クリスマスなので愛をください
「クリぼっちです。愛をください」
意味が分からない、と俺は顔をしかめた。
現在時刻は二十二時。雪がちらつく寒い夜。今日の日付は十二月二十五日なので、ホワイトクリスマスというやつだ。まあ、ここは雪国だからそんなもの珍しくもなんともないのだが。
そんな夜、薄っぺらいコートを着て足早に駅に向かっていた俺は一人の少女に捕まった。白いコート、白いブーツ、白いイヤーマフ。全体的に白い。雪が積もっているせいで周囲の風景と同化してしまっており、赤いマフラーが妙に映えている。
それで、今この少女は何と言った?
「クリぼっちって何だよ」
「クリスマスぼっち。聖なる夜を一人ぼっちで過ごす寂しい人間のことです」
「で、そのクリぼっちさんが何で俺に声をかけたんだ」
早く帰りたいということを微塵も隠さずに吐き捨てる。何が楽しくてこんな寒空の下で立ちつくさなきゃならないのだ。
「あなたがそこを通ったから、私の目についたからです。一目惚れとも言います」
「はぁ?」
ふざけんな。俺は早く暖かい家に帰りたいんだ。そんな冗談に付き合うつもりはない。今日も一生懸命働いて稼いできた企業戦士に対する労りはないのか。
しかも、さっきから気になっていたのだが。
「お前、いくつだ?」
「高校三年生、ぴっちぴちの十八歳です」
「こんなところにいないで帰って勉強しろ」
若いと思ったらやっぱり学生だった。こんな時間に出歩くなんて、最近の若者は危機感が足りないんじゃないのか?
「勉強をするためのやる気をください」
「愛じゃねえのかよ」
「愛イコールやる気です」
……何を言ってるんだ、こいつ。まだ若いつもりでいたが、俺も年か? 何を言っているのかさっぱりだ。
「何だよお前、家出か?」
「違います。愛を乞いに来たのです」
「駅前に?」
「近所なので」
「……俺、これから来る電車に乗るんだけど行っていいか?」
「駄目です。行くのなら愛をください」
駄目だこいつ。話にならない。
こめかみを押さえたくなるのを堪えながら俺は言う。
「悪いが、他を当たってくれ。というか帰れ、危ないから」
「心配してくれるんですか?」
「あ? ああ、まあ」
「愛ですか?」
「あ゛?」
何がどうしてそうなったんだ。意味が分からない。
「私を心配するのは、そこに何らかの愛があるからですか?」
「あー、もうそれでいいよ。そうそう、愛だよ愛。愛ゆえにだよ。これでいいか?」
面倒くさいしそろそろ時間がやばいので適当にあしらう。しかし少女はそれに不満そうな顔をする。
「心がこもってないのでもう一度お願いします」
ぶん殴りたい。こいつ、超ウゼェ。
子供の我が儘なんだから落ち着け、と自分に言い聞かせてもう一度口を開く。
「心配だから、今日はもう帰れ。愛やらやる気やらが欲しいならまた明日にしろ」
「……まあ、いいです」
何故か上から目線でそう言った少女は、どこか嬉しそうにしながら踵を返した。
「一体なんだったんだ……っと、時間時間」
その背を視界の端に捉えながら、俺は慌てて駅の改札を通り抜けた。
クリスマスって二十五日なのに、日本人は二十四日に盛り上がるのは何故だろうか。商業的な何かが絡んでいるのだとしても、二十五日でもなんら問題はないように思うのだが。
12(月)25(日)文字。