愛を纏う巨体
あらすじ
巨大なトロル擬きと会敵した
Dランクの冒険者達は逃げてった
巨大なトロル擬きは、咆哮をして近くに生える魔導灯(魔導具の街灯)を引き抜いた。
魔導灯には火属性の魔石が組み込まれおり、種火となる魔術を起動する事で魔石の魔力のが尽きるまで周囲を照らす。
現在の王都では、魔導灯を灯して廻る者が仕事を行えず、所々打ち上げられた光球の魔法や、光源となる火元を除き夜に呑まれている。
また、魔導師達も非常事態に無駄な魔力のを消費を避けており、人が集まる場所付近を除き只の飾りとなっている。
「ふむ、武器を持ったという事は、少なくともトロルより知能が高そうだねぇ。興味深い」
「トロルでも、倒木を武器にする事がある。楽観は出来ないけど、人並みの知能とは限らないよ」
此方に向かって来てはいるものの、足取りは遅く、ベルとフィーは呑気に会話をする。
2人は実際のトロルと何度か戦った事があり、目の前の擬きがBランク相当の力だと推測した。
僅かに身に纏う魔力は胸に集中しており、胸元に粗悪品の賢者の石が埋め込まれている事を察するが、隔てる厚い脂肪を超えるのは骨が折れそうだ。
再生能力は有しているのだろうが、この巨体の維持と再生にエネルギーを回せば、直ぐにでも枯渇するだろう。
現在ベル達の力はBランク程度であり、死ぬときは死ぬ。
しかし、ランクの差はあくまでも目安だ。
例え全盛期の勇者であったベオウルフとて、時にはゴブリンに討ち取られる可能性もあり、逆もまた然り。
「おい、娘は何故逃げていない?」
「え?あ、ああっ!タイミングを逃したっス!」
「阿呆め、死ぬぞ」
ラピスは慌てるが後の祭り、今更単独で逃走したところで、ゾンビと遭遇してしまえば抵抗出来ず餌食となる。
ギルド受付嬢のマリアンナも残ってるおり、彼女から漏れる闘気から、決死の覚悟で時間を稼ぐつもりらしい。
冒険者ギルドでの跳躍を見る限り、彼女は接近戦を得意とするのだろうとベルは推測した。
両手に何も持っていない事から、拳闘士なのだろうか。
呼吸から魔力を身体に巡らせている様子を確認しつつも、ベルは手で制した。
「マリアンナさん、下がってください」
「べ、ベルくん?」
「接近戦は悪手です。怪力を持つトロルに掴まれてしまえば、そこの肉片の仲間入りですよ」
「遠距離攻撃、魔法とかを使うと良い。射程に入ったら、死ぬと思えばそれなり命は持つ筈さ」
事もなく言う2人を見て、眉を顰めた。
ベルの見立て通り、マリアンナは遠距離魔法が苦手であり、投擲くらいしか遠距離攻撃手段を持たない。
腿のホルスターに差し込まれたナイフでは、目の前の巨体相手では蚊に刺された様なものだろう。
「私は足手まといね……」
「女、この娘を連れて先に逃げておけ」
「う、うちだって、たた、戦えるっス」
フッと息を吐いてベルが踏み出す。
魔力を練った身体は強化され、引き抜いた憤怒の剣から蒼炎が吹き零れる。
しかし、距離を詰めるベルを気にも留めず、トロル擬きの視線はマリアンナ達を見たままだった。
脅威と認識されていないのか?
ベルは疑問を抱きつつも手に力を込める。
「火槍」
「グオォっ!」
続けて飛び出したフィーは援護の為に火槍を放つが、鬱陶し気に払った魔導灯に弾かれ拡散し、周囲に火の粉を撒いて終わる。
「アレを軽く払うのかい!?」
「風を纏え」
フィーと並走するミミも魔術を起動、仲間達に追い風を纏わせる魔術を起動した。
ギョロリと白濁した眼球が睨むのは、射程に入ったベルではなく、フィーの背後に続くミミ。
下からすくい上げる様魔街灯を払えば、巻き込まれた石畳が吹き飛ぶ。
一瞬躊躇したベル、足から地面に魔力を流して土魔法を発動して盾を作る。
避ける事も可能だが、背後のフィー達へ向かう礫を弾いた。
視界が塞がったが、ベルにはさしたる問題では無い。
「グォっ!」
続けて石畳を魔法で操作し、太い針に変形させたのだが、トロル擬きは鳴き声と共に跳躍、ベルを大きく飛び越えた。
此れは予想外であり、咄嗟に反応出来ずに見送ってしまう。
近くで見たトロル擬きの顔は、、何処か見覚えを覚えた。
「あの巨大で跳ぶなんてっ!!」
「フィーっ!!」
眼前に着地され、衝撃でよろけたフィーの目の前に降りたトロル擬き。
如何に肉体性能や魔力の総量が飛躍したとはいえ、この質量でたたき潰されれば肉塊に成りかねない。
未だ底は見えない身体だが、操る者が未熟で有れば実力を発揮する前に死に絶えるだろう。
咄嗟に胸を強く叩き、魔力を限界まで捻り出そうとしたフィーであったが、トロル擬きはチラリと視界に納めただけで、脇をすり抜けミミへと向かう。
「舐めるなデカブツが」
既に魔術は完成していた。
走りながらも脚のステップでリズムを、軌跡を、魔力を集めた指で宙に魔法陣を描いていた。
「廻れっ!穿てっ!!」
風が集い、回る、回る。
ドリルの様に空を切る高い音を立て、手元から離れる毎に肥大化しつつ、トロル擬きを狙う。
咄嗟に払おうとした魔街灯の一撃は、乱回転した風に弾かれ、無防備にも身体をさらけ出してしまった。
かなりの魔力を込めた一撃は、操るミミ自身にも負担をかける。
トロル擬きに被弾した魔術は止まらず、ミキサーの様にトロル擬きの頭を飛び散らせながら夜空へと舞い上がり飛散した。
「くっ……」
周囲の魔力を借りる魔術だが、過程を省けばその負担は術者へと還る為、強力な魔術を使えば魔法同様魔力を多大に消費する事もある。
トロル擬きの肉質が柔らかすぎる事への違和感を覚えつつも、頭を失い倒れつつある姿を見やる。
だが、ピクリと肉体が静止すると、盛り上がる様にして急速に再生しつつ、再び魔街灯を振り上げた。
「さ、再生だと!?」
「やはりか」
ベルとフィーは咄嗟に魔力を込めた火槍を放つが、肩や腹に穴が空き焼け爛れても止まらない。
そして、無情にも振り上げた拳はミミへと振り下ろされた。
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