとなっているが、魔物化の影響か、僅かな猶予を彼に与えた。
ベルは憑き物が落ちた様子に、眉をひそめて憤怒の剣を鞘へと戻す。
蒼白く照らされたいた部屋は、外から入る月明かりに照らされるのみとなった。
ベルの両腕から燻る煙は、憤怒の剣が己の身すら焼き尽くす程力を引き出した為だ。
見下ろす彼の表情は影となり、ガラハンドから伺う事は出来ない。
「政略結婚だと愚痴を言いながら、お前は女遊びを辞め、記念日に花を買う程度にはローザに入れ込んでいただろう。そんな男が、何故彼女にあの様な真似を?」
ガラハンドは残った肩腕で顔を覆う。
人並みの幸せだった、僅かな時間に想いを寄せて。
「彼女の、意思ですよ」
馬車で事故に遭い、一命を取り留めた彼女は、宿していた子と、子を産む身体を失った。
冒涜的だと嫌悪される、人造人間の研究へと手を出したのもその時だ。
愛する人との子を取り戻す為に、蘇らせようとした。
彼女を愛した男は、それを止める術を持たない。
他人の研究を、奪う事がどれほど愚かかと知りながらも、妻に笑って欲しかったのだ。
他の実験者同様、賢者の石を身体に埋め込み、精神が、姿が変質していく様を自覚しがらも止まらない。
妻が死んでも、成り果てても、一から子供を作るのが彼女の望みであったから。
「メリッサは近衛を手中に収めるには邪魔な存在だ、実験するにしても姿が残らない方が良い。だが、お前は人の形を残す事に拘ったと聞いた」
「ふふ、解っていて聞いているのですか?」
「レオンハルトなら、やり兼ねないが」
「ご明察、王命だからですよ。メリッサも、私も、貴方達2人と違って、投げ出す事など出来なかったのです」
メリッサを生かす権限をガラハンドは持たない。
その為、彼女を実験体という形でしか生かせず、メリッサもそれを承知していたから逃げ出さなかった。
そして、メリッサは王命と共に、檻から出される。
レオンハルト陛下本人の手で。
「国を立て直すのが、目的か?」
「私は違う、呪術師も。ですが、メリッサ等はそうでしょうね。結ばれないから、王となる彼の為と動いているのでしょう」
「そうか」
ベルは胸元からハンカチを取り出すと、そっとガラハンドの手に乗せた。
チラリと目だけで彼が見れば、赤黒い魔石が包まれている。
それが何かを察した彼は、壊れない様に優しげに最後の力を振り絞って握った。
「何か言い残すか?」
「……柄では有りませんが、ベオウルフ」
「「いずれ空で」」
放たれた火槍が部屋を一瞬照らし、再び闇に包まれた。
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