主を喰らう、火竜の剣
あらすじ
ローブを燃やされたのでたかる事にした
ラーナの用意したローブは、Bランクの魔物であるタイラント・クイーンタラテクトが、卵を産む時の繭を用いた糸を編んだ物で作られている。
タイラント・クイーンタラテクトは、仔を守る為に繭に己の大半の魔力を用いる、その為この繭は非常に魔法耐性が高くなり、下手な金属よりも丈夫な布の材質となる。
この魔力を纏った繭は周囲の環境に合わせて色彩を変える他、卵から孵った子にとって成長を促す餌となる。
採取は非常に難易度が高い上、タイラント・クイーンタラテクトの産卵も数十年に一度しか無い為、滅多に素材は流れない。
今回は魔王討伐の為に魔族領を横断していた勇者達が、偶々産卵中のタイラント・クイーンタラテクトを発見し、討伐して手に入れたのだ。
本来は王城への献上品になり得る物だが、試作品として造られた物である。
魔力を与える事で一刻程の時間、純白のローブは周囲の景色に擬態する他、首元には鎖帷子が編み込まれており、致命的な一撃を軽減する。
鎖帷子の表面にはチタンの様に錆びにくい防錆鉱と呼ばれる、硬度が低い金属がコーティングされている為、手入れに気を使う事が無い。
ローブをマジマジと見たフィーは、自分の髪の毛の様に白いソレを気に入った様であった。
6連式魔導筒の形状に合わせたホルスターに付け替え、元の単発式魔導筒をマジックバックに仕舞おうする。
しかし、思い直してホルスターごとベルへと渡した。
「これは、ベルくんが持っていてくれ。もしかしたら、必要になるかもしれない」
「……」
差し出された魔導筒を見て、ベルの頭をふとよぎった。
冒険者の女は、自分の愛武器を相手に渡す事で告白するのだ。
家庭に入る事や、相手を信じて武器を預ける事で、己の献身を伝えるらしい。
勿論、フィーはそんな事知らないだろうが。
「受け取ろう。お前だと思って、大事にする」
「えー、普通にオレも大事にして欲しいなぁ」
「なんじゃ?フィーは冒険者の話を知らんのか」
「え?何の話だい?」
「貴族程面倒では無いが、誘い文句って奴だ。覚えておいた方が良い」
「え、えぇ?」
「武器を異性に預けるって事は、そう言った意味だ。私以外に、武器を預ける事はしないで欲しい」
「う、うん」
ラーナは部屋の奥へと消え、今のベルが使っているショートソードよりも、幾分が太く長い片手の剣を持ってきて机に乗せた。
ゴトリと置かれた剣に、2人の視線は向けられる。
その柄は以前は豪華で有った事は悟れるが、今は焼き尽くされたかのように煤けている。
火事現場から拾ってきた様な剣を見て、フィーは顔を顰めた。
「何だいこれは?」
「坊主になら使いこなせるたぁ思うんじゃが、端折って言えば曰く付きだの」
「見るからに呪われている……って、ベルくんっ!」
フィーの制止を聞かずに手に取ったベルは、柄に埋め込まれた紅の魔石を見やる。
「魔剣じゃないか」
「分かるかの?」
魔剣とは、魔物の核となる魔石を使った剣の中に、ごく稀に発生する、生きた剣の魔物である。
総じて巨大な力を秘めてはいるが、並大抵の人間では逆に魔剣に喰われてしまったり、精神を乗っ取られる等、多くの担い手は破滅の道を辿っている。
国によっては所有を認めず、魔剣を討伐対象として扱っている。
そして、生物を入れる事が出来ないマジックバックでは、魔剣を入れる事が叶わない。
「東のダンジョン街、アポレルの近くに火山がある事は知っているか?」
「あぁ、火竜の住処と言われて……まさか、その火竜の成れの果てか?」
「うむ、お貴族様の依頼でのう、Bランクの冒険者達が複数のパーティで当たった訳じゃ」
「へぇ、火竜かぁ。素材が気になるけれど、その剣の様子からまともな討伐の仕方じゃなさそうだね」
「うむ、火竜の仔を餌に罠にかけたそうじゃが、えげつない事をしよる」
「憎悪に、剣になっても尚執着するとは、余程無念だったのだな」
「というか、ラーナにしては良く受けたね」
「うーむ、儂も魅入られとったのかもしれなんだ。素材が余りにも魅惑的に見えてのう、創作意欲が湯水の如き」
「うんうん、それで曰くは?」
ラーナはトントンと、こめかみを叩きながら頭を探る。
曰くについて思い出しているのだろうが、眉間による皺から、碌な結果になっていない事が見て取れる。
彼女は指を2本立てて話し始めた。
「犠牲者は2人じゃ。1人は先程申した貴族の息子。子の身の丈に合わん武器を贈られ、魔剣に魔力を通し、吸われ尽くして干からびた」
剣に魔石や魔物の素材を埋め込んだ魔法剣は、魔力を通す事で様々な事象を引き起こす。
今回の魔剣は、元々炎を刀身に纏う魔法剣としてラーナに打たれたのだが、彼女の腕と火竜の執念による奇跡が魔剣を生み出したのだ。
最も犠牲者達にとって、この奇跡は起こらない方が良かったのだが。
魔力は空になれば、強い頭痛と吐き気を伴い、酷い時には意識を手放す事となる。
これは、肉体に対して脳がリミッターを掛ける様に、無意識にセーブしているからである。
魔力が空になっても魔法を使う事は可能であり、命を魔力の代わりとして用いる事が出来るのだ。
これを応用したのがガラハンドの作成している賢者の石であるのだが、邪道と言える技法故に、その効率は非常に悪い。
そして、未熟な息子の魔力程度では満足しなかった魔剣は、彼の命までも貪り喰らったのであった。
「へぇ。仔を餌に自分を討伐した、貴族の子を喰らうとは、中々大した意趣返し、じゃぁないか」
「まぁ、こちらは自業自得とも言えなくも無いがの。2人目は貴族が曰くの品と隠してオークションに流してな、それを買った冒険者が居たのじゃよ」
「その時は、戻っては来なかったのだな」
「うむ、その時に返しゃぁ良かったんだがの。貴族の面子や誇りと言う、大層なぁもんが有ったんじゃろう、儂の元には帰らなんだ」
「それは、それは。ツいてないね、全くツいて無いじゃないか。で、不幸な人はどうなったのさ?」
やれやれと冗談めかして肩を竦めたフィーは、持ち前の好奇心が抑えきれないという、キラキラと輝く瞳で問い掛けた。
「燃えたのさ」
「へぇ、それは、それは……」
「冒険者は、Aランクにまで至たると言われた輩での、魔力総量にも剣技にも申し分は無かった筈だがの……。ある日、魔物との戦闘中に魔剣から炎が溢れて、その身を包んだそうじゃ。消そうと仲間が躍起になっても、後から、後から湯水の如く……遺されたのは、炭の塊が一つ」
「くっくっく、火葬屋を呼ぶ手間が省けたね」
王都等の都市では、アンデット対策の為に死者を火葬して弔う事になっている。
勿論地方の隅々まで行き渡っていない為、土葬を行なっている場所も有るのだが、魔力の影響か、死者の無念か、夜な夜な起き上がるアンデットが発生する。
「迷惑な事に、貴族の阿呆は儂が打った剣だと銘打って売り払った故、お鉢が回って来た訳じゃ。されど、儂はまさか魔剣になっている等知らなんだ。冒険者の餓鬼供が文句を言いに来ての、初めて発覚したって訳じゃ」
「そいつは災難だったな。だが、お前が打った時は只の魔法剣だったんだろう?」
「うむ、恐らくは貴族の子を喰らった時に成り果てたのだろうが、全く迷惑じゃな」
「冒険者は納得したのか?」
「勿論。売ったのは貴族の阿呆の勝手故、責任は彼方に在ろうと優しく諭してやったんじゃからな」
「それは、災難だったな」
何方がとは言わずとも、ベルとフィーも同じ方を哀れんでいた。
ベルは改めて手元の魔剣に目を落とす。
「どうしてそれが、今ここに?」
「皆、気味悪がってのう。されど、壊すには忍びない。時折来る腕利きに、曰くを話し預けようとしても、直ぐに火傷をして突き返す。迷惑極まりないのう」
「迷惑なのは、厄介払いに躍起になっている君じゃぁないか」
「例え魔剣に堕ちようと、我が子を見捨てる馬鹿は在らなんだ」
「うーん、鍛冶屋ってそういうものなのかい?」
「そういうもんさ、フィー。普通の親は、我が子の幸せを願うんだ」
「へぇ、知らなかったよ。うんうん、気をつけよう」
ニッコリと笑って、自分の腹部を摩るフィーから、ベルはそっと視線を外す。
ベルがゆっくりと剣を引き抜くと、眩いばかりの紅の刃がゆらりと怪しく輝いた。
柄に埋め込まれた魔石が、目覚めたように縦に長い瞳孔が浮かび、ギョロリとベルへと視線を移す。
「成る程。この魔剣は無尽蔵に魔力を吸収し、それに応じて手当たり次第炎を振りまく様だ。周囲に当たり散らす怒りの炎、名付けるとしたら憤怒の剣か?」
「大層な銘じゃな。にしても、抜いただけでそこまで分かるとは……」
「あぁ、戦った魔族の中には魔剣使いもしたし、何より国が支給した聖剣、アレは魔剣だ。付き合い方には慣れているんだ」
「何と、アレが魔剣とは……」
「ねぇベルくん、それは機密情報って奴じゃないかい?」
「しまったな……ラーナ、忘れてくれ。知ってると命を狙われるぞ」
「傍迷惑だのうっ!?安心せい、顧客の情報は明かさんよ」
魔力操作に優れたベルからすれば、魔剣に魔力を流さない事など朝飯前であり、現状只の斬れ味の良い剣に過ぎない。
最悪魔剣自体を破壊すれば良い為、特に困る要素が無いと結論付け、鞘に戻すと腰に吊るした。
その腰に、聖剣が居ない事にラーナは疑問を覚える。
聖剣が魔剣であるならば、マジックバックには入らない。
では、今何処に?
浮かんだ疑問を、ラーナは忘れる事にした。
命は惜しいのだから。
「ベルくん、大丈夫なのかい?」
「特に問題は無いな。魔剣は意思を持つが、魔力が無ければ何も出来ない。試し斬りや、お前の試射も此処では出来ないだろ?」
「場所が無いわけでは無いがのう、不用意に情報を流したくはあるまいて?儂の店は口が堅いが、人の口に戸を立てれん事も事実。6連式魔導筒は、そのままお前の正体に繋がる故、あまり使用は避けるべきじゃ」
「魔導筒とは、大分形状が変わっているけれど、用心に越した事は無いね」
武器の更新が完了した2人は席を立った。
「なんじゃ?もう行くのか?」
「あまり長居しても、可笑しいからな。あぁ、一応私達は今週の間に王都を発つつもりだ。面倒事に巻き込まれるのは敵わないからな」
「ふぅむ、坊主が言うなら、儂も少し離れておくか」
「ラーナにはこれを渡しておくよ」
フィーはマジックバックの中から、2人が付けている通信機の魔導具を取り出して手渡す。
魔力さえ足りるなら、どれ程離れていても理論上は交信が可能なことと使いかたを教え、ラーナが理解した所で2人は武器屋を後にした。
湿っぽい別れをする事は無かったのだが、2人が去った部屋で、ラーナはそっとため息を吐く。
友の無事の安堵や、自分も付いていきたい気持ち、凡ゆる複雑な言葉を、酒と共にそっと胃に流し込んだ。
次話はちょっと確認の為遅くなります