赤い実と少女
あるところに1人の少女とおじいさんがいました。
ある時おじいさんは少女に言いました。
「ユキ、わしはもうだめかもしれない」
「そんなこと言わないで。おじいさんがいなくなったら私は一人になっちゃうじゃない」
ユキには家族がいませんでした。幼いころに親に捨てられ、道で倒れているところをおじいさんに拾ってもらったのです。
「ユキ、わしもお前を一人になんてしたくないんだ」
「じゃあ……」
「だから、わしが死んだらわしの赤い実をお食べ」
「赤い実を?」
「そう。これを食べればお前はずっとわしと一緒にいられるんだよ」
しばらくしておじいさんは亡くなりました。
ユキはおじいさんに言われた通りおじいさんの持っている赤い実を食べました。
「ああ、私はこれでおじいさんとずっと一緒にいられるんだわ」
今までに食べたことのないような味が口の中に広がりました。
ユキはすぐにその味の虜になりました。
そして赤い実がもっと食べたくなりました。
「ねぇ、おじさん。おじさんの赤い実頂戴」
ユキはおじいさんのお友達のおじさんに頼むことにしました。
「おじさんは1個しか持ってないからな。いくらユキちゃんでもあげられないなー」
「そっか、残念」
「ごめんな。ユキちゃん」
他の人に頼んでも誰もくれませんでした。
どうしても赤い実が食べたいと思ったユキはついに人から奪ってしまいました。
人から物を取ってはいけないことはユキにもわかっていました。
それでも、ユキには我慢できませんでした。
「はぁ、やっぱり美味しいわ」
口の周りを汚しながら食べました。
やはり赤い実は美味しいものだと感動しました。
けれど、おじいさんの赤い実には到底かないません。
それから、ユキはいろんな人の赤い実を奪いました。
おじいさんからもらった赤い実と同じだけ美味しい実を求めて。
いつしかユキは赤い実を奪うことをやめました。
たくさん奪って、食べて。
もうおじいさんの赤い実以上に美味しいものに出会えないことを知ったのです。
美味しさの後に来るのはいつだって虚しく悲しいものでした。
それからもう何年もたって、ユキは一人の少年と恋に落ちました。
幸せでした。
おじいさんが生きていた時と同じくらい。
いや、それ以上かもしれない。
でも、そんな幸せは長くは続きませんでした。
少年が死んでしまったのです。
少年は事故に遭ったのです。
ユキは泣きました。
そしてユキは思い出しました。
かつておじいさんが言った言葉を。
赤い実を食べればずっと一緒にいられる
少年とまだ一緒にいたいと思ったユキは少年の中から赤い実を取り出しました。
そして泣きながら少年の赤い実を食べました。
少年の赤い実はユキが食べたどの実よりも美味しく、とても甘美なものだったのです。
けれどおじいさんの時のように満たされた気持ちにはなれませんでした。
赤い実を食べて少年と一緒になったはずなのに、それでもユキに空いてしまった穴は満たされませんでした。