ひと時の幸せ
ショウタくんに会ってから、小さい頃の翔太との思い出がふとした瞬間に蘇るようになった。
こうして、特にすることもなく話す相手もいない通学電車の中ではとくにそうだ。
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「架菜って意外と負けず嫌いだよなー」
小学生の時、逆上がりのできなかった私は、放課後毎日逆上がりの練習を翔太に付き合ってくれていた時期があった。
不器用ですぐには何にもできないくせに、負けず嫌いな性格。だからタチが悪い。
「何でもすぐできちゃう翔太には分からないよ」
私と違って器用で何でもすぐに出来る様になってしまう翔太。
翔太に勝てるものは私には何一つ無かった。
それでも、小学校の低学年の頃はいつだって翔太を何かとライバル視していた気がする。
でも大きくなるにしたがって、男と女の体力の差も広がっていつしか勝てるなんてそんな大それたことは全く思わなくなり...。
ただ、私はずっと翔太に追い付きたくて近づきたくて翔太にふさわしい女の子に成りたいと、いつだって必死だった。
それでも、結局追い付けずに無理してる部分もあったと思う。
できないくせに強がって。
翔太の足を引っ張りたくなくて、弱いとこ見せたく無かった。
きっと、翔太はそんな私の性格見抜いてたと思う。
いつも、さりげない優しさで私を助けてくれていた翔太。
今どうしているんだろう、元の世界の白石架菜はどうなってしまっているのかなぁ。
「ねえ翔太、今すぐ会いたいよ」
小さく声に出して呟いてみる。
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「おはよう。」
ショウタくんの声で我に返った。
朝の通学時間、今日もギリギリ電車に乗り込んで来たらしいショウタくんが私の前に立っていた。
(やばい。今の聞こえてなっかよねぇ。)
屋上で出会ったあの日から、ショウタくんは電車で私を見かけると話しかけてくれるようになった。
「おはよう…、ございます。」
「何で先輩なのに敬語?」
「あ…。」
昔からの悪いクセ。
わりと人見知りで慣れないうちはなかなかタメ口なんてとても無理。年下にでも敬語を使ってしまう。
(ショウタくんは、年下だからこそよけいに翔太とは違うと意識してしまうし。)
でもショウタくんはそんな些細なこと何とも思わなかったようで。
「あ~、今日も暑いな。」
と白のポロシャツの胸元をパタパタしながら続けた。
季節は確実に夏に近付いてきてる。
ここにいるショウタくんは翔太ではないのに、やっぱり胸がドキドキして止まらなくなる。
こんな風に話せるようになったからかな?
余計にドキドキする。
「オレさ、夏嫌いなんだよね。何かサーフィンとかやってそうってよく言われるけど。」
ああ、そんなところも翔太と同じだ。
健康そうなイメージのする翔太は夏が好きそうなイメージなのに、全く夏がダメだった。
「まぁ、毎年海には行くけどね。」
そこで、ニコッと笑うショウタくんの笑顔にまたときめいてしまう。
「先輩は、海とか行かないんですか?」
先輩…、って言葉に違和感を感じ少し寂しくなる。
でも、この問いかけもとても嬉しい。
そんな何気ない問いかけでも、私のことを聞いてくれることが嬉しすぎて、ただそれだけのことなのに泣きそうになる。
ショウタくんの心に本当の翔太がいるのかもなんて錯覚してしまう。
少しでも長く、この通学電車での時間がつづいてくれたらと願わずにはいられなくなる。