パラレルワールド
参ったなー。
咳が止まらない。
こんなこと前にもあったな。
今日に限って飴持ってねーし。
六月と言っても、全然梅雨っぽくない毎日。
蒸し暑い朝の電車の中でオレ、井川翔太は止まらない咳に苦しんでいた。
「これ。」
ふと、同じ学校の女子に話しかけられた。
震える手には、イチゴミルク飴が握られていた。
「あ、先輩。」
彼女はオレの学校の一つ上の先輩で、毎朝電車で一緒になる。
そんな先輩が少し顔を赤くして、うつ向きながら小さく、『おはよう…ございます。』と言ってきた。
「おはよ。ありがとう。」
彼女とはたいした話はしたことなかったから正直驚いたけど。
ああ、デシャブかな?
イチゴミルク飴前にも一度…。
「あの…。」
先輩が遠慮がちに視線を上げると、目が合った。
一瞬。
先輩は目を反らす素振りを見せたけど、すぐに向き直して、オレを見た。
「今日の放課後、話があるので一緒に帰ってくれませんか?」
何で、先輩なのに敬語?
あれ?先輩が敬語で話すこと前にもあった気がする。
「大丈夫…ですよ。それなら、帰りに先輩の教室へ向かいに行きます。」
「え?そんな大丈夫。」
「先輩の教室、2年D組ですよね?オレの教室のすぐ上だから大丈夫です。」
「…、私のクラス、知ってたんだ。」
あ。
何で、知ってたんだろう?
「何でだろう?」
夢でも見てたのかな?
でも、それは悪い夢なんかじゃなくてとても温かい夢だった。
思い出せないけど、とてもいい夢だった気がする。
まぁ、夢なんだから、また見るかもしれない。
オレはイチゴミルク飴を口に入れた。
******
高校一年生になったばかりの六月。
私、白石架菜は、人生で初めての告白をしようと思ってる。
幼馴染みとしてずっと一緒にいた翔太に今さら気持ちを打ち明けるのはとても勇気のいることだったけど。
それでも、今言わないと後悔するって分かってるから。
「翔太、話があるんだけど。」
放課後、学校の帰り支度を初めている翔太に声を掛けると、翔太はビクッと肩を震わせて私を見た。
「驚かせちゃった?ごめん。」
急に声を掛けたせいか、翔太は驚愕の表情で私を見ていた。
思えば、今日一日翔太はいつもと違う気がしてたけど。
まぁ、気にしすぎかな?
学校からのいつも通りの帰り道。
「今日の翔太、いつもと違くない?」
「そ、そう?今朝から頭が痛くて。」
「風邪かな?翔太が風邪なんて珍しいね。」
「そぉだな。」
もしかしたら、勘のいい翔太はこれから私が言うことに気付いているのかもしれない。
ドキドキする胸に手を充てて、私は絞り出すように声を出した。
「翔太ぁ。あのね..私。私ね翔太が好き。」
言っちゃった‼
好きってたった2文字の言葉にこんなにドキドキしてしまうなんて。
やばい、顔が暑い。
「なんだよ、今さら俺なんて幼稚園の頃からずっと架菜が好きだったよ。」
束の間の沈黙の後、そう言って笑う翔太。
「そういうんじゃなくて、だから..。」
そう、そう言う好きではない。
「あっ、えっと。その俺はほんと、ずっと架菜が好きだった。中学の時、架菜が別の男を見てい時だってずっとおまえだけを見てた。架菜は昔も今もこれからもずっと大切な女の子だって気づけよなまったく。」
ちょっとそっぽをむいたような翔太の顔も私と同じくらい真っ赤だった。
翔太も私のことを好きでいてくれた。
その事実が嬉しすぎて。
「架菜、泣いてるの?」
「あれ?」
翔太に言われて気付く。
涙が零れ落ちる。
「嬉し涙だから、大丈夫。」
自分の意思と関係無く涙が零れるなんて。
告白に相当ドキドキしてたんだな。
って、恥ずかしくなる。
「架菜って泣き虫なんだね。」
私の頭をポンポンと叩いた後に、翔太は自分の髪の毛をくしゃっと触った。
あれ?翔太が自分の髪の毛触るなんて珍しいな。
なんてぼんやり思っていたけど。
この日の私は幸せ過ぎて、他のことを何も考えられなかった。
明日も明後日も、翔太が側にいてくれる限り私は幸せでいられる。
そう確信して、私は翔太の左手に触れた。




