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もう一人の貴方

(待って、行かないで。私を置いて行かないで)


まただ。 何の夢を見ていたのか思い出せないけど、ただ一つ分かるのは大切な物が離れて行ってしまう、そんな夢だった気がする。

ここの世界にきてからずっとそう。


「お姉ちゃん、ご飯できたよぉ」

部屋のドアを思いきり叩きながら、甲高い声をあげている妹の声がした。


これも同じ。これは悪い夢だとずっと思っていたのに、何度目が覚めても状況は変わらなかった。

ここで暮らしている家族構成は元の本当の世界と全く同じで父親も母親も妹も同じ顔、同じ声。

だけど、私の知っている私じゃない。

初めは悪い夢を見ているのかと思った。

だけど、夢じゃなかった。

次の日もその次の日も、私は音無良夢と言う女子高生のままだった。


何もも信じられない。

誰の言葉を聞けばいいのか分からない。

通っている高校も、高校での友達も名前が違うだけで、容姿も何もかも同じ。

ただ少し性格のずれがあるだけで。

もう私にはどうしていいか分からなかった。


ただ、私の一番大切な人。一番近くにいつもいた人..翔太。貴方だけがいない。




学校へ行く電車に揺られながら、私は流れる景色を見ていた。 

高校までの道のりは同じなのに、やはり景色にずれがある。

あんなところに、ショッピングモールなんて無かった。

ここは一体どこなの?


数日たってようやく周りの風景にも目が向くようになった。


これまでは、知っている顔と分からない名前を一致させるだけでもう一杯一杯で周りを見る余裕なんてなっかた。


もともと器用ではないし、物覚えだって悪いほうだから。




次の駅に着き、電車の扉が開く。


少し離れた電車の扉の人の流れをぼんやり眺めていたときだった。


「翔太!」

思わず声に出して叫んでいた。


彼はチラッとこちらを見たような気がしたけどすぐに反対方向、人ごみの中へまぎれてしまった。


「待って、翔太。いかないで」

すぐに追い駆けようとしたけれど、通勤通学で混み合う電車の中ではしょせん無理だった。

(あれは確かに翔太だった。高身長で細身の真っ黒の少し癖のある髪をして、人慣つこっい瞳をした私の大好きな男の子。私が見間違えるはずない。あれは翔太だ。それに...うちの学園の男子生徒の制服を着ていた。)


知らずに涙が溢れてくる。やっと、やっと会えたこの世界にも翔太がいる。




駅に降り立つ。辺りを必死になって見回したけれど翔太の姿を見つけることは出来なかった。


(でも翔太は学校にいるはず)


この世界で初めて私は希望の気持ちで学校への一歩をふみだした。




-*****- -*****-




お昼休み。

一人になりたくて屋上に上がった。


学校についてすぐそれから休み時間をかけて2年の5つの教室を回ってみたのに、それなのにどの教室にも翔太らしき男の子はいなかった。

(今朝のはなに?翔太に会いたくてたまらない私がつくった幻だったの?)


本当の世界での彼は私の恋人だった。

「翔太、どこにいちゃったのよぉ」

やばい、また泣きそう。


部屋も家族も通学路も友達も、少しづつこの世界に慣れてきたのに、これだけは無理だ。




彼は本当の世界で私にとってとてもとても大切な人だった。

翔太...。  

私だよ、小さい頃からずっと一緒にいたのに。

小さい頃から私は、ずっとずっと翔太の事が大好きで、やっと想いを打ち明けることができて、両想いになれたばかりなのに。


どうして?

視界がぼやけてくる。


お願いです、神様。

これが悪い夢なら早く元の世界に戻してください。

家族を友達を..そして彼を返してください。




ふと誰かの視線を感じた。

辺りを見回したけど、誰もいない。

そう言えば、この世界に来てから度々こんな視線を感じることがあることを思い出す。

今まで心に余裕が持てなかったから、そんなに深く気にして無かったけど…。

もしかしたら...。

その視線を送っている人は何かを知っているのかもしれない。

...、それはただの期待でしか無かったけど、誰でもいいから今のこの状況を話したかった。

さっきより注意深く周りを観察する。




すると、屋上の扉が開く鈍い音がした。

誰かが入ってきた。

あっ...。




「翔太?」

彼だった。

私が今一番会いたくて会いたくてたまらなかった彼がそこにいた。

突然のことで、気が動転していてその名前を口にしてから、はっと口を塞いだ。

しかし、驚いたのは私だけじゃ無かったようで、

「誰もいないと思ったのになー。てか、何でオレの名前知ってんの?」

初めて聞く彼の声なのに…。

ああ、この声も本当の世界の翔太の声と同じで今までずっと我慢してたものが溢れ出てしまった。

息ができないぐらい苦しくて、涙が止まらなくなる。


立っていられなくなり、がくんと膝をつき嗚咽を繰り返した。

「ちょ、ちょっとどうしたの?」

慌てて私に駆け寄って、私の顔を覗き込む瞳と目が合う。

真っ黒の二つの大きな瞳。

翔太が目の前にいる。

ただそれだけのことが何よりも嬉しくて、言葉が出てこない。

「困ったなー」

翔太はポケットから、紺色のハンカチを取りだし、私の目にあててくれた。


(やっぱり、やさしい。暖かさとなつかしさが胸いっぱいに広がる)


こんなこと前にもあった。

翔太はいつも優しいから。

泣き虫の私にいつもこんな風に私の涙が止まるまで側にいてくれた。




「あ、ありが…とうございます」

ここにいる翔太は翔太であって翔太じゃないって分かってる。

それでも、ここに来て今一番安心してる。

このまま時間が止まってしまえばいいのに。




「少しは落ち着いた?」

どのぐらいの時間が流れたんだろう?

ようやく涙が引いた私に、翔太は優しく言葉を掛けてくれた。

「どこかで見たことあるなーと思ったら、毎朝電車で一緒になる人だよね。オレ、1年A組、白井ショウタ。」

(年下…?それなのに、ショウタ…?)

「翔太って、翔るの翔?」

「いや、カタカナ。今流行りのキラキラネームなんじゃないの?」

そこで軽く笑顔を見せてくれた。

何か違和感。

ここに来て、私の知っている人たちは名前が違ったり性格のズレはあったものの、年が違う人はいなかったのに。

翔太の場合は、音の名前が一緒で年下って…。

やっぱり、ここは違う世界。


「あっ、私は2年D組の白..じゃなくて音無良夢」

思わず本当の名前を言いそうになってしまった。


(翔太。ショウタ。頭が混乱しそう)




予鈴が鳴った。


「とりあえず、もう昼休みも終わるし、行くね」

ショウタ君は言って行って、ポケットから何かを取りだし私に投げた。

「これ舐めて元気出して、ね?」


イチゴミルク飴…。

本当の翔太なら絶対舐めないなー。

翔太はいつもミント系の物しか口にしないから。


ショウタ君は翔太じゃないわかっているけど、だけどもう一度彼に会いたくて。


「あ、あの、また後で話せますか?」

震える声で彼の背中に問いかけた。


ショウタ君は背中を向けたまま、右手でOKのマークを作ってくれた。


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