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魔王を倒したその後で  作者: 夏目みゆ
20/57

心を貰った騎士

投稿が遅れて申し訳ありません


あらすじ

ベルは遂に念願の魔剣を手に入れたぞ!

第四研究所の地下で、メリッサは会話していた。


「ええ、勿論です。私に御心を下さったあの人を、この命尽きるまでお守り致します」


ゆっくりと頷いた人影は、牢の鍵を開けると階段を上がっていった。

メリッサは立ち上がる。

度重なる実験で、彼女は既に衣類を身につけていない。

最も、人が着る服は着る事が叶わないのだが。

彼女の瞳には光が灯っていた。

その()で、地を踏みしめる。


王であるレオンハルトには2人の息子が居る。

第1王子であるライオスは、王妃ではなく側室の子であり、第2王子として産まれたイルミよりも継承権は下である。

ライオスの母は、ライオスを産んで直ぐに亡くなっており、側室の母は元々王妃の護衛騎士であった。

王妃であるクリスティーナは彼女とは気を許した友人であり、母を亡くしたライオスに厳しくも優しく接す事で恩に報いた。

ライオスもクリスティーナの事を義母(はは)と呼ぶ。


「ハァッ!」


ライオスの一撃で、兵士の1人が吹き飛んだ。

彼の手に握られるのはバスターソード。

雑種剣と比喩されるそれは、片手でも両手でも持てる中途半端な大剣だ。

魔力で活性化させた一撃で、鎧を纏う騎士を吹き飛ばした。

だが、城を守る騎士である彼らは、吹き飛ばされた仲間に構うこともなくライオスに武器を向ける。

数は力である。

一騎当千、物語の英雄には、人の身では叶わない。

それを成し得た者こそ勇者という名を冠するのだ。


暴風の衝撃波(ウィンドブラスト)ッ!」


ライオスの目前に迫った兵士達を、後方で詠唱を完成させたクリスティーナの魔法が吹き飛ばす。


「義母上、助かりました」

「ええ、ですが……何が起こっているのでしょう?」


クリスティーナは第2王子のイルミを背後に庇って周囲を見渡す。

最初に重傷を負いながらも、危機を伝えに来たメイドは既に事切れている。

辺りに倒れ臥す王宮の騎士達は、ライオス達の命を狙い襲撃して来たのだ。


「邪魔者な俺を狙うのは兎も角、彼等の発言はイルミと義母(はは)上すらも殺害対象の様でした」

「ええ、クーデターかしら?さて、のんびりとしている余裕はありません。我等王族に伝わる通路から脱出しましょう。1番近いのはイルミの部屋ですわ」

「……道中も、襲われる事でしょう。義母上、俺が囮となり騒ぎを起こし、敵を引き付けます」

「……死にますよ?」

「俺の母でも、きっと同じ選択をします。義母上、愚息の最期の我儘をお聞きください」


ニッコリと微笑んだライオスに、彼の母親の面影を見たクリスティーナは哀しげに微笑んだ。

イルミは幼いながらも状況を理解しているのか、涙を堪え、不安そうにライオスを見上げた。

今生の別れである事を察しているのだろう、手を彷徨わせて下ろしてしまう。


「イルミ、お前は生きてくれ」

「でも、こんな私よりも兄様の方が……優秀です」

「他者を認める。お前の様な人こそ、王に相応しいのさ。今まで肩書きの所為で、碌に兄らしい事は出来なかったからな、最期くらい格好付けさせておくれ」

「……」


イルミの頭を優しく撫でながら、腰に吊るした予備武器の短剣を鞘ごと彼に手渡した。


「そして、義母上を護ってくれ。男として、お前に頼む」

「……はいっ!」

「全く、良い男に育ちましたねライオス。私の、私達の可愛い息子。では、いずれ空で会いましょう」

「ええ、義母上も、いずれ空で」


サルマン王国では、魂が天へ登り神の元へと辿り着くと考えられている。

今生の別れの際には、空で再開しようと告げるのだ。

部屋を出て、ライオスは空気を吸い込み、咆哮と共に気合を入れる。


「サルマン王国第1王子は此処に居るっ!首が欲しければ来るが良いっ!」


魔力を絞り出し、身体に巡らせていく。

王族であるライオスは魔力総量が豊富であるが、体外に放出する事は苦手な為、攻撃魔法が得意ではない。

魔術は事前準備を必要とし、現在悠々と準備をしている時間は無い。

己の得意とする身体に魔力を巡らせる身体強化と、かって剣聖であった父、レオンハルト王に教わった剣技のみ。

左右の腕に秘策はあるが、戦況をひっくり返す程の効果は見込め無い。


金属音を響かせて、全身鎧の騎士達がやってくる。

肩の布から部隊や階級が分かり、近衛騎士程の実力では無い事に安堵しつつ、迎え撃つ。

派手に吹き飛ばしながら、次々と来る兵士と戦う。

自分の役目は時間稼ぎである為、大声と騒音を上げつつ、窓や階段を飛び回る。

時折混ざる魔法兵は、炎や風を放ち、その度に傷は増えていく。

だが、生存を考えない、全てを捨てた男は強かった。

肉体の限界を超え、筋が音を立ててもバスターソードを振り続ける。


獣だ。

アレは獣だと、騎士達はその形相に尻込む。

戦う内に、王宮の庭へと辿り付く。

煌びやかな花達も、踏み荒らされて無残な姿となっている。

周囲に倒れ臥す使用人達はピクリとも動かない。

騎士達は憐れな骸を踏み越えて、ライオスを追う。


「王子、もうこれ以上は無理ですぞ」


銀色の全身鎧の騎士達を割って、黄金に輝く鎧を身に纏う3人の近衛騎士が歩いて来た。

オリハルコンを混ぜた鋼は、その高度を遥かに引き伸ばし、鎧として纏えば竜すら引き裂く事に苦戦すると言われる、一流の騎士の証。

近衛騎士達が其々槍や、剣を構えた。


ライオスの視界は既に朦朧としており、左腕に付けた睡眠を抑える魔導具を使って、無理やり意識を保っている。

文官などが仕事中に使う魔導具を改造したこれは、拷問時に、無理やり意識を保たせる事に用いる。

痛みを無視すれば、理論上は確かにライオスの様な使い方も可能であるのだが、誰もが行えるのであれば、戦場ではとっくに導入されていただろう。

だが、普通の人間は痛みに耐え切れない為に落とす意識を無理やり覚醒しているのだ、発狂しかねない地獄で正気を保ち剣を振るうのは執念か。

或いは、とっくに発狂しているのかも知れないが。


近衛騎士という地位は、実力と実績が無ければならない王の懐刀である。

その実力は本物だ。

1人ならば万全で戦えばライオスでも互角に持ち込めるが、今は満身創痍であり、3人の近衛騎士達は油断無く手負いの獣を狩ろうとしている。


此処が自分の死に場所だ。


ライオスは覚悟を決めて、右手の腕輪に魔力を込めた。

最近狩られた火竜の素材を用いた魔導具であり、炎の魔法を発動する効果だ。

前の持ち主は、余りにも強力な魔法に自分の腕も焼き尽くされてしまったそうだ。

造り手の技術以上の魔導具が、ごく稀に生まれる事がある。

再現しようにも、凡ゆる偶然が重なった奇跡を再び起こす事は叶わない。

魔法使い、魔術師、鍛治師等の魔導具師は、この奇跡を妖精の悪戯と呼んでいる。

悪戯好きの妖精が気紛れに手を貸したと考えられているが、近代姿を見る事がかなり少ない妖精に真実を訪ねる事は出来ない。

元の素材や設計では、使用者の腕ごと燃やす程の威力は出せない筈であった。

しかし、己を貶した火竜の憤怒が宿ったかの様に、制御不能の強力な炎魔法を放つ。


「起動しろ、火竜の息吹(フレイム)っ!」


ライオスの叫びと共に、真紅の腕輪が煌めく。

かざした腕を焼きながら、放たれた炎は放射線状に広がり、近衛騎士達諸共飲み込んだ。


「っ!馬鹿なっ!」

「結界を貼れっ!!」


慌てて盾に刻まれた魔術回路へ魔力を流し、防御魔術を起動する近衛騎士。

燃える視界の中で、ライオスは想い人の事を思い出していた。


ライオスが剣聖であったレオンハルト王の教えを受ける前、剣術の基礎を教えくれた人いた。

彼女はライオスより5つ年上であり、若くして騎士団筆頭に選ばれる程の実力者であった。

だが、女という生まれながらの性別は、彼女に様々な困難として立ちはだかる。

苦難に立ち向かうその姿に惚れたと、ライオスが成人とされる13となった時に告白した。

だが、騎士とは言え身分が違い過ぎると彼女は中々頷かない。

それでも、そばにいて欲しいと伝え続けるライオスに、とうとう彼女は折れたのだ。

どれ程の困難にも、決して心折れぬ鋼の心は、1人の少年の言葉で容易く折れてしまった。


「王子殿下、私は貴方の想いを、お心を頂く事は許されないので御座います。ですが、例え離れようと、この身が果てようと、私の心は貴方がお持ちください」


彼女が騎士団長となり、ライオスの師を解かれるのは告白の直後だった。

王が介入したのかは分からない。

彼女、メリッサは、戦場を駆け巡り、第2王子へと剣を指導し、ライオスと会う事は叶わなくなった。

互いに、ただその姿を追うだけで、声をかける事は叶わない。


「俺も、此処まで、か」


吐く息と共に気力が抜け、ライオスはゆっくりと膝から崩れ落ちて行く。

黄金の鎧を焦がしつつ、2人の近衛騎士は何とか炎を防いでいた。

仲間を盾にする事で。

盾となった彼は、外装はそのままに、中では炭と化している事だろう。


「ぎゃぁっ!」

「な、何だっ!?」

「化け物だっ!!」


ライオスに向けて武器を握った近衛兵は、後方から聞こえる叫びを耳に捉えた。

だが、彼等が振り向く事は無く、最期に見たのは黄金の鎧を見に纏う自分の身体であった。

ゴトリと音を立ててて落ちる頭、噴水の様に上がる血飛沫を、無感情に一瞥にて彼女はライオスの前に立った。


正しく、化け物がそこに居た。

全裸の女、胸には紅く輝く宝石を埋め込み、本来脚がある場所には、8本の腕が付いている。

上半身の両手、下半身の腕に騎士達の物であろう血に塗れた武器を握っている。

手入れがされていない、血の様な髪の毛が伸び、妖艶に秘部を隠していた。

だが、その顔を見間違う筈がない。

王国騎士団長、メリッサである。


「ライオス様。例えこの身が変わろうと、私の心は貴方と共に」

「遅いじゃ、ないか」

「愛しき貴方に、見られるのは恥ずかしいのです」

「馬鹿を言うな、気高い君は……」


綺麗だよ、と微笑むライオスは、あの日と変わらない笑顔でメリッサを見上げた。

軽々と、複数の手でライオスを持ち上げたメリッサは駆け出す。

愛しき人を救う為に。

彼を護れと、命を受け牢から放たれた怪物。


「逃すなっ!」

「近衛がやられたぞっ!」

「め、メリッサ団長?」

「違うっ!アレは、化け物だっ!!」


例え両の手が塞がっていたとしても、今のメリッサには文字通り手数が十分。

腰から生える腕は地を駆けながら、左右に落ちた近衛騎士の武器を握る。

ジュッと、手の平を焼きつつ、眼前の騎士達に武器を振るう。

加えて、奪った杖に魔力を練りながら詠唱を始めた。

魔法使いと戦う場合、詠唱を潰す事は基本である。

だが、歩行に必要な2本を除けば、メリッサの腰から生える腕は6本が自在に動く。

重心を補正したり、武器を振り回したり、掴みかかったりと多彩に動く腕は実に厄介であり、彼女が詠唱を完成させる時間を稼ぎ切った。


広がる泥沼(マッドクリエイト)っ!」


完成した魔法で、地面はぬかるみだして足取られる。

水魔法と土魔法を合わせて魔法を大規模に展開する、魔力総量の低いメリッサに使える筈が無く、攻撃魔法を警戒していた騎士達は見事に虚を突かれる。

メリッサ達とは異なり、鎧を見に纏う彼等はズブズブと沈みだす。

ぬかるんだ地面に、白銀の短剣がつきささる。


「こっちだ、飛べっ!」


褐色の肌を持つエルフが叫び、短剣に組み込まれた魔術を発動すると、瞬時に泥が凍り騎士達の動きを止めた。

広範囲に向けて放った魔術は、表面を凍らせることしか出来ない、余り時間に猶予は無いだろう。

パキリと氷を鳴らしながら着地したメリッサは、既に気を失ったライオスを握る手に力が入る。


ラピスを脱出させた後も、エルフの彼女は何度か王城に潜入していたのだが、第四研究所の警備は大幅に強化されており、メリッサの元には辿り着く出来なかった。

王城が騒がしい事に様子を見に来た事が幸いし、メリッサと再会を果たす事が出来た。

怪物の様な外見であるメリッサを助ける事に躊躇わない辺り、彼女の人柄が出てしまっている。

厄介な荷物(ライオス)を見て苦い顔をしたエルフの少女だが、それでも貴重な情報源を逃すまいとメリッサを連れて脱出を始めた。


勇者が居なくなったこの国で、歯車は動き出した。

天高く登った日は、これからゆっくりと沈み出す。

ブクマありがとうございます。

実は、ブクマ数が20となりまして、様々な方に読んで頂ける事がとても励みになっています。

感謝の極み。

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