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魔王を倒したその後で  作者: 夏目みゆ
39/57

影より滲む乙女

朝番なため、5話目は15時過ぎとなります。


あらすじ

呪術はどうやら王の仕業の様だ

世界が回転する。

縦横無尽に廻る世界と、脇を突く痛みでエリーは自分が突き飛ばされた事を理解し、直前の記憶が巡る。

足下が揺れたと思えば、ソラリスが何か叫んでいた。

それが魔物の攻撃だと理解するよりも早くに、彼女が自分を突き飛ばしたのだ。


「うぐっ!」


床に叩きつけられ、転がりつつも受け身を取る事で衝撃を緩和するが、Aランク冒険者の加減無しの威力に痛みに思わず呻く。

危機は去っていないと、突き飛ばされた先を見てみれば、影より飛び出た化け物に、左肘から先を喰われたソラリスがいた。


「ぜ、ぜんぱい(先輩)っ!?」

「立て直しなっ!」


ソラリスは飛び退くと同時に腕に氷が纏われて失血するが、重心の違いに苦々しく歪め、氷像で出来た腕へと姿を形成する。


怪物は肥満女性を真っ黒に染め、顔全てを口にした風貌で、生理的な嫌悪を生じる。

更に、ブチュリと液を滴らせながら、先程喰らったソラリスの腕が漆黒の形で生えた。

生えているのは腕だけではなく、人らしき形が複数有る事からも、既に何人か捕食している事が察せられる。


周囲の冒険者達も、自身の置かれた状況にそれぞれ行動を始めている。

武器を構える者、情報を伝えようと駆け出す者、魔法を打ち上げる者、誰もが生きる為に動く。

Aランク冒険者は、国に1人居れば十分と言われている実力を有している。

しかし、目の前の怪物は仲間を助ける為とは言え、易々と腕を奪う化け物だ。


「おいおい、洒落にならないねっ!」


怪物の背から生えた腕は、ソラリスが得意とする氷魔法が放った。

止血の為に腕から生やした氷が剣の形となり、飛来する氷矢(アイスボルト)を撃ち払う。

お返しとばかりに、氷槍(アイスランス)を放ち、氷槍(アイスランス)の影に隠れて接近、愛槍を右手で握り締め、貫こうとしたソラリス。

しかし、いる筈の怪物の姿は無く一瞬戸惑ってしまう。

エリーが襲われた時の事を思い出して距離をとると、一瞬前まで居た場所から大口を開けた怪物が飛び出てくる。


「影にっ!」

「厄介だ、本体を叩くのが定石なのだけれどね」


ジロリと戦場と化している中庭に、優雅に佇む少女を睨む。

そこにポーションを煽ったエリーが、痛む助骨をさすりながら駆け寄る。


ポーションはあくまでも治療薬として、ある程度の傷は修復するが、完全に元通りという訳にも行かない。

勿論、高級な素材を、それこそエクリサーと呼ばれる程で有れば欠損部位すら治ると言われているが、冒険者が常持しているのは精々中級ポーションだ。

ポーションは劣化する為、冒険者達は余りにも高級なポーションを常持している事は少ない。

中級ポーションは、致命傷の者を延命する力はあっても、行動可能にする回復力は無いが、少なくとも帰還するまで命を繋ぐ事が可能となる。


エリーが煽ったのは中級ポーションだ。

助骨のヒビや、捻挫程度で有れば戦闘可能までに回復する、初級冒険者にはお高い薬でもある。


「エリー、迂闊に近寄るんじゃないよ」

「はい」


チラリとソラリスの腕を見て、エリーは唇を噛みしめた。

自分を助けた為に、戦力の低下を招いたのだ。

エクリサーや、強力な治療魔法が有れば欠損部位を生やす事も可能だが、どちらもAランク冒険者ですら滅多に手に入れる事が出来ない程金が掛かる。

振るったエリーの武器であるナイフは、影の化け物を切り裂くが、タールの様なドス黒い粘液が跳ねただけで、効いている様子は見られなかった。

慌てて距離を取るエリーだが、追撃が無い事に首を傾げる。


その時、のそりと少女が歩き始めた事に、誰もが警戒を露わにする。

足元に広がった影は、そのまま彼女の射程となりえる。

そう判断した冒険者達は、彼女の歩みに合わせてジリジリと動く。

不意に、誰かが気が付いた。

歩みの先に何が有るのかを。


「ま、不味いぞっ!」

「どうしたんだいっ!?」

「その、入り口には、運んだ遺体があるんだ」


王城内部、庭や通路、入り口に無造作に放置されていた使用人や、騎士の遺体。

更に、冒険者と傭兵達が一丸となって討伐した、アンデット達の身体。

それらは、後に身分を判別し遺族に届けたり、火葬する為に、入り口にまとめられていたのだ。

目の前の怪物は、遺体を喰らう事で力を得るかは不明で有るが、人を喰らって肥大化していた事から、碌な事にならないと予想出来た。


「遠距離攻撃が可能な者は本体を狙えっ!近接は無茶をしない程度に牽制っ!喰われれば即死だっ!!」

「「「おうっ!!」」」


残っていた多くの冒険者達は行動を開始する。

魔術師は口々に詠唱を唱え、弓や投擲武器を投げる者もいる。

立ちはだかる怪物の腕を抜い、数々の攻撃に被弾した少女。


「やったか!?」


誰かが上げた声に、誰もが一息吐くが、弾幕が晴れた場所には無傷の少女が佇んでいた。

にっこりと花の様に微笑み、開いた両手を見せつけるかの様に広げてたと同時に、彼女の足元に広がる影が瞬く間に拡大を始めた。


同刻、ガラハンドが使った隠し通路が開き、ライオス達とベル達の4人が顔を覗かせる。

周囲の異様な静けさと、辺りに散らばる衣類や金属類に、まるで人だけが消えたかの様な異様な光景に眉を寄せた。


「何が有ったんだ?」

「ライオス様、ここは第4研究所よ様です。私がこの身体にされた時に、少し覚えが有るわ」

「何だと!?生存者を探さなければっ!?」

「……」


ベルはチラリとフィーを見やり、少し悩んでから言った。


「ライオスさんは、このまま本邸の最上階を目指し、大規模な呪術を停止して下さい」

「……君達はどうする?」

「僕らは生存者とガラハンドを探します」

「危険は伴うが、君達の実力なら自分の身を守れるか……?」

「はい、ですから……」


「逃げろっ!退け退けっ!!」


実験場の外から、口々に恐怖に震える声が聞こえる。

駆け出そうとしたライオスの手をメリッサが掴むと、彼は驚いた顔で振り返った。


「メリッサ、何故だ?」

「ライオス様、貴方の、王家にしか呪術は停止する事は叶わないでしょう。一刻も早く、最上階を目指すべきです」

「此処は僕らに任せてください!」

「……すまない、頼む」


苦々しく頭を下げたライオスに、メリッサは慌てて注意する。

王が頭を下げてはならないと。

走り出した彼等を見送ったベルは、周囲に散らばる衣類等を調べているフィーの隣にしゃがむ。


「持ち主の生存は、絶望的だろう。探知しても、生存者は見られない」

「だろうね。まるで、溶かされたかの様に中身だけ

喰べられているのさ」

「そうか。ふむ、見てみろ」


とベルが促す先には、冒険者の物か革鎧が転がっていた。


「生物が喰えるなら、革も喰えるんじゃないのか?」

「えーと、人に拘わるのかな?けれど、革鎧は加工するだから、薬品とかを嫌ったのかもしれないね」

「まぁな、鞣したりとか色々やるし、薬品に漬け込む事もある。服だって、麻で作られているなら食えないこともないだろう」

「革靴を食べたりは、ごめんだけれどね」

「同感だ。可能なのか、趣向なのかは知っておきたい所だが、不味い事に時間は無いぞ」

「と、言うと?」

「外にソラリスが居る。魔力がそれなりに減っているから、やばい気配と交戦中だろう」


フィーの顔が歪むが、それに構わず続ける。


「周囲の事象はそのやばい気配の仕業だろう」

「君がやばいなんて使うとは、相当に厄介な相手なのだろうね」

「Bランク上位の魔物だと思うが、妙な事に気配が複数重なっている」

「一匹じゃないって事かい?」

「違う、何というか、腹の中……喰われながら生きている?」

「うーん、よくわらかないね。でも、オレに任せてくれたまえ。ベルくんは、ガラハンドを追うと良い」


少し驚いたベルだったが、フィーの意思が固い事を察して了承した。

立ち上がると、フィーはローブをマジックバックに放り込む。

再補充された6連式魔導筒をホルスターに、左右の腕輪に魔力を流す。


「じゃぁ、また後で」

「ああ。ガラハンドに、何か伝える事はあるか?」

「そうだね、賢者の石って錬金術師にとっては研究の到達点を表す表記に過ぎない。オレのこれも、そうなのなのだけれど」

「へぇ、ん?では、ガラハンドは何を作っているんだ?お前の模倣、それも劣化した物なら、賢者の石等とは呼べないだろうに」

「そ、だから、彼が何を作っているのか聞いて欲しいのさ」

「ああ、ではまた後で」


ヒラヒラと手を振ったフィーの背中から踵を返し、ベルは既に居場所を掴んだガラハンドの元へと歩き出す。

2人の間に別れの言葉は無い。


ここまでお読み頂きありがとうございます

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