表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PLATINA  作者: 灰原みつる
2/4

序章:白炎の記憶−2

「耀婪!」

 カインが槍を持って到着すると、耀婪は座っていた岩から降り、湖畔に足を下ろした。

「うん。それじゃあ始めようか」

「おう!」

 二人は背筋を正して向き合い、礼をする。

 構えを取るとき、耀婪はいつもの優しげな顔から一転、厳しい師匠の顔になる。その瞬間、カインの内にも緊張が奔る。呼吸を整え、間合いを計る。数十秒の沈黙。そしてある瞬間、二人が示し合わせたかのように同時に動き出した。

 最初に攻めに入ったのは耀婪だった。左右に連続で突きを繰り出す。カインはそれを素早く躱すと、三撃目を槍身を利用していなし、一気に踏み込んで間合いを詰めた。すかさず突きを入れるが、耀婪は巧みに身を捻り、後ろに何度か手を付きながら綺麗に後転してそれを避ける。カインが槍を構え直すと同時に、耀婪の反撃。二人の槍が激しくぶつかり、音を立てた。




  *  *




 稽古を終えると、二人は暫く湖のほとりに腰を下ろし、星を眺めていた。この一体は朝夕は霧が出やすいが、晴れた日の夜は星がよく見える。一帯は森になっているが、湖周辺の空だけは綺麗に開けており、見上げると木々のフレームに縁取られた絵画のような空を眺めることができるのだった。

 秋の訪れを知らせる夜風が、運動後の火照る体を心地よく冷ましていく。

「遅くなったから、稽古、無くなるかと思った」

 カインが呟くと、耀婪は、ふふ、と笑った。

「そうしてもよかったんだけど?」

「勘弁。座学だけの1日なんて、あんまりだ」

「居眠りしてたのは自分のくせに」

 耀婪の痛い反論に、カインはばつが悪そうに笑った。

「で、どうだい。本物の槍を使うようになっての感想は」

「ああ……やっぱ重いな。木の棒とは違うわ。鉄だもんな、鉄」

 カインはあちこちに豆の出来た手を、握ったり開いたりしながら言った。耀婪はそれを見て、小さく笑った。

「鉄……だからじゃ、ないなあ」

「え?」

 カインの目が、きょとん、と耀婪を見る。耀婪は、いつもの優しいまなざしで、カインを見ていた。

「重いんだよ、槍は。木の棒とは違う。そのひと突きで、人を殺めることが出来る。そうでなくても、当たれば必ず傷つける。武器っていうのは、そういうものさ。その重さに見合うだけのものを護るために、槍を振るわなくちゃならない。重さの意味を忘れて、傷つけるために武器を振るっちゃあ、いけないんだ」

「耀婪……」

 カインは、静かに頷いた。耀婪の言わんとするところは、カインも自分なりには理解していた。実際に戦いに出たことなんてないこの身には、実感としてはほど遠いのかもしれないけれど。

 鉄の槍を見つめて真剣に黙り込むカインの様子を見て、耀婪は微かに笑った。

「じっくり、考えてみるといいよ。自分が守り抜きたいものについて」

 そう言うと、耀婪は立ち上がった。

「さあ、もう家に入ろう」

 耀婪が歩いていく。カインは槍をしっかりと掴み、立ち上がった。槍を倉庫に戻しに行きながら、カインは、耀婪の言葉を頭の中で反芻した。

(護るため……)

 ———耀婪。カインの師であり、育ての親であり、無二の友。思い返すまでもない。彼と出会ってから、たくさんのことを教わってきた。彼と出会った———人生が変わった、4年前のあの日から。





 ———4年前。


 カインは現在住んでいる湖から遠く離れた土地に住んでいた。ここよりもずっと雑多としていて、俗世じみ、血なまぐさい場所だった。ここ十年の間に激化した、《帝王軍》と呼ばれる軍団による制圧。その非常識なまでの拡大速度と兵力は、あっという間にカインの故郷周辺をも飲み込んでいた。

 そんな中、今から6年前———"事件"が起こる2年前に、その街を拠点に若者たちが次々と立ち上がった。彼らによって《帝王軍》に対抗すべく結成された《反乱十字軍》———耀婪は、それを最前線で指揮する先導者だった。

 たちまち街中に立ち上る、白金十字の旗。希望と聖戦を象徴するそれらは、まるで正義のヒーローの到来のように、若かりしカインの目に映った。

 ———ところが。

 《反乱十字軍》結成から2年。今からちょうど4年前。反帝王軍の勢力が拡大し、街も活気づいてきた頃、その地域は《帝王軍》による本格的な”制圧”を受けることになる。

 この頃のことは、カインはあまりよく覚えていない。めまぐるしく、衝撃的な出来事の連続———多くをショックのあまり忘れた彼の脳裏に焼き付いているのは、コマ送りのような、切れ切れの記憶だけだ。”制圧”は、一夜にして行われた———燃え盛る街、悲鳴、血の臭い。炎の龍、目玉の紋章を持つ男、そして———紅蓮を裂いて現れた、白炎を纏う耀婪の後ろ姿。

 わずかな記憶の断片は、脳の一番深い部分にチリチリと焼き付いて、今も夢に見る。今日の夕暮れのまどろみの最中でも見たように。



 ”制圧”の結果、街は壊滅した。希望の象徴だった《反乱十字軍》もその殆どが倒れ、残った者たちは散り散りになった。耀婪はあの日、見ず知らずだったにも関わらず、親を亡くしたカインを必死で守り抜き、手を引いてこの湖まで一緒に逃げてくれたのだ。

 それから耀婪は、隠れるようにしてこんな森の奥地で暮らしている。前線で《帝王軍》と戦っていた頃とは、何もかもが違っていた。白地に金糸の軍服ではなく、粗末な麻の衣を着て。白金の炎を宿した双槍ではなく、使い古しの青銅の槍を振るって。彼はいつも優しくて、花のように明るいけれど……カインは知っている。彼が時々、昔を思い出しては苦しそうな表情を浮かべていることを。

 そんな彼の姿を見て、カインはいつしか、耀婪を守りたいと思うようになっていた。英雄的な闘志はもう見当たらなくても、花のように笑う彼が好きだ。どんなに傷ついても、魂だけは汚れない、そんな彼が好きだった。たった一人の身内として、カインを養い、ときには導き、無償の愛と安らぎをくれる、そんな彼が。

 だから、カインの答えはもう決まっていた。何を守るか、なんて聞かれるまでもなく、「重さ」なんて問われるまでもなく、自分は耀婪を守るのだ。今は、耀婪の代わりに街へ行き、生活に必要な物資を調達してくるのが精一杯だが、もしもこの先戦わなければならない時が来るとしたら、自分は耀婪と、耀婪の居る景色のために槍を振るう。

 こればかりは、疑いようもないことだ。カインは槍を倉庫に戻し、自室へと向かった。



  *  *


 その夜、カインはまた夢を見た。

 燃え盛る炎、それを背に立つ、謎の男。視界は眩んで、顔は見えない。ただ、男の手の甲に刻まれた紋章は、やけにはっきりと見えた。見開かれた目から無数の手が伸びている図だ。4年前の記憶と同じ。

 ただ、記憶と違っていたのは———燃えているのが遠い記憶の街ではなく、湖畔に佇むこの家で、槍を手に男と対峙しているのが若かりし耀婪ではなく、未熟で情けない、現在の自分自身だということだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ