大切な空間
「おはよう。」
今朝も迎えに来てくれたショウタくんの優しい笑顔。
いつも通りの朝…。と言いきってしまう表現もおかしいよね。
私は良夢さんではない。
ここは、私がいるべきところじゃない。
私には翔太のいる世界があるんだ。
「また変な夢でも見た?」
私の浮かない表情に気付いたのか、それとも昨日の電話のことが気になっていたのだろうか、ショウタくんが聞いてきた。
私がどうしてこの世界に来たのか?
「もしかしたら…。」
「え?」
「ショウタくん、今日の放課後時間ある?もし平気なら、この間行ったあの店に寄りたいんだけど。」
これは、確信ではない。
確信ではないけど、この間あの店内で感じた恐怖。
あの店内で起こった何かと、良夢さんらしき人の視線、それ等が今この世界にいることと関係あるとしたら?
もう一度あの店に行きたい。
*******
「良夢ー。」
「カラオケなら行かないよ。」
放課後、近付いてきたユカの言葉を聞く前に言った。
「まだ何も言ってないのに。」
プイと口を尖らすユカ。
「ごめんね。」
「え?」
「でも、これからも良夢さんと仲良くしてあげてね。」
「は?」
突然の私の言葉に口をあんぐりと開けて、動きを止めた。
「ごめん、ごめん、何でもない。」
「良夢変だよぉ。幸せ過ぎておかしくなった?ほら、ダーリンが迎えに来たよ。」
ユカの指差す方向に、ショウタくんがいた。
「また明日ね、良夢。」
「うん。また明日ね…。」
良夢さんの大切な友達。
私が良夢さんの体に入ったせいで、その関係を変えてしまうことは一番いけないことだから。
*****
「今日は割りと空いてて良かったね。」
ショウタくんの言う通り、今日の店内は空いていた。
「昨日何かあった?」
一番奥の席に座った私は、まずアイスココアを一口飲んだ。
「ここね、元の世界で私と翔太がバイトしていたとことそっくりのお店なの。…、学校だって家だってみんな似てるんだから、そっくりのお店があっても不思議ではないんだけど。ここのお店には何かを感じたの。何かは分からない。でも、私がこの世界に来たこととこのお店関わってる気がして。」
この間ここのお店で感じた地震の後の怖い思い。
思い出したくないようなとても怖い思い。
「きっと、ここの店で何かあった…。」
「…。」
「架菜さん、記憶が?」
「ううん。」
ただ、良夢さんに出会ったのは昨日が初めてではなかった。
私は元の世界でも良夢さんに会ってる。
「あそこの柱に鏡が取り付けられてるでしょう?元の世界のお店にもあの鏡があって、私はあの鏡からいつも翔太を見てた。一度も目があったこと無かったけど、私はあの鏡から翔太を見てるだけで幸せだった。あそこの場所で翔太のすぐ近くにいられる時間が大好きだった。」
家も近くだし、学校でも一緒にいられた、だけど、あそこの空間は何故か特別な場所に感じられた。
たまに空いてる時とか、あそこの空間に二人だけの時があって。
別に話をしなくても、ただそこに翔太がいるだけで幸せだった。
たまに本当に暇な時、僅かな会話ができて、その一言一言が私にとってとても大切な物だった。
そんな幸せなこの場所で何かがあった。
「翔太の誕生日に旅行行きたかったから、お金貯めようと思って、三月はほとんど毎日バイトの状態で…。そんな中で、何かが…。」
頭が痛い。
体が震えてきた。
あの日…。
あの日の私は…。




