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閑話 エフダム



「シコウはエフダムが国っぽくないって言ってたよね。あれってどういう意味なの?」

「どういう意味、ですか。うぅん、額面通りに受け取ってもらって構わないんですが」

 シコウは小さく笑い、一旦口を閉ざして言葉を探す。

「国という言い方をしていますが、エフダムの総人口はとても少ないんです。ちょっとした町と大体同じか、それより少ないくらい――えぇと、確かコーリェンの人口は……、ああ、やっぱり。エフダムの総人口はコーリェンのおよそ四分の一程度ですね」

 机に放り出していた紙束をペラペラめくり、シコウがうなずく。それから、「アルタさんはコーリェンに行ったことは?」と尋ねると、アルタは首を振った。

「うぅん。でも昔、父さんと母さんが話してくれたことがあるわ。人がすっごくたくさんいるって」

「ここと比べればもちろんそうでしょう。でも、ハトルーンはそういう村や町がいくつも集まって『国』を作っていますが、エフダムはそのハトルーンの一番大きな町よりも人が少ないんです。大陸で言う『町』や『村』は、エフダムでは『地区』という言い方をしているんですが、国自体が小さいので、地区もものすごく小規模なものになるんです。こちらで言う『村』よりも小さい規模かもしれませんね。――アルタさんはきっと、この村の人全員の顔と名前がわかりますよね?」

「うん」

「それは集落の人数が少ないからこそ出来ることです。群れを構成する人の数が少なければ、必然的にその群れの結びつきは強くなる。エフダムも同じで、地区の中での結びつきはとても強いものですし、地区長同士の結びつきも同様です」

「えっと……村長さんたちがみんな仲良しって、そういう感じ? 寄り合いみたいな形でみんなと話し合ってた、ってことなのかな」

「まさしくそれです」

 シコウはにこりと笑い、アルタを指差した。

「今でもそれに近い運営なんですよ。『国』の成立にあたり、武官や文官といった役職は作られましたけど」

「そっか。シコウ、書記官って言ってたもんね」

「はい。でも、上の人間の雰囲気は昔と同じままなんです。大層な肩書がついても、あくまでも寄り合いのまとめ役・進行役の域を出ないというか……『王子』という立場のファルがああなのもそのせいで。彼に対する私の態度も」

「あ、自覚はあったんだ」

「というか、自覚させられました。ハトルーン政府の方々には奇怪なものを見るかのような目で見られてしまいましたから。大陸の王族やそれに仕える方々からすれば、私たちは異端もいいところでしょうねぇ」

 言って、シコウは苦笑をにじませた。アルタは少し首を傾げ、

「わたしはいいと思うけどな。なんていうか、近い人だなーって思うもの。ハトルーンの王様はすごく遠い人よ。遠すぎてわたしにはなんだかよくわからないし。でも、シコウとファルは、直接話したからかもしれないけど、すごく近いし、わかる感じがするわ」

「ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいですね」

 言葉と共に、シコウの笑みから苦味が消える。それを確認したアルタは自身もシコウと同じような笑みを浮かべながら、「ねえねえ」とシコウをつついた。

「今のお話でちょっと気になったんだけど、シコウの国の王様ってどんな人?」

「うちの王、ですか?」

「うん。ファルのお父さんなのよね。やっぱり、ファルに似てるの?」

「そうですねぇ……似てますが、それはあの人がファルに似ているのではなく、ファルがあの人に似ているんですよ」

 言ってシコウはため息をつく。その反応にアルタは首を傾げた。彼女が予想していた反応と違ったからだ。

「えっと……なんか、困った人なの?」

「より困った方向に進化したファル、といった感じの人ですよ。ファルはああいう、好奇心旺盛な悪ガキといった感じの人ですが、それがそのまま大きくなった人というか。いや、タチの悪さはファル以上なのですが」

「……ファルがそのまま大きくなったような人……」

 視線を彷徨わせ、『大きくなったファル』を想像するアルタ。脳裏に浮かんだのは、たくましい体格で、底抜けに明るい笑顔を浮かべ、豪快に「ガッハッハ」などと笑いそうな偉丈夫だった。

 それをそのままシコウに伝えると、「そんなに外れていませんよ」と返される。

「どこぞの地区に新種の魔物が出たと聞きつけるや否や、誰よりも早く飛び出して行って誰よりも早く狩ってしまうような人ですからね。『国』というものが出来て、その『国』の『王』になった以上は軽率な行動を慎めと言われているんですが……まぁ、聞きやしません。もっとも、彼に言わせれば『頭が動かずして誰が動くんだ!』とのことですが」

「んー……わかるような、わからないような。確かに村長が動かなきゃみんな動かないけど、だからって村長が真っ先に飛び出して行くっていうのも、ちょっとヘンな感じ……あ、でも」

 シコウの話を自分の周りの環境にあてはめながら、アルタはつぶやき、しかしぽんと手を叩く。

「ねえ、王様って歳いくつ? うちの村長よりも若いかしら」

「ああ、そうですね。私の一つか二つ上、ということになっていますから、ここの村長殿よりも若いです」

「それじゃあ、王様の言うことの方がわかるわ。村長みたいに、ちょっと無茶できない歳だったら真っ先に飛び出して行くなんてできないけど、シコウとそう歳が変わらないんだったら、むしろガンガン行くべきだと思うの」

「その意見、わかりますよ。ですが、それは共同体が『町』や『村』であるときの話であって、『国』には当てはまらない、んだそうです。王を戴く国家なら、王の代わりは誰もいない。だからこそ、王は安易に行動することが許されない――となるそうです」

 シコウの言葉に、アルタは不思議そうに首を傾げた。シコウの口振り。そこから察するに、それは――

「それ、誰かの受け売りなの?」

「ええ、まぁ。『国』を作るにあたって、いろいろと助言をしてくれた人の弁ですよ。その人以外、誰も『国』の在り方など知らないので……内政はともかく、外交面では頼りっぱなしなんです。本人は隠居状態ですから、助言をもらう程度のことしかできませんが」

「そ、そんなこと話しちゃっていいの?」

 あまりにもあけすけな物言いをするシコウに対し、アルタは思い切りうろたえた。しかし、シコウは「構いませんよ」とアルタの心配を一笑に付す。

「そのあたりの事情は別段隠していませんし。エフダムが急ごしらえの国だと言うことは、先方――ああ、ハトルーン政府のことですが――あちらも、承知の上です。元はと言えば、先方がこちらに下るなんてことを言いださなければ、『エフダム』という国はできなかったわけですし……」

「そ、そうなんだ……」

 シコウの発言は中々とんでもないものだったのだが、世事に疎いアルタにその『とんでもなさ』が正しく伝わることはなかった。アルタは驚いたような、呆れたような、良くわからない感嘆符をこぼしただけで、シコウの発言を受け流す。

「でも、じゃあ、そのご隠居がいなかったら結構大変なことになってたのね」

「ええ、そうですよ。何分、国家を形成しなくてもどうにかやっていける程度の土地でしたからね。『国』という概念自体なかったんです。あの人が助言してくれなければ、ハトルーンとエフダムの関係はもっと奇妙なものになっていたと思います。今でも十分奇妙ですけど……」

「んー……なんだか、今の話を聞いていると王様よりもその人の方が重要人物って感じがするんだけど……」

「ある意味ではそうかもしれません。ハトルーンがエフダムに下るきっかけを作ったのは、間違いなく王ですが、エフダムとハトルーンが今のような形に落ち着いたのはあの人の力が大きいので……とはいっても、何度も言いますが、あの人は隠居を決め込んでいるので、積極的に動いたのは本当に最初だけです。ハトルーン政府はそういう人がいるということ自体知らないはずですよ」

「えっ、そうなの!?」

「ええ。外交はあくまでも王と外交官が行っていますから。ご隠居は助言をくれるだけで、そういう場に出向いたりはしていませんし。……まぁ、出てこられてもそれはそれで困るんですが……」

 後半、どこか苦味を帯びた口調のつぶやきを聞き、アルタはぱちぱちと瞬いた。……まさか、もしかして。アルタはふっと浮かんできた疑問を口にする。

「ねぇ、シコウってそのご隠居さんとも仲いいの?」

「仲がいい、というのとは違うと思いますが……親しい関係ではありますね。私の養父に当たります」

「…………」

 今度こそ、アルタはぽかんと口を空けて絶句した。数拍、音にならない声を漏らした後、首を傾げ、半眼になり、アルタはシコウに問いかける。

「ねぇ……もしかして、シコウって結構すごいひと?」

「はい? どうしてですか?」

「だってシコウ、王子様を預けられるくらい王様に信用されてるんでしょ? で、国を作ったっていうご隠居さんがお父さんなんでしょ? それって、すごいことなんじゃない?」

「……なるほど、仰りたいことは分かりました。でも、それには『違います』と返すしかないですねぇ」

「本当に?」

 胡散臭そうに見つめてくるアルタに、シコウは「もちろんですとも」と苦笑する。

「私の周りにいる人がすごい人……というか、大物であるというのは確かにその通りです。ですが、だからといって私もそういう人間かと言うと、そんなことはありません。立場的には三等書記官――書記官の中で最も官位の低い役職ですし、拾われ子ですから生まれもはっきりしていませんし」

「えっ、そ、そうなの?」

「ええ。ですから、私は『すごい人』などではないんですよ王や養父は本当に『すごい人』だと思いますが……まぁその分、付き合うのも大変ですからねぇ……『すごい人』というのも良いんだか悪いんだか……」

 前半は柔らかい笑みを浮かべたまま、後半はどこか遠い目をしながら、シコウは言う。なんだかまずいことを聞いてしまったようで、アルタは縮こまりながら「ごめんなさい」と謝った。シコウはそんなアルタを見ると、慌てて手を振り、笑顔を作る。

「や、そんな、謝らなくていいですよ。なにもあなたが悪いことを言ったわけではないんですから」

「でも……」

「本当に気にしないでください。まぁ、ちょっと嫌な顔はしたかもしれませんが、それは嫌な質問をされたからではなくて、困った人たちが巻き起こす困った事象について嫌な顔をしただけですから」

 言ってから、シコウは深々とため息をつき、腕を組む。

「なんといいますか……あの人たちはやることなすこととにかく派手で……先程言った通り、王はファルを大きくしたような人ですから、まぁ、いろいろ厄介事を起こしますし。義父は義父で言動が無茶苦茶ですし……いえ、人格者ではあるのですが、なんというかこう……変な人で。慣れない人とは会話が成立しないくらいなんです。で、そうした騒動の火消しに回るのはいつだって私ですから、貧乏くじを引いているような気さえしますよ……」

 そのあまりにも哀愁漂う表情と声音に、アルタは表情をひきつらせた。

「シコウ、苦労してるのね……」

「ええ。とても。――まぁ、困った人たちであると言うだけで、別に嫌っているわけではないんですけどね」

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