ラーナと魔導筒
あらすじ
ラーナは会ってくれるらしい
ベルとフィーは武器屋の奥へとたどり着いた。
重々しい扉を開けると、応接間の様に作られた部屋で、1人のドワーフが掛けていた。
ジロリ2人を睨むのは、赤毛のかなり小柄な少女である。
ドワーフは成人しても低身長の者が多く、男性は体毛の量が多いが、女性ドワーフはヒューマン(一般的な人、人間は人形態の全ての種族を示す)の女児と変わらないが、少し肉付きが良くなる。
ドワーフの美意識はヒューマンとは異なり、男は逞しい筋肉と髭を合わせ持つ者が、女は低身長にふっくらとした肉付きの良いものがモテる。
その点から、目の前の少女は美人に入るだろう。
「ようこそ、この部屋は防音設備が完璧じゃ。故に、助けを求める事も叶わんがな」
ラーナが獰猛に笑うと、カチリと音を立てて背後で入口が施錠された。
チラリと背後に目をやったベルだが、相変わらずだと肩を竦めただけであった。
「ふふ、久し振りに出会った友人に、随分とした対応じゃぁないか」
「ふんっ!貴様らの様な奴は知らなんだ!」
「逃げ道を塞ぐのは良いが、もっと自分の身に危機感を持った方が良い。護衛もいない様だしな」
「儂が、小僧供に遅れを取るとでも、思うかの?」
「おいおい、年齢を考えた方が良い。オレ達より一回り上なんだ、あんな重たい鈍器なんて振り回したら、腰が逝ってしまうよ?」
「失礼な童じゃっ!儂は未だピッチピチじゃぞっ!」
語源センスが古いとは思ったベルであったが、流石にそれを口にする程無粋では無かった。
「あっはっは!君、その語源センスは古いよっ!オレ達親の世代に、演劇で流行った言葉じゃないかっ!!」
しかし、隣の少女は空気が読めなかった。
地団駄を踏み顔を真っ赤にさせるラーナは、机に立て掛けてあった大槌を手に取った。
ラーナの身体よりも一回りも大きい槌だが、ドワーフは元々身体能力が高く、魔力で肉体を強化する為、多くのドワーフは怪力の持ち主となる。
最も、持ち手はオリハルコン、鈍器部分はアダマンタイトを贅沢に使った大槌の重さは、並みのドワーフでも、持ち上げる事すら出来ないのだが。
「うわぁっ!ソレを持ち出すのかいっ!?」
「おのれぇっ!吐いた唾は飲めんぞぉっ!!」
大振りに振り上げた一撃、フィーは慌ててラーナ目掛けて纏っていたローブを投げつける。
すかさず魔導筒のホルスターへと手を伸ばすが、魔導筒はラーナに渡した事を思い出す。
一瞬惚けたフィーの腰に手を回し、ベルは跳んで射線から外れた。
「洒落臭いわいっ!」
ゴォっと風の音を立てながら、フィーが投げたローブが燃え落ち、ラーナは2人が逃げた方向に大槌をぶん投げた。
ドワーフは炎の魔法を扱う事を得意としており、今のラーナの周囲には、炎が蛇の様に蠢いていた。
「な、投げるなんてっ!」
「問題無い」
ベルの手から水塊が放たれ、投げられた槌にぶつかり派手な水飛沫を上げて衝撃を分散する。
「凍てつく大地っ!」
すかさず意図を読み取ったフィーは、身体の魔力を練りに練って、周囲の温度を下げて凍らせる魔法を発動する。
沼地で泥濘みに足を取られず戦う為の魔法だが、大きく弾けた水が瞬時に凍りつき、大槌の動きを完全に止めた。
自重で氷を割り出し落下する大槌に近づくラーナだが、間に全力で移動したベルに剣を突き付けられて、動きを止めた。
「いきなり殺す気か?私達2人じゃ無かったら、死人が出ていたかもしれないぞ」
「そこな娘が喧嘩を売ったまでじゃろうが。しかし、うむ、儂も頭に血が上うてしもうた」
「君は相変わらず野蛮だなぁっ!もっと、お淑やかにするべきだよ」
「ハッ!ドワーフの女が儚げにしてどうするっ!」
「ふふ、違いないね」
クスクスと笑い合った外見上が少女達2人、事情を知らない人間が見れば微笑ましくも見える風景だが、ベルの頬は若干引きつっていた。
凍りついた水は、ベルが魔法で溶かし、足元の大槌を拾おうとして顔を顰めた。
だが、男の見栄とばかりに魔力を身体に巡らせて、更に肉体強化の魔法を併用して漸く持ち上げてラーナへと返した。
敵意を散らしたラーナは、ベルとフィーに掛ける様に促し、自分も対面に座る。
歳下に見えるラーナが、対面に座るのは違和感があるが、慣れている2人は気にしない。
「さて、確認じゃが。娘、貴様はメフィストであろう?」
「へぇ、まぁ、君には元から隠すつもりは無いけれど、オレはメフィストさ。元、が付くけれどね」
「となりゃ、そっちの金髪はベオウルフかの」
「ああ、その通りだ。とは言え、今は私がベル、メフィストはフィーだ」
「はっ!ちっとも捻りがねぇのう」
「全く異なる名に挿げ替えて、自分の名と呼ばれても気が付かないのは、不味いだろ?」
確かになと、頷くラーナは立ち上がると、部屋に備え付けられた魔導コンロ(魔石が動力のコンロ)で湯を沸かす。
「で、坊主供、その姿はなんじゃ?」
「オレは人造生命体の身体だよ。素の身体は死体として、今頃王城で処分されているんじゃぁないかい?」
「どうやって、とは聞かぬ方が良かろうて」
「うーん、これは錬金術の領分だから、詳しくは話しても分からないんじゃぁないかい?簡単に言えば、賢者の石で魂の入れ物を用意して、死んだオレの魂がその器に入るように誘導したのさ」
「成る程のう、じゃぁお前さんは如何したよのかえ。
「私か?私は単純に、埋め込まれた賢者の石で体を若くしただけだ」
「一応オレは全盛期で止まる様にしておいたのだけれど、無理やりそれ以前に若返った様だね」
「反動なのか、大幅に能力が落ちている」
「成る程の」
沸騰したお湯を、適当に茶葉を入れたポットに移し、無造作にかき混ぜて3人分のカップに移す。
見慣れた雑な光景に、ベルもフィーも苦笑いしてしまった。
来客様に置かれた茶葉は、ラーナの客層的にかなり高級なものである筈だが、彼女に繊細な味を引き出す事は難しい。
色だけが濃く、味や香りが楽しめない紅茶を前に再開の挨拶が始まった。