*あっちの世界へ
少年はある日、牙を剥き出しにし、羽の生えた大きな魔物に出会った。
少年は腰に挿してある短剣を抜き、魔物目掛けて一直線に走って行った。
――刹那、少年の短剣は魔物の木の幹ほどある足を切り裂き…………
「うわっ、バカみたい」
――夕日が差し込むような時間の教室。
俺は一人で読書を楽しんでいた。
誰も居ない、静かな空間。読書をするのには、もってこいの場所だった。
――この邪魔さえ入ってこなければ
「…あら、失礼ね。邪魔?誰が邪魔なのかしら?判らないなぁ~、誰が邪魔なのか、教えてくれるわよね?」
ひぃぃぃぃっ!!!
すんませんっ、本当に申し訳ありませんでしたっ!!!!!
俺は青ざめた顔で、心の中で謝罪する。
アイリスさんは、「全く」と小さく息を吐いて、俺の目を見ながら言った。
「最近の須佐、妙に生意気になったわよね」
グサーッ!!!!
な、何気に傷付いたんですけど!!!
「私にそんな大きな態度とって良いと思ってるわけ?」
「いえ、全然!!そんな事は…!!」
俺は少し、後退りをした。
アイリスさんは目を伏せ、
「もう良いわ。勝手にしてちょうだい。……雷神を取り逃がした大間抜けが」
ボソッと俺をビビらすような事を言って、教室を出ていった。
「………マジ怖えよ」
俺は暫く硬直していたが、小説を机の上に置いてあった鞄の中に入れ、開いていた窓から飛び立った。
「今日は夕日が綺麗ですね」
俺の隣でサーシャが山向こうに沈んでいく夕日を見ながら呟いた。
場所は電柱の上。
「あぁ。綺麗だな。……っていうか、こんな場所に居たら普通に怪しまれねぇか!?」
俺は幅の狭い電柱の上で立ち上がった。
「大丈夫ですよ~。通常の人間には私たちは見えませんから♪」
のんびりとした口調で微笑むサーシャ。
…あ、そっか。
俺は夕日が完全に沈みきるのを見て、サーシャに声をかける。
「行くぞ」
「…え?行くって…何処へ?…あ、もしかして"イく"の間違いでは…」
「だっ……変態かお前はッ!!??」
…いかん。どうもこの前まで健全だったサーシャにも、俺の変態パワーが乗り移ったらしい。
サーシャは首を傾げ、再度訊ねる。
「…でも、真に何処へ?」
俺は胸を張って答えた。
「もちろん、ラブホテルへッ!!!」
その瞬間、俺の頭蓋骨が粉砕するんじゃないかという勢いでサーシャに魔力で懲らしめられたのは、言うまでにない事だろう。
さて、茶番はここまでにしよう。
――本題だ。
「全く…。須佐、気が緩んでおるぞ。この腰抜けが!!」
グサ――ッ!!!
「本当よ。何?あんな女に見とれた訳?…バッカじゃない?」
グサグサ――ッ!!!
「……………ヘタレ」
………グシャッ
「………オワタ」
俺の人生が。
美少女3人にここまで酷い事を言われるなんて…
「あら、酷いのは須佐、貴方の方でしょ?…大体あれだけ雷神には気を付けろって言ったのに…」
アイリスさんが、俺の勉強机に乗りながら、ミニスカートを履いているのにも関わらず美脚を組んでいる。
「…いや、別にそういう訳じゃ…」
言いながら俺はアイリスさんのスカートの合間から微かに見える下着を覗きこむ。
「これ、須佐ッ!!聞いておるか!?」
天照が手元に置いてあった銃を手に取り、此方に向けてきた。
「ひぃぃぃッ!!すんませんッ」
土下座する俺。
見下ろす天照。
「……不思議な画ですね」
首を傾げながらサーシャは呟く。
「まぁまぁ…、落ち着きなさい天照大神。須佐がエロいのは何時もの事じゃないの」
「うむ、そうじゃな」
「ちょぉぉぉっと待ったぁぁぁぁッ!!!」
進むアイリスさんと天照の会話に俺は素早く終止符を打ちにいった。
「あら、何かしら?ド変態」
即行返事を返してくるアイリスさん。
あぁ…、心が痛い
「…まぁ、そんな事より」
そんな事って言われても、俺にとっては意外と大きな事なんだぜ?
一人突っ込みは寂しいな。
「雷神の件、どう致すのですか?もう須佐様のお顔も知られてしまったのですぞ?」
サーシャが口を開く。
アイリスさんは一瞬固まり、
「…そうじゃない。もう素性を知られたのよね…」
一呼吸置いた後に
「このたわけ者がぁッ!!!」
大声で叫ぶ。
……うぅ、なんか傷付く
天照はため息混じりに
「須佐が戯けなのも昔からじゃ。…こやつは使えぬぞ」
何気に酷い事を言ってくる。
……あぁ、もう死にたい
サーシャは少し戸惑いながら俺の方を見遣り、優しく微笑んだ。
「須佐様、ご安心くだされ。…私が須佐様の代わりに雷神めを捕まえに行ってさしあげます故…」
「「「……ッ!!」」」
その場に居た3人は息を飲んだ。
一人は「…サーシャ、私のパートナーを盗もうと考えてるのかしら…?」
と考え、また一人は
「妾の須佐…。この仲は誰にも邪魔立てはさせぬ…!」
と考え、そしてもう一人は
「……サーシャ、俺の為に…ッ!!マジ感激ッ!ハグしたい…ッ」
と考えていたからだ。
…ああ、なんか複雑だな
サーシャはそんな3人の気も知らず、
「まぁ、色々作戦を練らねばなりませぬが」
と笑顔を向けて、
「今日は寝ましょうよ~。シャワー、お先にいただきますよぉ」
スキップをしながら部屋を出て行ったのだった。
――夜中――
「須佐ッ、須佐ッ…」
耳許でする微かな声で俺は目を覚ました。
見ればアイリスさんが俺のベッドの上に乗り、俺の方をじっと見ていた。
……これはッ
俺は勢いよく起き上がり、アイリスさんに正体する。
「とうとうこの時が―!!」
やっと俺にも春が来た!!…そう思ったのだが…
……ガンッ!!
「………っ!?」
腹部にアイリスさんのパンチが飛んだ。
「邪念は捨てなさいって何回言ったら判るの?」
アイリスさんの笑顔はひきつっている。…どうも完全に怒らせたらしい。
「…いや、だってアイリスさんがそんな紛らわしい行動とるから…」
「須佐?」
「ひぃぃぃッ!!すいませんっした!!」
言い訳も虚しく、アイリスさんの怒気で台無しになる。
アイリスさんは「全く…」と言い、ベッドから降りた。
「こんな時間に私が此方の世界に戻ってきたのにもちゃんと訳があるの」
「…と、言いますと?」
俺はまだ半開きの目を擦りながら彼女の話を聞く。
「雷神が現れたのよ」
彼女の言葉は短かった。しかし、短い割に重みがある。
「現れたって…、そっちの世界に!?」
「えぇ」
俺は「そっちの世界」に行った事がある。そこでアイリスさんに出会ったんだ。初めて会った時の彼女は意味不明な言葉ばかりを並べて俺に突きだした。『パートナー』未だに俺は彼女の言った言葉の意味を判りきっていない。
アイリスさんは俺の手首を持ち、強く引いた。
「行くわよ」
「えっ…、今からっスか!?」
俺の問いに彼女は「当然」という顔をして、部屋の窓を開けた。
今日はどうも、満月らしい。
「…あー、満月の時はあっちの世界と満月を通じて行き来出来るとか、そーゆーロマンチックな設定っスか?」
冷えきった俺の目を見てアイリスさんは不満げに言う。
「何?気に入らないの?」
「いやッ…、別に気に入らない訳じゃないんですけど…」
…どうもそういう設定らしい。
「じゃあ行くわよ。飛びなさい、須佐!!」
彼女は勢いよく窓から足を蹴り離し、空を飛んだ。
「…こんな眠い時に飛びたくねーよ」
俺も仕方なく彼女に続き、飛び上がる。
空中で待っていた彼女が微笑みかけてきた。
「日に日に上手くなってるじゃないの」
「……っ!」
彼女の笑顔は殺人級だ。
反則だろ……ソレ
夜風が気持ち良い。
俺等は月に向かってひたすらに風を切っていた。
ふと、振り向きざまに、
「…きっと、雷神も…」
語尾を濁すようにアイリスさんが呟いていた。
……雷神が…何なんだ?
俺の心の内を察し、
「なっ…何でもないわ。ただの独り言。気にしないで?」
アイリスさんは俺に作り笑顔を向けてくる。
………無理して笑わなくても良いのに
そうこう思いを巡らせている間に月の正面にたどり着いた。
「…でけぇ」
「此処からが本番よ」
アイリスさんは深く深呼吸をする。
…そんなにかよ
俺は眠気がとれず、欠伸をする。―と、
ブォン……
不審な音が真隣から聞こえてきた。
見ると―――
「うわっ!!!すいませんっ!!!俺、頑張りますからッ」
アイリスさんが両手に怪しげに光る魔力の塊を持ち、今にも此方に飛ばしてきそうな状況だった。
「そう。…なら良いわ」
そう言い微笑む彼女の目には、もはや光すら宿っていない。まるで闇のようだ。
「うぅ…」
俺は痛む頭を押さえ、月へと足を向けたアイリスさんを見る。
彼女の額には汗が滲んでおり、頬を汗の筋がつー…っと通った。
…そんなに危険なのか?あっちの世界は…
だんだん俺も不安になってきて、手を力強く握った。
「……いくわよ」
アイリスさんの力強い、だが少し動揺を隠しきれていない声。
「…はい」
俺はその声に頷き、
ヴゥゥゥゥン…………
月が発す魔力によって身体を月へと任せる。
次第に身体が軽くなり、周りの景色はまるで雪が降ったかのように真っ白になっていく。
隣にはアイリスさんが、真剣な眼差しをただただ光の先に向けているだけだ。
……月の魔力の中…なのか?
月から異世界への移動はよく、ファンタジー小説で読んだことがある。だけど、いざ自分が月から異世界へ移動するとなると、凄い違和感に襲われるものだ。
…あれ?なんか頭が…くらくら…して…き……た…
頭がボーっとして、俺は何時の間にか意識を無くしていた。
「……佐ッ!!須佐…ッ」
…声が……聞こえる…
「……てっ…、きて!!」
…女の…人の……
「……須佐ッ、……きて!」
…誰かが俺の…名前を呼んで…る…
「……なさいっ!!」
…この声は……アイリスさ…ん…?
――と、
「須佐!!起きなさいッ」
「……ごふっ!!??」
「…やっと起きたわね」
「ちょ…ちょっと待って下さいよ…。人を殴っておいてよくそんな涼しい顔をしていられますね…」
俺は殴られた腹を押さえながら上半身を起こす。
アイリスさんは、少しムッとした顔をして、
「貴方が起きなかったのが悪いのよ。……バカ者」
「……ッ!!!」
…よく判らないけど…、アイリスさん俺の事心配してくれていたのか?
そんな俺の心を読んだのか、アイリスさんの顔は一気に紅潮し、
「ふ、ふざけないで!!…須佐のバカ…」
俺の頭を力強く殴りながらも嬉しそうに言う。
…嬉しそう……。マジ可愛い…!!
って、違う!!そんな事言ってる場合じゃねぇ!!!
何気にガチで痛いんだけど!!
俺はアイリスさんに殴られた後頭部を撫で、立ち上がる。
アイリスさんは俺が立ち上がったのを確認すると微笑しながら頷き、
「じゃあ、行くわよ」
殺気立った空気が流れ込む空間へと足を踏み入れた。
途端、空気が歪む。
……グワン…
「……ッ!!??」
足が……足が吸い込まれていく…
「ア、アイリスさん…、助け…ッ」
隣を見て俺は驚いた。
アイリスさんの姿がどんどん透けて見えなくなっているからだ。
「………ッ!!アイリスさん!?大丈夫ですかッ!?」
俺は慌てて駆け寄り、アイリスさんの消えかかった腕を掴む。
アイリスさんは此方を向き、優しく微笑み何やら口を動かした。
「…え?何…!?何て言っているんですか!?アイリスさんッ…!!アイリスさん……ッ!!!」
彼女の声は聞こえない。
それどころか彼女の姿は完全に消え、まるで『虹の神・アイリス』の存在すら無かったかのようにアイリスさんが居たその空間が、今では無の空間と化してしまった。
悔しかった。
…彼女を救う事が出来なかったから。
何も出来なかった俺の実力の無さにガッカリした。
「……るさねぇ」
身体の奥から何か熱いものが込み上がってくる。
「アイリスさんをこんな風にして…全体に許さねぇ!!!」
バッ、ビリビリビリ…
空間が割ける音がする。
俺の身体が純白に光る。
「うぉぉぉぉッ!!!!」
自然とこういう時には何時も以上の力が出る。
紀にもよく言われたもんだ。
「雅也ってピンチな時ほど力出るよね。…ほら、火事場の馬鹿力ってやつ」
…馬鹿力って言われた時、俺の事バカにしてるのかと思った。
紀に、
「何?馬鹿力って…確かに俺はバカだぜ?だけどなんか、そういう事言われると悲しくなる…」
って聞いた事もあったっけ。
紀は笑いながら
「馬鹿力は別にバカにしている訳じゃないよ。寧ろ褒め言葉だな」
そう言って俺の肩を叩き、最後に一言、
「…まぁ、辞書で調べなよ」
天才にしか言えないような事(少なからず俺には言えん)を言ってきたな。
…まぁ、そんな事を思い出している間に、俺の周りの空間は次々に激しい光と轟音を立てて切り裂けていく。
……痛くはない
不思議だった。腕からは血が出ているのに。
恐らく割れた空間の破片が身体に突き刺さったりしたのだろう。
鮮血を見るのは久しぶりだった。
別に怖くもない。
今はただ――
アイリスさんを助ける事だけを考えていたから。
ギギギギ……
パリーンッ…!!!
今までより比べ物にならない程の大きな音が鳴り、辺り一面が真っ赤に染まっていく。
……俺の…血か…!!??
身体中から鮮血が吹き出している。気付かない内に服は真っ赤だ。吐血はしていない。
俺は目を見開いて、ガラにもなく冷静に状況を判断する。
俺の身体の周りは赤い。
だが、遠く向こうを眺めると真っ暗だった。
頭上には満月。
周りに星。
下には街がある。
……来れた。"あっちの世界"に来れたんだ。
俺は鮮血を撒き散らしながら頭上の満月を見る。
アイリスさんは何処に居るのだろう。
まだあの空間から抜け出せていないのだろうか。
…あの時消えて、何処に行ってしまったのだろうか……
自然と涙が出てくる。
アイリスさん……
俺は一応街に降りてみる事にした。
…雷神について何か情報を聞き出すために。
…この世界で戦うのかな?俺一人で…?
不安はある。…いや、寧ろ不安しかない。
此所には頼れる仲間が居ない。
最強のアイリスさん、魔力で世界を封じるサーシャ、日ノ本の祖先天照…
皆居ないんだ。
残されたのは、この無力な俺だけ。
"須佐之男命"なんて肩書きは、ただの飾りに過ぎない。
俺が本当に須佐之男命だったとしたら、きっと今頃アイリスさんは隣で笑っていてくれるだろう。
今、隣にアイリスさんが居なくてさっきの変な空間で彼女を守れなかったのも、俺の無力さを物語っている。
「……アイリスさん…、ごめんなさい」
俺は涙ぐんだ声で呟き、電光石火の様な速さで街の方へと急降下した。
街は夜の静かさを保ち、家々の灯りもポツポツとあるくらいで全く人の気配を感じれない。
「…なんか異様に寒いんですけど」
変な寒気に襲われ肌を擦る。
嫌な予感がして、恐る恐る後ろを振り返ってみる。
――と、
グォォォン…
緑色の巨大な身体。
鋭い牙を剥き出しにし、大きな口を開く化け物が俺の後ろに居た。
「……っ!!」
化け物の目は赤く光り、口からは大量の涎が滴り落ちる。
…こ、こんな街中に何でこんなカイブツが……
化け物が前足を高く上げた。
咄嗟に俺は後ろに下がる。
ドゴォォンッ…!
目の前で土煙が上がり、目が開けない。
「……っく」
ゆっくり目を開けてみると、俺の目と鼻の先に化け物の右前足があった。
全身が震える。
……俺、死ぬのか!?
何の役目も果たせないまま…
雷神にも会えないまま…
………ハーレムにもなれないまま…
正直最後のが一番悲しいな…
まぁ、そんな事は置いといて…
…どうする、俺!?
このまま戦うか!?
…でも、今の俺じゃとても勝てそうにないな…
じゃあ、逃げるか!?
いゃ、それはダメだ。ここで逃げたらアイリスさんに顔向け出来ない…!!
……ああっ、どうすれば良いんだ!!!!
――と、化け物が再び前足を上げる。
後ろに下がろうとしたが、運悪く後ろは崖だ。
…くそっ……!何でこんな所にタイミングよく崖なんかがあるんだよ…!
足元を確認し、真上を見上げると、もう頭に触れそうな距離に化け物の前足があった。
……もう、終わりだ…!!
俺が強く目を瞑ったその時――
グシャッ…
何かを潰したような音――
…あぁ、そうか。俺、潰されたんだ。
何も出来ないまま…
皆の役にも立てない只の名ばかりの須佐之男命。
今頃皆は何をやってるのかな…?
アイリスさん…、俺みたいに血塗れになったりしてませんよね?
…アイリスさんに一つでも傷付けたら、絶対ェ許さねぇ!!
…って、死者が言っても無駄か……。何も出来ねぇもんな
…サーシャ。ちゃんと寝れてるか?
最近のお前は少し無理し過ぎなような気がするんだよな。たまには休憩だって必要なんだぜ?
お前に初めて会った時は色んな誤解が生じて、険悪なムード満開だったけど、いつの間にか仲良くなって常に一緒に居てくれるようになったよな。
………感謝してるぜ。
…天照大御神。
やっぱり俺は貴女の考えてる事が判りません。
大人っぽいのは艶があって良いんだけど、流石に俺だって目の遣り所に困るような格好なんかされたら…
グヘヘヘ……
あ、ごめん。気にしないで。
……同じ日本神話の神同士、何時までも一緒に居られると思ったんだけどな……
先に逝かせてもらいます。…元気でな……
もうお別れの挨拶は済ませた。
…って、あれ?家族と紀への挨拶は…!?
まぁ良いや。可愛い女性達に挨拶を済ませれたからな
…え?最期の最後まで変態?
ハッ…、俺はそれで構わないな。
……可愛い女性達に会えただけで、俺の人生捨てたもんじゃなかったな
…と、この世へのいとまごいも済んだ所で、俺はもう逝こう。
……さようなら、この世…
…カーン、カーン
…何か…鐘の音がする
清らかで、何処か落ち着く鐘の音――
…あれ?俺、死んだんじゃなかったっけ?
あぁ、そうか。此処はあの世なんだ。この鐘の音も多分、俺をあの世への入り口へと導いてくれるもの――
「…か!?……り…ろ!」
…あれ?何か力強い声が聞こえる…
気のせいかな?
「…じょうぶか!?…かりしろ!」
…何か…だんだんはっきりと…
これも夢か?
「…おいっ!!大丈夫か!?しっかりしろ!」
「………ッ!!!」
俺はその力強い一言で目を覚ました。
「…はぁ、良かった。生きてたんだな。意識無くしていたから、もしかしたら死んだんじゃないかと心配したんだぞ」
見ると、俺より少し年上の迷彩柄の服に身を包んだ女性が俺を抱き抱えるようにして話し掛けてきていた。
「……っと…、あの…俺…」
痛む頭を押さえながら彼女に訊ねようとすると、彼女は俺の言いたい事を察したのか、俺に制止の手を差し出してきた。
「あまり喋るな。傷口に触る」
「…傷口?」
俺は彼女の一言で今までの出来事を全て思い出した。
アイリスさんと一緒にこっちの世界に来ようとした事。アイリスさんを無くして一人でこの街に降り立った事。……化け物に殺された事…
……って、ん?
俺…………
「生きてる…」
俺が目を見開いて言うと、彼女はおかしそうに笑い、
「ああ、お前は生きてる。私が助けてやったからな」
誇らしそうに肩に担いでいた機関銃を見せつけてきた。
…銃なんて久しぶりに見るな。…確か天照も拳銃を持ってたっけ…
そんな事を考えていると、
「…ッ!!来る!!伏せろ!」
彼女がいきなり俺の頭を地面に押さえつけてきた。
咄嗟の出来事に俺の頭はついていけない。が、伏せないといけないという事だけは判った。
俺が身体を伏せた、まさにその時、
ヒュー……ドカーンッ
……何かが落ちてきた音…
音の正体を確かめようと、顔を上げたら
「バカッ!!見るな!!」
彼女の怒号が聞こえた。
俺はパッと顔を附せる。
暫くして、音が全く聞こえなくなった。
俺は彼女の、
「もう顔を上げても良いぞ」
という声でゆっくりと顔を上げた。
そして絶句する。
「…………ッ!!!!」
「酷いだろ。だが、今は仕方ないんだ。戦時中はこれに耐えねばならん」
辺り一面が火の海と化し、建物も全て焼け崩れ、随分遠くまで見渡せるようになってしまっていたのだ。
……ひでぇ…
俺は暫くその光景に見入っていたが、ふと彼女の方を見遣る。
彼女は静かに手を合わせ、焼け崩れた街の方を向いていた。
俺も彼女に倣い、同じく手を合わせ、街の死者達に弔いの気持ちを込め、そっと目を閉じた。
「大丈夫だ。此処は安全だ。敵もそうそう近付けんだろう」
「い…いや、あの…、そう言う問題じゃなくて…」
「…?何だ?この格好が不満だというのか?…戦場ではこの格好の方が色々有利だ。木々に隠れやすいし、動きやすい。しかもちゃんと防御も出来る」
「えっと…、だから…」
「あぁ、そうだ。武器だってしまえるぞ。便利だろ」
「…は、はぁ」
俺は今、彼女に連れられて山奥の基地に来ている。
基地に入って直ぐに彼女と同じ格好に着替えさせられ、おまけに銃まで持たされた。
「大丈夫だ、心配はいらん。機関銃の扱い方なら私が教えてやる」
満面の笑みを向けてくる彼女。
だが、問題はそこではなくて――
「…あの、俺、別に隊に入ったつもりは……」
「あぁ、自己紹介を忘れていたな。私の名前は木曾巴。機関銃第一部隊部隊長だ」
「…あの、だから……」
「お前も今日から第一部隊に入隊しろ!」
「えっと…、人の話聞いてましたか?」
俺は淡々と話す彼女の言葉を強い口調で遮った。
…と、
「新兵!!隊長に何て口きくんだ!!」
傍に居た一人の隊員が俺に銃口を向けてきた。
「うぉっ!!」
咄嗟に下がる。
木曾…隊長は「まぁまぁ」と、隊員を宥め、此方を向いてきた。
「今日はまだそれで良い。明日以降からは気を付けろ。…ここでの上下関係は絶対…だからな」
軽く微笑んできた。
「……っ」
「今日は色々な事があって疲れているだろう。もう夜も遅い。早く寝ろ」
隊長は俺の肩に手を置き、
「…あ、まだお前の部屋を用意出来てないな。…まぁいい。今日は私の部屋で寝ろ」
「マジスかッ!?」
夢みたいな事を言ってきた。
そして最後に、ニッコリ微笑んで、
「明日は4時起きだ」
こんな辛い事を言ってきたのだった。