少年は冒険者に登録する
あらすじ
姿を消した勇者。
友を殺めた彼は、何処へ行くのか。
冒険者ギルド。
魔王の出現により、活性化した魔物による被害や、薬草や希少品、研究材料の採取、盗賊や犯罪者の捕縛や討伐、商人や貴族の護衛等、凡ゆる仕事を行なっている。
言ってしまえば、組織的な万屋である。
国が運営しているのではなく、冒険者ギルドは民間の組織であるが、まともな国は冒険者ギルドを容認している。
それは、小さな事で騎士を派遣する費用が馬鹿にならない為である。
冒険者ギルドは、あくまでも民間の組織でり、国に属しないため、戦争に駆り出される事は無い。
各国の重役とも繋ぎがある冒険者ギルドは、王と言えど無視出来ない屈強な組織となった。
遥か昔、魔物の活性化によって生まれた民間の組織は、国に楔を打ち込む程の存在へと育ったのだ。
これは、貴族や有権力者達の手から、冒険者達を庇護する為である。
そんな王都の冒険者ギルドに、1人の少年が入ってきた。
綺麗な黄金の髪は、夕日に照らされる小麦畑を連想する。
活発そうな少年であった。
冒険者達はチラリと少年に目をやり、その服装が貴族の様な高い物ではなく、至って普通の町民である事を確認すると、直ぐに興味を失った。
冒険者は信頼業である。
評価のランクは分かりやすく表記すれば、F〜S で分けられる(実際使われているのは、別の文字である)。
ランクを上げるには、力だけでなく、技術や信頼が必要となる為、新米冒険者に絡む等、よっぽどの低脳でなければ行わない。
少年は、まだ幼さが残る外見から14歳程に見える。
冒険者は成人である13を超えれば、自己責任で登録する事が可能である。
命は軽いが、かといって見殺しにするのは組織として不本意な為、死なない様に最低限のサポートは行うのだ。
人は大切な資産なのだから。
「すいません、冒険者ギルドに登録したいんだけど」
少年が入ってくる所から眺めていた、受付嬢はニコリと微笑んだ。
彼女の名前はマリアンナ、期待に胸を一杯にした幼気な少年達の、キラキラした笑顔が好きな23歳独身である。
更に、目の前の少年は顔立ちが整っており、マリアンナは鼻息が若干荒くなったが、そこは受付嬢。
しっかりと深呼吸して、息を整える。
「はい、かしこまりました」
興奮で震えそうになる手を抑えながら、必要な書類をいくつか取り出す。
少年は書類に目を通すと、カウンターに置かれた羽ペンでサラサラと記入していく。
これにマリアンナは驚いた。
「字が、書けるのですね」
「……え?」
「あぁ、いえ。気に障ったなら謝罪しますが、貴方の様な年齢の方は、識字出来ない人が多いので、意外に思ってしまいました」
この国だけでは無いが、義務教育が無い世界では識字率が低い。
教育が必須となる貴族と異なり、冒険者達が学ぶ機会は限られているのだ。
「はい、近所に住んでいる方が教えてくれたんです」
「それは、年上のお姉さんとか、ですか?」
「……?いえ、元行商をしていたお爺さんですが?」
「お気になさらず、それより記入は終わったようですね。お名前は、ベルくんですか。これから、よろしくお願いしますね」
「あ、はい。よろしくお願いします」
少年であるベルは、照れたように頭をかいた。
「では、早速依頼を受けますか?」
「えっと、登録したてはFランクから、ですよね?どういった依頼を受けれるのですか?」
「そうですね、ランクは1つ上の難易度まで受ける事が可能ですが、危険が多い為あまり推奨していませんね。Dランクに上がるまでは、試験が無いので真面目にコツコツと仕事をすれば、間違いなく上がれます。あ、依頼の話でしたね、さっきのとおり1つ上まで受けれます、彼方に見える掲示板に、依頼はランクと共に貼られていますよ」
ベルはちらりが掲示板を見る。
「ただ、Fランクには、討伐依頼は有りません。街中で出来る仕事や、薬草の採取が全てです。これは、止むを得ず冒険者に登録した、戦う力を持たない人達向けになります。大きな声では言えませんが、戦う力を持っているなら、Eランクの討伐依頼“ホーンラビット”がおススメです」
「ホーンラビット、お肉のですか?」
「ええ、ツノが生えた小さな魔物です。小型過ぎて、魔石は有りませんがお肉と毛皮、後はツノで収入を得る事が出来ます。討伐証明部位は特徴的な片耳ですが、ツノを此方で売却して頂けるなら不要ですね」
ベルは少し考えて、それからマリアンナを見る。
「この周辺には、ゴブリンが出ますけど、ゴブリン討伐依頼のランクは何ですか?」
「ゴブリンは、一応Eランクの討伐依頼です。しかし、彼等は群れるのでベルくんの様にソロの場合は撤退してください。危険です」
「成る程、わかりました。一応、討伐証明部位とかも、知っておきたいのですけど」
「ゴブリンの討伐証明部位は、左耳です。また、胸元に小さな魔石を持っており、それ以外に価値は有りませんね。家畜や子供を襲う為、討伐を推奨していますが……ベルくん、本当にダメですよ?」
マリアンナはベルが心配になった。
無垢な少年を見るたびに、保護欲が湧くマリアンナにとって、もはやベルは弟の様なものである。
勿論、ベルはそんな事知らないし、迷惑なのだが。
「そうですね、じゃぁホーンラビットの討伐を探してきます」
掲示板に駆けていくベルと入れ違いに、1人の少女が冒険者ギルドを訪れる。
病的に、色素が無い程白い髪と肌、紅瞳は儚さの中に妖艶さを孕んでいた。
冒険者達は、そんな珍しい少女に視線が釘付けになる。
少し尖った耳は、エルフの血でも混じっているのだろうか?
「あの、冒険者ギルドに加入したいのだけれど」
「はい、かしこまりました」
マリアンナは可愛い女の子も好きである。
ベルと同じ様に丁寧に対応して、彼女も字が書ける事に少し驚きながらも処理を進める。
少女の名前はフィーといった。
フィーにも同じ様に、依頼について説明していると、掲示板からベルが戻ってきて、フィーの後ろに並んだ。
「あぁ、よろしければ後ろのベルくんとパーティを組んでは如何ですか?」
「「え?」」
驚いて振り返ったフィーは、同じ様に惚けたベルと見つめ合う。
「ホーンラビットは弱いとは言え、その角は危険です。誰かと一緒に行けば、どちらかが怪我をしても生存率が上がります。冒険者ギルドとしても、パーティ活動は推奨していますよ」
「あ、あの僕はベルって言うんだ」
「おれ……いや、私はフィーだよ。宜しければ、お願いしようかな?」
初々しく握手する2人を、マリアンナは満点の笑みで眺める。
ボソリと呟いた尊いという言葉は、ギルドの騒音に紛れて消えた。
「さて、ベルくんとフィーちゃんはこれで正式に冒険者ギルドに在籍しました。自分達が冒険者の顔となる事に、誇りと節度を持って行動してください」
2人に渡した冒険者カードは、Fと記載されている。
ブロンズに輝く冒険者カードは魔道具だ。
恭しく受け取った2人は、ニッコリと微笑むと、初めての冒険にギルドを後にした。
その後マリアンナは、その場にいた壮年の冒険者達に2人を庇護しろと魔王をも殺せる眼差しで命令していたのを彼等は知らない。