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インペリアル・ガード  作者: 島隼
第二章 帝国の策動
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第二章 【6】

 ウォルトは朝から執務室の机に座り、眼を閉じ何かを考えていた。レッドから報告を受けてから三日が経ち、今日は緊急の元老会議が開かれることになっている。

 この三日間の間、帝国軍は着実にダルリア王国との国境に近づいて来ていたが、未だ目的は判明していなかった。それ故にウォルトも行動を起こすことができず、苛立っていた。無論、帝国軍が侵攻して来ないに越したことは無いが、侵攻して来る意思があるのであれば、手遅れになる前に緊急展開師団を派遣し備えるべきである。しかし、緊急展開師団を派遣することにより、帝国軍にダルリア侵攻の口実を与えてしまう恐れもあり、ウォルトはその狭間で苦悩していた。

 どれくらいそうしていただろうか。既に昼を回り始めたころ、扉を叩く音にウォルトは目を開けると外から女の侍従の声が聞こえて来た。

「陛下、元老の皆様がお揃いになりました」

「わかった。すぐに行く」

 ウォルトは立ち上がると、部屋を出て元老院へと向かった。


 元老院内の会議室には、既に大公ハース・シルクス、ドイル卿ガートン・ドイル、ディール卿シャロン・ディール、セイバル卿テッド・セイバルが会議卓に座っていた。ある程度の状況は伝え聞いているのか、全員が厳しい表情をしていた。他の元老ゴート卿ダニエス・ゴート、バイライト卿ファン・バイライトは領地が三日で来れる範囲ではないためこの場にはいない。

 ウォルトが部屋に入ると元老達は立ち上がり、深々とウォルトに一礼しウォルトが座るのを確認すると全員は再び席に着いた。ここは定例の元老会議が開かれると部屋とは異なる部屋である。ウォルトと元老達が座っている会議卓は半円形をしており、円の欠けている側には石の台座に載せられた通信球が五つ、会議卓と同じように半円形に並べられている。床には全面に広がる巨大な魔法陣が描かれており、五つの通信球を使用して同時に五か所と遠距離の会話ができるようになって

いた。今日この場に来られなかったゴート卿ダニエスとバイライト卿ファンは通信球を通して参加することになっている。

 ウォルトはこの場にいる元老達を一度見ると、近くに控えていた通信官に声を掛けた。

「繋いでくれ」

「かしこまりました」

 通信官は魔法陣の中心に手をかざすと、『意味のある言葉』を唱えた。魔法陣は通信官の言葉に呼応し要所の魔石が光りを放ち、最後に五つの通信球の中央寄りの二つが青く輝きを放った。

<<ダニエス・ゴートです>>

<<ファン・バイライトです。接続を確認しました>>

 ダニエスとファンは既に準備をしていたのか、通信球が接続されるとすぐに本人達の声が聞こえて来た。通信官はそれを見届けると、ウォルトと元老達に一礼し部屋を出て行った。

「よし、では緊急の元老会議を開始する」

 ウォルトは元老会議の開始を宣言した。

「陛下、まず現在の状況を教えて頂きたい。申し訳ありませんが現状把握が正確に出来ていません」

 ハースがウォルトに現状の説明を求めた。ハースの住む公都はここからちょうど三日程の距離であり、連絡を受けてすぐに公都を出たため状況を詳しく知る程の時間的余裕がなかった。

 他の元老達も同様のようだった。

「そうだな。では、まず現状を説明する。一月程前から帝国の外征軍が帝都ベルドに集まり始めていた。外征軍が帝都に集まること自体はそれほど珍しいことではないが、その外征軍が南下を

開始し我々との国境に向けて軍を進めている。近衛の報告によると、三日前の時点で到着まで十日から十五日程とのことだ」

「外征軍の規模はどれくらいなのでしょうか?」

 シャロンがウォルトに訪ねる。

「正確な規模は近衛が調査中だが、三万から四万程だ」

「三万から四万…。相当な規模ですね。帝国から何か意思表示はあったのですか?」

 シャロンは外征軍の規模を聞き改めて事の深刻さを認識したのか、表情が先ほどにも増して厳しくなった。

「いや、何もない。侵攻するつもりなのか、演習なのか、目的は未だ不明だ」

「こちらの動きは?見たところ緊急展開師団はまだ王都にいるようだが、何故派遣なさらないので?」

 ガートンがウォルトに尋ねた。ガートンは王都に居を構えているため、他の元老よりは状況を把握しているようであった。

「うむ。こちらはルークに状況を伝え、ルークが北方師団に警戒態勢を取らせた。緊急展開師団の派遣も考えたが、帝国の目的がはっきりせしない以上、早まった動きは避けた方が良いだろう」

「確かに。帝国にダルリアに侵攻する意思があったとしても実行に移すための口実がない可能性があります。帝国が大陸の覇権を狙っているのは周知の事実ですが、それを口実にすれば他国の反発を招き大陸中を敵に回しかねない。とすれば、今回の動きは口実を作るための挑発行動の可能性も否定できない」

 ハースがウォルトの考えに同調した。

「そうだ。緊急展開師団を派遣することにより、逆に我々が帝国に侵攻する意思ありと他国に触れまわり、帝国の防衛という口実を与えかねん」

「しかし、どうやって帝国の目的や口実の有無を確認するのですか?帝国が前もって宣戦布告すると御思いか?」

 他国との戦争を行う際に、その国に対し事前に宣戦布告することが昔からの習わしである。

 しかし、帝国は習わしよりも戦争に勝つことを優先するために事前の宣戦布告を行うことはせず、前触れ無しに他国へ侵攻し後から侵攻理由を宣告することが多かった。だが、それでも第三国が相手国へ支援することを防ぐ意味で、それなりの侵攻する理由が存在していた。ウォルトが知りたいのはまさにそこだった。帝国にはダルリア王国に侵攻するための大義名分を持ちえているのか、否か。持っていなければ今回の動きはハースの言うとおり、名分を作るための挑発行動の可能性も高かった。

「帝国の宣戦布告など期待していない。だが、それ以上に戦争そのものを防ぐことが大事だ。帝国が侵攻する大義名分を持ち合わせていないのであれば、それをこちらから提供するようなことは断じてあってはならない!」

 ウォルトは無意識に声を荒げていた。

「ですが、目的や侵攻の意思が判明するまで待って、手遅れになったらどうするのです?やはり、緊急展開師団を派遣すべきです。それを侵攻の口実に使われたとしてもこちらの動きが早ければ帝国軍の侵攻を食い止めることが可能だ」

 ガートンはウォルトが緊急展開師団を派遣していないことが不満のようだった。

<<ドイル卿の意見には一理あると思います。帝国軍の規模の大きさから考えて早めに行動に移すべきです。やはり緊急展開師団を派遣すべきではないでしょうか?>>

「しかし、帝国に侵攻の意思が無かったらどうするのです?本当に単なる演習かもしれない」

 通信球からダニエスの声が届きガートンの意見に同調したが、テッドはガートンの意見には反対のようだった。

「目的などはっきりしている!!ダルリアへの侵攻だ!たかが演習に四万もの軍を動員すると御思いか?あれほどの軍を進軍させるのにいくら掛かると思っている!!」

「ドイル卿、落ち着いて下さい」

  豪商のガートンらしい意見だったが、あまり適切な意見ではないと思ったのかシャロンがガートンを宥めた。

「ドイル卿の言うとおり帝国は侵攻してくると覚悟を決め、早めに派遣すれば帝国が侵攻して来たとしても防ぐことができるだろう。しかし、戦争になれば多くの被害が生まれ、長期戦になれば王国の民も苦しむことになる。私は出来る限り戦争を回避したい」

 ウォルトは自らの思いを述べた。国王として王国の民が戦争に巻き込まれ苦しむことはなんとしても避けたいという思いのようだった。

「では、今後の動きはどのように?」

「うむ。帝国の目的がはっきりするまで緊急展開師団の前線派遣は行わない。しかし、侵攻してきた際に手遅れにならない距離に陣を張らせ、待機させる。距離的には国境から二日程のあたりがよいだろう。その距離であれば、国境に近過ぎず、遠すぎない。帝国軍が国境まで二日の距離に進軍して来る頃には目的や侵攻の意思も判明してくると思われる。その後の動きについては帝国軍の動きを見て判断したい」

「なるほど。確かに国境まで二日掛かる距離であれば帝国に口実を与えることにはならないでしょう。仮に帝国が国境到着と同時に侵攻を開始したとしても、二日間であれば北方師団だけでも持ちこたえられる。私もその案に賛成します」

 ハースがウォルトの意見を補足すると共に賛同すると、他の元老達も異論は無いようであった。ただ一人、ガートンだけは表情から賛同していないようであったが、他の元老達が賛成している以上、自分だけの意見では覆らないと思ったのか何も言わなかった。

「賛同を感謝する。それと、今後の判断は即時性が要求される。今日この場にいる者はしばらくの間王宮に残ってもらいたい」

「かしこまりました」

「承知しました」

 シャロンとハースがウォルトに同意した。ガートンとテッドは最初から王都に居を構えているため、この点は特に問題はないようであった。

「ゴート卿とバイライト卿は常に通信球で連絡が取れるようにしておいてもらいたい」

<<承知しました。ただ、私の領地は帝国側に幾分近いため何があるかわかりませぬ。仮に私との連絡が不通となった場合には、陛下に私の元老権限を委任致します>>

 バイライト卿ファン・バイライトの納める街マウトサントは王都の北、北方師団の防衛範囲内に

あり、隣接しているわけではないが王国内の大きな都市の中では最も帝国領に近かった。

<<私も同様にさせて頂きます>>

 ファンの提案にダニエスも同調した。ゴート卿ダニエス・ゴートが納めるオーシャルカーフは王都の南、南方師団の防衛範囲内にある。ゴート家はダルリア王国の王妃フロリア・ゴート・カイザスの出身家であり、ダニエスはフロリアの実兄である。

「承知した。その意思、受け取らせて頂く」

 ウォルトはファンとダニエスの提案を受け入れた。

「では、今日はここまでとする」

 ウォルトは元老会議の終了を告げ、緊急展開師団の移動手続きに入った。


   *************************


 近衛騎士団は帝国の目的を掴むことに奔走していた。待機部屋には警戒態勢を取っていることもあり、いつも以上に多くの近衛騎士達が哨戒の引き継ぎや細かな意識合わせを行っている。

 元老会議から既に九日が経っていたが、四日前から帝国軍は陣を構え進軍を停止していた。進軍を停止した理由はわからず、その行為がレッドに更なる焦りを与えた。国家防衛の判断を下すのは国王と元老達であり、行動するのが王国騎士団だが、判断を下すための情報を収集するのはレッド達近衛騎士団の職務である。しかし、レッド達は未だ帝国の目的を掴みかねていた。

 しかし、レッドの焦りを嘲笑うかのように、帝国の意思は思わぬ形で判明する。

 レッドが自席でシードからの報告を受けていた際に突然、大勢の近衛騎士達のざわつきを掻き消すほど大きな音で待機部屋の扉が叩かれた。そのあまりの大きさに近衛騎士達が一瞬で沈黙し、扉の方に視線が集まった。直後に、扉の外より焦りと緊張の入り混じった男の声が聞こえてきた。

「レッド様!!至急ご連絡があります!!」

 本来、名を名乗るのが礼儀であるが、それすらもままならぬほど切羽詰まったような声であった。

(なんだ?誰だ?)

 レッドは誰かはわからなかったが、聞き覚えのある声だったのか扉付近にいた近衛に扉を開けるように促すと、近衛の一人が扉を開けた。その扉から転がり込むように一人の男が部屋に入りレッドの前まで来る。その男は王宮の通信官であった。

「どうした?」

「レッド様!!至急陛下にお取次を願います!!」

「なんだ?理由は?落ち着いて説明しろ」

 レッドはその通信官に冷静になるように言ったが、挙動は変わらなかった。

「べルドラス帝国より、強制通信!!陛下に話があると!」

「何だと!!」

 まったく予想していなかった事にこの場にいる全員が息を呑んだ。そもそも帝国とは国交が無く、同意された通信球の繋がりは無い。本来、同意のもとで通信球を設置し、魔法陣内に相手方を示す事柄が描かれることにより通信が可能になる。しかし、非常に高度な技術であり、好まれる技術ではないが、相手の魔法陣に関係なく強制的に通信を開くことは可能であった。

「誰からだ?ドイズ・ベイルか?」

「いえ、違います!名は名乗っていませんが、若い男です!」

「若い男?」

「何故名を聞いていない!!」

 共に話を聞いていたシードが通信官を叱責した。

「も、申し訳ありません。ただ、帝国からの通信で今の状況下、急ぎレッド様にご連絡をと……」

 通信官はシードの言葉にうまく返答できないのか口籠った。

「わかった。まず俺が話す」

「は、はっ!」

 レッドは通信官、それにシードと共に通信室へと向かった。通信室へ入ると中央の通信球は青く輝いている。

 レッドは通信官に外で待つように伝え、通信球の向こうの相手に話掛けた。

「近衛騎士団団長、レッド・エストールだ。そちらは?」

<<……ウォルト殿に話があると伝えたはずですが?>>

「べルドラス帝国の者とのことだが、まず名を名乗られよ。得体のしれない者と陛下を引き合わせる訳にはいかない」

<<ああ、これは失礼。私はべルドラス帝国国王付き政務官、ザイル・プラトス。貴国の国王ウォルト・カイザス殿と話がしたい>>

(政務官だと。評議員ですらないではないか…。しかし、『国王付き』とは?)

 政務官とは、ダルリア王国でいうところの実務担当の文官である。とても他国の王と直接話をするような立場ではない。しかし、『国王付き』というのは聞いたことがなかった。

「要件はなんだ?」

<<ウォルト殿に直接話させて頂きたい>>

「…政務官が直接陛下と話しができると本気で思っているのか?陛下と話したければそちらもドイズ・ベイル殿、せめて評議会議長を連れてくるべきではないか?」

<<無礼は承知の上です。ですが、私は国王ドイズ・ベイル直接の実務担当であり、今回の件の全権を任されています>>

「今回の件とは?」

<<説明は不要でしょう?私の要件はそれに関することです。ですが、無理にとは言いません。そちらに興味が無ければ失礼します>>

(くっ……)

 未だ帝国の目的がわかっていないレッドにとっては、断れる状況ではなかった。

「......わかった。陛下をお連れする」

 レッドはそう言うと隣りにいたシードにウォルトを連れてくるように告げた。レッドにとってその行為が相当な屈辱だったのか拳を硬く握り締めていた。シードが部屋を出て行くと、レッドはザイルと会話することなく通信球を睨みつけた。レッドはなるべく情報を聞き出したいようだったが、ザイルはウォルト以外には話す意思がなく、しつこく聞いて通信を切断されるわけにもいかなかった。こちらから強制通信を行うには、帝国側の通信球の位置を知る必要があるが、それは判明していない。主導権は完全にザイル側に握られていた。

 そして、それ程の時を待たずにウォルトは通信室へと入ってきた。

「レッド。よい、私が話す」

「はっ」

 ここに来る途中シードに大体の話しは聞いたのだろう、部屋に入るとウォルトはすぐにレッドと入れ替わり、通信球の向こうの相手に話しかけた。

「ダルリア王国国王ウォルト・カイザスだ。要件はなんだ?」

<<これはウォルト・カイザス閣下。私はべルドラス帝国国王付き政務官、ザイル・プラトス。我が国王ドイズ・ベイルからのお言葉を預かってまいりました>>

 ザイルはわざとらしい程の丁寧な口調で話し始めたが、その口調がウォルトを苛立たせた。

「前置きは必要ない。話せ」

<<わかりました。では国王ドイズ・ベイルのお言葉を伝えます。


   「ダルリア王国に告げる。十二年前、我らより奪いしヒリーフの村、今までの返還要求

    にも係わらず未だ我らに返還されていない。

    我らも平和的解決の望んだが、これ以上引き延ばすことはできない。

    よって、ここにダルリア王国に対し宣戦を布告し、ヒリーフを奪還する」


以上です>>

「なんだと!!」

 ウォルトが驚きの声を上げた。

<<私は今回の軍の司令官を任ぜられています。戦場では正々堂々と戦わせて頂きます。

以上>>

 そう言うと、通信は向こう側から一方的に切られた。

「ヒリーフの奪還だと!!ふざけたことを!!レッド、帝国軍の位置は?」

「国境から三、四日程の距離です」

 レッドからの返事を聞くとウォルトは足早に通信室を出て行った。

(……帝国が宣戦布告だと?)


第二章完

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