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1話 事の始まり

 通行手形を再発行してもらい、改めてハトルーン――もとい、エフダム王国ハトルーン領へ入る。そして歩くこと二日、目的地であるコーリェンに着いた。

 コーリェンはハトルーンの首都だったこともあり、とにかく大都市だ。その分、様々な情報が集まり、仕事も探しやすい。しかも、コーリェンから南へ向かえば、港町ニバもある。

 ニバは交易の町であり、国境の町と同じく、国へ入るための門としての役目も果たしている。港町であるがゆえに、様々な国の人間が入ってくるためだ。そのため、ここもまた情報が集まり、多くの儲け話が転がっている。

 ハトルーンに戻ってきたのは、前回の仕事で国境近くまで来たから、『久しぶりに故国に戻るか』と思ったからだ。ハトルーンで何をする、という目的があるわけではない。

 まぁ、故国がなくなっているというオチは予想していなかったので、しばらくはこの国を回り、今後どうなっていくかを見守るのも一興かなとは思ってはいる。

 ――宿の確保も済んだことだし、まずは情報収集と行こう。

 そう思い、大通りを歩く。……他国に吸収された割に、町には活気が溢れていた。国がなくなったといっても、政府が変わったわけでもなく、圧制を受けているわけでもない。だから、落ち込むような理由もない――と、そういうことだろうか。国がなくなった割にカルいのは、どうやらあの情報屋だけではなかったようだ。

 まぁ、活気があるのは良いことだ。国を出て久しい身ではあるが、故郷に対する思い入れがまるっきりないわけではない。平和であるなら、それに越したことはなかろう。

 そんなことを思いながら歩いていた、そのとき。

 いきなり頭上から、「そこの人、ちょっとどいてーッ!」という声が降ってきた。

 反射的にその場を飛び退くと、なにやら黒い塊が落ちてきた。同時に、「あああああっ、逃げられたっ!」だの、「しょ、書記官ー! 書記官ーっ!」だのと悲鳴じみた叫びが聞こえてくる。

 通行人とともに、一体何が起きたのかと降ってきた塊に目を向けた。と――

「む?」

 降ってきたのは人間だった。……それも、つい最近見たばかりの顔。

 そう、以前国境の町で酒場に駆け込んできた、あの少年だ。

 建物の窓から飛び降りてきたらしい少年は、素早く立ち上がると、こちらに鋭い視線を飛ばし、鬼気迫る表情で、

「西門ってどっち!?」

「……、西門なら――」

 向こう、と指差しかけたところで、少年の姿が目の前から消えた。

 ――正確には、上から降って来た人物に踏み潰されたのだが。

「しょきかぁぁあんんッ! なんであなたまで飛び降りるんですかッ!」

「すみません。間に合いそうもなかったので」

 頭上から降ってくる泣き声に、悪びれた様子もなく、しれっと応じる青年。――言うまでもなく、あの青年だ。

 しかし、『書記官』とは……あの格好、法服だと思っていたけれど、官服だったのか。

 書記官と呼ばれた青年は、踏み潰している少年の上から退こうとはせず、「よいしょ」と少年の背中の上でしゃがみ込んだ。

「ファル? 私は『今度逃げようとしたら容赦はしない』と申し上げましたね?」

「…………」

 少年は答えない。……まぁ、答えられないんじゃないかと思うが。少年、踏み潰された瞬間に「ぐえぇっ!」とか何とか悲鳴を上げていたし。

「あ、あのー……とりあえず、退いてあげた方がいいんじゃないですか? 死んじゃいますよ、その子……」

 見かねた通行人の一人が声をかけると、青年は一瞬何を言われているのかわからない、といったような顔をした。が、すぐにぽんと手を叩き、「そうですね。これじゃ返事できそうにないですし」とつぶやいた。……通行人の指摘は、そういう心配ではないと思うのだが……

 微妙な顔をする通行人一同を余所に、青年は少年の背中から飛び降りる。……ジャンプした弾みで、少年がさらに悲鳴を上げていたんだが。

「で、ファル……ファル? もしもし、起きてますか? 話はまだ終わっていませんよ」

「いやあの、書記官……相手を地面にめり込ませておいて、その言い方はさすがにないのでは……」

「おや……皆さん、下りてきたのですか?」

 青年が振り向くと、男が三人立っていた。三人とも揃いの甲冑を身につけている。中にきている服の襟元には、青年の官服と同じような線が二つ。ただし、こちらは青年と違って緑の線だ。

 ……「書記官」と呼ばれる青年と、甲冑の男たち。彼らに共通する、一色摺りの線。……青年が「書記官」と呼ばれていることを鑑みれば、やはり、あの『線』は……

 通行人一同のぶしつけな視線などものともせずに、彼らは話を続ける。

「上で待っていてくださっても良かったのに。わざわざすみません」

「いえ、謝っていただくことは……」

「というよりも、むしろ我々が書記官に謝らなければなりませんし……」

「? ファルが脱走した件について、私から申し上げることはありませんよ? 叱責なら、あなた方の上司がしてくださるはずですし」

「いえ、あの……そうではなく」

「……何かありましたか?」

「はい」

「聞きましょう」

 すっと姿勢を正した青年に、甲冑の男性が手紙のようなものを差し出した。青年は「失礼します」とそれを受け取り、広げ、目を通し――

「…………」

 にっこりと笑い、その手紙を握り潰した。

 次いで、「あの野郎……」と低い声が聞こえてくる。……怖い。笑顔と台詞が合っていないあたりが特に怖い。三人の男たちなんか、真っ青な顔をしている。

 ちなみに、そのつぶやきが聞こえたらしい通行人の何人かが、同じように顔を青くしていた。中には、全力で走り去っていく者すらいる。……よほど恐ろしかったのだろう。

 青年は、その恐ろしい笑顔のまま、首を傾げた。

「……連絡は、あなた方が?」

「――――すみません書記官ッ!!」

「でも私たちはもう耐えられないんです……! 今日に至るまで、ファル様が脱走を試みたのは一三八回! 内、書記官の手を煩わせてしまったのは九三回!!」

「何度説得してもお止めしても全く聞き入れてくださらない! 昼夜問わずファル様を見張っているのは、我々にはもう限界ですッ……!」

「これ以上書記官に負担をかけてはならないと、わかってはいるのですが……いるのですがッ……! このままでは我々の胃に穴が開きます!」

「十分ごとに目を覚まし、ファル様のお部屋を確認しに行く生活には、もう耐えられないんです!」

 ついにはぐすぐすと泣き出してしまった男たちを前に、青年は天を仰いだ。

「ああ、もう……わかりました。わかりましたから泣かないでくださいよ……これじゃあ、私があなた方をいじめているみたいじゃないですか」

「ううううっ……!」

「申し訳ありません、申し訳ありません……」

「書記官にはなんとお詫びすれば良いか……!」

「もう謝らなくていいですよ。こうして『命令』が来てしまった以上、従わなくてはなりませんしね」

「書記官……」

「さ、涙を拭いて。私は怒っていませんから。――皆さんも、もう行ってください。これ以上面白い見世物はありませんよ」

 青年が手を振ると、それまで硬直していた通行人たちが、ようやっと動き出した。彼らのやりとりの続きが気にはなったが――これ以上野次馬を決め込むのはさすがに失礼だろう。

 そう思い、青年たちに背を向ける。――さて、当初の目的は情報収集だったかな。ならばやはり、向かう先は酒場しかないだろう。


 ***


 店に入ると、店主――店の雰囲気と相手の性別から、『マダム』と呼称するべきか――と、ばちりと目が合った。途端、マダムはその顔に笑みを浮かべ、こちらに手を振ってくる。苦笑し、カウンターに着くと、マダムは何も言わずにグラスを出してきた。

「懐かしい顔だわ。三年ぶりかしら?」

「ああ。長らく顔を出せなくてすまない」

「いいのよ。あなたみたいにあちこちふらふらしてる人に、定期的に顔を出せって言う方が無理だもの」

 くすくす笑いながら、マダムはグラスに酒を注ぐ。……彼女なりの気遣いだ。真昼間ではあるが、こちらも苦笑してグラスに手を伸ばす。

「で、この時期に戻ってきたってことは、やっぱり?」

「いや、国境で引きとめられるまで全然知らなかった」

「そうなの? じゃあ戻ってきたのは偶然?」

「そうだな。いきなり『この国はもうありません』と言われて驚いた」

「それはそれは……」

「国境であらかた話は聞いたが……ここではどんな感じだ?」

 尋ねると、マダムは「そうね」と視線を宙に投げる。

「大きな混乱はないわね。政治体系は変わってないから。国がなくなった、って言っても、住んでる人間からすれば、『何か変わったの?』って感じかしら。――あ、でも、市場は結構変わったみたいよ?」

「そうなのか?」

「エフダムに取り込まれたことで、エフダム本国からの物資の買い付けは少し楽になったのよね。関税かからないし。そういう意味で、市場は変わってきてるわ」

「ふむ」

「あとは――そう、職人達は頭抱えてるみたいね。ほら、エフダムって珍しいものばっかり輸出してるじゃない。で、せっかくエフダムに属したんだから、ってことで、職人達がこぞって製品の『素材』を欲しがったんだけど、いざ手に入れてみれば、どうやって加工すればいいのかちっともわからなかったそうなの。エフダムでしかとれない素材だから、その加工法もエフダムにしかないんでしょうね。だから、何人かは町を飛び出してエフダムに行っちゃったわ。エフダムの技術を盗みに行く、とか言って」

 おかげで上客も減っちゃった、とマダムは笑う。その笑顔に少しだけ寂しげな色が見えた気がした。……酒場にはいろいろな人が来る。顔なじみの客が町から去ってしまったのは、大なり小なり寂しさを感じるものなのだろう。

 しかし――

「代わりに、エフダムからの客も増えたのでは?」

 尋ねると、マダムは緩く首を振る。

「うーん……まだ、あちらからのお客はないわ。こっちから向こうに行く人の話は良く聞くけどね」

「そうなのか?」

「ええ。だから、エフダムの人がどういう人たちなのか、ってことも、私たちはまだ良く知らないの。もちろん、上の方々はある程度の付き合いがあるんでしょうけど」

 そこまで言ってから、マダムは小さく首を傾げた。

「うーん、言われてみれば不思議ね。もっとエフダムから人が来てもいいはずなのに。閉鎖的な人たちなのかしら?」

「貿易をしているのに閉鎖的も何もないと思うが……」

「そうよね」

 さらにマダムは首を傾げたが、ふっと視線を逸らした。その視線を辿ってみれば、入り口に誰かが立っている――って、あれは……

「いらっしゃい」

 マダムの言葉に笑顔で応じ、彼らはまっすぐにこちらへ歩いてきた。そのうちの片方が、「あ」と小さく声を上げる。

「さっきの」

「……どうも」

 相手の言葉に軽く会釈をする。と、相手もまたにかっと笑って会釈を返してくれた。「知り合いですか?」という問いかけに、「さっき道を聞いたんだ。お前に踏み潰される前」と返答している。

 ――そう、例の青年と少年だ。向こうが記憶しているかどうかは定かでないが、こちらからすると、顔を見るのはこれで三度目である。一体どういう縁なのか。

 青年は「そうでしたか」と応じると、こちらに向かって頭を下げ、「お話中にすみません」と断りを入れて、マダムの方に向き直る。

「少々お願いがありまして……腕利きの傭兵、もしくはアドラムト出身の方をご存じないですか? ご存じなら、紹介していただきたいのですが」

 青年の言葉に、マダムは一度目をしばたたかせた後、ゆったりと笑う。

「仕事のお話かしら」

「そうなります。私たちはこちらにきたばかりなので、この辺りに詳しくありません。あなたなら、仕事柄、先に挙げた条件の方をご存知ではないかと思いまして」

 それは正しい判断だ。酒場には色んな情報が集まる関係で、儲け話や仕事を求めて来る者も多い。傭兵にとっては、酒場すなわち仕事斡旋所、と言ってもいいくらいなのだ。

 しかし――アドラムト、だと?

 小さな笑い声が聞こえ、反射的に顔を上げる。笑顔のマダムと目が合った。……ああ。

「どう、ノイエ?」

 話を振られ、小さく息をつく。……ハトルーンの様子が気になるのは確かだが、この奇妙な二人組が気になっているのも事実だ。ゆえに、返す言葉は決まっている。

「――構わない」

「だ、そうですが?」

 マダムがにっこりと微笑むと、少年が「へ?」と首を傾げる。一方、青年は「おや」とつぶやくと、こちらに向き直った。

「傭兵の方――ですか?」

「路銀が尽きれば傭兵の真似事もするが、基本的には旅人だ。腕が立つか、という問いかけに客観的な評価を返すことはできないが、一人であちこち出歩けるくらいの腕はある、とお答えしておく。ついでに、アドラムトの出身でもある」

「そうなのですか? それは重畳」

 青年は嬉しそうに破顔した。慌てて、「長いこと、村には戻っていないけれど」と付け足すが、青年は「構いませんよ」と苦笑した。そして、姿勢を正して拝礼する。

「お願いしたいことがございます。お時間をいただいてもよろしいですか?」

「構わないが……」

 何も、そんなに馬鹿丁寧に話さなくても。依頼人になるのはそちらなのだ。大体、こちらはこんな口調で話しかけているのだし。

 言うと、青年は「癖ですので、お気になさらず」と笑顔で片付けた。……癖、か? 先程町中で見かけたときには、少年に向かって罵詈雑言を投げつけていた気がするのだが。

 まぁ、本人がそう言っているのに、こちらがとやかく言うのも変な話だ。口調についてそれ以上の言及は避け、「続きを」と促す。青年はうなずき、口を開いた。

「まずは自己紹介を。私はシコウと申します。エフダム王国で三等書記官を務めております。こちらはファル」

「よろしくー」

 青年――シコウの言葉に続けて、少年がひらりと手を振った。マダムが目を丸くして、「エフダムの人?」と小さく声を上げている。

 まぁ、彼が『書記官』と呼ばれているのを聞いて、それ自体はなんとなく予想がついていたのだが。

 ともかく、彼らの自己紹介に応じて、こちらも名乗る。――一度、マダムが名を口にしているから、相手はこちらの名を把握しているけれど。

 こちらの名乗りに対し、シコウは小さくうなずき、わずかに微笑んだ。

「では、ノイエさん。本題に移ります。あなたには、アドラムトまでの案内をお願いしたいのです。可能であれば、アドラ山まで共に来ていただきたいのですが――」

「ちょっと待て」

 聞き捨てならない単語が聞こえ、慌ててシコウの台詞を遮った。視界の片隅で、マダムの顔がこれ以上ないくらいに引き攣っている。

 一方、シコウの方はどうしてこちらが驚いているのか、まるでわかっていないらしい。不思議そうな顔をして、「何か?」と問いかけてくる。

「アドラ山、と言ったな。あなたはあそこがどういう場所か知っているのか?」

「ハトルーンでも有数の魔物群生地帯ですよね? 存じておりますよ」

「何故そんなところへ行く 」

「それが私の仕事ですから」

 にこりと笑うシコウ。呆然とするこちらの顔を見て、ふと口元に手をやり、「ああ」と小さく声を上げた。

「先に、こちらの目的をお話しするべきでしたね。申し訳ありません。……今回、私がハトルーンに来たのは、ハトルーンに生息している魔物の調査のためなのです」

「魔物の……調査?」

「はい。ハトルーン政府が作成した魔物の資料は、我々エフダムの人間が求めるものとは大分違っておりまして。そもそも、『魔物』の定義からして、我が国と違うようですし。なので、こちらで改めて魔物の調査を行う運びとなったのです」

「魔物の定義が違う?」

 魔物は魔物だろう。定義が違う、と言われても……

 と、シコウは困ったような笑みを浮かべ、「ではお尋ねしますが」と言葉を紡ぐ。

「魔物と生物の線引きはどこでしていますか? 見た目? 習性? それとも、人間にとってどの程度害をなすか、という部分ですか?」

「それは……」

 ――正直に言えば、「適当」である。恐らくは、見た目が一番大きいとは思うが、どういったものを『魔物』と呼称するか、なんてことは考えたこともない。大多数の人間が『魔物』と呼称しているものを、同じように『魔物』と呼んでいるだけなのだから。

 無言の内に返答を見出したのか、シコウはくすりと笑った。

「ハトルーン政府の文書を見る限りでは、定義らしい定義は無いようでした。しかし、明確な定義を設けておかないと、『魔物』と判断されるべきモノが魔物と判断されず、魔物と判断されずに良いモノが『魔物』と判断されてしまうでしょう。そんな状態でいくら『魔物』について資料を作成しようとも、それでは主観の入った感想文です。そんなものは塵でしかない。何の役にも立ちません」

「……手厳しいな」

「公的文書とはそういうものです」

 ああ……そうか、彼は『書記官』だったな。

「ともかく――そういうわけですので、魔物群生地帯と言われているアドラ山も、当然調査対象となっております。……ですが、アドラ山に向かうと話をしたところ、ハトルーン政府の方にこぞって止められまして」

「……それは、まぁ……そうだろうな。アドラ山は地元の人間だって滅多に立ち入らない。あそこに生息している魔物の数は尋常でないし、その強さもそこいらの魔物より遥かに上だ。街道を歩いていて出くわすような魔物とはレベルが違う」

「そのようですね。どうしても行くと言うのなら、よほど腕の立つ傭兵か、地元の人間を案内につけろ、と言われました。『地元の人間なら、魔物と戦うことは出来なくても、逃げる術くらい心得ているはずだから』と」

「……それで、条件に合致する人材を探すために、酒場に来たわけか」

「はい。いろいろありまして、出立は遅れてしまいましたが――」

 言って、シコウはファルを見た。ファルはさっと視線を逸らす。シコウはため息を一つつき、再びこちらに向き直る。

「事情説明としては以上です。ご理解いただけましたか?」

「……いくつか質問が」

「どうぞ」

「あなたは書記官だと言った。書記官というのは、結局のところ文官だろう。何故文官が魔物の調査に?」

「書記官は文書の作成が仕事です。書記官自ら調査に赴き、実際に見聞きしたことを文書としてまとめるのは当然です」

「そうではなく」

 もっと根本的な問題だ。

「普通の調査ならそうだろうが、あなたが行おうとしていることは魔物の調査だ。魔物と接触するということは、魔物に襲われる危険性があるということだろう。そういう荒事に関する仕事は、武官が担当するものなのでは?」

「だよなー。フツーはそう思うよな」

 にやにや笑いながら会話に加わってきたのは、ずっと静観していたファルだった。発言の意図が見えず、彼に視線を移すと、ファルはシコウを指差しながら、

「こいつは特別製なんだ。フツーの文官じゃないの。荒事専門の書記官。だから心配要らないよ」

「人を指差さない」

 ファルの手を叩き落とし、シコウは「けれど、まぁ、そういうことです」とファルの言葉を肯定する。

「本国でも、ずっと魔物調査の担当書記官として働いてきていますから。文官の身ではありますが、自分の身を守るくらいのことは出来ますよ」

「……嘘つけ、『身を守る』とかいうレベルじゃないだろアレ」

 ファルが何事か呟いたが、シコウはまるで無視して「次の質問は何でしょう?」と問いかけてくる。

「……。そちらの――ファルも、あなたと共に調査に来るつもりなのか?」

「あったりまえじゃん」

「…………。残念ながら」

 即答したファルとは違い、シコウはわずかに間を空けてから答えてきた。

「――訊くが――」

「あ、ダイジョブダイジョブ。俺強いから。戦力として数えてくれていいよ」

 こちらが問うよりも早く、ファルが返答する。……だがしかし、こちらとしては自らを「強い」と言い切る輩はあまり信用できない。まして、相手が自分より十近く下であろう子供なら、尚更だ。

 確認のためにシコウに目を向けると、シコウは小さくため息をついて応えた。

「彼も、自分の身を自分で護るくらいはできますので、足手まといになることはないかと思います」

 ……そういえば、国境の町でもそんなことを言っていたか。考えてみれば、実際、一人でコーリェンから国境の町まで行ったようだし、確かにある程度の心得はあるのだろう。

 ――だが、これから向かう先がアドラ山であるということを考えると……文官であるシコウが下す『武』の評価をどこまで信じていいものか……

「あ、その目、信じてないな。ホントに俺強いんだって!」

「……あなたに対する評価はひとまず保留とさせていただく。アドラムトに着くまでの道中で判断させていただきたい」

 言うと、ファルは不服そうな表情を浮かべたが、「……ま、見て見なきゃわからないってのは、正論かぁ」とひとまず納得してくれた。なので、こちらも「そういうことでよろしく頼む」とファルにうなずき、再びシコウに視線を戻す。

「三つ目の質問だ。先程あなたたちを見かけたとき、武官らしき人たちと一緒だったが、彼らは同行しないのか?」

 シコウと違い、緑の線――シコウの服が官服だという事実を踏まえると、やはりあの線は徽章なのだろう――が入った服と甲冑を着込んでいた三人だ。文官である書記官が魔物の調査に出向き、武官が来ないというのは変な話である。そうでなくとも、子供(ファル)が同行するのだ。戦力が多いに越したことはない。

 当然の疑問をぶつけたつもりなのだが、シコウとファルは揃って目を丸くした。その後、「ああ!」と手を叩く。

「もしかしてこっちってそういう区分けなかったりする?」

「なるほど、文化の違いですか。失念していました。……えぇと、質問の答えですが……彼らは確かに武官ですが、対人戦が専門なので、魔物調査には同行できないんです」

「……は?」

 どういうことだ?

 ……対人戦が専門……というのは、まぁ、そのままの意味だろう。だが、それを理由に「魔物調査に同行できない」と言うのはわからない。

 眼前の二人に怪訝な視線をぶつけると、二人は一瞬顔を見合わせ、

「えーっと、エフダムじゃあ対人戦と対魔物戦って全然別物って扱いなんだ。だから、訓練から何から全部違っててさー。対人戦をベンキョーしてきた奴って、対魔物戦ではこれっぽっちも役に立たないんだな。これが。うん。そりゃもう、悲しくなるくらい」

「そんなに力いっぱい言うことないでしょう。本人達が聞いたら泣きますよ。――けれど、ええ、ノイエさん。ファルの言っていることは事実です。大分誇張されていますけどね。……彼らは武官ではありますが、人と戦うことを想定し、訓練を積んできた武官です。魔物と戦えないわけではありませんが、魔物の調査に連れて行ける人材かと言うと、そうではないのです」

「はあ……」

 まったくもってピンと来ない。こちらからすれば、ローブを着込んだ書記官と、身に余る大剣を背負った少年よりは、鎧甲冑に身を包んだ人間の方が魔物調査に向いていると思うのだが。

 こちらが納得できていない様子を見て取って、シコウが曖昧に笑い、「巧く伝えられないものですね」と呟く。

「訓練方法が違うということは、対人戦で求められる技術と、対魔物戦で求められる技術が違うということです。少なくとも、エフダムにおいては」

「いや、対人戦と対魔物戦で必要とされる技術が違う、というのはわかる。大陸(こちら)でもそうだからな。だが――」

「要は向き不向きの問題なのです。先程も言いましたが、対人戦を学んできた人が魔物と戦えないわけではありません。ですが、ひどく不向きなんですね。こちらとしては、彼らを専門外のことにひっぱりだして、余計な怪我をさせたくないわけです。……そちらからすれば、理解できないことばかりかとは思いますが……文化の違いと言いますか、風土の違いと言いますか。そうしたものだと納得してください」

「まぁ……そういうことなら、わかった」

「質問は以上ですか?」

「あ――いや、最後に一つ。……これは、答えてもらわなくても構わないのだが」

 ――国境の町で彼らを見たときから気になっていたことが一つ。

「伺いましょう」

「ファルはどういった立場の人なんだ?」

 これまでの――国境の町と、コーリェンの大通りでの彼らのやりとりを見る限り、ファルはただの子供ではないはずなのだ。

 先程のシコウの名乗り。あの時、シコウは自分の立場については明言したが、ファルについては名前を口にしただけだった。恐らく、意図的に伏せたのだろう。だから、「答えられない」と言われたなら、引き下がるつもりだ。

 尋ねたのは、駄目で元々、というつもりで――

「あ、俺? 俺王子」

「……は?」

「だからー、お・う・じ。王様の息子」

 ……今、なんて? 

 思考が停止する。聞こえた言葉を即座に理解することが出来ない。――すぐ近くから、がちゃん、という音が聞こえた。恐らく、グラスが割れた音だろう。割ったのはマダムだろうか。珍しい。

 ――待て待て、落ち着け。

「王子……?」

「うん」

「あなたが?」

「そう」

「……本当に?」

「ホントホント」

「…………本当に?」

「あ、ちょ、何でそこでシコウに話振るんだよー」

 ファルが頬を膨らませて抗議してきたが、無視。シコウに視線を注ぐと、シコウはため息一つつくと、「本当です」とうなずいた。

 ……信じがたい。

「質問が一つ増えたのだが、良いだろうか?」

「……どうぞ?」

「エフダムでは、三等書記官が王子殿下を踏み潰すのか?」

 大通りでの一件を踏まえて尋ねる。と、シコウは苦笑をやめ、普通の微笑みに切り替えた。

「――私にとっては、ただの糞餓鬼ですから」

 言い捨てるその目は、ちっとも笑っていない。「やべー、まだ怒ってる」と小さく呟いて、ファルがシコウから目を逸らした。


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