雪に唄うは雨の子賛歌
空に唄おう雨の子賛歌。
「くるれお ぱっぱ、すいくるみ、ぷるすい、くるすい、すいくるみ」
雨は世界をめぐります。
恵みをもたらすこともあれば、もういを振るうときもあります。
雨の子はみんな、やさしくて、いい子たちですが、水のすべてを操れるわけではありません。
この子たちはただ、いっしょうけんめいに、がんばっています。
だからどうか、あなたも唄ってあげて下さい。
◇◆◇
「ママ〜……」
小さく、瞳のくりっとした、かわいらしい女の子が、そばに立つお母さんに上目づかいでうったえます。
きせつは冬。
12月も末で、気温も氷点下にちかく、この地方にしては、かなり冷え込んでいる方です。
1年中あたたかなこの土地では、雪さえめったに降らないのです。
「うん? どうしたの?」
女の子のお母さんは、あたたかくやさしそうな笑顔でこたえます。
「あした、だいじょうぶかなぁ……」
今日の天気はあいにくのくもり空。
今にも雨がふってきそうです。
女の子のかおも、空と同じでどんよりくもっています。
「そうね。 きっとだいじょうぶよ。 それに雨がふっても、動物さんたちはにげないわ」
女の子のかぞくは、あした動物園へおでかけする予定なのです。
「でも、パパとおうまさんにのるって、やくそくしてるの」
どうやら女の子は、お父さんとのやくそくが気になって、空をながめているようでした。
雨かふると、お父さんと、お馬さんにのれません。
「じぁあ……ママが、とっておきのおはなしを教えてあげる。 きっと明日は、いい日になるわ」
お母さんは、女の子をひざにのせて、ゆっくりとおはなしを始めます。
それはお母さんが、まだ小さかったころのおはなし。
とてもたいせつな日におこった、とってもすてきな物語。
◇◇◇
いなかの小さな村で行なわれた、ある夏祭りの日のことです。
その小さな村には、やさしいお母さんと、小さな女の子が住んでいました。
女の子のお父さんは、いつも仕事で家にいませんでしたが、お祭りの日とお正月には必ず帰ってきてくれるので、女の子はそんなに悲しくありませんでした。
ただ女の子のお母さんは、体があまり強くなくて、お外であそぶことはほとんどできません。
だからお父さんが帰ってくると、いつもお外でめいいっぱいあそびます。
冬には、たこ上げやそりを、夏には川あそびや虫とりなんかもします。
女の子は男の子に負けるのがいやだったので、虫だってへっちゃらです。
そして、女の子の一番の楽しみは、かぞくみんなで見る花火です。
小さな村でしたが、夏祭りの日に打ち上げる花火はとても大きくて、村のみんなのじまんでした。
女の子は、おやこ3人ならんでその花火を見るのを、毎年こころまちにしています。
とくとう席であるお母さんのひざの上にのって見る花火は、世界で一番きれいなんだと、うたがったことはありません。
そんなお祭りの日なのに、その年にかぎって空には大きな雲がかかっています。
雨がふったら大変です。
たいせつな花火が見れなくなってしまいます。
お父さんやお母さんも悲しんでしまうかもしれません。
屋台の出ている神社につれていってもらった女の子ですが、花火が気になってあまり楽しくなれません。
「どうしたんだ。 楽しくないのか?」
お父さんの話し方はすこしぶっきらぼうですが、女の子を見る目は、とても心配そうです。
「……あめ、ふらないといいなって」
お父さんは、ちょっと苦わらいして「そうだな」とつぶやきます。
女の子は、そんなお父さんのことも大すきでしたが、今は雨の方が気がかりです。
「おっ、わたあめだ。 おいしそうだな、2本おくれ」
お父さんは、屋台でわたあめを買ってくれました。
1本はお母さんへのおみやげです。
「どうだ、口に入れるとしゅわって、とけるだろう」
そう言って、女の子をかたぐるましてくれるお父さん。
空がちょっとだけ近くなって、すこし気分がよくなります。
「あめ、ふらないといいね」
女の子が、お父さんのあたまの上からはなしかけます。
「ああ、空の雲も、わたあめみたいにシュワシュワってとけてくれたら、よかったのにな」
その後、お父さんはちょっとトイレに行くと言い、女の子をおろして、神神のおさいせんばこの横にすわらせました。
村の人たちはみんな知り合いばかりで、一人になった女の子もこわいことなんてありません。
そんな時、女の子の目の前にポツリとひとつぶ、水がおちました。
地面についた水あとは、ポツリポツリとしだいにふえていきます。
女の子の目にも、しだいに水があふれてきます。
「おねがい。 あめふらないで」
女の子は花火を見たい一心で、空におねがいをします。
けれど空からは、ポツリポツリと水がおちてきて、とうとう女の子の目からも、ポツリと水があふれてしまいました。
「くるれお ぱっぱ、どうしたの、お水をおとすのは、私たちのお仕事よ?」
いつのまにやら女の子のかたに、小さな小さな妖精がまいおりていました。
女の子はおどろきましたが、妖精さんなら雨を止めてくれるかもしれないと、その小さな子にはなしかけます。
「おねがいようせいさん。 お母さんとお父さんと花火がみたいの、あめがふるとみれないの、おねがい」
女の子は、いっしょうけんめいおねがいします。
小さな妖精さんは、クルリとかたの上でまわると、女の子の持つわたあめを指して、こう言いました。
「その雲をくれるなら、いい方法を教えてあげる」
女の子はいそいで、わたあめをさし出します。
妖精さんはそれを手にしますが、なんだかおどろいたような顔をしています。
「これ雲じゃないのね。 何でできてるのかしら」
ペタペタとわたあめをさわっていた妖精さんですが、「たべるとあまいよ」と女の子に言われ、ちょっとだけ、かじりついてみました。
「くいっぱー。 すごいのね、こんなの初めて、なかまの分ももらっていい?」
女の子は、全部あげるから、雨を止めてとおねがいします。
「ありがとう。 じゃあ約束通りいいことを教えるわ。 これを唄えば空にいる私のなかまが、きっと助けてくれるわ」
そう言うと妖精さんは、ある歌を教えてくれました。
歌はとっても短かくて、女の子にも何とかおぼえられました。
「それじぁあね。 あなたにしあわせふりますように」
妖精さんはそう言うと、小さく手をふり空にとんでいきました。
女の子は小さくなったわたあめを手に、空にむかって唄います。
「くるれお ぱっぱ、すいくるみ、ぷるすい、くるすい、すいくるみ」
お父さんがもどってきて、家に帰るあいだも、女の子は唄いつづけました。
お父さんも女の子におねがいされて、いっしょに唄ってくれます。
「くるれお ぱっぱ、すいくるみ」
家についた後も、女の子は唄いつづけます。
お母さんのよういしたごはんをたべて、お母さんもいっしょに唄ってくれます。
「ぷるすい、くるすい、すいくるみ」
するとどうでしょう、今まで小ぶりにふっていた雨がパタリとやんで、空にあった雲も、きれいになくなって行きます。
「お母さんみて! ようせいさんが、雲をどけてくれたよ!」
女の子は大はしゃぎです。
花火はいつも通りに夜空をてらし、女の子はみんなの笑顔の中、楽しい一日をすごしましたとさ。
◇◇◇
「ママ! そのうたをうたうと、ようせいさんがたすけてくれるの?」
小さな女の子は、お母さんにたずねます。
「そうね、きっと助けてくれるわ。 だから、いっしょうけんめいがんばって、唄ってあげてね」
やさしく笑うお母さんに、女の子は元気にこたえます。
「うん、がんばる。 ママもいっしょにうたって」
女の子はお母さんと手をつなぎ、空にむかって唄います。
「「くるれお ぱっぱ、すいくるみ、ぷるすい、くるすい、すいくるみ」」
けれど空はいっこうに晴れません。
それどころか、ポツリ、ポツリ、と水がおちてきます。
「ママ、あめがふってきちゃった。 どうしてようせいさんはおねがいきいてくれないの?」
女の子は今にも泣きそうです。
「雨がふっても、怒ってはだめよ。 怒ると妖精さんはにげてしまうわ。
だから唄うの、おねがいします。 ありがとうって。 きっといいことがあるから」
お母さんは女の子の手をにぎったまま、唄いつづけます。
「くるれお ぱっぱ、すいくるみ、ぷるすい、くるすい、すいくるみ」
女の子にやさしく笑いかけながら、唄います。
女の子も、そんなお母さんにはげまされて、いっしょに唄いつづけます。
「くるれお ぱっぱ、すいくるみ、ぷるすい、くるすい、すいくるみ」
するとどうでしょう、今までふっていた雨が、すこしずつ弱くなって、代わりに空から白いわたがふってきました。
「? ママこれなに? しろくて、ふわふわしてるよ」
女の子は雪を初めて見るようです。
地面におちてとけてしまう雪を、ふしぎそうにながめます。
「まあ、雪ね。 あしたはつもるかしら?」
お母さんは女の子に、雪についてはなします。
つもってしまうとお馬さんにのれるか心配ですが、代わりに雪であそぶことができます。
女の子は手のひらにおちた雪が、とけてなくなるのをふしぎそうに見つめています。
「ただいまー」
「「おかえりなさーい」」
女の子のお父さんが帰ってきました。
今日は1年の仕事おさめの日で、早く帰れたようです。
「パパー、ゆきだって、あしたおうまさんかな? ゆきであそべるかな?」
女の子はどうやってあそぼうか、今からワクワク、ソワソワ、しています。
「どうかなー、つもるかな?」
お父さんは女の子の手をつかんで笑いかけます。
「くるれお ぱっぱ、すいくるみ」
お母さんは空にむかって唄います。
いつも助けてくれてありがとう。
かんしゃをこめて唄います。
「パパ、パパもうたって。 ようせいさんに、ありがとうっていわないといけないの」
お父さんも、お母さんにならって唄います。
「ぷるすい、くるすい、すいくるみ」
雪はしんしんとふりつづき、あしたにはきっとつもっているでしょう。
妖精さんはきっと、今もいっしょうけんめいがんばっているはずです。
だから、かんしゃをこめて、唄います。
「くるれお ぱっぱ、すいくるみ、ぷるすい、くるすい、すいくるみ」
女の子のかぞくは、歌を唄いながら、家へと入っていきました。
きっとあしたは、いい一日であると信じて。
妖精さんにかんしゃを唄いながら。
◇◆◇
雪に唄うは雨の子賛歌。
「くるれお ぱっぱ、すいくるみ、ぷるすい、くるすい、すいくるみ」
みんなにしあわせ、ふりますように。
お読みいただきありがとうございます。