地下、囚われる者達
あらすじ
オーク討伐は成功したけど
フィーがドジした
「今、何といった?」
「ですから、うちはお暇したいっス」
王城に執務室を持つ“大賢者ガラハンド”、彼は不機嫌そうな顔で、その発言をした彼女を睨んだ。
彼女の名前は、ラピス。
ボサボサの手入れされていない髪の毛と、メガネとそばかすがある錬金術師だ。
ラピスは多くの発想と共に魔道具を生み出して来たが、悉くガラハンドの作品として世に発表された。
名誉等に興味の薄いラピスは、自分が発表した方が世のためになるというガラハンドの言葉を間に受けたのだ。
また、孤児院出身のラピスにとって、孤児院へ運用される資金を増加すると言う言葉は魅力的だったのだ。
最も、ラピス本人が商人ギルドで特権を取り、それを孤児院へ当てた方が何倍も金額が大きいのだが、彼女はそれを知らない。
「ほう、何が不満なんだ?金か?」
「違うっス!うちは、錬金術師として自分の真理に到達したいんスっ!」
「ふん、真理なら見せただろう?賢者の石をな、アレこそ私の到達した、錬金術師の真理」
「違うっス!アレはメフィスト様の……」
「奴の名を出すなっ!アレは私が完成させるのだっ!そもそも、貴様も認めただろう?アレは賢者の石だとっ!?」
「……アレは、メフィスト様の賢者の石っス。うちにとっての」
「黙れっ!私のだと言っているだろうがっ!」
「で、ですから、アレは真理では…っ!」
必死に伝えようとするラピス目掛けて、ガラハンドは小瓶を投げつけた。
衝撃と共に弾け、咄嗟に両腕で顔を庇ったが、彼女は壁に叩きつけられた。
騒音に部屋にやってくる騎士達に、ガラハンドは咳き込むラピスを牢に入れるように指示を出した。
「奴は離反者だ、王命を妨害しようとした他国の密偵の疑いが強い。第4実験室で燃料として処理しろ」
「な、なんで……」
「残念だよ、ラピスくん。君の発明は、中々素晴らしかったのだが。ふむ、君の様な薄汚い孤児でも、最後くらいは国の為に役立たせてやろう」
薄ら笑いと共にガラハンドは言った。
ラピスの言葉の意味に気がつく事もなく、彼女は連れて行かれる。
第4実験室、この言葉にラピスは困惑する。
彼女は関わっていないが、第4実験室ではメフィストの遺産である、賢者の石について研究を行なっている筈である。
一部の錬金術師と、ガラハンドが連れてきたという、薄気味悪い協力者達によって極秘に研究が進められている。
「う、うちをどうするつもりなんスっ!?」
騎士達に尋ねても、フルフェイスの下は窺えず、無言でラピスの手を引く。
言いようの無い不安に駆られ、逃れ様としたラピスだが、騎士達によって手荒に意識を刈り取られた。
「大丈夫ですか?」
優しく声を掛けられてラピスは目が醒める、節々に暴力を受けた事による痛みに顔をしかめた。
「此処は?」
「此処は、第4研究所よ」
薄暗い檻の中、少しずつ目が冴えてくる。
ボンヤリとそこに居る誰かは、声で女性である事が分かった。
「うちは、どうなるんス……」
「そうね……」
その時、耳を引き裂く、悍ましい叫び声が響く。
1人のものでは無く、複数人の。
薄暗く、不安な事もあり、ラピスも思わず悲鳴を上げ、ボロボロと涙が溢れる。
「な、な、なんスか?なんなんスか?」
「貴女、どうして此処にいるの?」
「し、知らないっス!ガラハンド様に、辞めたいって伝えたら、離反者だって!」
「錬金術師なの……?」
「そ、そうっス!此処は、何の実験を行なってるんスかっ!?」
「……貴女、知らないの?彼の、メフィストの資料を見たのでしょう?」
「資料……っ!賢者の石っスか?アレは、人の命を使う事なんて……いえ、まさか、でも……。嘘……っすよね?あんな効率の悪い方法を取る価値なんて……」
ラピスは驚愕した。
メフィストの資料には確かに賢者の石に関する資料は有ったが、彼にとっての賢者の石は膨大なエネルギーの結晶であり、汎用性の非常に高い錬金素材である。
しかし、創り出すコストは元のエネルギーの数倍にも及び、まともな人間であるならば作る事はしない。
そもそも、人間をエネルギーに変えるには無駄が非常に多く、更に人間等は繁殖し育つまでに多大な時間がかかる為、素材として高くつき、尚更コストに見合わない。
しかし、先程の叫び声、魂を無理やり奪われるかの様な絶叫は、悍ましい実験が現実である事を実感させる。
血の気が引いていく事がハッキリと分かる。
ガラハンドは何と言っていたのかを思い出し、自分の未来が見えて。
「心当たりがあるのね」
「賢者の、石っス。錬金術師の真理である賢者の石を、メフィスト様は研究していたんスけど、彼の賢者の石は純エネルギーの結晶、それを作るには莫大なエネルギーが必要となるっス。でも、それを人の命を使って補うなんて……どうやって?」
「人の命、成る程ね。だからガラハンドは貴族達に匿われた呪術師達を集めていたのね」
「じ、呪術師っスか?どうして呪術師が出てくるんス?」
「そうね、貴族に取って邪魔な貴族を消したい時、病気の様に見せかけると事後処理が楽なの。だから、呪術で呪い、生命力を奪うのよ。魔物が使う魔法の一つである生命吸収ね。最も、呪術師達は魔術を主に使うのだけれど」
錬金術の事しか頭になかったラピスは、目の前の女性から聞かされる貴族事情に背筋を凍らせた。
自分達が税を納め、国を導く筈の貴族が、仲間内で足の引っ張り合いをしているかの話は、孤児院が出の彼女の理解の外にあっのだ。
「で、でも、ガラハンド様が……じ、呪術なんて……。そもそも、呪術は国が禁じているんじゃないっスか?国王様がこの件を知れば、うちは助か」
「無理ね」
「ええっ?」
「これはね、王命なの。レオンハルト陛下はこの事をご存知よ。そして、存じた上で何もしないの」
「た、民を使い潰すんスかっ!?」
「ええ」
「そ、そんなの王国騎士団が……」
「ああ、それも無理ね。国王に逆らった人達は全員賢者の石の材料になったわよ」
「そんな……」
女性は自嘲気味に笑う。
「そして、私は逆らった騎士団唯一の生き残り、メリッサ。元団長にして、哀れな生贄の子羊よ」
「め、メリッサ様っ!?ど、どうしても貴女が……?」
「あぁ、王を止めようとしたのだけれど、信じた仲間に背後から捕まったのよ。私がこうして生きているのは、ガラハンドのお陰になるけれど」
「ガラハンド様の……?」
「私のモノになるなら、解放してやろうと連日口説いてくるのよ」
ラピスは呆れた様な顔をしてしまう、自分の上司のバカさに。
「うちの上司がすまないっス」
「良いわ、彼奴は嫌がる女性を無理やり手籠めにしたくはないらしくてね、毎日思春期の少年が紡ぐポエムを聞かせてくるのよ」
「本当にすまないっス」
「それより、貴女は早く逃げる手段を考えるべきよ」
「うっ!」
ラピスは、必死に手探りで檻の中を探るが、鍵の締められた扉が虚しく音を立てるだけであった。
「め、メリッサさん……手伝って貰えないっスか?」
「悪いけど、私は力になれないよ」
冷たいメリッサの態度に、半泣きになりながらもラピスは脱出を試みたが、どうしようもなかった。
彼女はただの引き篭もりの研究者なのだ、運動不足で女子力の低い。
諦め掛けた時、コツコツと足音が響く。
緊張と共に息を潜める2人だが、何処からとも無く女性の声が聞こえた。
「お前達、何故捕まっている?」
「う、う、うちらはっ!」
「私達は、人体実験の材料よ」
慌てて喋ろうとしたラピスを遮るメリッサ、彼女は自分に任せる様に言った。
「人体実験か、詳細は分かるか?」
「分かるけれど、タダじゃ教えないわ」
「何?何故だ?」
「何故って、貴女に伝えてそのまま逃げられたら、私達は死んでしまうでしょう?」
「成る程、助けろという事か。別に、お前達から情報を得られなくても構わないがな」
「……そう、残念ね」
助けが来たと思ったラピスであってが、2人の会話を聞く限り、正義の味方では無い様子だ。
確かに、自分達を助ける必要は無く、逆に助けた事のデメリットの方が大きいだろう。
「め、メリッサさん……」
「メリッサ……騎士団かっ!?何故ここにっ!?」
「ラピス、迂闊に情報を渡すべきじゃないわよ、エルフの密偵とか特にね」
「ふん、無能な騎士団に言われたくは無いが……メリッサ、騎士団長の貴様なら内状を知っているだろうが……その様じゃ逃げられまい」
ラピスは首を傾げた。
灯りが無く薄暗い牢では、朧げに誰かが居ることしか分からないのだ。
だが、森で暮らすエルフは夜目が効く上、魔力を目に集めて視力を強化している為、ハッキリと見える。
「ええ、私は逃げられないわね。だから、ラピスを逃してあげて。彼女は何も知らないけれど、実験の事は分かる筈よ、錬金術師ですもの」
「ど、どうしてっスか!?一緒に逃げるっス!」
「ん?あぁ、娘。貴様は見えていないのか……」
「幸いな事にね。ラピス、私は……足の筋を斬られていてね、立ち上がれないの」
彼女の台詞にエルフは目を細めた。
「なら、私が背負うっス!騎士団長は、絶対助けるっスよ!」
「娘。もぅ、手遅れだ」
「え?」
「メリッサ、貴様の埋め込まれているソレが奴等が作っているものか?」
「ええ、その通りよ。さぁ、ラピスちゃん行きなさい」
カチャリと音を立てて錠が開いた。
エルフに伝わる解錠の魔術であり、使用には事前に用意されていた札を消費する。
「で、でも……」
「彼女も言ったけど、手遅れなの」
「仕方ないな、行くぞ娘よ」
「どうして……?」
「悪いな、娘」
ラピスは抵抗しようとしたが、彼女の額に札が貼られた。
催眠作用のある魔術が展開され、魔力による抵抗をする技術を持たない彼女は一瞬で意識を刈り取られた。
本日2度目であるのが彼女の不運さの表れとなる。
「じゃぁ、この娘から情報を引き出そう」
「ええ、お願い」
「……勇者は何をしている?」
「彼は、もう勇者じゃないのよ。少なくとも、この国ではね。だから、国を救う義務から解放されたの」
「そうか。介錯してやろうか?」
「下手に触ると気が付かれるわ」
「……悪いな」
エルフの密偵は短く言うと、新たに取り出した札を使う。
暗闇へと溶ける様に消えた2人を、人のカタチが崩れてしまったソレは静かに見送った。
メリッサが声を殺して泣いていた事は、彼女の至る所に埋め込まれた紫の石しか知らない。
純エネルギーを物質化したものが、メフィストにとっての賢者の石なので、人間の命を使う必要は特に無いです。
それどころか、人間を材料にして、肉体を使わず生命エネルギーだけを搾り取っている為、めちゃくちゃ効率が悪いです。