*この俺が嫁捜しなんて…!!
サーシャに連れて来られたのは俺の家だった。
「アイリス様がお待ちです。…さ、行きましょう」
俺はまだ自分の正体を知った時の動揺が消えていなかった。
「…大丈夫ですよ。貴方方は須佐之男命。間違い無いのですから」
サーシャは優しく微笑んだ。
「遅かったわね。…それで貴方は己の正体に気づいたのかしら?」
テイトさん――いや、違う。アイリスさんは俺の勉強机に乗り、脚を組んだ状態で見下ろす様にして此方を見てきた。
…おぉっ!!スカートの隙間からパンティーが見えそう!!
などとくだらない事を考えていたら、
「痛っ」
教科書が飛んできて、俺の頭に当たった。
「邪な考えをしていても、私は全てお見通しよ」
…そうでした。
アイリスさん、人の心が読めるんだよな…
アイリスさんは一つため息をついて、机の上から降りた。
「…それで、どうだったの?」
真顔で訊ねるアイリスさん。
俺の正体の事だよな…
「……サーシャと一緒に歩いていたら突然目の前にデカイ化け物が現れて…」
「それで?」
「………何か不思議な力が湧いて…」
「……だから?」
……う。
さっきからアイリスさんの反応冷たくね?
俺が黙り込むと、彼女は再びため息をついた。
怖えぇ!!マジ怖え!!
真顔でため息とかっ!!
何この状況!!
殺されるの!?
ここにきて俺、殺されるの!?
俺は恐る恐る口を開いた。
「…何か、知らない間に右手に剣が握られていて…それでその化け物に斬りついたんだ」
アイリスさんは、まじまじと俺の目を見てくる。
「どうだった?」
「…化け物は消えた。一つの剣を残して」
俺はまだ信じきれていない。
あれは夢じゃなかったのか…
そう思うほど非・現実的で、あり得ない事だったから…
アイリスさんはさらに訊ねる。
「……貴方が誰だか、判ったわね?」
俺は生唾を飲み込んだ。
そして呟く。
「……須佐之男命」
アイリスさんは静かに微笑んだ。
「よく気付いたわね。そうよ、貴方は須佐之男命。今の世では伝説となっている神よ」
「……っ!!」
やっぱり…
やっぱりそうだったんだ。
俺は須佐之男命…
「あり得ないって顔をしてるわね」
アイリスさんは此方に近づく。
「当たり前だろ。…須佐之男命なんて居るはずが…」
「でも現に此処に居る」
俺の言葉を遮るように彼女は言う。
……何も言い返せねぇ
アイリスさんはそっと俺の頬を撫でる。
「安心しなさい。もし命を狙われた暁には、私が助けてあげる」
「……っ」
命を…狙われる?
「この世界は日本の神々だけで成り立っている世の中じゃないの。…ほら、私だって日本の神じゃないわ」
「……はぁ」
確かにアイリスは虹の神。
名前からして日本の神じゃないだろう。
彼女は続ける。
「色々な神が混じりあったこの世の中なのよ。…だから貴方のパートナーとなる人は神話通りにはならない」
………ん?どういう意味だ?
「……神話の須佐之男命と、今この世界に居る須佐之男命の人生は大分異なるの」
………と、言うことは…
「…化け物――八岐大蛇を倒した時、貴方の傍にサーシャ以外の女性は居た?」
……居ない…
「サーシャしか居なかった」
俺はあの時の事を鮮明に覚えている。
あの時俺の傍にはサーシャしか居なかった。
………え、待てよ。…って事は…
「櫛田名比売が…居なかった…」
俺はこの事の意味を理解した。
神話上、須佐之男命は八岐大蛇の生け贄になるところだった櫛田名比売を助け、その後櫛田名比売と結婚する――
だけど今回の一連の流れの中に、櫛田名比売の存在は無かった。
「…じゃあ俺は……」
頭の中が混乱して訳がわからなくなってきた俺に、アイリスさんは笑顔で言った。
「貴方のパートナー、捜しに行くわよ」
俺は一人っ子だ。
兄弟なんて誰一人居ない。
「天照大神の存在も無いってことか?」
次の日、お嫁さん捜しに出掛ける事になった俺は電車に乗りながらアイリスさんに訊ねる。
彼女は苦笑した。
「わからないわ。この世界で起こっている出来事は、必ずしも神話と繋がっている訳ではないの」
……なるほど。そういう事か
…神話通りじゃないなら、この世界の櫛田名比売は、どこか別のところで登場するのかもしれない。
天照大神においても、兄弟として現れるのではなく、どのような状で出会うのかはわからないが、その内バッタリ会うかもしれない。
電車が終点の駅に停車した。
「行くわよ」
アイリスさんは俺の方に手を伸ばしてきた。
「えっ…」
何この状況!!
え、もしかして手を繋いでもOK的な感じっスか?
マジかっっっ!!!
生まれて初めて女子と手を繋ぐ日が、まさかよりによって今日だなんてっ!!!
俺、何かツイてる!!
俺が手を取ろうとした瞬間、後ろから妙な殺気を感じた。
怖くなって振り返ると…
「サっ、サーシャ!!??」
サーシャが物凄い形相で此方を見てきていた。
「アイリス様に手を出したら許しません」
…ひぃぃぃぃっ!!!!!すみませんっ、すみませんでしたぁぁぁぁぁぁあっ!!!!
何なの、この殺気。
ガチで怖えっつーの!!
涙目になっている俺を容赦なく無言の鎮圧で苦しめてくるサーシャ。
アイリスさんはこの様子を見てただただ笑っているだけだ。
…ちょっ、助けてくれないんスか!!??
冷や汗ハンパねぇっ!!
俺が何も出来ず困っている様子を見て、暫く時間が経ってからアイリスさんが間に入ってくれた。
「サーシャ、もう良いわ。これ以上彼を苦しめたら天罰が下るわよ?」
…えぇっ!!??
いくら俺が神でも、こんな事で天罰なんか下さないよ!!??
驚く俺に、サーシャが目を向ける。
「……はい、そうですよね」
そして、
「数々のご無礼、お許し下さい、須佐様…」
深々と頭を下げてきた。
「―――――っ!!!!」
恐れ多すぎるぅぅぅっ!!!
俺は周りに居た人々の視線を浴びながら、サーシャに頭を上げるように願う。
「とっ、とにかく頭上げてっ!?別に怒らないし、天罰なんか下さないからさぁっ…」
あぁぁぁっ、さっきから須佐とか天罰とか…聞いている人に変人のようにしか思われてねぇって…!!!
サーシャはゆっくりと頭を上げた。
「……っ!!!!!」
周りの人々はサーシャが下げていた頭を上げたせいで(せいでって酷いか…)見えた美顔を見るなり息を飲んだ。
俺は瞬時に感じ取った。
……サーシャが危険だ、と
気づいたら俺はサーシャとアイリスさんの手を取って、走り出していた。
「うぉぉぉぉぉっ!!!!」
後ろからは美少女2人を追いかけ走ってくる大群が押し寄せてくる。
……くそっ、このままじゃ大群に飲み込まれちまうっ…
そう思った最中、俺の身体が突如宙に浮いた。
「……っ!!??」
何が起こったんだ!!??
気付くと俺たちは見たことも無い景色の中に居た。
「…え、どこだよ、ここ……」
俺は足許を見ながら言った。
「貴方は神なのよ?…雲の上に居ても何も不思議じゃない筈だけど?」
平然と言うアイリスさん。
……は?か、神…ですと!?
…確かに須佐之男命は神だけどさ…、
「…つまり、ここは雲の上って事?」
恐る恐る問う俺に、今度はサーシャの声。
「はい。大丈夫ですよ。須佐様は神、アイリス様も虹の神なので同じく神。…私は神ではありませんが…」
「サーシャは西洋の神の使い――天使よ」
サーシャの言葉を遮るようにアイリスさんが言った。
………え、天使?
…だからこんなに可愛いのか
――と、横から物凄い殺気を感じ取った。
「…邪な考えはいけないって何回言ったらわかるのかしら…?」
「ひっ…、あっ、アイリスさんっ…、すみませんっ」
マジ怖えっ…!!
………で、話を戻そう。
「…で、俺とアイリスさんが神、サーシャが天使だから…?」
俺が問うと、サーシャがモジモジしながら言った。
「…えっと、だから三人共、空に慣れてますね…って言おうとしただけで…、別にどうでも良かったですよねっ、…すみません」
…いや、別に謝らなくても……
「えっと……だ、だから…」
………?
再びサーシャがモジモジし始めると、アイリスさんが小さなため息をついた。
「はぁ…。だから、この手を離してちょうだいって事」
「…へ?手?手っスか?」
俺は自分の両手を見る。
「あっ、すみません…」
俺の両手はアイリスさんとサーシャの腕を掴んだままだった。
俺が手を離すと、サーシャは申し訳なさそうに此方を見てきた。
「……ん?どうした?」
俺が近付こうとしたら、目映い七色の色を放った光線が俺の顔の前を横切る。
「…………っ!!!???」
驚いて後退りする俺。
「アイリス様っ!!」
サーシャが叫ぶ。
…………え、ちょっと待てよ。
…この光線、まさか…
俺が後ろを振り返ると、そこには指先を隠すアイリスさんの姿があった。
…こ…怖いっス。いや、マジで。
………俺を殺す気なんスか!!??
涙目になった俺をちらっと見てアイリスさんは口を開いた。
「セクハラはダメよ。…須佐之男命のパートナーが見つかるまで、貴方は一応私のパートナーなんだから」
「……う」
…え、ちょっと待て。
セクハラはダメ。…まぁ、そりゃそうだろうな。
……でもその理由が、俺が今はアイリスさんのパートナーだから…
って事だよな…
…………つまり
「まさか嫉妬っスか?」
――ドスッ…
「………っ!!」
刹那、俺の身体を七色の光が射抜いた。
…痛っ……くない…?
不思議と痛みは感じない。
突如後ろからアイリスさんの声。
「当たり前よ。貴方は神なの。…それくらいの物では痛みなんかは感じないわ」
……痛みを…感じない…?
「…まぁ、少なからず私は貴方の敵では無いわ。…だから心配しなくても貴方を殺める事はしない。…安心しなさい」
アイリスさんはそう言うと、優しく微笑んだ。
うぉぉぉぉぉっ!!!
めっちゃ美人っ!!!
やっぱ女神は違うねっ!!!
…と、少し邪な考えをしていたが………
…いや、やっぱり考えるのは一旦止めよう。
またアイリスさんから光線を飛ばされるのが嫌だったため、一度考えていた事を打ちきった。
「……さ、気を引き締めて須佐之男命のパートナー捜しをするわよ」
アイリスさんは手を叩き、俺とサーシャに気合いを送り込んできた。
途端に身体中に力が漲る。
「大丈夫よ。変な気は送り込んでないから。…そうね、いわゆる『集中力』ってヤツかしら」
おぉ…、集中力…!!
…俺が3者面談の時に何時も言われるアレっスね!!
…え?何て言われるかって…?
フッ…、今から再現してやるからよく聞くんだな。
担任)…では、お子さんの授業態度についてお話します。
…率直に意見を述べると……『集中力』が足りませんね。
常にそわそわしていて、とても落ち着きが無いです。
母)…『集中力』ですか…
担任)はい。…それと……、これは授業態度には直接影響はありませんが、お子さんは週に一度、女子生徒からセクハラ容疑で連絡が入りますね。
母)……せっ、セクハラですか!!??
担任)さすがに痴漢とまでは言いませんが、女子のスカートの中を覗き込んだり、女子トイレにこっそり入ろうとしたり…、大人になったら、確実に警察に通報されるような行為を繰り返しています。
母)………そうでしたか。…痴漢ですか…
……………って、ちょっと待て!!!!
少し再現し過ぎちまった!!!
"集中力が足りない"って事だけを言いたかったのに……
い、いや、別に痴漢をした訳じゃないからね!?
…触ってないし。
触りたくても触れないっつーの!!
女子って案外ガードが固いんだぜ?
無用心に近付くと殺されるし……
…って、そういう話をしたかった訳じゃなくて…!!!
…つ、つまり、俺は毎回面談の時に『集中力』が足りないって言われるんだよ。
だからアイリスさんに集中力を貰った今、俺は最絶頂な訳で………
「あ、言っておくけど、これは所詮人が送った気。…効果は1時間程度よ。…その後集中力は切れるわ」
「……………え」
俺が舞い上がっていたところにアイリスさんからの痛恨の一撃。
……そんな…
「故にお嫁さん捜しを急げって事ですね」
サーシャはそう言うと、目を閉じた。
刹那、サーシャの背中から大きな白い翼が生える。
「…………っ!!!!」
天使だ…
「そういう事。…須佐之男命。貴方も早く準備をしなさい」
アイリスさんが此方を見て微笑む。
………は?準備…?
突如、目の前に巨大な白い虎が出現する。
「…………っ!!!???」
白虎…………
「中國まで関わってんのかよ…」
白虎は此方へジリジリと近付いてくる。
「…え、ちょっ……、何スか!?…俺食っても不味いだけっスよ!?」
冷や汗を浮かべながら後退りする俺の背中を力強くアイリスさんの手が押してくる。
「うわぁぁっ!!や、止めて下さいよっ!!!」
やべぇ…、涙出てきそう……
アイリスさんは少し口角を上げ、言う。
「大丈夫よ。須佐之男。白虎は貴方のような、いかにも不味そうな物なんか食べないわ」
…え、それ何気に傷付くんですが……
アイリスさんは遂に、全体重を掛けてきた。
「うわっ!!」
弾みで俺の身体が白虎の前に出る。
「…――――っ!!!!!」
声にならない叫びが喉元に詰まる。
「ほら、須佐之男。早く白虎の背中に乗りなさい」
アイリスさんはそう言うと、指をパチンと鳴らした。
「うわっ!!!!」
その直後、俺の身体は宙に浮き、気付いた時には白虎の背中に乗っていた。
「ぐるるるる…ガウッ」
刹那、白虎の唸り声と共に、白虎が急に走り出した。
「―――っ!!!!」
何これ何これっ!!
ジェットコースターかよ!
ってかそれ以上っ!!!
白虎のスピードは、ぐんぐん加速していき、もう目も開けられなくなるほどにも達していた。
「くっ…、うっ…」
息が…苦しい…
――と、突然白虎の動きが止まった。
「…は?…え、と…何が起きたんだ?」
白虎は足元の雲を蹴散らし、下を見た。
「――っ」
俺も恐る恐る下を見ると――
「うわぁ…、すげぇ」
地上が見える。
高層ビルとか沢山の自動車や人間。
「………っ??」
その中でも、一際輝く場所があった。
「…何だアレ?」
輝く場所を覗き込むように見ていたら…
「うわっ!!!」
白虎の背中から落ちてしまった。
…え、これヤバくね!?
このまま地上までまっ逆さまに落ちるパターンじゃね!?
…え、マジで死ぬの!?
今度こそマジで!!!!
耳に響く風を切る音。
その音の強さが、俺の落ちていく速度を正確に伝えてくる。
……もう、ダメだ…
そう思った瞬間、俺の身体が優しい緑の光に包まれた。
―――!!!???
そして、先ほどまで風を切って雲を切って落ちていた身体が、雲の上まで浮かんだ。
……何でだ?
理由はなんとなくわかる。
俺が須佐之男命だからだ。
………まぁ、要するに『神』と呼ばれる存在だから、って事だな。
――あ、そういえば俺、あの光の正体を探すために…
俺は真の目的を思い出し、足元にもんもんと広がる雲を手で掻き分け、地上を見た。
雲は煙と同じような感触で、直ぐに掻き分けれるものの、直ぐに他所から流れ着き、また広がるような、ややこしい性質を持っていた。
「くそっ…、地上の風が強すぎんだよ!」
俺は文句を言いながらも掻き分ける手の動きを止めない。
…え?何でかって……?
そんなもん決まってんだろ。…今俺は、俺のパートナー…つまり嫁になる人を捜してる訳だ。
……でもって、パートナーになりそうな人…まずは天照大神だ。…で、次に櫛田名比売。…そして稲田姫…
皆美人じゃねぇかっ!!!!
…これは大いに期待出来そうだぞ。俺が美女と結婚出来るチャンス…!!
…と、俺が妄想を膨らませていた時、あの例の目映い光が目に飛び込んだ。
「…………っ!!!!」
…強い。
目が眩みそうだ。
俺は一度目を瞑り、深呼吸をしてから頭の中で地上に降りるよう想像した。
アイリスさん曰く、
「貴方は神なの。だから雲上と地上とを自由に行き来する事が出来る。…昔は移動する時に、わざわざ呪文を唱えないといけなかったかけど、今は神――つまり貴方自身が、頭の中で移動したい場所を思い浮かべれば、その場所に行けるシステムになっているわ」
…だそうだ。
……俺は想像した。
あの光が輝いている交差点を…
…降りる。…俺は今から地上に降りる…!!!
――刹那、俺の身体は一瞬熱くなった。
後、覚める。
恐る恐る目を開けてみると、地面に足を着いていた。
「…地上に降りた……」
さっき一瞬熱く感じたのは、恐らく気圧がかかったからだろう。
降りた先は人気の多い交差点。
「…うわぁ、すげぇ人だな…」
俺は目を凝らして、例の光を探す。
……が、それらしき光は見つからなかった。
……ぐぅぅぅ
腹が鳴った。
「…くそっ、そう言えば、朝から何も食ってなかったな…」
俺はよろめきながら、近くにあったファーストフード店へと入った。
「サンドイッチとアイスコーヒ1つ」
「かしこまりました」
注文はした。
だが飲んだり食べたりする暇があるかどうかはわからない。
…何しろあの光を見つけたら、直ぐに追いかけないといけねぇからな
「お待たせ致しました」
食事は意外と早く届いた。
……これなら食べれそうだな
俺がハムエッグサンドイッチに手を伸ばした、その時――
「…………っ!!!!!」
目の前を鋭い光が過った。
……まるでアイリスさんの光線のような物が…
……え、アイリスさん?
…いや、でもサーシャとアイリスさんは他のところ捜しに行くらしいし…
……じゃあ…、誰だ?
俺は光が発せられた場所を睨んだ。
「……っ!?」
そこには目映い光と共に、一人の美女が立っていた。
…手には長い銃を持っている。
恐らくあの銃から光線を発したのであろう。
……あ、一応解説。
この光は俺たち神や天使、妖精などにしか見れない特殊な物。
だからこの店に居る普通の人間にはさっきのあの鋭い光線は見えなかった訳だ。
………ってアイリスさんに説明されたんだよな…
まぁ、周りの人間には迷惑がかからないっていう点では良いことなのかもしれないな。
俺は食べかけのサンドイッチとコーヒー、そしてその代金をテーブルの上に残して、その光を追うように、窓ガラスをすり抜け、風と同じ速度で走った。
――これもアイリスさんが言ってたんだけど、俺たち神は人間離れした能力を持っている。
先ほどの光が見えるのもそうだし、瞬間移動もできる。
…今使った能力は、ガラスや壁などの障害物をすり抜ける事と、走る時に少し足に力を入れ、突風並みの速さで走るという事だ。
本気を出せば、光と同じスピードや、音と同じスピードで走る事が出来るらしいが、そんな事をしたら大分体力が削られてしまうらしい。
……飯もろくに食ってない上に体力なんか使ったら、ぶっ倒れるだろうな
…というのが俺の意見だった。
…てなわけで、ある程度光に追い付けるであろう速度で俺は光と女性を追いかけた。
……ビュッ
「―――っ!!!」
女性は幾度か振り返り、その度に光線を俺に向けて撃ってくる。
……くそっ!!このままじゃ避けるのに精一杯で、ろくに追いかけれねぇ…!!
俺は多少息切れしながらも、女性に一生懸命付いていく。
女性の方はというと、俺が予想以上のスピードで付いてきた事に驚いているのか、素早い光線を避けている事に驚いているのかわからないが、少し汗を浮かべている。
……よっしゃ、行けるっ!!!
俺は速度をぐんぐん上げ、光の速度まで到達し、女性の行く手を阻んだ。
「………っ!!」
女性は突如目の前に現れた俺を見て、少し苦い顔をした後、俺の腹部に銃を押し付けてきた。
………え
予想外の展開に戸惑う俺。
そんな俺を無視し、女性は口を開いた。
「…妾とさほど変わらぬ速さで付いてこれるとは……、その方、何者じゃ?」
……いや、何者って言われても…
「…えと、須佐之男命…です」
こんな答え方で良いのか?
俺は少し不安だったが、俺の名前を聞いて、女性の顔が明るくなった。
……うわ、可愛い
こんな事しか考えられない俺は重症なのだろう…
「須佐っ!!須佐であったのか!!!!久方ぶりじゃのう。病にかかっておらぬようで安心した…」
一方的に話を進める女性。とても嬉しそうに話しているのだが、どういう対応をしたら良いのかがわからず、俺の方が困ってしまう。
取り敢えず…
「…えと、まずは一旦落ち着きましょう。…で、貴女は誰ですか?須佐之男命とどのようなご関係で…?」
女性を落ち着かせ、訪ねてみると、まず最初に出てきた言葉が、
「無礼者っ!!!」
だった。
…え、なんで俺、怒られてるの?
困惑する俺の顔をまじまじと見て、女性が続ける。
「…まさか妾の顔を忘れた訳では無かろうな?」
……いや、忘れたも何も俺、自分がこの世界に存在する須佐之男だって事に気がついたの、つい最近ですから………
俺は言い返そうと思ったのだが、口をつむいだ。
女性があまりにも切なげな顔をしていたからだ。
「…………っ」
……この女性は少なからず須佐之男命と濃い関係を持っていた方なんだろうな…
俺がそう考えていると、女性はハッと我に帰ったように顔を上げ、衝撃的な発言をした。
「……妾は天照大神。そなたと最後に逢ったのは、もう…11年も昔の事になるな…」
――あ、天照大神!!!???
こっ…、この人が!?天照!?
ちょっと待てよ、マジでかよ!!
こんな美女、俺見たこともねぇぞ…!!!
俺の脳内はハプニング続きで破裂しそうだ。
俺は脳をフル回転し、結論に至った。
「…と、言うことは、貴女が俺のパートナー…って事ですか…?」
彼女は一瞬固まった。
………??
そして、直ぐに紅潮する。
……あ、わかりやすいかも
そんな事を思った瞬間、俺の頬を光線が掠める。
「うぉっ…!!!???」
見ると天照が手に例の銃を持ち構えていた。
「ちょっ…、何でそんな事…。いくら実際に血がつながってないからって言っても、一応姉弟なんですよ…?」
俺は「須佐之男命」として、天照を宥めた。
天照は少し肩をすくめ、
「………悪かった」
と、小声で謝ってきた。
………あ、何か可愛い
などと、またそういう感情を持ってしまったのは多分気のせいだろう。
「………で、結局こうなるんですね…」
「当たり前よ。一応ちゃんとパートナーを連れて来た事だし。…それに天照大神様も、居場所が無くて困っていたみたいだし…」
場所は俺の家。
いや、正確に言うと俺の部屋。
アイリスさんが俺のベッドの上であぐらをかいて、オレンジジュースを飲みながら、俺に向けて答えてきた。
「…いや、だからといって…」
「正直嫌じゃないでしょ?天照大神様と一緒に生活するの。…むしろ貴方のような変態なら、泣いて喜ぶはずなんだけど…」
「…そういう問題じゃ…」
「まぁ、決まった事は変えられないから。…私とサーシャはもう行くわ。……天照大神様。末永く、須佐之男命の事を頼むわね。…でわ、ごきげんよう」
アイリスさんは一方的に言葉を告げて、目の前に魔方陣を描き、サーシャと共に魔方陣の中へと消えていった。
部屋に残されたのは俺と天照の2人のみ。
「……もし、須佐?」
天照が小声で言う。
「……何か?」
一応敬語を使う俺。
「…まことに良いのか?迷惑だったりしないか?」
「いや、全然迷惑じゃないけど…。逆にねーさんは良いの?俺なんかと同居する事になって…」
――そう。薄々勘づいていた人も居るかもしれないけど…
俺と天照は今日から俺の家で同居する事になった。
……まぁ、天照の居場所がこの世界で見つからなかった、というのもあるのだが……
何よりもアイリスさんが張り切って、強引に天照を俺の家に連れて来たというのもある。
「いや、全く嫌ではないぞ。…むしろ嬉しいくらいじゃ」
「…………っ!!!!」
そっぽを向きながら、照れくさそうに微笑む天照の表情を見て、俺の心は騒いだ。
……どうもこれから、大変な日常生活を送る事になりそうだ。
個人的にはサーシャが物凄く好きなのですが、まさかの天照大神の登場!!
により、作者も大分、天照派になりつつある今日この頃です(^^;←