2話 VSギリトラット
――これまでの話をまとめると、だ。
「あなたは勉学のためにハトルーンに来たものの、ハトルーンに生息している魔物が気になったので、護衛官を撒きまくり、無理矢理シコウについてきたと……そういうことか?」
「正式に許可が出たから、もう無理矢理じゃねーもん」
頬を膨らませるファルだったが、微笑ましいとは思えなかった。むしろ、撒かれまくったという護衛官に同情する。……コーリェンで見た護衛官の言動を思い起こせば、ファルがどれほど腕白――否、『腕白』などと可愛く表現できるものではないのだろうが――だったのか、よくわかる。
……そういえば、彼らは「ファルをどうにかしてくれ」とシコウに泣きついていたが……
「シコウはファルと親しいのか?」
「そうですねぇ。ファルの教育係を務めたこともありますから、そこそこ親しい間柄だと思いますよ」
なるほど。教育係だったなら、ファルの行動を読むのもたやすいだろう。だから護衛官はシコウに泣きついていたわけか。シコウならファルをどうにかできると踏んで。
付き合いが長く、親しい間柄だと言うのなら、ファルの扱いがぞんざいなのも、それを咎める者がいないのもうなずける。はたから見れば無礼極まりないやりとりでも、本人たちにとってはじゃれあいのようなものなのだろう。
……窓から飛び降りた教え子を追って、同じく窓から飛び降り、その背中を踏み潰すことを『じゃれあい』と言っていいのかどうかは、微妙なところだが。
微妙な顔をして黙り込んだこちらを気遣ってくれたのか、「大丈夫ですよ」とシコウが笑う。
「望みが叶い、こうして外に出たのです。しばらくは大人しくしてくれると思いますよ」
「外に……か」
――シコウの依頼を受諾した後、荷をまとめ、彼らとともに町を出たが……確かに、今のところファルがやんちゃをする気配はない。
「彼は魔物が好きなのか?」
「どうでしょう。まぁ、身体を動かすのは好きなようですが。ペンよりも剣の方を好むような子ですから」
「なら、別に魔物調査でなくとも――」
「人間相手の訓練は、『緊張感が足りない』んだそうです。……人間の身体なんて急所だらけなんですから、緊張感が足りないも何もないと思うんですけどねぇ……」
言ってシコウがため息をつくと、「えーっ、何言ってるんだよ!」という叫びが飛んでくる。数歩分、先に進んでいたファルが、唇を尖らせてこちらを見ていた。
「人間相手の訓練だと、真っ先に防御の仕方を教わるんだぜー! 『致命傷を避けるためには、他よりももう少し頑丈なところで攻撃を受けなければなりませんー』とか言ってさ!」
「それはそうだろう」
というか、普通そうだろう。
だが、ファルはその回答がお気に召さなかったらしく、「けどさぁ」とふくれっつらで反論する。
「対魔物戦の訓練ではそんなこと言われねーもん。魔物と戦うときには、大前提として『攻撃を食らうな』って言われるぜ。『止まるな、受けるな、防御するな』って。でもって、『攻撃は最大の防御!』って言われる」
「…………」
沈黙するこちらを余所に、シコウが「まぁそうなんですけどね」と呟く。
……別段、間違っているとは言わない。魔物の中にはあまりにも巨大な体躯を持つものや、有害極まりない毒を爪や牙に持っているものもいる。そういった手合いの攻撃は、食らった時点で死亡が確定してしまう。なので、『攻撃を食らうな』と教えられること自体は不思議ではないのだが……
それと人間相手との訓練を比較して、緊張感がどうのと言い出すのはどうだろう? その言い方では、まるで、
「死と隣り合わせの状況が好きだ、と言っているように聞こえるんだが……」
「ん? あー、うん。たぶんそういうことだと思う。やるかやられるか、ってのが好きなんだよなー、俺。こう、『一歩間違えたら死ぬ!』っていう緊張感がたまらなくてさー」
カルい物言いと共に、ファルはご機嫌な笑みを浮かべる。その言動を見て、幾度目かの問いが口を衝く。
「……シコウ。何度も何度もすまないが――ファルは王子なのか? 本当に?」
「残念ながら、本当です」
苦笑し、シコウが答える。
しかし、こちらとしてはやはり信じがたい。どこの世界に魔物退治の訓練を好み、死と隣り合わせの戦闘を望む王子がいると言うのか。
そもそも、王子が戦闘訓練をするという時点で何かおかしい気がする。嗜みとして、というのであれば、武器の使い方を学ぶくらいでいいのではないだろうか。なぜわざわざ魔物との戦いを想定した訓練なんぞをやっているのだろう。
文化の違い、と言われればそれまでなのだが……エフダムという国が、いまいちわからない。
はぁ、とため息をついた、そのときだった。不意にぴんと空気が張り詰める。反射的に武器を持つ手に力を込め、周囲の気配を探る。
「何かいるな」
「そのようですね」
ファルとシコウも顔を引き締める。全員がその場に足を止めた、そのときだった。
「!」
行く道を遮るようにして、毛むくじゃらの白い犬が姿を見せた。ただし、それは「犬」や「狼」と言い切るには、一回りか二回りほど大きい。
「……ギリトラットだ」
「それがあれの名前ですか?」
こちらの呟きに反応し、シコウが首を傾げた。うなずくと、シコウは「えーっと、ギリトラット、ギリトラット……」と呟きながら、懐から帳面を取り出し――って、ちょっと待て。
「……シコウ。それは何だ」
「何って……記録用紙ですが?」
「何故そんなものを出す!?」
「仕事ですから」
「そういうことではなく――! そんなことは、あれを追い払ってからやればいいだろう!」
「……けどさー、あいつ、別に仕掛けてくる気ィないみたいだぜ?」
「――――、」
ファルが上げた、訝しげな声を耳にして、一度大きく息を吸い、吐く。――ファルの疑問はもっともだ。シコウの、些かズレた行動についてはひとまず棚に上げ、ファルの疑問に答えよう。
「……ギリトラットはいきなり襲い掛かってきたりはしないが、ああやって道を塞ぎ、通り抜けようとするものについては攻撃してくるんだ。だから――」
「なんだ。それじゃあれ魔物じゃないじゃん」
……は?
「いや……魔物だぞ、あれは」
「そうかぁ? 道塞いで、通り抜けようとするものについては攻撃してくるって、それ単に縄張り守ってるだけの単なる動物じゃん。見た目もちょっとでかいだけの犬だし」
「……あんな形でも、ひと一人丸呑みにするんだが」
「え、そーなの? 丸呑みに出来るほど口大きくないじゃん」
「捕食する瞬間だけ口が大きくなるんだ」
「アゴ外れるような感じ?」
「いや、捕食対象に合わせて大きさを変えてくるから、顔だけ異様に伸びる感じだな。以前、荷馬車を丸々飲み込んだところを見たこともある」
それが『魔物』である一番の理由なのだが、ファルは納得していないらしい。「ふーん?」とわずかに首を傾げ、
「でもやっぱ、魔物って言わないよなー」
「いや、だから……」
「――エフダムの魔物の定義には当てはまらない、ということですよ、ノイエさん」
先程の記録用紙とやらにペンを走らせながら、シコウが口を挟む。
「エフダムでは、『既知生物のどれとも類似しないもの』、もしくは『生物にはありえざる特徴を持つもの』であり、かつ『積極的に攻撃を仕掛けてくるもの』を『魔物』として定義しています。ギリトラットが生物としてはありえない捕食方法を持っているとしても、積極的に攻撃を仕掛けてこない以上、エフダムにとっては『危険生物』の類を出ません。
……まぁ、エフダムの基準に当てはめて、ハトルーンの魔物の再調査を行っているわけですから、ギリトラットが調査対象であるということには変わりないんですけど。分類的には……そうですね、差し当たっては『犬(危険生物)』といったところですか。『魔物』と『生物』の間に、新たに分類を作るかどうかはまだ本国で検討中ですから……」
「犬……」
犬か。あれが。近づいてきたものを片っ端から丸呑みにするあれが、犬か。……駄目だ、脳があれを『犬』として認識できない。頭痛がしてきた。
こめかみに手を当て、疼痛をやりすごしていると、「ま、それはそれとして!」と元気な声が聞こえてくる。顔を上げると、背中の大剣を下ろし、正眼に構えたファルが、満面の笑みでギリトラットを見据えている。
「調査なんだし、あいつがどのくらい危険なのか、ってのの確認はしなきゃならないよな!」
「そうですね。……で、ファル。あなた、どうして構えているんですか?」
「俺がアドラ山に行くためには、ノイエに認めてもらわなきゃなんないんだろ? なぁ」
「確かに、そう言ったが――」
「ほらほら。それに、シコウは書記で忙しいじゃん」
「それはそうですが……、……わかりました。お願いします」
「任せとけって! 久しぶりの実戦だー! ひゃっほー!」
「って、一人で飛び出すか普通!」
奇声を上げながら、嬉々として駆けていくファルを追いかけようとしたとき、「……あの様子じゃあ、国境まで行ったときには、戦闘を避けていたんだな」という呟きが聞こえた。その発言が多少気にはなったが、今はファルを優先しよう。目の前で子供が丸呑みにされたら、いくらなんでも寝覚めが悪い。まして、その理由が自分に認めてもらうため、だというのなら尚更だ。
――それにしてもあいつ、足が速い! 追いつくよりも、ファルが攻撃を仕掛ける方が早そうだ。なら――
「ファル、正面に立つな! 喰われるぞッ!」
「りょーかいッ!」
元気良く返事をした割に、ファルは真正面から突っ込もうとしている。――了解と返事をしたのなら行動にも反映しろッ!
舌打ちしたとき、ギリトラットがのそりと動いた。突っ込んでくるファルを標的と定めたのか、重心を低くして身構えている。
そして、ギリトラットは弾かれたようにして駆け出した。突っ込んでくるファルに向かって突進する形で走り出し、その口をがぱりと開ける。――その中は黒かった。牙も舌もない、黒々とした異様な『空間』。
改めて思う。――これのどこが犬だ!
「ファルッ!」
声を上げる。同時に、ファルが力強く地を蹴った。宙に舞ったファルの身体は、大口を開けたギリトラットを軽々と飛び越え、その背後へと着地する。そして、振り向き様に剣を一閃、ギリトラットの左後ろ足を斬り裂いた。
体勢を崩すギリトラットを見据えながら、ファルが叫ぶ。
「シコウー! なんかこいつ結構柔いー!」
「もう少し具体的に!」
「カリ貝と同じくらい!」
「ああ……、それじゃあ普通の犬よりちょっと頑丈、程度なんですね。なるほど、なるほど……」
――だから、そういうのは後でやれと……! えぇい、もういい!
声には出さずに毒づきながら、倒れこんだギリトラット目掛けて、愛用の棒を振り下ろす。突き刺すようにして鼻の上に叩き込んだ一撃だ。そのまま全体重をかけ、口が開かないように押さえつける。「おー」とファルが声を上げた。
「なるほど、そーやって押さえ込んじまえば危険はないわけか。こいつ、口だけ注意しときゃいいんだろ?」
「まぁ、そういうことだ……! わかったら、さっさとその剣でこいつの首を落としてくれ……!」
「あ、うん。でも――」
「『でも』じゃない、いいからさっさとやってくれ……! こうしているのもしんどいんだ……!」
「わかってるよ。でもその前に、っと……」
ファルの剣が閃き、ギリトラットの右前足を斬り飛ばす。――どうやら、こちらをどうにかしようと振り上げられたものらしい。
――って、それから助けてくれたのはありがたいのだが、今の一撃でギリトラットが暴れ出したぞ! 相当効いたんじゃないのか、今の! これ以上暴れられたら、抑えられない……!
奥歯を噛み締め、棒を握る手に力を込める。そのとき、ファルがギリトラットの背に跳び乗った。
「んじゃ、ごめんなー」
例の、カルい口調と声で宣言し、ファルが剣を振るう。
――下向きに弧を描くような斬撃。
相手の背に乗った状態から繰り出した一撃なので、恐らくは力任せに、強引に剣を振り抜いたのだろう。だが、それでもファルはギリトラットの首を刎ね飛ばしてみせた。……まったく、でたらめな……まぁいい。
ギリトラットの顔から棒をどけ、後ろに下がって身構える。が、首を落とされたギリトラットは、わずかに痙攣しただけで、すぐに動かなくなった。念のため、棒で二、三度つついてみる。……反応なし。どうやら、完全に死んでいるようだ。
「――ふう……」
詰めていた息を吐く。と、小さな足音が聞こえた。振り向くと、シコウが紙とペンを握り締めたまま、こちらへ歩いてくる。そして、「お疲れ様です」と頭を下げた。
「首を落としても少しの間警戒していましたが、ギリトラットは首だけでも動いたりするのですか?」
「いや。だが……昔、首を落とした直後に近づいた旅人が食われてしまった、という話を聞いたことがあるんだ。噂だから、真偽のほどは定かでないが……そんなつまらないことで死にたくはないから、一応確認を取ることにしている」
「なるほど……首を落とせば死ぬけれど、それを確認するまで油断は禁物、と――……、では生死確認にはどのくらい時間を使っていますか? 体感で構いません」
再び記録用紙にペンを走らせながら、シコウは疑問をぶつけてきた。少し考えて、答える。
「十秒ほど、かな」
「なるほど。参考にさせていただきます」
そこで、シコウは一旦口を閉じた。そして、ペンと記録用紙を懐にしまい、おもむろにギリトラットの首に近づく。
「間近で見ると迫力ありますねぇ」
などと言いつつ、シコウはギリトラットの下顎を踏みつける。そして、上顎に手を伸ばし――
「よいしょ……っと」
掛け声と共に、それを持ち上げ、ギリトラットの口内を覗き込む。
……すでに死んでいるとわかってはいるのだが、ギリトラットの口を覗き込んでいるシコウの姿は、ギリトラットに食われかかっているようにしか見えない。なのに、当の本人はまるで意に介さないようで、「ははぁ、なるほどー……」などとつぶやいていて、興味津々になっていることがうかがえた。
しかし、異様な光景だ。魔物の死体――いや、彼らに言わせれば『危険生物』とのことだが――に近づき、その口内をまじまじと見ている、というのは。
「――ノイエさん。一応確認しますが、さっきこいつが口を開けたときは、こういう感じではありませんでしたよね?」
「え?」
言われて、シコウの傍に寄ってギリトラットの口内を覗き込む――
「……あ」
――牙がある。舌も。
「これは……?」
「……捕食対象によって何かが変わるのでしょう。ノイエさんは、ギリトラットが荷馬車を飲み込んだこともある、と教えてくださいましたが、普通に考えれば、顔を肥大化させて飲み込んだ荷馬車が、喉を通るわけありませんし」
言って、シコウは持ち上げていた上顎を下ろす。……言っていることはわかるが……
「なら、飲み込んだものはどこに?」
「それはわかりません。どうにかして腹に収めたのかもしれませんし、胎内には収めず、どこかに送ってしまったのかも」
の、飲み込んだものをどこかに送る? どういう発想だ、それは。というか、
「そんなことありうるのか?」
「さあ。いずれにせよ、調べてみないとわからないことです」
「腹掻っ捌いてみりゃいーじゃん。どうせ解体すんだろ、シコウ?」
ギリトラットの背から飛び降りてきたファルが言う。……解体云々はともかく、「どうせ」って何だ? 「どうせ」って。
眉をひそめるこちらを無視して、二人の話は続く。
「そうですねぇ……そうしたいところですが、そこまで深く調査をしていたら、期限までに終わりませんよ。私一人で解体するのも骨ですし」
「え? バラすの手伝うけど?」
「……私が言っている『解体』とは、解剖する、という意味ですよ、ファル。あなた、解体はできても、解剖は出来ないでしょう」
「あ、そゆこと……」
「まぁ、でも、そうですね……あなたの言う『解体』はしておきましょうか」
「よっしゃ!」
ファルは楽しそうに笑い、ギリトラットに近づく。そして、手慣れた様子で作業を始めた。文字通りの、解体だ。何故嬉々としてギリトラットを捌いているのか、良くわからない。
「シコウ……」
「なんです?」
「……何故解体を?」
「はぁ?」
訝しげな声を上げたのは、シコウではなくファルだった。ファルは思い切り眉をひそめてこちらを見、
「せっかくキレイに仕留めたんだし、このままここに放置するなんてもったいないじゃん」
……は?
もったいないって……え?
目をしばたたかせるこちらとは対照的に、シコウはあっさりと「まぁ、そうですね」とうなずいていた。
「幸い、ギリトラットは犬とそう変わらない生物のようですから、毛皮は使えそうですし。牙や爪は……どうです、ファル?」
「強度的にはそこそこー。光沢はあんまし。これ、どう使うかは職人任せだなぁ。俺じゃなーんも思いつかない」
「そうですねぇ……細かく砕けば研磨粉として使えるかもしれませんが……光沢については、磨いてみればまた少し違うかもしれませんよ? 簡単な装飾品くらいにはなるんじゃないですか」
……なんだこの会話。何故彼らはギリトラットの皮を剥ぎながら、爪や牙の加工法について議論しているんだ。彼らは魔物の調査に来たのであって、狩りをしに来たわけではないはずだが……
「肉付き良くないなー。こいつ雑食かな?」
「牙があるんですから、基本的には肉食だと思いますよ。荷馬車が胃袋に収められていたとするなら、肉食よりの雑食なんでしょうね」
「ふーん。じゃああんまり旨くないかな」
「そればかりはなんとも。食べてみないことには」
「そだな」
「って、待て待て待て!」
さすがに今のは聞き捨てならないぞ!
「あなたたちは、それを食べるつもりか 」
「そりゃまぁ……食わなきゃわかんないんだから、食うしかないだろ」
「旨いかどうかの是非ではない! あなたたちは、魔物を食べるつもりなのか 」
「だからー、こいつは魔物じゃなくて――」
「そんなことはどうでもいい! 食べるつもりなんだな そんな得体の知れないモノを! それが人体にとって有害かどうかもわからないのに 」
正論を述べたつもりなのだが、対する二人は揃って不思議そうな顔をしてこちらを見ている。
「それがわからないから食うんだろ」
「毒持ちの類ではないでしょうし、よほど運が悪くない限りは死んだりしないでしょう。私もファルも頑丈ですから、大丈夫ですよ」
「あなたたちは魔物の調査に来たのだろう 」
言うと、「はぁ?」とファルが訝しげな声を上げた。
「だからー、調査しようとしてんじゃん」
「魔物を食べることが調査か 」
「そーだよ」
「そーだよ、って……」
駄目だ。話が噛み合わない。ファルはこちらが驚き、呆れている理由を理解してくれないようだ。……これも文化の違い、という奴なのか?
「……どうも、お互いの認識に齟齬があるようですね。食材もあることですし、ここらで一旦休憩にしましょうか」
苦笑しながらシコウが提案する。……断る理由はない、か……
疲労を覚えつつも了承の返事をすると、ファルもまた了解した。――もっとも、こちらは大層元気だったが。
***
「どうやら、ノイエさんは我が国のことをあまりご存じないようですから、まずはエフダムという国について簡単にお話しいたしましょう。――あ、食べながらでよろしいですよ」
切り分け、しっかりと火を通したギリトラットの肉を前にして、シコウはそう切り出した。
しかし、「食べながら」と言われても、こちらはまだ魔物の肉を食べることに抵抗がある。
……ファルはさっさと肉にかぶりつき、「あんま旨くないな」とかなんとかぼやいているが、それはそれだ。シコウも、肉を食べようとしないことについてはそれ以上言及せず、話を続けてくれる。
「エフダムというのは、この大陸の南方に位置する島国です。国土の大半が山であり、人が暮らしている土地はそれほど広くはありません。また、国には多くの生物と魔物が生息しています。比率にすると、生物六割、魔物四割といったところでしょうか。当たり前ですが、人は一割以下ですね。そういう国ですので、我々人間は、どうにかして魔物との付き合い方を考えなければならなかった。――ここまではよろしいですか?」
「……まあ」
何でそんな危険な島に国なんぞを作ったのかとか、魔物四割と言うが、ギリトラットを生物に分類したところを見ると、生物と魔物の比率は逆転して――否、むしろ七割くらい魔物なんじゃないのかとか、思うところはいろいろあるが……今それを口にしたところで意味はないだろう。うなずくより他にない。
「魔物――危険生物も含めてですが、そういったものとの付き合い方を考えるためには、まず相手のことを知らねばなりません。相手の習性、特徴はもちろん、調査対象の魔物と他の生物との関係性など、調べるべき事柄は山ほどありますが――要はその魔物がどういうモノなのか、ということを知らなければならないわけですね。そのためには、魔物を解剖するのが一番手っ取り早いのですが」
「は、あ……」
……こちらとしては、魔物は『とにかく倒すべきもの』という認識しか持っていないので、魔物を解剖するなどという発想がそもそも出てこないのだが……
こちらの戸惑いに気づいているのかいないのか、シコウはそのまま言葉を続ける。
「解剖するにあたり、根本的な問題がありまして。一部の魔物は、そもそも刃を通さない外皮や外殻を持っていたり、肉付きが良すぎて刃を弾き返すような身体を持っていたりしますから、解剖云々の前に解体ができなかったのです。いろいろと試してはみたのですが、とにかく人間が作った道具では、一部の魔物を解体することは出来ないと結論が出ました。そこで、『他の魔物の牙や爪を使う』という案が出されたのです。我々が解体できずとも、その魔物を捕食する魔物がいないとも限りませんし。実際、島の生態系を階層的に見た場合、守りに長けた生物や魔物の上には、必ずそれらを捕食する生物や魔物が存在する、という調査結果が出ています」
「……ほう」
「そういうわけで、魔物を仕留めた際には牙や爪を道具に転化できないか、ということを考えてきたわけです。ま、道具だけ手に入れたところで、それをうまく扱えなければまるで意味はないわけですが――それは別の問題として、一旦置いておきましょう。ただ、牙や爪の運用法については、転化させる先を武器に限定することもないだろう、という話が出まして。ならば、ということで、解剖と同時に、何かに使えそうなものがないかどうかも調べていくことになったのです。牙や爪にこだわらずに、です」
……ふぅむ。なるほど。魔物の調査に来たはずなのに、どうして途中から狩りに転換したのかよくわからなかったのだが――つまり、彼らの行っていた狩りは、『狩りのための狩り』ではなく、『調査のための狩り』なのか。外野には狩りに見えたとしても、当人達にとってみれば、それは調査の延長なのだ。調査と狩りが地続きになっているわけだな。
「話が少し逸れますが――最初にご説明したように、エフダムには人が住める土地がほとんどありません。ですので、農業で得られる収穫と言うのは非常に少ないものなのです。その上、野生生物に田畑を荒らされたり、魔物の襲撃を受けたり、といったことが頻繁に起きるので、なかなか安定した収益は見込めません。そのため、我が国では昔から、ふとした弾みですぐに食糧危機が訪れていたのですが……本格的に魔物の調査を行おう、という話が出たのとほぼ同時期に、とある馬鹿が『どうせだから、慢性的な食糧不足も一気に解決しよう』と言い出しまして」
……「とある馬鹿」にやけに力が込められていたような気がするが……いや、それはいい。それはいいとして――
「話の流れが読めた気がする……」
「ええ。恐らく、お察しの通りです。その馬鹿は、『魔物を解剖するんなら、そのまま食っちまえ』とこう言ったわけです。『魔物なんか、頼んでもいないのにホイホイ来るんだし、食料難で困ることなんかなくなるんじゃないか?』とも言ってましたね」
「……で、あなたたちはその提案通り、魔物を食べることにしたと?」
思わず半眼になって問いかけると、シコウは苦笑し、小さく肩をすくめて見せた。
「無論、最初は皆反対しましたよ。ですが、背に腹は変えられません。結局、ひどい天災に見舞われたときに、皆腹を括ったんです。幸い、天災が起こる数年前から、言いだしっぺと先駆者が率先して『食べられるモノ』と『食べられないモノ』を分けていましたから、国民が食あたりでばたばた倒れる――なんてことにはなりませんでした。むしろ、『思ったよりも食べられる』という意見が大半を占めまして、料理人たちが競って調理法を考えたりしていましたね」
「…………」
それはまた……実にたくましい、な……は、ははは。
「そういうわけで、エフダムには魔物を食べると言う文化があるんです。ですので、大陸の魔物の調査においても、その魔物が食べられるかどうかも調べているわけです。納得していただけましたか?」
「……理解はした」
納得は出来ないが。
「しかし……そうなると、あなたたちは魔物を見つけて倒す度に解体し、食べるわけか? それでは、魔物の調査などいつまで経っても終わらないぞ」
「ごもっとも。先程、私もファルにそのように返しましたしね。……基本的に、今回の調査では魔物の特徴や倒し方について重きをおいています。ただ、今回のように、相手を綺麗な形で仕留めることができたなら、時間の許す限り、細かい点についても調査をしたいと思っています。ファルではありませんが、『綺麗に仕留めたモノを放置するのはもったいない』――ということですね」
そう言って、シコウは手にした肉を一口かじった。柔らかい微笑が曇ることはなかったが、「なるほど、確かに『美味しい』とは言えないな」とつぶやいている。そして、相変わらず手をつけずにいたこちらを見て、首を傾げた。
「召し上がらないのですか?」
「……せっかくだが、遠慮させてもらう。まだ、魔物を食べることに抵抗があるのでね」
「まー、あんま旨くないしな。おススメはできないよなー」
うんうん、とうなずきながら、ファル。……しかし、綺麗に食べ尽くしておいて、よく言うな。
思わず呆れ顔を作ってファルを眺めたが、そんなこちらの視線など物ともせずに、ファルは目をきらきらさせながら、「なあなあ!」と声をかけてきた。
「それで、俺ごーかく?」
「……は?」
「だからー、ノイエ的に、俺、アドラ山に登れそう?」
「ああ……」
そうか、そういえばそんな話をしていたな。
ファルにせっつかれて、先程の戦闘を思い出す。……戦いと言えるほどのものではなかった気もするが……
ギリトラットに真正面から突っ込んでいく度胸。相手の攻撃を見極めるだけの動体視力と、かわせるだけの身体能力。背中の上で繰り出した、でたらめな一撃。――確かに、ファルくらいの年頃の子供にしては、規格外の腕前だ。特に、ギリトラットを仕留めたあの一撃は、大人と比べても遜色のないものだ。
……自分を飲み込みかねないモノに対して特攻したのは、度胸というよりは単なる馬鹿であるような気もするが……一刀の元に首を落としたことを考えると、恐らくはどうにかするだけの自信があったからこそ、あのような行動に出たのだろう。ギリトラット程度が相手なら充分に余裕がある――というのであれば、本人の申告通り、アドラ山に行っても足手まといにならないくらいの腕はあるのかもしれない。
……ただ、その『自信』と『余裕』について、気になる点が一つ。
「ファル。あなたは国で魔物との戦闘訓練を受けていた、と言ったな?」
「ん? ああ、言った」
「実戦経験は? あるのであれば、それはどのくらい?」
「さー? 回数なんて数えたことないし。あ、でも教官……ってか、補佐要員ナシで魔物とやりあったことは……ない、はず?」
なんでそこで首を傾げるんだ。自分のことだろうに。
と、シコウがわずかに呆れたような顔をして、口を挟んできた。
「公式記録としては、ファルが魔物討伐に参加した回数は四十一回です。我が国で魔物の討伐を行う場合、ごく一部の例外を除き、単独での戦闘は禁じられていますから、ファル一人での戦闘経験は――書類の上ではないはずです。ただし、先日一人で町を出て国境まで向かったときの話は伺っておりませんので、なんとも。……まぁ、先程の様子を見るに、戦闘を避けていたものと推察しましたが……実際のところはどうなんです?」
「あー、うん、まぁ。避けた。魔物とじゃれてたらシコウに追いつかれるだろ。それはマジ勘弁って思ってたし」
「……ほう」
シコウがわずかに口元を引き攣らせると、ファルは慌てたように首と手を振りながら、「どーせ追いつかれて連れ戻されたんだからいーじゃん!」とよくわからない主張をする。それに対し、シコウはため息で応じると、改めてこちらに向き直る。
「というわけで――戦闘経験は先に述べた四十一回です。単独での戦闘経験はなし。……以上がファルの戦績になりますが」
「……そうか」
四十一回、という回数が多いか少ないか――と訊かれれば、少ない方だろう。少なくとも、各国を渡り歩く傭兵や旅人は、少なすぎると感じるはずだ。
だが、その四十一回の経験で、ファルはギリトラット『程度』の相手になら、余裕を持って戦えると判断を下した。加えて、シコウの「エフダムには魔物が多い」という発言。これらを組み合わせると――
「ファル。ギリトラットは、あなたの国の魔物と比べてどうだ? 強いか弱いか」
「弱い」
即答だった。
肉を綺麗に食べつくし、骨だけになったギリトラット――の残骸――をぴこぴこ振りながら、ファルは言葉を続ける。
「俺的には――っつか、国的には? 魔物じゃないから、ってのもデカいけど……でも、それを差し引いても弱いよ、こいつ。俺ランキングの中では下の方だね」
……やはりか。ファルの自信と余裕は、「国ではもっと強い魔物と戦ってきた」という事実に拠るものなのだろう。
であれば――
「……アドラ山への同行は許可する。だが、さっきのように、こちらの忠告を無視して敵に突っ込むような真似はやめてもらいたい。あなたの戦闘能力については理解したが、あなたの戦闘経験は充分とは言いがたい。国で魔物と戦ってきたあなたとしては、自分の腕に自信を持っているのだろうが、それこそがこちらの不安材料でもある」
「……へ?」
「行き過ぎた自信は油断を招く、ということだ」
わかりやすく言い直してやる。ここは譲れないところだ。アドラ山に登ることを考えた場合、一人で好き勝手に動かれると困る。非常に困る。その場合、危険に晒されるのはファル一人ではないのだ。
が、ファルとしては不満が残るらしい。「けど、実際あいつ弱かったしー……」とか何とかぶつぶつつぶやいている。と、唐突にシコウがファルの頭をはたいた。
「いってぇ!!」
……ああ、だろうな。景気のいい音がしたからな……
文句を言うべく、猛然と口を開きかけたファルに対し、シコウがにっこりと笑う。――が、目は笑っていない。
「ファル。ノイエさんの言うことは正しい。先達の言葉は聞かなければなりませんよ。そもそも、自分の腕を過信し、魔物相手に油断するなどあってはならないことです。教官から教わっているでしょう?」
「う……」
シコウの言葉にファルは小さく呻く。重ねてシコウが「返事は?」と問うと、ファルはびしりと背筋を伸ばし、「ハイッ!」と返答した。
「よろしい。では、ノイエさんに言うべきことがありますよね?」
シコウの言葉に、ファルはギギギ、と音がしそうなくらいに硬い動きでこちらに向き直る。
「――ゴメンナサイ。次からは、ちゃんと言うこと聞きマス」
「……ああ……」
思いっきり棒読みだ。明らかにシコウに『言わされて』いる。……まぁ、シコウが睨みを利かせてくれるというのなら、それでもいい。
要は、勝手をしてくれなければいいのだ。アドラ山のような場所で勝手をされると、当事者だけの問題ではすまなくなるからな。
「――さて、少々話し込んでしまいました。休憩はこのくらいにして、そろそろ出発しませんか?」
「そうだな」
シコウの言葉にうなずいて、立ち上がる。シコウはてきぱきと片付けを始めた。……残ったギリトラットの肉はどうするのだろうと思って見ていたが、シコウがそれに手をつける様子はない。
「……その肉はここに放置するつもりなのか?」
「はい。保存食として持ち歩くには、少々癖のある味ですから。無理に持っていかなくても、今のところ食料には困っていませんしね。放っておけば、自然と他の生き物が片付けてくれるでしょう。……今回の調査が期限つきでなければ、ここに留まって、ギリトラットを捕食対象にしている生物や魔物についても調べたいところなんですけどね……」
後半の台詞は、残念そうなため息と共に吐き出された。……書記官だと言うから、魔物の調査は彼にとってただの仕事だろうと思っていたのだが……この様子からすると、仕事云々の前にそもそも趣味なんじゃないのか。
しかし……こうも学者然とした姿ばかり見ていると、本当に荒事慣れしているのかどうか、わからなくなってくる。性格的にも、室内で資料の山を前に黙々とペンを走らせている方が似合いそうだ。
……まぁ、ファルの力を見た今は、ファルのシコウに対する評価はある程度信用できるだろうと思っているが。
まぁいい。アドラムトへの道中でシコウの力を見ることが出来なくても、アドラ山へ向かえば否が応でも見ることになるだろう。
――その時はそう思っていた。
が、シコウの力を見る機会は、存外早くやってきた。




