マリアンナは飛ぶ
あらすじ
オークの魔石を回収した
オーク強化の犯人は逃げた
昼前に街に戻ったベル達は、先ず冒険者ギルドへ向かう事を決めていた。
寄り道せずに冒険者ギルドへと向かおうとする2人だが、門番からは心配したと長々と説教されて、オークとの戦いよりも疲労困憊となりつつギルドで着いた2人だった。
だが、最大の敵……障害であるマリアンナは未だ残っているのだ。
「ベルくん、報告は明日にしないかい?」
「駄目だよ。そんな事したら、明日は1日ギルドで過ごす事になりそうだよ?」
ため息と共に渋々ギルドへと入ると、一斉にその視線が集まる。
本人達には自覚は無いが、冒険者は毎日の様に依頼を受けて、達成報告する者は少ない。
彼等は日銭を稼ぎ、無くなるまで酒を飲む事を繰り返す、コツコツ堅実に金を貯めて行く事が出来ない。
自分なら出来るという根拠の無い自信と共に、現役が終わるまで冒険者をしている。
例えソレが自らの死だとしてもだ。
その為、堅実に依頼をこなし、冒険者ギルドのサブマスターのお気に入りというポジションと来れば、注目してしまうのも自然だろう。
尚且つ、人付き合いが苦手なフィーは兎も角として、ベルは周囲に丁寧に接している。
勇者と謳われるベオウルフとて、冒険者としては新米であると自覚し、先輩冒険者達に敬意を持っているのだ。
冒険者達からして見てみれば、荒くれ者と称される自分達を慕ってくれる、佳容な顔立ちをした弟分であり、納品カウンターの男の年齢層からみれば、息子の様な年齢だ。
ついつい気に掛けてしまうのは仕方がない。
また、ベル達の外見年齢は、大抵思春期真っ只中であり、素直に意見やアドバイスを聞く子は少ない事もあり、真摯に向き合って取り入れる事に好感を持つ者が多い。
そんな少年達が一晩帰らなかったのだ。
心配で酒も喉を通らない冒険者達は、昼過ぎに門番に説教を受けている白金を目撃した話が入ってきた。
安堵しながら、ギルドで飲む冒険者達は、入ってきたベル達に視線を送り、怪我の有無を確認したのだ。
ギルドの者達が内心無傷な事にホッとした瞬間、彼等の目でも捉えきれない速度で動いた者がいた。
彼女は、自分の元を訪れるベルとフィーを癒しに生き、甘露な日々を送っていた。
それが突然途切れた事により、薬物中毒者の様な形相で受付カウンターに佇んでいたのだ。
そして、渇いた地面に染み渡る水の様に、帰ってきた2人を見て、暴走した。
「べ、ベルくんっ!フィーちゃんっ!!」
マリアンナは、飛んだ。
跳ぶでは無く、飛ぶと称する程見事な跳躍。
後先考えず、ただ2人に一刻も早く近付きたいが為に、己の魔力の大半を脚に練り込んだ。
弾け飛ぶ程膨張した筋肉は、ぶちぶちと自壊の音を響かせる。
冒険者達だけで無く、ベルとフィーの当人も唖然とする。
その為に反応が遅れ、僅かな、だが致命的な隙を晒してしまった。
満点の笑みを超え、悪寒が走る程の表情で2人へと飛び込んだ。
「うわっ!」
「あわわわっ!」
「お帰りなさーいっ!!」
押し倒した2人に頬ずりしながら、マリアンナはだらし無く笑う。
フィーは恐怖していた。
魔王と対峙した時よりも、余程命の危機を感じる状況に、咄嗟に反撃しようと腰の魔導筒に手を掛けていた。
「昨日はどうして帰らなかったんですかっ!?心配したんですよっ!!もしかしたら、上位種のゴブリンやホブゴブリンに遭遇したのかと、心配で、心配でぇーっ!!」
「お、落ち着いてくださいマリアンナさん。ぼ、僕達は野営の練習をしようと、一泊しただけですから……」
「どうして教えてくれなかったんですかっ!?初めての野営は、少なくともDランクの冒険者に依頼を出して指導してもらわないと、下手したら命を落とすんですよっ!!」
新米冒険者にとって、初めての野営はそれなりに危険度が高い。
その為、マリアンナの言うように指導の元、護衛という形でDランク以上の冒険者に依頼を出す事を推奨している。
勿論、護衛を受けた冒険者達に対しては、ランクへの加算や依頼の融通など、冒険者ギルドからメリットが提示されている。
しかし、新米冒険者には護衛依頼の金額は中々厳しい為、殆どの者は初々しく野営し、時には命を落としてしまうのだ。
「えっと、フィーは慣れているらしくて、大丈夫でしたから」
「ええっ!フィーちゃんがっ!?」
「う、うむ。そうだとも。私は、師匠と旅をしていたのさ」
「何の師匠ですか?」
「えっと、うん。ま、魔法の師匠なのだけれど」
「マリアンナ」
しどろもどろになりながら、フィーが適当にストーリーを考えていると、いつの間にか横に立っていたソラリスがチョップを落とした。
「痛いっです」
「マリアンナ、冒険者は過去の詮索はご法度だぞ」
「う、うぅ……」
ホッとひと息付くベルとフィーを助け起すソラリスだが、マリアンナが起き上がらない事を訝しげに見やる。
「何やってるんだい?」
「魔力欠症と脚が壊れました」
体内の魔力が0に近くなると、身体を巡回する魔力量が大幅に減少し、体調がかなり悪くなる。
使える全ての魔力を消費した跳躍を披露したマリアンナは、魔力不足で気分の悪るさと、両脚の激痛に潰れた蛙の様な有様であった。
結局、彼女はベルとフィーと大して触れ合う事も無く、ギルドの奥へと連れて行かれていった。
その哀愁漂う視線に、2人は気まずくなるのであった。
「それにしても、アンタ達2人は結構強いんだね」
「僕達がですか?そんな事ないですけど……」
「謙遜すんなって、昨日Eランクの餓鬼共がゴブリンウォーリアを瞬殺して命を救って貰ったって騒いでたよ」
「えっと、それは偶々ですから。それに、ホブは居なかった事も有りますし」
「そうだねぇ。ランクが上がるに連れ、上位種は知性も上がる。流石に、ホブゴブリンはDランクの魔物だ。見かけても、アンタ達2人なら撤退を進めるよ。奴らは、ズル賢いからねぇ……」
ウンウンと頷くソラリスに、何とか誤魔化せたかと安堵するベル。
ベル達が助けた少年達は、余りの興奮に大袈裟に話しているのだろうと思われていた事が幸いした。
マリアンナの症状に後ろ髪引かれる思いもありながら、本日はこのまま街を回る事にしてギルドを後にした。
「さて、熱りも冷めただろうし、今日はラーナの所で預けた魔導筒を受け取りたいのだけれど」
「……お前、忘れていただろ?」
「うん、実はそうなんだ。今日魔導筒を使って、この身体を作ってる時に預けたままな事を思い出してね」
やれやれと、肩をすくめるフィーは、そういえばと続ける。
「オレの体術って、君から見るとどうなのだい?」
「そうだな、今回お前の戦いを見てはいたが……」
「ふふ、オレも中々のモノだったろう?」
「フィーは自衛に特化した戦い方だ。相手を斃すのではなく、時間を稼ぐ感じだな」
「うっ、そうだとも。オレは非力だったからね」
「そして、根本的な所で錬金術の道具に頼っているんだ。結論を言えば、その身体の能力を活かせて無いな」
「悲しいな、凡才の自分が恨めしいよ」
悲しげなフィーをチラリというか見て、何となくその頭に手を出して置く。
「お前は根っからの錬金術師で、錬金術が得意分野だ。それを活かせば、肉体云々は頑丈で素早ければ十分だ」
「あぁ、やっぱり君は良い奴だね。でも、やっぱり君の背中を護るには、それじゃぁ足りないさ」
「そうか、まぁ凡才でも時間さえ有ればで天才は超えられる。私も付き合うから、気長に行くぞ」
「時間はたっぷりとあるかね」
2人して笑った後、ふとどちらかの腹の音が鳴った。
見合って笑いながら昼食を取るのであった。
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