ブレイカー2
能力者を集めた組織「FFG」で俺が生活するようになってから1ヶ月が経とうとしていた。
だいぶ生活にも慣れ、他の能力者たちとも仲良くなった。
今日も年の近い能力者2人と一緒に、商店街まで買い出しに来ていた。
「ねえサキモリ君、この荷物重たいから持ってくれない?」
紅いチェックのシャーロックハットをかぶり、整った顔立ちをした少女が俺を甘えるように見つめてくる。
「お前なあ、ティッシュとトイレットペーパーくらい我慢して持てよ。俺は米30kg担いでんだからな」
額に汗を浮かべながら歩く俺はパンパンに張ったリュックを叩いてみせた。
「えー」
少女は露骨に残念そうな顔をする。
「えー。じゃないですよペコちゃん」
少女を、俺と挟むようにして歩いている眼鏡の男が言った。
「じゃあ代わりにヒラテ君が持ってよ!」
今度は抗議するように眼鏡男のヒラテを見上げる。
「いけません。僕も大量の飲料水を背負っていますし、せっかく3人で買い出しに来たんですから荷物は分担して持たないと」
「残念だったなペコ」
少女はふくれっ面になり、プイと正面を向いたまま黙ってしまった。
俺がこの少女ペコと初めて会った時はもっとハキハキした奴かと思っていたが、
普段はただの甘えん坊な子供だと1ヶ月共同生活してみて分かった。
まあそれはそれで可愛いんだが。
ふいにペコの足が止まる。
理由はすぐに分かった。
俺たちの行く手、アーケードのど真ん中に、異様なオーラを放つ大男が立っている。
坊主頭に生えっぱなしの眉毛、恰幅の良い体つきで山伏のような白い法衣を身にまとっている。
夕方の人通りの多い時間帯にも関わらず、通行人は男の半径1m以内に近づこうとしない。
「ペコ。あいつ……」
俺はペコに耳打ちする。
「ええ」
「能力者ですね」
男は微動だにせず、見開かれた目で俺たちの方を一点凝視している。
まるで杭でも打ち込まれているかのように、俺はその男から目が反らせなかった。
「通行人を巻き込みとうなかったら付いて来ぇ」
男にとって、それは普段から出している声なのかもしれない。
しかし低く地鳴りのように響く声は俺たち3人のみならず、通行人すらも飲み込む魔力を持っていた。
俺は再びペコの方を見る。
「……行くしかないわ」
***
男はゆっくりと歩き、近くにあった無人の神社へと俺たちを誘導した。
俺たちとの距離は15mほど離れているだろうか。
「サキモリっちゅうガキはどいつじゃ」
よく通る声だ。
俺は1歩進み出てみせた。
「俺だ」
すると男はあたりに響き渡る大声で笑ってみせた。
「お前か。メルトに恥をかかせた男は」
ああ、オムツマンのことか。
「俺に何か用か」
警戒しながら尋ねる。
「ワシと一緒に来ぇ。悪いようにゃあせん」
男は笑顔のまま俺に言った。
「お断りよ!サキモリ君はFFGに欠かせないメンバーなんだから!」
俺より先にペコが叫んだ。
「力づくで連れて行くことになるで」
男の表情は一気に硬くなる。
太い眉に阻まれ目の色の読めない男の感情は一層不気味に思えた。
能力者3人相手に事を構えようというのか……?
「かかって来なさいよ!」
ペコは威勢良く男に指を突き付けた。
戦闘になるとペコは一気に能力者モード全開になる。
威勢の良さはその一環だ。
「特別に教えといちゃろう。ワシの名はカラカサ。風神のカラカサじゃ」
俺の後ろで2人が青ざめるのが分かった。
「ふ、風神……!」
見るとヒラテの表情は険しくなり
ペコは魂を抜かれたかのように後ずさる。
「ペコ!風神ってなんだ!知っているのか!」
「知らない!」
ペコは元気よく答えた。
「知らねえのかよ!」
「だって!風神ってなんか強そうじゃない!あいつ自分で風神って言うくらいだから絶対強いわよ!」
「風神のカラカサ。どの組織にも属さず、常に報酬の多い雇い主を求めて流離うA級の能力者です。名のある能力者でも歯が立たなかったとか」
ヒラテが険しい表情のまま答えた。
カラカサは深く息を吸い込み始めた。
ヒラテの方を見ると何も言わず、俺の目を見つめたまま頷く。
クソ、やるしかねえのか!
俺とヒラテがリュックをその場に投げ捨てたのはほぼ同時だった。
俺はペコ、ヒラテの前に出てカラカサに向かい両手を開いて構える。
カラカサはまだ息を吸い込み続けている。
異変に気付いたのはそのすぐ後だった。
俺の足元に落ちている落ち葉や小石が、カラカサの方へ吸い寄せられるように移動し始めたのだ。
「サキモリ君!来るわよ!」
俺は目を閉じ、両手に全神経を集中させる。
守る。俺は絶対2人を守る!
「シールド!」
俺が目を見開き叫んだ瞬間、まるでシャボン玉のような半透明の半円が俺たち3人を包んだ。
俺の能力は文字通り「盾」を張ること。
どうやらこの能力を使える能力者自体が貴重らしく、俺は闇の組織に目をつけられているのだそうだ。
極限まで息を吸い込んでいたカラカサは、まるで音叉の響き終わりのように柔らかく静かになる。
次の瞬間、それは起こった。
一気に吐き出されるカラカサの息吹が暴力的に俺たちを襲った。
雷に打たれるかのような衝撃が吹きさらす。
視界は歪み、まるで高速で嵐の中を走る車のフロントガラスのようだ。
狛犬までぶつかって来たのだからただ事ではない。
徐々に俺の手の感覚が無くなっていく。
「私に任せてサキモリ君!」
轟音に掻き消されそうな叫び声が後ろから聞こえる。
そうだ。ペコは森羅万象あらゆるものを破壊することができる「ブレイク」の能力者……!ペコならカラカサを倒せる!
「ブレイク!」
ペコが叫んだ瞬間、俺の服がポップコーンのようにハジケ飛んだ!
そう。今の俺は真っ裸!
「うおおおい!どういうことだペコぉ!」
俺は2人に生ケツを向けたまま恥ずかしまぎれに叫んだ。
すぐさまその場にうずくまりたかったが能力を維持するためには
踏みとどまらなければならない。
全裸で。
「な、サキモリ君こんな時に何考えてるの!」
ペコは両手で目を覆いながら叫びかえしてくる。
「こっちのセリフだ馬鹿野郎!どう考えてもお前の能力のせいだろ!」
「サキモリ君、これは彼女の能力の代償ですよ」
ペコの横からやけに冷静な声が飛んでくる。
「ペコちゃんの《ブレイク》は確かに強力です。しかし対象を破壊できる確率は二分の一。外せば自分、もしくは味方にとばっちりが来る悪魔の能力なのです」
「なんだそのクソ迷惑な代償は!」
「しかしサキモリ君、これは中々愉快な光景ですね」
ヒラテの声が必死に笑いをこらえているのを感じ、俺の心に殺意が宿る。
と、そこで風が止んだ。
「どうしたんじゃお前……」
カラカサが哀れむような目を俺に向けて来る。
シールドを解除した俺はとっさに手で股間を隠した。
後ろから2人のグッ!!と笑いをこらえる音が聞こえて死にたかった。
カラカサは一度咳払いをしたあと、半笑いで俺に視線を向けて来る。
「中々やるようじゃが、手加減しながら攻撃するのは難しいけえのう。次は多少痛い目見てもらうで」
今までは手加減してたってのか……?
「僕が行きましょう」
俺の背中をポンと叩いてヒラテが前に進み出て来た。
「僕がシールドの外で風神と戦ってきます」
俺は思わず耳を疑った。
「正気かヒラテ!さっきのアイツは手加減してたんだ!外に出たら今度こそ吹っ飛ばされるぞ!」
「風神が僕たちを舐めている今しかチャンスは無いんです」
ヒラテは俺の目を見て優しく微笑んだ。
「ただ、ペコちゃんはちゃんとシールドで守ってあげてくださいよ」
ヤバイぞこの溢れんばかりの死亡フラグ。
しかしカラカサが容赦無く再び息を吸い込み始めた。
俺は気づいてしまった。カラカサは手にはライターを持っている。
何か、とても嫌な予感がした。
「サキモリ君。ヒラテ君を信じましょう!」
クソ!
俺はふたたびシールドを張った。
ヒラテはシールドの外にいる。
「死ぬなよ……」
俺は歯軋りしながら呟いた。
俺の前にいたヒラテは懐から2つのウチワを取り出し、両手で一つずつ持つ。
「ん?おいペコ。ヒラテの能力ってなんだっけ?」
「《千手観音》って言って、手をすごい速さで動かすことで千手観音っぽく見える能力ね!ヒラテ君は忘年会でいっつも人気者なの!」
「宴会芸じゃねえか!あいつよくそれでシールドの外に出るとか言いやがったな!」
俺はヒラテをシールドの中に戻そうとしたが、直ぐに無理だと悟った。
先ほどとは比べ物にならないほどの吸引が辺りを覆っている。
まるでブラックホールだ。
ヒラテは足の底で踏ん張りながらも、少しずつカラカサに吸い寄せられていく。
「大丈夫!援護は任せて!」
一番当てにならないペコが自信満々に叫んだ。
その瞬間だった。
全て遍くつんざく突風が、まるで鉄壁のように押し寄せて来た。
今まで感じたことのない反動が俺の手を覆う。
一番近いのは冷たすぎて痛いという感覚。長時間氷を掴み続けているかのようだ。
俺は全裸であることも忘れ、ひたすら歯を食いしばってシールドを維持していた。
すると風が突然止んだ。
「サキモリ君!見て!」
ペコが嬉しそうに声を上げる。
何事かと正面を見て度肝を抜かれた。
カラカサによる風の息吹は止んでいない。
しかし、俺たちの前だけその魔の手が届かない。
まるで無数の手を有するかのように、ヒラテはウチワを動かしていた。
それは強力な風となりカラカサの風を押し返している。
その姿、まさに千手観音。
しかしカラカサが持っているライターを口に近づけるのが俺の視界に写った。
俺の嫌な予感は的中しようとしてる。
「ダメだ戻ってこい!」
俺の声が終わるのを待たずして視界は炎に包まれる。
まるで地獄の光景であるかのように、炎が邪悪にヒラテを包む。
あれじゃあ時間の問題だぞ……!
「私に任せて!」
ペコは再び叫ぶ。
「ブレイク!」
その瞬間ヒラテの服が全て弾け飛んだ。まるで風船が弾けるかのようだった。
そう。またとばっちりが来たのだ。しかし当たった場合はカラカサがひんむかれるのだろうか……?
「何やってんだお前!」
「だ、だって!」
再びヒラテに目を向けた俺は異変に気付いた。
炎で真っ赤に染まったヒラテの肩が小刻みに揺れている。
奴は、笑っているのだ。
「好都合です」
その声はやはり嬉しげだ。
こいつ変態か!?
「見せてあげましょう!《千手観音》第三の手を!」
そう叫ぶとヒラテの尻が真円を描くように小さく回り始めた!
……何言ってんだ俺……。
俺は気付いた。
ヒラテが回そうとしているのは尻じゃない。
TMPだ!
徐々に激しさを増す真円運動。
おそらくTMPの稼働速度は想像を絶するのだろう。
うんやっぱりこいつは変態だ!
しかし第三のエネルギーを得たヒラテは無敵だった。
2つの相対する風は最初拮抗し、中心で渦巻いていたが、徐々に、だが確実に、なんと風神の炎を押し返し始めたのだ。
ペコは息を飲んで言った。
「あれが、千手観音の本尊なのね」
やかましいわ!
ヒラテのフルチンターボと炎は、息を切らしたカラカサに向かって凶暴に襲いかかる。
カラカサは一瞬で炎に巻かれてしまった。
断末魔をあげるカラカサ。
おそらく、自分が風で押し負けるなどと思っていなかっただろう。
なぜそうしたのか自分でもよくわからないが、俺はカラカサの方へ向かって全力で走っていた。
「シールド!」
***
「なぜ、ワシを助けた」
カラカサは地面に両手をついて肩で息をしながら俺に言い捨てた。
幸い、カラカサは軽い火傷を負ったのみだ。
しかし服は全焼していてだらしない裸体を俺たちに晒している。
「俺も、よくわからない」
俺はカラカサから目を背けながら言った。
俺はペコとヒラテに促しその場を立ち去ろうとしたとき、神社の石段の下からすごい数の警察官が走り上ってくるのが見えた。
ふと神社を見ると、屋根が完全にもぎ取られていて
さながらカツラを失ったかのように空しい感じになっている。
そして気付いた。
女のペコが服を着ているのに対し、
俺も、ヒラテも、カラカサも、全裸だ。
っわあ、これ絶対誤解される!
「逃げるぞ!」
言うと同時に俺は走った。ペコもヒラテ、そしてなぜかカラカサも慌ててついてくる。
それはそれは汚らしい一団が出来上がった。
そして俺たちはFFGの車に拾ってもらうまで、全裸で逃走を続ける羽目になったのだった。
終わり
最後までお読みいただきありがとうございました!
オムツマンが出てくる第1話↓
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