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0話 帰国

 とりあえずは完結させることを目標に。

 暇つぶしになれば幸いです。

 帰ってみると、故国(くに)がなかった。

 国境で手形を見せるなり、管理官は「あー、もうこの国なくなっちゃいましたから、この手形では通れませんねー」と言ったのだ。

「……は?」

 思わず間の抜けた声を上げてしまう。と、管理官は「まぁ、そういう反応になりますよねぇ。国がなくなったの、最近の話ですし」と苦笑した。

「しかし、残念ながら事実でして……なので、この通行手形は使えなくなってしまったんです。――ああ、心配しなくても国に入れないというわけではありません。手形を再発行すればいいだけですし、その手続きもここで行えますよ。ただ、再発行には時間がかかりますから、少々待っていただかなければなりませんが……構いませんか?」

「は、あ……それは、まぁ。もちろん」

 待たなければ入れないというなら、待つしかないだろう。……しかし……

「国がなくなった、というのは……?」

「あー……事情を説明して差し上げたいのは山々ですが、一人ひとりにお話をするとなると、どうにも手が足りないので……説明は全て、町の方にお願いしているのです」

 町……とは、まさにこの町のことだろうか。国境の町であるが故に、故国へも隣国へも繋がっているのだが、町そのものは故国に属している。だから、この町の人間に事情説明を頼む、というのは別段おかしな話ではないかもしれないが。

「適当な店に入って聞いてみれば、教えてくれると思いますよ。新しい手形は……そうですねぇ、明日になれば出来ていると思いますから、今日のところはこの町でお休みになるのが良いかと思います」

 そう言って、管理官はにっこりと笑った。


 ***


 管理官の勧めに従い、ひとまずは町へ戻り、酒場へ向かうことにした。情報を集めるならば、様々な人が集まる場所に行くべきだ。そして、様々な人が集まる場所といえば、市場、港、そして酒場と相場が決まっている。

 酒場を選んだのは、小腹が空いていたからだ。適当にものを注文しつつ、話を聞こうと思ったわけである。

 というわけで、酒場に棲み付いている情報屋から一通り話を聞いたわけだが――


「……話を整理するぞ。つまり、他国に喧嘩売ったら逆にこっぴどくやられて、慌てて降伏した挙句、その国の傘下に入ったと、そういうことか?」

「おう!」

 腹立たしいほどの笑顔で情報屋がうなずく。もう何年も前から足を運んでいる関係で、この情報屋とはすっかり顔馴染みだし、お互いの性格も良くわかっている。だから、情報屋の性格が割と――否、かなり――豪快だということは理解しているが……自分の国がなくなったことに対してそんな笑顔で「おう!」とか言うか?

「ん、どした? 何でそんなヘンな顔してるんだ」

「何で、ってな……戦をしたわけだろう? こっぴどくやられたってことは、死人もかなり出たんじゃないのか?」

「いやー、それがそうでもないんだな」

「……どういうことだ?」

 意味がわからない。首を傾げると、情報屋は笑いを堪えるような表情になって、

「こっぴどくやられたっつっても、別に相手にやられたわけじゃなくてだな――目的地に着く前に、魔物の群れに襲われたんだと。それはどうにか追っ払ったらしいが、その時点でメッタメタにやられたそうでな。目的地に着いたはいいものの、消耗が激しすぎて、勝負にならなかったらしいぞ。だから、死傷者の大半は戦じゃなくて、魔物との戦闘で出たものだ」

「――はぁ? 何だそれは」

 ありえない。他国へ出向くというのなら、事前にいろいろと調べておくのが普通だろう。国勢や地理に関して抑えておくのはもちろん、魔物についても――

「そういえば、どの国に喧嘩売ったんだ? ゼランタ? フィーア・ブル? シャジャドア……ではないよな」

 近隣諸国の名前を指折りながら挙げていくと、情報屋は「どれもハズレだ」と首を振る。じゃあどこ、と問いかけると、情報屋はにやりと笑い、

「エフダム王国。聞いたこと、あるだろ?」

「エフダム……」

 確かに、聞いたことはある。最近、貿易によって急激に成長してきた国の名前だ。珍しい品ばかり扱っている国だそうだが、それもそのはず、この国は大陸の外――つまりは、海を越えた先にあるらしい。らしい、という言い方なのは、その国のことをよく知らないからだ。

 そもそも、大陸の人間は、あまり海に出ようとはしない。すでに交易海路として定着している道ならともかく、大陸を大きく離れ、新天地を求めて船を出す、ということはほとんどしないのだ。個人レベルではそう言う人間もいるかもしれないが、国としては行っていなかったはず。リスクを犯し、大金をはたいてまで新天地を開拓するメリットないからだ。少なくとも、今のところは。

 だから、エフダム王国についても、その存在が知られるようになったのは、おそらく向こうが海を越えてこの大陸までやってきたからだろう。

 しかし、大陸の人間が外へ行こうと思ったのなら、それこそ事前にいろいろ調べたりするものじゃないだろうか。貿易してるんだから、船に乗せてもらって、エフダムに行くことだってできただろうに。

 そのあたりの疑問を口にすると、情報屋は肩をすくめて「さすがにそこまではわからんな」と言った。

「ま、とにかくそういうわけで、この国はエフダム王国の領地になったわけだな。エフダム王国第三十二地区、通称ハトルーン領、ってわけだ」

「領……ということは、統治者は変わっていないのか?」

「ああ、変わってないぞ」

 即答だった。

「まぁ、エフダムからしてみれば、別にこの国が欲しかったわけでもないだろうしなぁ。いきなりボロボロになった武装集団が押しかけてきて、『弟子にしてください! これからよろしくお願いします!』って言われても困るだろ、普通」

「まぁ、一理あるが。その喩えはともかくとして」

「わかりやすくていいだろ? ともかく、向こうにしてみればそういうことなんだろうよ。監督役みたいなのが来てはいるが、この国の運営に関して、一から十まで指揮を取ってるわけじゃないぜ。基本的な采配は、元からあった政府に任せて、たまーに口を挟む、って感じでやってるそうだ」

「で、国民は納得しているのか? 実情はともかく、一応政府は他国に戦を仕掛けて、あっさり負けたことになっているわけだろう?」

「一応、戦争しますと言い出したバカは罷免されてるからなぁ。そんなに文句言ってる奴は見てないぜ。今のところはな」

「そうか……」

「ま、お前さんみたいに一所に留まらない奴にはそれほど関係のない話だろう?」

「もっともだ」

 苦笑して、放置していたグラスに手を伸ばしたところで、店の扉がすさまじい音を立てた。

「……何だぁ?」

 店内にいた客が一斉に入り口に目を向ける。そこにいたのは、酒場に来るには明らかに年齢が足りていない少年だった。その背中には、これまた明らかに不釣合いな巨大な剣を背負っている。

 場違い極まりないその少年は、焦ったような顔で店内を見回し、ばたばたとカウンターの方へ駆けていく。だけでなく、

「あ、ちょ、おいコラ!」

 店主の怒声を余所に、少年はカウンターを飛び越えて、その下へ潜り込む――つまりは、カウンターの中へ隠れるような格好だ。……不思議なことに、背中の剣がカウンターの上のものを薙ぎ倒す、なんてことにはなっていない。

 カウンターの内側へ消えたため、少年の姿は見えなくなってしまった。が、「しーっ」と言う少年の声だけは聞こえてくる。

「悪いけど、見逃してくれ! 追われてるんだ! ちょっとだけ匿って!」

「追われてるってお前……冗談じゃない、揉め事なら余所でやれ!」

「冷たっ! 冷てーよおっちゃん! 仮にも酒場のマスターだろ、揉め事ぐらい笑って流せよ!」

 元気良く喚いている少年に対し、店主は額に青筋を浮かべながら、笑顔を向けた。

「客の揉め事なら我慢もするさ。だがここは酒場だ。さ・か・ば。お前みたいなお子様の来る場所じゃないし、子供の遊び場でもない。かくれんぼなら余所でやれ」

「かくれんぼじゃねーし! ――あ、ヤバイ、来てる来てる! 来てる気がする!」

 叫び、「頼むよ!」と言うと、少年はそれっきり黙りこんでしまった。

 ――だけではない。カウンター周りの空気がふっと変わった。静かになったのだ。……随分綺麗に気配を消すものである。思わず、情報屋と顔を見合わせる。と、そのときだった。

 からん。

 今度は普通に扉が開いた。入ってきたのは、これまた場違いな青年だった。

 年齢的には問題はないだろう。が、青年の格好が明らかに酒場の雰囲気に合っていない。

 青年が身につけているのはローブだった。それがただのローブだったのなら、魔法使いにしか見られなかっただろう。眼鏡でもかけていたら、学者にも見えたかもしれない。ローブを着て出歩くような人間は、魔法使いか学者だと相場が決まっているからだ。

 が、青年が着ているそのローブは、普通のローブには見えなかった。青一色で染め抜かれただけで、何の意匠もないというのがまず一つ。それは、ローブとしてはあまりにも簡素であり、変だった。

そしてもう一つ。一色だけであるが故に、異様に目立つ、襟元に刻まれた白色の三本線。

 それが何を意味するのかはわからない。だがその三本線は、見る者に『徽章』を連想させた。それが正しければ、あの簡素極まりない服は『法服』であるということになる。――つまり、ある種の職につく人間が身につける、制服なのだ、と。

 法服の青年は、周囲の驚きを余所にぐるりと店内を見回すと、苦笑を浮かべて首を傾げた。

「すみません。こちらに十三、四歳の男の子が来ませんでしたか? 大きな剣を背負っていて、かなり目立つ子なんですが」

 目をしばたたかせる。間違いなく、カウンターの中に飛び込んできた、あの少年だろう。

 その少年の行方は、店内にいる全員が知っていた。が、誰も答えようとはしない。――答えかねているのだ。見ず知らずの少年を庇い立てする義理はないが、法服を着ているような人間に、どう対処したものか決めかねている――そんな感じである。

 法服を着るような者が探しに来る以上、少年がやっているのは、店主が言うかくれんぼや鬼ごっこではないだろうし、誘拐犯に追いかけられている、というわけでもあるまい。

 誰からも返事がないので、青年は眉尻を下げ、頬をかいた。

「あー……別に、怪しい者ではないんです。一応、その子の保護者なんです……けど……」

 弁明するかのように口を開く青年だが、相変わらず答えは返ってこない。青年の声は尻すぼみになり、やがて消えてしまった。代わりに、青年の口からはため息が零れ落ちる。

 沈黙が場を支配する。と、青年は音もなくカウンターへと歩いていく。店内のほぼ全員が首を傾げると、青年は申し訳なさそうな顔をして店主に小さく頭を下げた。

 そして青年はカウンターに身を乗り出し、

「――で、いつまで隠れているつもりですか? ファル」

 途端、「ぎゃああああああッ!?」という悲鳴とともに、件の少年が飛び上がる。

「な、何で!?」

「何でって……何がです?」

「何でバレたんだよ! 俺、カンペキに気配消してただろ!?」

 少年の叫びに、青年は呆れたような顔をしてため息をついた。

「さっきまであった気配がこの店でぷっつり消えたら、誰だって怪しいと思うでしょう。お客さんの反応から、店内にいることは予想できましたし。あなたが隠れられそうなのは、カウンターの中しかありませんしね」

 少年が持つ剣に目をやりながら、青年は答えた。……確かに、あんな大剣を持っていたら、隠れる場所は限定されるか。

「ともかく、かくれんぼも鬼ごっこもお終いです。戻りますよ」

「やーだー!」

「やだ、じゃありません」

「だってもうここまで来ちまったじゃん! 今更戻るのも手間だろ!? このまま行こうぜ、なぁ!」

「なーにが『ここまで来ちまった』ですか。目的地とは正反対の方角ですよ、ここ」

 青年の言葉に、少年は「え」とつぶやいて固まった。そんな少年に、青年はにっこりと微笑みながら、

「どうせ引き返さなければならないんです。あなたをコーリェンまで送っていくのは大した手間ではありませんよ」

 コーリェンというのはこの国の首都――だった、都市である。ここからだと二日ほどあれば到着する距離だが……この二人、まさかコーリェンから追いかけっこをしながらここまで来たのか? だとすれば、少年は大した行動力の持ち主だ。

「……で、でも、お前は俺のケーゴが仕事だろ! だったらお前は俺にくっついて来なきゃダメじゃん!」

「あなたのおもりを頼まれただけですよ。警護の人間は別にいるじゃないですか。あなたに撒かれて、彼らは大層困っていましたよ」

(ガキ)に撒かれる方が悪い!」

「何胸張ってるんですか。泣きつかれる私の身にもなってください。私にだって仕事があるのですから、いつまでもあなたと遊んでいるわけにはいきません」

「だから、俺も行くって言ってるじゃん! そしたら何も問題ないだろ  俺のケーゴもできるし!」

「問題大有りですよ。何度も言ってるでしょう、私の仕事はあなたのおもりではありません。あなたが一緒だと仕事に差し障るから、町に残るようにと、再三申し上げているのですよ」

「俺足手まといになったりしねーし!」

「それは存じ上げておりますが、盛大に仕事の邪魔はしてくださっていますよね? 現在進行形で私に迷惑をかけている自覚はおありですか? それと、店の方にも迷惑をかけていますよ」

 青年がにっこりと微笑むと、少年は気圧された様子で小さく呻いた。と、青年は「失礼」と声をかけると、カウンターの椅子に乗り上げて、少年の方に手を伸ばした。

 どうするのかと思って見ていれば、青年は少年の胸倉を掴み、軽々と持ち上げてカウンターから引きずり出し、床に叩き落した。……そ、その細腕の一体どこにそんな力が……?

 尻をしたたかにぶつけたらしい少年が悲鳴を上げたが、青年はそれをさらりと無視し、店主に向かって「大変お騒がせいたしました」と丁寧に頭を下げた。その上、「ご迷惑をおかけしたお詫びと言っては何ですが、こちらのお酒を三本ほど買わせてください」とカウンターの上の酒瓶を示した。途端、尻の痛みで呻いていたはずの少年が、がばりと顔を上げ、半眼で青年を睨む。

「何だよ、真昼間から呑む気か?」

「仕事中です。そんなわけないでしょう。このお店への迷惑料ですよ。何か文句でも?」

「う……」

 にこにこと笑顔で言う青年を前に、少年はがっくりと肩を落とした。どうやら、返す言葉がないらしい。

 店主がとまどいながらも酒瓶を包むと、それを受け取った青年は少々多めの金をカウンターの上に置き、「ご迷惑をおかけいたしました」と再び頭を下げた。そして、少年へ向き直り、

「ほら、行きますよ」

「…………」

「ちなみに、今度逃げようとしたら容赦はしませんよ?」

「へーい……」

 青年の言葉に、少年は暗雲を背負いながらうなずき、そうして二人は酒場を出て行った。

「……なんだったんだ? あいつら」

 ぼそりと呟く情報屋。……それはこちらが聞きたい。




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