ザジルとの攻防
あらすじ
魔物の様に変貌したザジルを、合法的に殺せる事が可能になった
フィーが火矢を放つと同時に、ザジルの指先からも火弾が複数放たれた。
詠唱が無かった事に驚くベルだが、ザジルの背中の顔が一斉に唱える詠唱に気がつく。
貫通力では無く、広範囲に燃え広がる火弾を複数打ち込めば、全身火傷や気管を焼いて窒息が狙える。
魔物同然の姿であるにも関わらず、意外と知恵が働くと舌打ちしながら、ベルは射線に立ち入り、風魔法で障壁を張る。
貫通力に乏しい火弾は、空気の壁に遮られて次々と破裂していく。
ギョロリとザジルがゾンビとなったミーシャを見やると、機敏な動きで火矢を回避した。
死霊術で命令を出し、動かしたのだろう。
火弾の爆煙でベルの視界を塞いだザジルは、夜空へと跳躍、上空からベルとフィー目掛けて岩矢を複数放つ。
夜空から流星の如く放たれソレは、闇夜に紛れて2人を襲う。
「上か」
燃える憤怒の剣を空へと掲げ、迫り来る岩矢を打ち払う。
落下の速度が乗った重い一撃に、僅かに顔を顰める。
フィーは迫り来るミーシャに牽制として氷矢を放ち、ホルスターから六連式魔導筒を引き抜く。
左手の腕輪に魔力を流してゴーレムも起動し、袖から伸びたゴーレムの腕が、ポーチから試験管を引き抜く。
チラリと青年に目をやれば、新手の魔物が顔に張り付付いており、思わず舌打ちが溢れる。
先程のミーシャ同様に痙攣している事から、新手のゾンビを作っているのだろう。
ゾンビを作って回る魔物が複数いる事実は、フィーを焦らせる事に十分であった。
フィーが放った氷矢は、ミーシャの肩を貫いた。
だが、痛覚どころか意思を持たないゾンビが相手では、僅かな足止めしか出来ない。
「フィー、こっちだ」
「うわぁっ!な、なんだいぃっ!?」
左手を台座に六連式魔導筒を構えたフィー。
その腰に手を回したベルに慌てつつも、乾いた音と共に魔導筒から魔法弾が放たれ、青年に組み付いていた魔物を貫く。
ベルが抱えて跳躍した直後、先程までフィーが居た場所に複数の岩矢が突き刺さった。
派手な音と、砕ける石畳。
生物としての直感だろうか、フィーは思わず粟立ち、此方に迫るミーシャも足を止めて警戒する。
「ゲゴォッ!」
上空でザジルが吼えた。
詠唱は背後の顔が担なっている筈であり、声を上げる必要の無いザジルが吼えた。
その理由は、空気の衝撃波を放つ為であった。
空気故に風魔法同様目に見えない、恐ろしい奥の手である。
何故ザジルが切り札とも言えるブレスを使ったのか。
それは、死の脅威を感じたからだ。
ザジルがブレスを使う直前、竜と対峙したかと疑う程の魔力を練り上げられた。
脇に抱えられたフィーは、己が漸く魔力を扱える立場となって、改めてベルの技術と魔力総量に度肝を抜く。
「堕ちろ」
抜かれた憤怒の剣の先端から、火矢の上位の魔法、火槍が弾ける。
貫通力をそのままに、大きさや威力を上げる魔法であり、先日の様に火矢に魔力を込めてれば似た様な形となるが、魔法の構成に安定を持たせ無駄が減少し、素直に上位の魔法を使った方が威力も魔力効率も良くなるのだ。
空へと箒星の様に伸びた蒼白い火槍は、ザジルのブレスと拮抗は一瞬。
ブレスを空中に飛散させ、ザジルの脇腹を消滅させた。
「ベルくんっ!」
憤怒の剣を収めようとしたベルは、脇に抱えたフィーが指差す先を見る。
フィーが六連式魔導筒から放った魔弾は、魔物の頭部らしき場所に大穴を開けていたが、悠然と立ち上がる。
漸く魔物の全貌が見え、ザジルと同様此方も公爵家の貴族な事に気がつく。
ヴァント公爵家当主の夫人、ベルモンド。
かっては美姫と呼ばれた彼女は、美しい顔立ちに両手には蝶の羽、足は昆虫の様に細い魔物となっいる。
ただし、顔立ちは綺麗だがのっぺらぼうであり、胴体の大きな元の顔からそれらは生えている。
フィーによって顔無しの頭部に開けられた風穴は、肉が捻れる様に生まれ塞がれた。
彼女の様子から余り痛手を与えてはいない無い様で、眉を寄せながらザジルを見てみれば、此方も肉が盛り上がり傷を塞いでいる。
どちらも元に比べれば随分と歪な修復だが、元が死体であったザジル達にとって、内部の器官はさほど重要でないのだが、ベル達が事実を知る由はない。
「再生、した?」
ベルが戦ってきた魔物達は、傷の治療には回復魔法を用いる。
怪我を癒す速度が早い魔物も中にはいたが、欠損部位に肉が盛り上がり塞ぐ、悍ましい生態は見た事が無い。
相対した魔物の中でも最強種である古龍すら、回復魔法を使っていた。
では、目の前の魔物は何だ?
「ゲグォッ!!」
「不味い」
呆けた一瞬の間にエアブレスが吐かれ、慌てて土魔法によって土を隆起させ間に挟む。
粉塵を上げて砕けた壁は、どうにかブレスを防ぐが、生じた隙にザジルは大きく距離を取り、火弾を連射しながら逃走を始める。
追おうとしたベル目掛け、青年とミーシャが雄叫びを上げながら迫り、指示を出したベルモンドは両羽を広げ飛び立とうとしていた。
「ベルくん、任せろ」
「ああっ!」
腕から飛び出したフィーの六連式魔導筒は、撃鉄が叩かれる事で込められた魔力が発射される。
一々撃鉄を引く動作が必要となるが、フィーは腕輪型のゴーレムで素早く撃鉄を引き、迫り来る2人の膝を砕く。
崩れる2人の眼前で、左手のゴーレムが掴んでいた試験管の蓋が開けられた。
この試験管の透明な素材は、無垢なる氷と呼ばれる無色透明の鉱石。
硬度は硝子と同等だが、温度による形態変化は起きず、魔力を流すことで軟化する性質を持つ。
そして、中に入っていたのは焔の剣と呼ばれる練金素材であり、火山型ダンジョンのトラップに使用される鉱石だ。
空気と接触する事で、瞬時に1000度へと達する火柱を上げる。
僅か数秒で燃え尽きる上に、密閉しなければならない為、大変取り扱いが難しい素材である。
フィーのゴーレムによって、空気と接触した焔の剣は、1メートル程の火柱を試験管から立ち上らせ、振られた腕の軌跡を描く。
青年とミーシャの頭は瞬時に焼き切られ、ポロリと半ばで落下を始める。
ベルはフィーの背中を踏み台にし、空高く目指すベルモンドの顔を貫き、慣性のままに地面へと縫い止めた。
「憤怒の剣、喰らえ」
憤怒の剣から噴き出した蒼炎は、ベルモンドを包み、甲高い雄叫びと共に燃えるが、やはり再生能力が高いせいか燃え尽きるのには些か時間を要した。
灰となったベルモンドの残骸から、魔石を探したベルが見つけたのは、赤黒い砕けた石。
「それは、なんだい?」
「この魔物の核、らしいが……魔石じゃないぞこれは」
「そうだねぇ、魔石にしては濁っている。まるで、ぐちゃぐちゃに混ぜた肉みたいだ」
「あぁ、ザジルを逃したのは痛いな。奴もこれと同じ物を宿しているなら、コレが今回の元凶に繋がるって訳だろ?」
「うーん、オレ達は只のDランクの冒険者さ。余計な検索は、しないでおこうじゃないか」
「面倒事に顔を突っ込む性分だったが、少しは補正しないとな」
ベルが漸く立ち上がると同時に、上空で派手な爆発が引き起きた。
爆発は火魔法の中でも特に範囲と威力に優れた魔法であり、敵味方問わず巻き込む事から使用が特に難しくもある。
爆破に髪を撫でながら、2人が警戒すると、空から黒焦げの物体が石畳と衝突した。
度重なる戦闘で美しく並べられた道路は、一夜にして見るも無残な姿となってしまう。
「げ……げ…ご」
落ちて来た物体に目をやると、未だ再生を続けるザジルの姿があった。
背中の顔は焼き爛れ、詠唱を唱える事も出来ず、只のイボと化しており、肺をやられたのかブレスも吐けない肉塊は、脆弱な呼吸を繰り返すのみ。
「おお、生存者か。ゾンビじゃないよな?」
ザジルを追って現れたのは、Aランク冒険者ソラリスのパーティーメンバー。
酒に潰れたソラリスを置いて寝室へと向かったカップルの片割れ、Bランクの冒険者フレディであった。
半裸にマフラーとマントという変態的な格好だが、好青年な顔と鍛え抜かれた筋肉によって、女性のファンも多いが、彼女でもあるパーティーメンバーのパールに一途な男である。
戦闘では魔法使いであるパールの守護獣となるが、夜は彼女の方が獣だと酒に飲まれて零す彼である。
「っと、未だ生きているのか。しぶといな」
足掻かないザジルの元へと寄り、魔力を込めた足で動かなくなるまでスタンプを繰り返す。
スタンプの度に響く轟音から、彼が並の身体強化の使い手ではない事が察せられる。
彼を追って来たパールはベルとフィーに気がつくと、自分達は生存している冒険者や市民を集めている事を教え、冒険者ギルドへの同行を申し出た。
ベルは快く申し出を受け入れ、4者は夜の街の移動を再開する。
2人きりを邪魔されたフィーが始終不満顔であったが、幼い故の嫉妬だろうとBランクのカップルは生暖かい眼差しを送っていた。
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本日よ更新はここまででございます。
ザジルをベルが倒せなかった事ですが、ベルはザジルを殺してやりたい程嫌いですが、復讐したいとは思っていません。