目覚め
私はずっと彼の背中を追いかけていた。
(待って、行かないで。どうして、私を置いて行くの?)
深い森、白い靄がかかる緑の路。私は必死になって、彼の背中を追い続けていた。
もう少しで、手が届く。
あと数ミリ、手を伸ばした。
手が彼に降れるよりも先に、
「架菜。」
彼が振り返って私の名前を呼ぶ。
いつもと全く変わらない表情で。
私の事を待っててくれた。
「架菜。架菜。」
誰かが呼んでる。
重い瞼を開けて目を開ける。
眩しい。
見慣れた人たちの姿が目に入る。
お父さんとお母さんと妹…、妹の名前があやふやで、あれ?何だっけ?
「本当、良かった…。もう三ヶ月も寝たきりだったのよ…。」
みんな、だいぶ痩せた気がする。
笑顔を見せながらも疲れきった表情は隠しきれない。
長い間、ずっと夢を見ていた気がする。
とても怖い夢を見たのに、起きたら思い出せない、そんな類いの夢を見ていた気がする。
それでも、私のすぐ側にはいつもあの人がいてくれた。
私の大好きなあの人がいてくれた。
そうだ。
急に、起き上がるから頭がフラフラした。
「架菜。どうしたの?」
「翔太は?翔太はどこ?」
そうだ、バイト先で翔太は私を庇って強盗に撃たれたんだ。
記憶がそこで途切れてる。
「ああ、翔太くんなら…。」
お父さんが言葉を詰まらせる。
「何?お父さん?翔太は大丈夫なの?」
「お姉ちゃん、そんなに興奮したら体に良くない。」
「結衣、翔太は?」
そうだ、この子の名前は結衣だ。
しかし、結衣と呼ぶことに少し違和感を感じていた。
そんなことより、今は翔太のこと。
翔太は?
「架菜。」
横から翔太の声がした。
声の方に首を向けると…。
翔太がいた。
同じ病室、隣のベッドに翔太がいた。
「翔太。」
私は駆け寄ろうとしたけど、体が重くて動けない。
「架菜は起きたばかりなのに元気だな。」
そう言って笑う翔太の顔がずっと見たかった。
翔太にずっと逢いたかった。
「翔太くんは、架菜が目覚める少し前に目を開けたのよ。まるで、架菜が起きることが分かっていたみたいに。」
そうなの?
「架菜が目覚めたのに、オレが起きてなかったら、架菜泣くだろ?」
だから、先に起きてた、と続ける翔太がとても愛しい。
「おかえり、架菜。」
翔太のこの言葉がどれほど嬉しいか分からない。
私の言うべき言葉は決まってる。
「ただいま、翔太。」




