触手妻
お久しぶりです
本日五話分投稿予定です
あらすじ
ラーナの秘密兵器に、おっさんを弾として詰めた
屋根の上で戦うベル達の背後では、爆炎が上がっている。
同時に野太い叫び声が響く事から、彼等は善戦している事が察せられた。
チラリと懐かしい魔力の反応から、ラーナが参戦した事に、ベルは少し安堵した。
「ハッハッ!ほらほら、どうした!?」
そんな隙を逃す事なく、ガラハンドはベルへと触手を鞭の様にしならせるが、フィーの火矢に焼き落とされる。
ベルが踏み込み間合いを詰めれば、ガラハンドは錬金術による発明か魔法で時間を稼ぎ、触手で再び距離を取る。
先程からこの攻防が続いており、何方も攻めあぐねていた。
ガラハンドの背中には肉塊が背負われており、独立して触手を操っている様子から、モーガンやザジル同様に、成り果てた人であろう。
「厄介だな」
「うん。六連式魔導筒は撃ち尽くしたから、暫くは使えない。かと言って、オレ達の奥の手は、正体を周知し兼ねないし、難儀だねぇ」
洒落臭いと、蠢く触手を纏めて、雷魔法で焼き尽く尽くす事は叶わない。
自分達の弱体化を、ある程度把握していたつもりであったが、まさかガラハンドに此処まで手こずるとはと、ショックを受けたベルだった。
ガラハンドは純粋な戦闘員では無く、魔法技術も体術も付け焼き刃な筈なのだが、埋め込んだ賢者の石と、背中の触手がその不利を埋めている。
大火力の魔法で焼き払うにも、それは向こうも警戒しており、詠唱や魔力操作の時点で潰されるだろう。
「私を止めるのではないのか?」
「オレの見立てでは、そろそろ、君の身体も限界だと思うのだけれど、ね」
「世迷い事を、錬金術で希望観測は愚の骨頂だと習わなかったのかね?」
ビックリと目を見開いたフィーは、続けてクスクスと笑いだした。
「何がおかしいっ!!」
「希望観測って、それは君の事じゃぁないかい?さっきから使っている、埋め込んだ魔道具。それって、魔物の魔石を核にしているのだろう?精神と肉体が魔物に呑まれ、なれ果てるのも時間の問題だと思うのだけれども?」
「これは、完成した賢者の石だ!貴様の言う様な事は…っ!」
フィーの挑発に乗ったガラハンドに、ベルは3つの火矢を同時に放つ。
慌てて触手を射線に張り巡らせるが、普通よりも魔力を上乗せさせた火矢は、次々と焼き切りながら目前に迫る。
ガラハンドが更に肉塊から触手を伸ばす事で、漸く火矢は燃え尽きるが、そこに焔の剣で満たされた試験管が打つかる。
ゴーレムから放たれた試験管は、集った触手との衝突によって砕け散り、空気と接触した焔の剣は、キュポンと甲高い音を立てて燃え上がる。
生まれた炎によって、周囲の空気が吸い寄せられ、フィーの長い髪が揺れた。
一瞬で燃え尽きた焔の剣、消し炭となった触手が風に飛ばされている中、ベルは石矢を放つ。
飛ばされた数本の鋭い石は、高温の空気に熱され表面が紅蓮に染まり、ガラハンドに迫る。
「舐めるなァァッ!」
詠唱する余裕も無かったのか、彼は魔法の構築を埋め込んだ賢者の石に任せる為に魔力を走らせ、小規模な爆発を引き起こし己の身を焼きつつも必死に防ぐ。
しかし、乾いた発砲音と共に、ベルの手元の魔導筒から放たれた弾がガラハンドの頭を吹き飛ばした。
「やったのかいっ!?」
「フィー、勇者の知識によれば、その台詞が放たれる場合は……」
「オノレェェェッ!」
「仕留め切れていない」
左脳辺りが吹き飛んだガラハンドだが、捻れる様に肉が盛り上がり、枯れ木の様な肌が吹き飛ばした顔を埋める。
「私の顔を、ぎざま……」
血走った眼でベルをにらむガラハンドは、六連式魔導筒とは違い、見知った形状の魔導筒を見て顔を強張らせた。
見間違える筈もない。
何故ベルがそれを持っているのか。
彼の黄金の髪が、頭上に佇む光球の光を反射して煌めいた事で、馬鹿馬鹿しい程あり得ない仮説を立てた。
目の前の少年が、勇者ベオウルフで有ると。
あり得ないからこそ、信憑性が高いと彼を見た。
魔王を倒した勇者ならば、奇跡は起こすモノなのだから。
「べ、ベオウルフ ?」
「……」
ギロリと向けられた黄金の瞳には見覚えがある。
彼がどの様な理由で眼前に立つのかを巡らせ、隣に立つ華奢な少女を見て顔を強張らせた。
まさか、まさかと。
ガラハンドが知る限り、勇者と肩を並べる者は1人だけである。
自らを凡才と呼ぶ、最も憎き錬金術師。
美しい顔に似合わない無精髭と、性格の悪さを表す歪んだ笑み。
「貴様は、メフィストなのか?」
「オレが、メフィスト?馬鹿を言え、彼は、死んだ。そんな事より、君が賢者の石と呼ぶそれ、暴走を始めてるんじゃぁないかい?」
ガラハンドは、補強された頭部を触り、枯れ木の様な手触りに顔を顰める。
木が根をはる様に、蔦が大木を覆う様に、己に広がっていく異物感。
身体への侵食に不快感は無く、寧ろ心地よいとすら言えるのだが、それがどうにも恐ろしい。
「それ、高エネルギーを安定させる為に、核に魔物の魔石を使っているのだろう?何人か見てきて予想していたけれどね。魔物は人を捕食する故に、人の命をエネルギーとして留める媒体として正しい。中々良い線行っているね。けれど、呑まれた果ては、魔物だよ」
「ぐぅ……」
「君も、メリッサも、人にはもう、戻れないんじゃぁないかな」
「モーガンを魔物にしたのもお前なのか?」
「ふふ、そうだ。その通りだ」
ガラハンドは実に楽しそうに笑う。
半月の様に弧を描く程口を歪めた様は、既に人からかけ離れたものであった。
「奴の賢者の石のエネルギー、アレは何だと思う?アレは傑作だぞっ!?」
「……」
「彼奴が大事に育てた兄弟と、拾ってきたガキ供だ。お世話になったお兄ちゃんを助けたいんだと宣うから、お望み通りにしてやったんだ。あの時の、モーガンの顔は、本当に笑えたぞっ!!」
「腰に巻いた、子供達かい?」
「ああ、彼奴は悪趣味な真似をしているが、何故だろうな?」
憤怒の剣にどんどん魔力が送られ、剣が震える。
ベルからは表情が抜け落ち、平坦な声で、ガラハンドの疑問に答えた。
「アレは、トロルの習性だ。自分達の知能が低い事を本能的に理解しているのか、トロルは自らの宝物や、戦利品を腰や身体に括り付けるんだ。忘れないように、な」
「へぇ……」
「中には、番いの骨をずっと大切にしている奴らもいるそうだ。それが何の骨なのか、忘れても」
「ロマンチック、なのかな?」
「さぁな」
くだらないと吐き捨てたガラハンドは、モーガンを死霊術で操ろうとチラリと下を確認する。
釣られたベル達は見た、トロルと成り果てたモーガン目掛け、高速で放たれたモノ。
ベル達も、ライオス達も、それが人である事を理解した時には着弾し、大規模な攻撃魔法の様な威力で、モーガンの巨体を荒れ狂う爆炎が吹き飛ばした。
「……っ!」
誰もが驚愕に呆けた中、ソレが何かを理解しているフィーとラーナは動く。
モーガンから散らばった肉片の1つ、未だ蠢き鼓動するそれに、ドン太から炎を噴出しながら近づくラーナ。
慌ててライオス達も続く。
「不味い…….ぬぅっ!」
モーガンの窮地に慌てたガラハンドの胸に、ゴーレムから放たれた矢が次々と突き刺さる。
吐血しつつも、目の前を蒼く染めるベルの剣を慌てて転がり避けた。
逃すまいと踏み出そうとしたベルだったが、ガラハンドの背から触手を生み出していた肉塊が飛び出す。
「なんだっ!?」
「ローザ、君は……っ!?」
意思を持った肉塊は、触手をしならせてガラハンドを背後に大きく吹き飛ばし、ベル達に壁の様に立ちはだかる。
急速にエネルギーを消費しているためか、肉塊に埋め込まれた賢者の石は燃える様に輝く。
しかし、有限なエネルギーを爆発的に使い、次々と触手を伸ばす彼女の命は風前の灯である事は明白であった。
吹き飛ばされたガラハンドはそのまま跳躍し、王城目指して屋根から屋根へと飛び移る。
下では地を這うような断末魔が、モーガンの最後を知らせていた。
ガラハンドの姿が闇へと溶ける頃には、肉塊は更に触手を増やして視界を埋め尽くしていた。
「逃したか」
「追うかい?」
「奴は、斃す」
憤怒の剣を纏う蒼い炎が剣先へと集まり、球体となった炎が振り飛ばされ、爆炎と共に触手を燃やし尽くした。
焔の剣を遥かに超える火力に、フィーも舌を巻く。
「凄い魔法だ、オレも精進しないとねぇ」
「これからだ。時間は、たっぷりとある」
「くっく、愛を励む時間も、だろう?」
ベルが剣を振ると、周囲を燃やす蒼い炎が瞬時に消える。
彼女の残骸に歩み寄ると、灰の中から霞んだ赤黒い結晶を拾った。
小指の先程の結晶は破損しており、ベルは目を細める。
夜風が灰を巻き上げ、髪を揺らす。
「知り合いだったのかい?」
「ローザは伯爵家の次女だ」
「家名は無いのかい?」
「言ったところで分かるのか?」
「ご明察、さっぱりだよ。ふぅん、女かい?君が覚えているだなんて、美人だったのかね」
「何を怒っている?」
「怒ってなんか、いないさ」
「ローザはガラハンドの妻だ、君も会っている筈だが」
「……?」
顎を触り、左上に瞳が動くフィーの様子から、余り記憶に無い事を察っする。。
ローザは錬金術師として、ガラハンドと供に働いていた。
その為、メフィストとも共同で働いていた事もある筈なのだが、とベルは溜め息を吐く。
「ローザ達は政略結婚だ。彼女は事故で子供が出来ない身体になってしまったらしく、ガラハンドの地位を上げるにはちょうど良いと当てがられたらしいが……。事故が起こったのは、結婚後が事実だ」
「へぇ」
「ガラハンドは兎も角、ローザは奴に惚れていたからな。奴との仔を成す為に、君と人造人間の研究をしていた事もあったぞ?」
「ああ、一から生命を造ろうとしていた人か。子宮を造って、仔を宿した方が、よっぽど簡単なのにと思ったけれど……」
フィーが下腹を摩り、ベルはそっと視線を外す。
「ベルくん、彼女について詳しいね」
「ガラハンドに相談されたからな」
「君、意外とガラハンドと仲良かったのかい?」
「何を怒っている?」
「怒ってないよ」
「いや、膨れているだろう?」
空を照らす光球は魔力が尽き、辺りを闇が呑み込む。
建物から飛び降りた2人は、疲労困憊のライオス達と合流したのだった。
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