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3話 VSラビンナック

 アドラムト到着まであと半日程度の距離まで迫ったとき、不意にシコウが声を上げた。

「――あれ?」

「ん? どしたー、シコウ?」

「いえ……今、何か地響きのようなものが……ノイエさん?」

 心当たりはありませんか、と目で問うて来るシコウに、肩をすくめる。

「出来ることなら、全速力でここから離れることをお勧めしたいが……あなたたちの仕事を考えれば、そういうわけにもいかないのだろう?」

 実際、ここまでの道中、ずっとそうだったのだし。

 そう言うと、シコウは苦笑して「そうですねぇ」と言った。まぁ、こちらとしても、それを承知の上で引き受けたのだから、言っても詮無いことである。

 と――

「――まただ」

 今度は全員の耳にはっきりと、地響きが聞こえた。何かが、こちらに近づいている。

 さて……この近辺に生息している魔物の中で、この地響きに該当しそうなものと言えば。

「ラビンナックだな」

「この地響きの原因ですか?」

「ああ。エフダムの基準で見ても、間違いなく『魔物』に分類される類だ」

 道中出会った魔物をことごとく「エフダムが定義する『魔物』には分類できない」と切り捨ててきたシコウだが、今回はそうは言えまい。何しろ、ラビンナックはれっきとした“食人種”なのだ。エフダムの『魔物』定義の一つ、「積極的に攻撃を仕掛けてくるもの」という条件には当てはまる。

 その最大の特徴は――

「うわ、うわーっ! 何だあれ!」

「これはまた……」

 ラビンナックの姿を捉えて、ファルとシコウが声を上げる。

 ラビンナックの外見はサイに近い。体格的にも同じくらいだ。ただし、ラビンナックには眼がない。退化していて使えない――というわけではなく、文字通り無いのである。ラビンナックの顔には鼻と口があるだけだ。その口がやたらと大きいので、やたら不気味に見える。その不気味さが魔物らしいと言えば魔物らしい。

 が、ラビンナックの最大の特徴は見た目がどう、というところではなく、何の変哲もないあの外皮がとにかく“堅い”という点にある。

 ラビンナックの外皮は一切の刃物を通さない。剣で斬りつけたところで、こちらの武器が折れるか刃こぼれするだけだし、槍だの弓だのはあっさりと弾かれてしまう。ラビンナックの頑丈さは最早生物として異常なのである。

 ……ただし、堅いということは、それだけ脆いということでもある。衝撃を逃がすことが出来ないからだ。だから対ラビンナック戦では刃物よりも鈍器の方が良いと言われる。力任せに殴るのではなく、武器自体の重みで殴りつけろ、という話だ。……もっとも、一番有効とされているのは“魔法”なのだが。

 ラビンナックと睨み合いを続けながらそのようなことを説明すると、ファルが目を輝かせた。……厭な予感がする。

「堅い、かぁ……」

「『どのくらい堅いのか確かめてくる!』とか言って飛び出すのはやめてもらうぞ」

 念のため釘を刺すと、ファルは小さく呻いて硬直した。……やはりか。放っておいたら飛び出したな、こいつ……

「――ですが、外皮の強度がどれほどのものなのか、といった情報は得ておきたいですね」

「シコウ!?」

「だろだろ、やっぱそう思うよな!」

 驚くこちらとは対照的に、ファルは嬉しそうにシコウの顔を見る。シコウはこちらに視線を寄越すことなく、記録用紙に目を落としたまま、ペンでこめかみをかき、

「『堅い』というのは、情報の精度としてあまりよろしくない。これでは、ファルのような考えなしが特攻をかまし、挙句玉砕するといった事例が頻発するでしょう。それを防ぐためにも、『どの程度堅いのか』、あるいは『何と比べて堅いのか』といった比較対象が欲しいところです」

「……俺、もしかして今バカにされた?」

 ひくりと頬を引き攣らせ、自身を指差しながら尋ねるファル。それに対し、シコウは顔を上げることなく「もしかしなくても馬鹿にしていますからご安心を」と言い放つ。途端、ファルがぎゃんぎゃん騒ぎ始めたが、シコウは聞く耳持たずに話を振ってくる。

「ノイエさん。ご助力願えませんか」

「……というと?」

「先程ファルを止めたのは、一人で勝手に行動するな――ということですよね? 単独行動を取らないのであれば、ファルが攻撃を仕掛けることは充分可能だと思うのですが」

「それは、まあ」

「では、お手数をおかけいたしますが、よろしくお願いします。――ファル、いつまでふてくされているんです? 仕事ですよ」

「……くっそー、シコウのオニ、アクマっ! 地獄に落ちてから後悔したって遅いからなっ」

 ふてくされた様子で悪態をついて、それでもファルは剣を構えた。

「で、ノイエ、どーするんだ? なんかあいつ、超身構えてるけど」

「突進してくるつもりだろう。こっちから仕掛けるのは危険だから、このまま向こうが攻撃してくるのを待つぞ。……言っておくが、あの突進を食らったら全身の骨が粉々になるからな。上手く避けてくれ」

「おー。んで? ノイエは?」

「あれを転ばせる」

「転ばせる?」

「ま、見ていればわかるさ。あなたは奴が動きを止めたところを狙って攻撃してくれ。まず間違いなく弾かれるだろうから、あまり全力で攻撃するな。すぐに離脱できるような攻撃の仕方をして欲しい」

「一撃離脱ってかー。わかった」

 打ち合わせが終わったところで、いよいよラビンナックが近づいてくる。奴はとっくにこちらに気づいていて、じりじりと距離を詰めてきていた。後は、一気に駆けて来るだけ――だ。

「シコウ。あなたもラビンナックに集中してくれ。ああ見えて、奴は結構速い。止めるつもりではいるが、あなたもうっかりしていると食いつかれかねないぞ」

「……わかりました」

 うなずき、シコウは一旦記録用紙を懐に戻した。と――そのとき、ふっとラビンナックの体躯が沈む。

「来るぞ!」

 叫ぶ。

 次の瞬間、ラビンナックは驚異的な速度で迫ってきた。――鈍重そうな見た目に騙されて跳ね飛ばされ、そのまま食われる旅人は少なくないのだ。

 だが、ラビンナックはかなり慎重な性格をしている。獲物を視認しても、なかなか攻撃に移らない。だからこそ、こちらはあれだけお喋りができたのであり――こうして今、奴を迎え撃つことが出来る。

「――――」

 呼吸を整える。

 魔法を使う際に行う、自己暗示のようなものだ。

〈対象拘束、実行〉

 脳内で起動命令を叩く。途端、一斉にツタのようなものが飛び出した。それは突進してきていたラビンナックの足に絡みつき、その場に固定せんと思い切り引っ張った。当然、ラビンナックは派手な音を立てて転倒し、そのまま動きを止める。

「ファルッ!」

「よっしゃ!」

 呼びかけに応え、ファルが元気良く飛び出していく。大剣を軽々と持ち上げて、倒れているラビンナックに向かって勢いよく振り下ろす――!

 ――鋭い硬質音。

 次いで、ファルの悲鳴が上がる。

「……かっっっっっっっっっってぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!??」

 ……だから、『堅い』と言ったろうに。

「何だよあれ堅すぎだろおかしいだろ!? 手ぇ痛いちょーいたい!」

「はいはい。で、どうでした?」

「どーもこーもない! あれマジ堅い! 俺史上でいっちばん堅い!」

「――ということは、ダンダイバよりも堅いわけですか」

「あれとダンダイバ比べたら石と粘土くらいは違うね!」

「なるほど。……確かに、それは生物としてやや行き過ぎた感がありますね」

 シコウは眉間にしわを寄せ、しまったばかりの記録用紙を引っ張り出す。……ダンダイバ、というのは恐らくエフダムの魔物か何かなのだろうが……石と粘土、ね……

「ノイエさん。ラビンナックを捕まえているあれ、大陸の魔法なのですよね。後どのくらい持ちますか?」

 ペンを走らせながら発せられた問いかけに呆れる。……だから、魔物を目の前にしてどうしてそういうことを……大体、

「もういくらも持たないぞ。一分かそこらで切れるだろう」

「そうですか」

「俺じゃ相性悪すぎて無理だかんな、シコウ任せた!」

「そうですね」

 ……おや? そういう言い方をするということは――

「まずは様子見、としましょうか。国の魔法が大陸の魔物相手にどこまで通じるかもわかりませんし」

 やはり、シコウは魔法使いか!

 だか、もうのんびりと会話をしている暇はない。ラビンナックを抑えている魔法もそろそろ切れるはずだ。仕掛けるなら急がないと――

 そう言いかけたとき、シコウがすっと手を上げる。その手にはペンが握られたままだ。と、シコウは宙に何かを描くようにしてペンを動かす。

 否。

 それは確かに、『描いて』いた。ペン先からは淡い光がこぼれ、それが宙に残り続けている。光はペンの軌跡を示し、シコウが描いた幾何学的な模様を浮かび上がらせた。

「〈対象指定。可視範囲内にいる種族名『ラビンナック』に限定。宣言開始。対象を焼き滅ぼすこと。宣言終了〉」

 それは奇妙な物言いだった。と――

 いきなりラビンナックの全身が炎に包まれる!

「うわっ!?」

 思わず声を上げて跳び退ると、シコウが「あ」と小さく声を上げる。

「驚かせてしまいましたか。すみません」

「え、あ、いや……」

 そりゃまぁ、驚きはしたが、あれは恐らくシコウの宣言が引き金になったのだから――

「……なーシコウ、燃え尽きたっぽいけど。こいつ」

「……ですね」

 やや呆然とした声が聞こえ、視線を持ち上げる。……言われてみれば、確かに。いつの間にかラビンナックが居たはずの場所には、灰がこんもりと積もっていた。

「……焦げ臭かったりは……しないな」

 つぶやくと、「なんかこー、一瞬で燃え尽きたからじゃね?」とファルが言ってくる。まぁ、そうなんだろうが……って、え。

「ちょ、ちょっと待った!」

「んあ?」

「どうしました?」

「一瞬で燃え尽きたって、あの程度の炎でか!? 焚き火程度の炎で魔物一体焼き尽くせるはずがあるか!」

 いくら魔法で具現させた炎と言えど、あの小ささで魔物一体を消し炭にするほどの超火力を有しているなんて、正直、信じられない……!

「そー言われても、そーなってんだからしょーがないじゃん」

「いくらなんでも火力が高すぎるだろう! いくらなんでもデタラメすぎる! 何をどうしたらあんなことになるんだ 」

「俺に聞かれても。俺魔法はさっぱりだしー」

「――シコウ!」

 埒が明かない、と思ってシコウに話を振る。と、シコウは苦笑し、「予想はしていましたが、やはり我が国の魔法と大陸の魔法とはちょっと違うようですね」と言う。

「お望みなら、私にわかる範囲で解説をいたしますが……どうします?」


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