夜の街を駆ける者
あらすじ
冒険者ギルドにゾンビがやって来た
舗装された石畳の道を、ベルとフィーは駆けていた。
綺麗に赤い石を使った明るい模様も、日が沈んだ今では闇に呑まれ判別出来ない。
2人はそれぞれ、右肩の上に光魔法で光球を灯している。
初級に分類され、比較的容易に習得出来るライトの魔法は、夜の探索で重宝される魔法である。
最も、ベルとフィーは魔力を眼に練る事で視力が強化され、完全な闇で無ければ見通す事が可能であり、魔物から狙われる可能性のある光球の魔法を使う事は無い。
しかし、アンデットは光を嫌う上、自分達の存在を教える為に敢えて光球を灯している。
「数2、距離20」
「了解だとも」
南方面では光球が幾多も打ち上がっており、本来夜間に灯る筈の街灯魔導具の代わりを果たしている。
現在ベル達が走っているのは王都西の、宿泊施設や飲食系の店を中心に並ぶ繁華街である。
駆ける2人の背後、王都を囲う城壁付近で燃え盛る炎は、西方面からの脱出を不可能にしていた。
繁華街故に火元が多いせいだ。
本来ならば王都で問題が起きた場合駆けつける筈の騎士達の姿は無く、闇夜を駆けるのは逃げ惑う人々と、それを追うアンデットだ。
アンデットであるゾンビが人間を襲うのは、捕食の為では無く、生者が持つ魂を欲していると考えられている。
その為、歯や爪で襲い、喰い散らかされた様な有様になったとしても、生きてさえいればその地獄は続く。
逆に、どれ程綺麗な身体でも、そこに魂が無ければアンデットは興味を示すことはない。
「氷矢ッ!」
浮かした光球に照らされるよりも早くに、ベルとフィーは魔法を放つ。
ベルは火矢を無詠唱で放ち、2人の魔法の矢は前方のゾンビの頭を貫いた。
如何に新鮮な肉体と言えど、ゾンビの思考は愚鈍である。
反応するまでに、普通の魔物よりも時間を要するのだ。
最も、生者を前にした時はその限りでは無いが。
肉体を持つアンデットが脅威となるのは、頭を潰さなければ活動し続ける耐久力と、身体の限界を超えた膂力、そして単純に数が多い。
「むっ」
「ん?どうしたのさ?」
「人が襲われている、先に行く」
「もぅ、君は相変わらずお人好しだ」
「惚れるなよ?」
「今更さ」
ベルは魔力を練り上げ、足に流して踏み込む。
現在の身体となった影響で低下した身体能力だったが、火竜の魔剣と契約した事で、幾分か魔力による肉体の強化作用も向上したのか、以前よりも力強くなっている。
踏みつけた石畳を砕きながら前進し、魔力で強化された視力が青年を捉えた。
泣き叫びながらゾンビと戦っているが劣勢である。
「憤怒の剣、初仕事だ」
姿勢を低くし引き抜けば、貪る様に魔力が喰われ、刀身が蒼い炎に包まれる。
完全に支配下に置いている為、蒼い炎かベルを焼く事は無い。
数は5体、一撃で葬れるベルからすれば脅威とはならない。
しかし、王都で暮らす人数から、手に負えない数に膨れるのも時間の問題である事も事実だった。
文字通り一騎当千となる勇者は、もう居ないのだから。
ゾンビの一体に馬乗りになられた青年は、顎が外れる程開かれた口に視界が覆われる。
「ミーシャ……すまない」
涙で滲んだ視界で、ボソリと妹の名前を呟いた青年だが、蒼い光と共にゾンビの頭が落ちた。
ベルの憤怒の剣は、熱された刀身がまるでバターの様にゾンビを次々と屠って行く。
青年が自分の生存を理解した時には、辺りは動かぬゾンビが転がり、冒険者らしき少年が剣を仕舞うところであった。
「無事ですか?」
ベルが屈み込み青年を見て、怪我の大きさを確認する。
漸く追いついたフィーに回復魔法かける事を指示し、彼女が側によると、伸ばした腕を掴んだ青年は叫ぶ。
「ぼ、僕より妹をっ!ミーシャを救ってくれっ!!」
青年が指した先には、ベル達と年の近い少女が転がっていた。
フィーは一瞥して首を振る、魔力も無限では無い。
死者への回復魔法で無駄に消費する訳にはいかない。
少女に歩み寄ったベルは手を伸ばし、そっと瞼を閉じた。
「彼女は、もう死んでいます」
「……嘘だ」
「此処は危険ですから、ボクたちとギルドに向かいましょう」
「嘘だっ!ミーシャを、ミーシャを助けてくれっ!」
青年はベルの襟元を掴み叫ぶ。
そっとフィーが動こうとするのを、ベルは手で制した。
「死者は、生き返りません」
「っ!お前、お前達がもっと早くに……」
「あのさ、自分の弱さを私達の所為にしないでくれるかい?」
「フィー何も、言わないでくれ。彼は、昔の私だ」
分かったよ、とフィーは口をへの字にして返事する。
青年は呆然と立ち尽くすと、少女を抱き上げた。
「ぼ、僕も、ギルドに同行させておくれ……」
どうして荷物を連れて行かないと行けないのだと、フィーは苦虫を噛み潰したように天を仰ぐ。
だが、自分の無力さを知るベルは、彼と真っ直ぐに目を合わせる。
「連れて行くのは良いですが、死体は置いてください」
「い、嫌だっ!!」
「彼女が何時起き上がるのか不明な今、危険ですよ」
「違う、違うんだ。此処に置いて行くと、起き上がるんだ。僕は、見たんだ」
ベルは目を見開くと青年を突き飛ばし、自分も反動で距離を取る。
重音を立てながら落下してきたのは、ブヨブヨのした粘液が光る分厚い皮膚を持つ蛙の様な不気味な魔物であった。
腹は出ており、背中にはブツブツと人間の顔をしたイボが生えている。
悍ましい姿だが、ベルはその顔に見覚えがあった。
「ザジル公爵?」
国を支える三公爵家の1つ、ザジル公爵家の現当主であった。
王族を軽視し、金と権力で民を食い物にして肥え太った肉体と、平民を家畜として見ていた軽薄な顔はそのままであり、勇者であるベオウルフとは度々対立していた。
メフィスト殺害の命令に関わっていたであろう事も容易に想像出来るが、ベルにはどうでも良かった。
勇者が生まれた村の魔物暴走は人為的なものであり、それが目の前の魔物に成り果てた男の差し金と知っていれば、殺意以外の感情は不要。
溢れた怒りは魔力となり、憤怒の剣喰らったラースは感情に釣られたのかより激しく燃え上がる。
抜剣と共に振り抜くが、ザジルはその巨体に見合わない俊敏な動きで跳躍、ベルから大きく距離を取る。
「ちっ、都合良く殺傷処分出来るかと思ったが、上手く行かないものだな」
「落ち着けよベルくん。君の怒りは最もだが、感情に振り回されて勝てる相手じゃないみたいだ」
そっとフィーがベルの手を取ると、彼はゆっくりと息を吐く。
以前よりも大幅に弱体化している今、Cランクに至る魔力を持っている魔物を相手に油断は出来ない。
「み、ミーシャがっ!」
青年の声にザジルを見やると、蛙の様なヒレが付いた手で少女を抱えている。
ベロリと長い舌で少女をひと舐めし、その口に舌を突き刺した。
既に事切れている少女はガクガクと、痙攣する。
「何を……?」
「おやおや、きな臭くなって来たねぇ」
ズラリと舌を引き抜かれた少女が放られ、青年へと飛んでくる。
彼はどうなるかを知ってはいたが、受け取らざるを得なかった。
自分の失態と、愛する者への想いに戸惑っている内に、抱きしめた少女は彼の首元にかぶりついた。
「ギャァァァッ!ミ、ミーシャァっ!?」
ふむ、とフィーは顎に手を当てる。
彼を助けようと動こうにも、ザジルは此方を標的にしており、迂闊な行動は取れない。
格上となり兼ねない魔物を目前に、傷を治すのに時間が掛かる回復魔法の行使は自殺行為である。
「火矢ッ!!」
フィーが少女目掛けて放った火矢で、戦闘は始まった。
ご愛読ありがとうございます
4話目から、甥っ子の相手で動物タワーバトルが始まり投稿が遅れました。