音色と結衣
「お姉ちゃん、コーヒー溢してる…」
翌日の朝。
音色の声で、マグカップに注いでいたコーヒーを溢していたことに気付く。
「あ…」
昨日、よく眠れなかった。
「それじゃ、明日の朝迎えに来ますね」
昨日の帰りに言われたショウタくんの言葉に言われた言葉にドキドキしてしまい、その事を考えるだけでなかなか寝付けなかったのだ。
ショウタくんは翔太ではないと分かっているけど、この世界で唯一の理解者でいてくれている。
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いつもの時間に家の玄関の扉を開くと、そこには約束通りショウタくんがいてくれた。
自転車の横にもたれながら、眠そうに欠伸を繰り返していたが、私と目が合うと、
「おはよう」
いつもの爽やかな笑顔を見せてくれた。
「おはよ。本当に来てくれたんだね」
「約束は守ります。…、でも、ほぼ一方的な約束でしたよね」
「あー、お姉ちゃんが彼氏と一緒にいるー」
ショウタくんの声と私の後から出てきた音色の声が重なる。
「彼氏じゃないよ、音色」
「わぁー、お姉ちゃんに初彼氏」
声を高らかに冷やかしてくる音色。
あ…、元の世界にいたときもこんなことあったな。
翔太が迎えに来るのは小さな頃からだったから迎えに来ることで冷やかすことは無かったけど、付き合い出してから手を繋いで学校に行くことがあって、その時はこんな風に冷やかされたことを思い出した。
「いいな、彼氏彼氏。私も高校生になったらできるかな」
そんな風に言いながら音色は私たちと反対方向に歩いて行った。
「何かごめん」
彼氏でもないのに。冷やかされちゃって…。
心の中でそう続ける。
「大丈夫。俺さ、一人っ子だから兄弟とかめちゃ羨ましい。特に妹なんていたら可愛くて仕方ないだろうなーって思う」
翔太も一人っ子だった。
ショウタくんの言う通り、翔太も妹が欲しかったみたいで、私に妹がいることをよく羨ましがっていた。
「私、元の世界に結衣って妹がいて、見た目はさっきの音色にそっくりで、よく二人でお互いの洋服取りかえっこしたり、遊園地行ったり、すごく仲良かったの」
時には翔太のことを相談したり。
今どうしてるのかな?
私の肉体がどうなっているのか分からない今、結衣がどうしているのか想像もできない。
もし…、仮に、私の肉体が眠ったままの状態だとしたら、結衣は…。
「妹さんはきっと元気だと思うよ」
黙ってしまった私の心を読み取り心配してくれるショウタくん。
「…、ありがとう」
こっちの世界に来てからショウタくんに励まされてばかりいる自分に気が付いた。
年下なのに、何か悪いなと思いながらも、今この世界で頼れる人はショウタくんしかいない。
それが分かっているから、ショウタくんの優しさに甘えていたかった。




