勇者は城を去る
あらすじ
勇者は親友であるメフィストを殺してしまった。
無感情に思えた彼は、何を考えているのだろうか。
「我が国を去ると?」
王であるレオンハルトは勇者に問うた。
破壊の申し子とも言われたメフィストは、心を開いた勇者以外に殺す事は不可能に近い。
その為、勇者に命令して事を成した。
だが、報告に帰ってきた彼は、国を去る事を告げたのだ。
魔王討伐の実績により、勇者もメフィストも爵位を与えられた。
魔王を斃す程の実力に加えて、人望もあり、国には無くてはならない存在であった。
「奴が理由か?」
「それも有りますが、メフィストが病死した事により、魔王を討った勇者は私のみとなりました。彼のは畏怖とはいえ、メフィストと二分されていた支持を、下手したら私1人へと集められ、国が荒れる事が予見されます」
「それは、民は私を支持しないと?」
眉を寄せた王に、勇者はゆるゆると顔を振った。
「賢者の石、メフィストは目処が付いたと言っていましたが……資料は?」
「む、奴の研究施設内には無いと聞いたが、目処が付いた……それは、真なのか?」
賢者の石とは、錬金術の極致であり真理。
如何なる病も怪我も癒し、年齢さえも若返る奇跡を引き起こせる伝説の石である。
最も、錬金術の素材として用いれば、凡ゆる対価も結果も操作出来る。
その為、長寿を目的に賢者の石を使うなんて錬金術師にとっては馬鹿らしい話ではあるのだが。
だが、真理も追い求めぬ有権力者にとって、喉から手が出るほど欲しい永遠の命となる。
「メフィストは、嘘をつきません。ですが、私が知る事を危惧して、研究施設に資料を置いていなかったのでしょう。そして、この王都の何処かにソレはある。……内戦が、起きますよ」
「内戦を起すに都合の良い建前が、王族と勇者かの関係か……。良かろう、この国を去る事を許す」
「感謝致します」
勇者とは、兵器となりえる力を秘めている。
他国へと渡れば、自国を脅かす存在となり得よう。
しかし、王もまた、人である。
親友を殺めた勇者の我儘も、聞いてやりたかったのだ。
「レオンハルト陛下、勇者は如何なさいますか?」
「国を出るまで様子を見ろ、賢者の石を知るならば動くだろう。我が国を出たならば、可能ならば始末しろ」
「はっ!」
されど、王である。
王は国を第一に考えなければならならない、もしも追っ手を退くのであれば、勇者は反旗を翻したと触れ回る。
「賢者の石か、破壊の申し子の遺産。死しても、尚国を乱すつもりか」
勇者も錬金術師も、解っていたのだろう。
魔王という存在を討てば、次は自分達である事を。
緘口令を敷こうが、賢者の石の話は上位貴族に留まらず、凡ゆる国に漏れる。
例え未完成であろうとも、不死はなんと甘美な響きとなる事だ。
こぞって他国は攻め入る。
自国の未来を想像して、王はそっと溜息をついた。
王城を後にした勇者は、自分を尾行している存在に気が付いていた。
しかし、手を出せば反逆罪で捕まるであろう。
勇者の顔を知っている街人は、そう多く無い。
パレードで見た事在ろうと、遠目に見ただけだ。
更に、近衛兵長を辞任した勇者は、特徴的な白銀の鎧を返却し、街人が着るような服装に、目深にフードを被っている。
昼下がりの、騒がしい人混みは、そんな勇者を激しく揉む。
勇者に付いていた密偵は、人混みで見失った事に気がつく。
慌てて周囲に目を配るが、外装を羽織った者は多く、見つける事が出来ない。
仲間達と合流するも、消えてしまったと口々に同じ事を言う。
錬金術師の魔道具で、姿を消したのだろうか?
密偵達は慌てて報告するが、王が慌てる事は無かった。
勇者を指名手配しろと。
偉大なる錬金術師を殺め、その資料を奪って逃走した奴を捕らえろと。
人相書きが出回り、人々が恐怖に陥るのは、その2日後の事である。