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魔王を倒したその後で  作者: 夏目みゆ
22/57

聖剣と勇者

あらすじ

王様の計画が始まりました

勇者が聖剣と出会ったのは、彼が15歳の時であった。

当時剣聖と呼ばれていたレオンハルト陛下から、勇者として実力が認められた祝いに送られたのだ。

聖剣は、初代魔王を倒した勇者から、サルマン王国では代々受け継がれる武器である。

必ずしも王国から勇者が生まれるわけではなく、全ての勇者がこの剣を振るってはいないのだが。

しかし、サルマン王国から排出される勇者は必ずこの聖剣を握っており、彼等は総じて当時の魔王を討ったといい伝われている。


聖剣を授かった日から、勇者の夢に1人の少女が姿を現わす。

自らを聖剣の精霊だと語る彼女は、勇者ベオウルフが守れなかった幼馴染と酷似していた。


月日は流れ、魔王討伐に経った勇者は1人の仲間を加えた。

狂人の錬金術と呼ばれ、錬金術の聖地であるクラフトの街で、自らの研究所に引き篭っていたメフィストであった。

彼が生み出す兵器は魔族との戦争を有利に進め、現地ではその発想力から思考の裏を読んだり、突拍子も無い錬金道具を作り出した切り抜けて来た。

ある日、2人は戦火に巻き込まれた幼い魔族の子供を前にした。


「さて、勇者くん。君はこの子供はどうするつもりなんだい?」

「ああ……聖剣に聞いてみるよ」

「ねえ、オレは()に、尋ねたのだけれど?」


パチリとベルが目を覚ます。

ラーナの店から出て、2人は宿の部屋へと戻っていた。

いつの間にか寝ていたのかと、ゆっくりと頭を上げると、部屋の中心で練金鍋をかき混ぜるフィーがいた。

フィーの腰ほどまである大きな練金鍋は、魔力を込めて素材を入れる事で、様々な物質を合成させたり性質や形状を変化させる事が出来る。

とは言え、ベルは練金術について詳しくは知らない為、原理までは分からない。

恐らく、魔法や魔術に似た存在なのだろう。


フィーが鍋に投入したのは、昨日採取したオークの睾丸であった。

拳大程もある睾丸を、ピンセットでぷるぷる震えながら運んでおり、やはり直接触りたくは無いのだろう。

最も、彼女が今作っている興奮剤は飲み薬なのだが。

起き上がったベルと目が合い、ぐるぐると鍋をかき混ぜていた手を止めた。


「ベルくん、起きたのかい?」

「何時のまにか、寝ていたか……」

「それのせいじゃぁ、ないのかい?」


ベルが手元に目を落とすと、鞘に収まった憤怒の剣(ラース)が握られていた。

はめ込まれた魔石には、従魔契約の陣が浮かんでいる。

魔物や動物と、魂と繋がる契約である従魔契約は、使い魔として使役したり、ペットや仲間として主人と結ぶ魔術である。

繋がりを強くする事で、意思の疎通や魔力の送還をスムーズに行う事が出来るのだが、その分互いの結び付きが強くなり、最悪の場合は何方かが死ねば道連れとなる。

魔剣の数が少ない事から知られていないが、魔物である魔剣の力を十全に引き出し、自身を傷つけないように支配するには従魔契約が必須となるのだ。


便利に見える従魔契約だが、その本質は名前の通り主従関係にあり、契約者が下では全く意味が無いどころか、命を奪われるだけとなる。

契約を結ぶには、契約対象の肉体か精神を屈服させなければならない。

もしも契約者が負けた場合、良くて契約失敗、最悪の場合は精神が崩壊したり、肉体を欠損してしまう。


先程従魔契約を済ませたベルは、既に憤怒の剣(ラース)に格の差を見せている。

実戦では肉体に慣れていないが、魔力の総量は減るどころか増えており、圧倒的な魔力量に物を言わせて宿る火竜を従えたのだった。

それでも久しぶりに膨大な魔力を急激に消費した為、精神にかなりの負担を掛けたらしく、意識を失う様に深い眠りについていた。


「確かに魔剣との従魔契約は精神にそれなりの負担が掛かるが、意識を手放すほどじゃない」

「へぇ、じゃぁ別の理由が有るのかい?」


フィーは練金鍋を混ぜる事を再開する。

スッポンに似た亀の魔物、スポポポンの肉。

成人男性の脚程の太さで獰猛な蛇の魔物、デザートスネークの肝も投入する。

下処理も無く、料理で言えばかなり不安が残る材料だが、良薬口に苦しだ。


「それでも、自分の意思に関係無く寝てしまったのは、恐らく戦に備えて本能的なんだろうな」

「へぇ、戦か。予定より早めに王都を出た方が良いかもね」

「聖剣が夢に出た」


ベルがそう言うと、フィーは不愉快そうに眉を寄せた。

素材が混じり合ってドロリと煮詰めたそれを、容器に移して粗熱を取る。


「未だに君に巣食っているのかい?」

「……いや、昔の思い出さ」

「君が良いなら、何も言わない」


ベルは優しく微笑んだ。

ゆっくり、ゆっくりとした、亀の様に。

根強いそれとの決別を、彼女は待っていてくれるのだから。


「それにしても、君が聖剣の夢を見るって事は、大体危機が迫っている時だよね?」

「危機というか、まぁ、そうだな。仕方ない、明日には王都を発った方が……」

「ベルくん。勇者は、本当に辞めるのかい?」

「……メフィストが死んだ時、勇者ベオウルフも死んだのさ。それで良い、私は元々勇者なんて器じゃ無かった」

「分かったとも、君が選んだ道だ。ただ、自分に嘘を付くのだけは辞めて欲しい。好きな人が、心を痛める姿は見たくは無いからね」

「今の私の本音は、レオンハルトに嫌がらせをしたいな」


かっては勇者であったベルの口から溢れたのは、余りにも姑息な想いであった。

だが、それを聞いたフィーは目をキラキラと輝かせる。


「それは楽しそうだね」

「だろ?取り敢えずは……っ!?」


宿の外から大きな悲鳴が聞こえる。

ベルが警戒範囲を広げて周囲を探索して、苦々しい表情に変わった。


「アンデット……だと?」


未練が残る死体や魂は、魔力濃度によってアンデットへと蘇る。

王都では死者の火葬を義務付けられている(身内の無い死体も纏めて燃やされる)為、アンデットの発生は殆どない。

しかしどういう訳か、アンデットの気配が増えていく。


「……どうする?手当たり次第助けるかい?」

「無理だ、今の私の手は小さい。事態の収束の方が結果的に被害は減るだろうし、冒険者ギルドに向かうぞ」


ベルは憤怒の剣(ラース)を腰に吊るす。

フィーは完成した固形の媚薬カプセルをポーチへと突っ込み、マジックバックに練金鍋を押し込む。


「フィー、下を履け」

「ベルくんのえっちー」

「今更だ」


ベルが投げたショートパンツをいそいそと履いていると、部屋の扉が破られた。

血走った眼と黄色い顔、肉が抉れた首元からは、血が垂れている宿屋のおばさんが居た。

咆哮と共に駆け出そうとした彼女の頭部に、高速でベルが打ち出した火矢(ファイアボルト)が突き刺さり弾けた。

ゆらりと蒼炎が部屋を照らす。

頭部を失った彼女は、ゆっくりと崩れ落ちた。


「ベルくん、やり過ぎじゃないかい?」

「試運転のつもりだったのだが、元が火竜だっただけあるな」

「ま、アンデットになったら、こうしてやる方が幸せなのだけれど」

「蒼い炎か、雷魔法に比べれば目立たないだろ」

「うーん、基準が勇者しか使えない雷魔法っていうのがおかしいけれどね」

「そういえば、言っていなかったな。雷魔法が勇者しか使えないのは、原理の知識を聖剣が植え付けるからであって、別に誰でも使える」

「……君の誰でもは、信用出来ないからなぁ」


2人は荷物をまとめるて廊下へ出た。

陽はまだ沈んでいないが、血のように赤い空から、陽が落ちるまでの時間が短い事が察せられる。

夜はアンデットの時間だ。

冒険者ギルドに向けて、移動を始めた。

ご愛読ありがとうございます

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