第2王子と空模様
あらすじ
ギルドでお偉いさんに呼ばれたベル達
ギルドマスターの執務室には、来客に備えた椅子と机が用意されており、上座に位置する場所には、柔らかいソファが置かれていた。
色は茶色で、中には山の頂に生息するウィザーバードの羽毛を使っており、魔力耐性や保温性能の高い高級素材である。
勿論、ソファに使うには何方も必要とならないが、見栄や素材の価値に拘る者には、見合った商品となるだろう。
中身は見えないが。
ソファには王女と第2王子が腰掛けており、入室と共にベル達は早くも帰りたくなった。
厄介ごとの気配しかしない。
「うわぁ、帰りたくなったよ」
嫌そうな表情を取り繕うこともせず放った言葉に、ベルを除く室内の者達は凍り付く。
ジロリと王妃がフィーを睨むが、興味ないとばかりに室内を見回している彼女にため息と共に吐き捨てる。
「冒険者は粗暴と聞きますが、やはり礼儀を弁えないのですね」
「申し訳ありません。なに分、彼女達は子供故」
「まぁ、今は咎める時間は有りませんから、大目に見ましょう」
「有難いお言葉です」
壮年のギルドマスターが視線でベル達に謝罪を求めるが、2人は無視を決め込んだ。
子供を呼んだのは、そちらだろうと。
眉を顰めたギルドマスターだが、冒険者は頑固な者が多く諦めた様である。
王妃の背後から、ウッドベルが声をかける。
「まぁ、落ち着けギルドマスターよ、彼等を呼んだのはお前だろうに」
「……ったく、お前らが貴族の姿に酷似した魔物を見たって言うのは本当か?」
困った様に眉を寄せたフィーに代わり、ベルが答える。
王妃がいる今、あまり目を付けられる事は避けたい。
「街灯が消えた闇夜の中なので、酷似とは言えませんが、人の姿を模してはいました」
「人型か……お前ら、Dランクだよな?良く生きていたな」
「途中でパールさんが加勢してくれたのも有りますが、ゾンビの数が少なかったのが幸いでして。アンデットを増やす能力を有してはいますが、魔物単体であればCランク程の強さに見えました」
「配下を増やすタイプか、厄介だが……」
「アタシは見ては居ないが、防衛に参加している冒険者達が見たそうだ。彼等はCランクでも下位の実力だが、何とか撃退は出来ていると報告を受けている」
「撃退か、あえて引いているとしたら、何か狙いがあるのか?」
「人型とはいえ、そこまで知能があるのか?」
ぼんやりと話を聞いていたフィーは、ふと呟いた。
「少ないねぇ」
「ん?なんだって?」
「王都の人口が何人かは知らないけれどさ、私達が昼間に見た人数に比べて、ゾンビの数が随分と少ない気がするのさ」
「うん、たしかに少ないですね」
「ゾンビを増やす事が目的じゃない……のか?」
「若しくは、増やす数に限りがあるか」
現状ではあまりにも情報が少なく、人々がどれ程生存し、どれ程アンデットとなっているのかも分からない。
生存者達は戦える人間が少なからずいる場所を目指すか、夜が明けるのを息を潜めて隠れているのだろう事は予想出来る。
「それより、僕達を呼んだ理由って何ですか?」
「あぁ、魔物の話を直接聞きたかった事もあるが、護衛依頼だ。こちらの貴族の子供を、ウッドベル様の領地まで護衛して欲しい」
不安そうな顔をする第2王子、何故Cランクから受注可能な護衛依頼を依頼されたのかを、ベルは素早く考える。
年齢が近いからというのもあるが、第2王子では無く、貴族の子供として依頼されている事から、彼の素性を隠す意図も含まれているのだろう。
ローブにでも身を包めば、ベル達のパーティーに紛れていても違和感は少ない。
しかし、Dランクの自分達の外見は子供であり、とても王族を任せられる信頼は無いだろう。
チラリと王妃を見てみれば、悲痛そうだが覚悟を決めた眼差しで息子を見ている。
それは、周囲の大人達も同様であった。
「どうして、僕達を?」
「マリアンナからお前達の話はよく聞くが、依頼達成率や魔物の納品頻度から、既にCランクの実力は有るだろう。他のガキ共はDランクしか居ないからな、お前らが妥当だろう?」
「僕達と同年代のパーティーは、他に何組いるのでしょうか?」
「聞いてどうする、今は護衛依頼を受けるかどうかだ。前金は大金貨3枚、これは達成報酬とは別に旅の費用として利用してくれ」
大金貨3枚と言えば、15万ウィーロとなる大金であり、とてもDランクの駆け出し冒険者の子供に渡す金額では無い。
持ち逃げする可能性は有るものの、これまでの働きぶりから、信頼出来るとベル達に依頼しているのだろう。
「僕らの様に若い冒険者達を、出来るだけ先に逃がそうとしているのですか?」
「さてな、我々は古き時代の者達だ。少年よ、君らには未来があり、王が居れば国は再建出来るのだよ」
ウッドベルは不敵に笑う。
例え王都が堕ちようと、王族が生きてさえいれば再起は可能だと。
あまり時間が無い中では有るが、ベル達に他の若者を連れて一足先に王都から撤退を進言している。
「ソラリスさん達はどうするんですか?」
「アタシ達は徐々に戦線を下げて南街との合流する予定だが……」
「いや、君達は王城にて原因の解決に努めて貰う」
「ハァッ?」
「そんな、無茶ですっ!」
「現在王都に他のAランク冒険者は居ない、これは決定事項だと思ってくれて良い。これ以上の被害を避ける為にも、早急な解決が望まれるのだ」
「勿論、オレ達ギルドも戦線を押し上げて王城に攻め込む。エリーに傭兵と繋ぎを作って貰ったのは、戦力の増強だ。勿論お前達も南街で可能ならば王城に行くように伝えて欲しい」
ギルドマスターは短く息を吐く。
自分の指示でソラリスのパーティが壊滅する可能性が高い事も分かって、尚命令する。
「勿論オレ達も原因か解明に向けて戦う。王都に残るCランク以上の生存している冒険者達にはこれから説明するが……猛反発するだろうな」
「……良い、アタシから太鼓してやるさ」
「すまん、ソラリス。ベル、だったな。冒険者ギルドには、Dランク以下のガキ共のお守りをしている余裕が無くなるって訳だ。さっさと王都から脱出して欲しい」
「まぁ、仕方無いよねぇ。私達はDランクだしさ」
「うーん、出来れば力になりたいですけど……」
「足手まといは邪魔だ」
Bランク程度の実力を保有しているベル達だが、ギルドのランクはDランクであり、未知なる魔物との戦闘が予見される王城への突入には参加は出来ない。
しかし、護衛出来ると信頼されているのか、他の同年代に任せる事が出来る人間が居ないからか、何方にしろ第2王子の護衛は面倒な話であった。
「分かりました、お受けします」
2人きりで無くなる事に不満が有るのか、モニョモニョと口を言葉を噛むフィー。
前金を受け取ると、部屋の者達はそれぞれ動き出そうとする中、ベルはギルのマスターに尋ねた。
「どうして王城に原因が有ると?」
「騎士が居ないだろ?本来魔物と戦う騎士が駆け付けない、疑うには十分だろ?」
誤魔化そうとしたギルドマスターだが、ぼんやりと話を聞いていた第2王子は、ポツリと漏らした。
「空に、模様が浮かんで居るんです」
酷く焦った様に王妃やギルドマスター達のは 視線が動く、ソラリスは怪訝そうに眉をひそめるただけだった。
ウッドベル公爵と、秘書である青年は表情は動かない。
ベルはそれぞれの反応から推測し、王族が関わる結論を出すが、レオンハルトの性格とかけ離れている事に疑問を覚える。
「へぇ、君は面白い事を言うなぁ」
フィーはうんうんと頷き、空を指差し笑う。
「魔街灯が灯っていないのに、こんな闇夜で空の模様なんて、見える訳ないだろう?」
「ええ、そうね。見間違えたのよ」
「いいえ、母上。私は本当に……」
「坊主、貴族って奴は厄介だが、嬢ちゃんの気遣いを無駄にするな」
白々しく首を傾げたフィーは、ソラリスの方に目線をやる。
基本的にベル以外はどうでも良い彼女だが、前世とは言え自分を慕ってくれたソラリスが死んでしまうのは不本意である事を、彼女の視線は語っていた。
お読み頂き有難うございます