事件
「今日もバイトかー。本当ここんとこ毎日だよな。」
うんざりした感じで翔太が言った。
「そんなバイト連勤生活もあと少しだよ。」
3月28日。
翔太の誕生日まであと10日。
「結局、近場のテーマパークとか…。そんなんじゃいつものデートと変わらなくない?」
「だって…。日帰りだとあまり遠いとこ行けないし。いっぱい働いて思いきり遊ぼうよ。」
「そうだけど…。」
翔太は何か言いたそうな顔をしたけど、言っても無駄だと思ったらしく、腕時計を見た。
クロークハウスの自社ブランド、レーグラのシルバーの腕時計。
私がバレンタインデーに送った物だ。
「こんな高いの買うから、バイトの時間増やさなくちゃならなくなったんだろう?」
「それを言うなら、翔太だって、ホワイトデーにまさか同じ種類のレディース腕時計買ってくれたから、お金きつくなったんでしょう?」
そう。
私たち二人は、バレンタインデー、ホワイトデーと共に同じ腕時計をプレゼントしあったのだ。
「前から、架菜言ってたじゃん。腕時計欲しいって。」
確かに言ってたけど…。
雑貨屋で売ってるような安物で良かったのに。
翔太に渡された時。
翔太に時計の針を合わせてもらった。
本当の時間より一分早く。
そして。私も翔太の時計を一分早く合わせた。
私たちだけの時間。
そんな空想の時間を翔太と二人でいたかった。
「ほら、ゆっくり歩いてたら時間ギリギリだよ。急ごう。」
「うん。」
翔太の差し出してくれた左手に触れた。
足早に歩きながら、私も自分の腕時計を見てみた。
「あれ?」
時間が止まってる。
「翔太、私の腕時計時間止まってるんだけど。」
まだ買ってもらったばかりなのに。
「え?」
そんな訳ないだろう?と言うように、翔太は立ち止まり私の腕時計を見た。
「本当だ。うーん、不良品かな?明日一緒にクロークハウスに行ってみよう。」
「うん…。」
せっかく翔太とお揃いの時計だったのに。
せっかく翔太と時間を合わせたのに。
「また新しくしてもらって、一緒時間合わせればいいよ。」
私の心を察して、翔太はそう言ってくれたけど。
でも…。
取り合えず、今日は早く行かないと。
そう、今はバイトに急いで行かないと。
と分かっているけど、心は沈んでた。
明日。
そうだよね、明日翔太とデートできると思えば少しは明るくなれるかな?
******
今日のバイトはラストまでだから、24時まで。
学校終わってからのバイトだから、さすがに疲れていた。
でも、あと30分ぐらいで終わる。
ふぁー欠伸が出そう。
鏡の向こうの翔太も眠そうな顔はしていたが、後片付けなどの業務で忙しそうに動いてる。
このバイト、いつまで続けられるのかな?
初めは去年の年末には辞めようと思ってたのにね。
何だかんだで続けてしまっている。
翔太はどう思っているか分からないけど、私はこのまま続けていきたいと思っている。
翔太と二人でいる時間が何よりも大切だから、翔太と二人でいる時間が長ければ長いほど私には大切だから。
その時。
え?何かの冗談?
閉店間際の店内に黒マスクをした男性二人が入ってきた。
手には銃を持っている。
「金を出せば命は助ける。」
一人の男が太く低い声で私に銃を向けた。
それでも、私の脳はこれは現実では無いと解釈しているのか、うまく働かない。
鏡の向こうの翔太と初めて目が合った。
ああ、翔太。
助けて。
こんな感じで目が合うなんて思っていなかった。
翔太、私はいつもここから貴方を見てたんだよ。
次の瞬間、強盗が銃に手をかけ発砲した…。