聖剣と勇者
あらすじ
王様の計画が始まりました
勇者が聖剣と出会ったのは、彼が15歳の時であった。
当時剣聖と呼ばれていたレオンハルト陛下から、勇者として実力が認められた祝いに送られたのだ。
聖剣は、初代魔王を倒した勇者から、サルマン王国では代々受け継がれる武器である。
必ずしも王国から勇者が生まれるわけではなく、全ての勇者がこの剣を振るってはいないのだが。
しかし、サルマン王国から排出される勇者は必ずこの聖剣を握っており、彼等は総じて当時の魔王を討ったといい伝われている。
聖剣を授かった日から、勇者の夢に1人の少女が姿を現わす。
自らを聖剣の精霊だと語る彼女は、勇者ベオウルフが守れなかった幼馴染と酷似していた。
月日は流れ、魔王討伐に経った勇者は1人の仲間を加えた。
狂人の錬金術と呼ばれ、錬金術の聖地であるクラフトの街で、自らの研究所に引き篭っていたメフィストであった。
彼が生み出す兵器は魔族との戦争を有利に進め、現地ではその発想力から思考の裏を読んだり、突拍子も無い錬金道具を作り出した切り抜けて来た。
ある日、2人は戦火に巻き込まれた幼い魔族の子供を前にした。
「さて、勇者くん。君はこの子供はどうするつもりなんだい?」
「ああ……聖剣に聞いてみるよ」
「ねえ、オレは君に、尋ねたのだけれど?」
パチリとベルが目を覚ます。
ラーナの店から出て、2人は宿の部屋へと戻っていた。
いつの間にか寝ていたのかと、ゆっくりと頭を上げると、部屋の中心で練金鍋をかき混ぜるフィーがいた。
フィーの腰ほどまである大きな練金鍋は、魔力を込めて素材を入れる事で、様々な物質を合成させたり性質や形状を変化させる事が出来る。
とは言え、ベルは練金術について詳しくは知らない為、原理までは分からない。
恐らく、魔法や魔術に似た存在なのだろう。
フィーが鍋に投入したのは、昨日採取したオークの睾丸であった。
拳大程もある睾丸を、ピンセットでぷるぷる震えながら運んでおり、やはり直接触りたくは無いのだろう。
最も、彼女が今作っている興奮剤は飲み薬なのだが。
起き上がったベルと目が合い、ぐるぐると鍋をかき混ぜていた手を止めた。
「ベルくん、起きたのかい?」
「何時のまにか、寝ていたか……」
「それのせいじゃぁ、ないのかい?」
ベルが手元に目を落とすと、鞘に収まった憤怒の剣が握られていた。
はめ込まれた魔石には、従魔契約の陣が浮かんでいる。
魔物や動物と、魂と繋がる契約である従魔契約は、使い魔として使役したり、ペットや仲間として主人と結ぶ魔術である。
繋がりを強くする事で、意思の疎通や魔力の送還をスムーズに行う事が出来るのだが、その分互いの結び付きが強くなり、最悪の場合は何方かが死ねば道連れとなる。
魔剣の数が少ない事から知られていないが、魔物である魔剣の力を十全に引き出し、自身を傷つけないように支配するには従魔契約が必須となるのだ。
便利に見える従魔契約だが、その本質は名前の通り主従関係にあり、契約者が下では全く意味が無いどころか、命を奪われるだけとなる。
契約を結ぶには、契約対象の肉体か精神を屈服させなければならない。
もしも契約者が負けた場合、良くて契約失敗、最悪の場合は精神が崩壊したり、肉体を欠損してしまう。
先程従魔契約を済ませたベルは、既に憤怒の剣に格の差を見せている。
実戦では肉体に慣れていないが、魔力の総量は減るどころか増えており、圧倒的な魔力量に物を言わせて宿る火竜を従えたのだった。
それでも久しぶりに膨大な魔力を急激に消費した為、精神にかなりの負担を掛けたらしく、意識を失う様に深い眠りについていた。
「確かに魔剣との従魔契約は精神にそれなりの負担が掛かるが、意識を手放すほどじゃない」
「へぇ、じゃぁ別の理由が有るのかい?」
フィーは練金鍋を混ぜる事を再開する。
スッポンに似た亀の魔物、スポポポンの肉。
成人男性の脚程の太さで獰猛な蛇の魔物、デザートスネークの肝も投入する。
下処理も無く、料理で言えばかなり不安が残る材料だが、良薬口に苦しだ。
「それでも、自分の意思に関係無く寝てしまったのは、恐らく戦に備えて本能的なんだろうな」
「へぇ、戦か。予定より早めに王都を出た方が良いかもね」
「聖剣が夢に出た」
ベルがそう言うと、フィーは不愉快そうに眉を寄せた。
素材が混じり合ってドロリと煮詰めたそれを、容器に移して粗熱を取る。
「未だに君に巣食っているのかい?」
「……いや、昔の思い出さ」
「君が良いなら、何も言わない」
ベルは優しく微笑んだ。
ゆっくり、ゆっくりとした、亀の様に。
根強いそれとの決別を、彼女は待っていてくれるのだから。
「それにしても、君が聖剣の夢を見るって事は、大体危機が迫っている時だよね?」
「危機というか、まぁ、そうだな。仕方ない、明日には王都を発った方が……」
「ベルくん。勇者は、本当に辞めるのかい?」
「……メフィストが死んだ時、勇者ベオウルフも死んだのさ。それで良い、私は元々勇者なんて器じゃ無かった」
「分かったとも、君が選んだ道だ。ただ、自分に嘘を付くのだけは辞めて欲しい。好きな人が、心を痛める姿は見たくは無いからね」
「今の私の本音は、レオンハルトに嫌がらせをしたいな」
かっては勇者であったベルの口から溢れたのは、余りにも姑息な想いであった。
だが、それを聞いたフィーは目をキラキラと輝かせる。
「それは楽しそうだね」
「だろ?取り敢えずは……っ!?」
宿の外から大きな悲鳴が聞こえる。
ベルが警戒範囲を広げて周囲を探索して、苦々しい表情に変わった。
「アンデット……だと?」
未練が残る死体や魂は、魔力濃度によってアンデットへと蘇る。
王都では死者の火葬を義務付けられている(身内の無い死体も纏めて燃やされる)為、アンデットの発生は殆どない。
しかしどういう訳か、アンデットの気配が増えていく。
「……どうする?手当たり次第助けるかい?」
「無理だ、今の私の手は小さい。事態の収束の方が結果的に被害は減るだろうし、冒険者ギルドに向かうぞ」
ベルは憤怒の剣を腰に吊るす。
フィーは完成した固形の媚薬カプセルをポーチへと突っ込み、マジックバックに練金鍋を押し込む。
「フィー、下を履け」
「ベルくんのえっちー」
「今更だ」
ベルが投げたショートパンツをいそいそと履いていると、部屋の扉が破られた。
血走った眼と黄色い顔、肉が抉れた首元からは、血が垂れている宿屋のおばさんが居た。
咆哮と共に駆け出そうとした彼女の頭部に、高速でベルが打ち出した火矢が突き刺さり弾けた。
ゆらりと蒼炎が部屋を照らす。
頭部を失った彼女は、ゆっくりと崩れ落ちた。
「ベルくん、やり過ぎじゃないかい?」
「試運転のつもりだったのだが、元が火竜だっただけあるな」
「ま、アンデットになったら、こうしてやる方が幸せなのだけれど」
「蒼い炎か、雷魔法に比べれば目立たないだろ」
「うーん、基準が勇者しか使えない雷魔法っていうのがおかしいけれどね」
「そういえば、言っていなかったな。雷魔法が勇者しか使えないのは、原理の知識を聖剣が植え付けるからであって、別に誰でも使える」
「……君の誰でもは、信用出来ないからなぁ」
2人は荷物をまとめるて廊下へ出た。
陽はまだ沈んでいないが、血のように赤い空から、陽が落ちるまでの時間が短い事が察せられる。
夜はアンデットの時間だ。
冒険者ギルドに向けて、移動を始めた。
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