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インペリアル・ガード  作者: 島隼
第二章 帝国の策動
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第二章 【2】

 セシル王国との同盟から一月ほど経ったとある日、レッドはいつものように近衛騎士の待機部屋の自席に座っていた。既に日も大分傾いていて、王宮の一階は王宮を囲む外壁のために日は差し込まず、大分暗くなって来ていた。そのため、少し前に王宮内の灯り用の魔石が一斉に点灯した。王宮の明りは、待機部屋から少し離れたところにある部屋の内部で、魔法陣による陣魔法によって制御されている。

 そしてレッドの目の前、待機部屋の中央にある会議卓ではシードがジュリアに説教を行っていた。

 レッドはその光景を、片肘を付き頬を拳にのせた状態で眺めていた。

(あいつは、いったい何をやらかしたんだ?)

 レッドが待機部屋に入って来た時にはすでに説教は始まっていたため、レッドも事情がわかっていなかった。ジュリアも見習いとはいえ、近衛騎士の正式な任務に着くようになってから、シードも以前にも増して厳しくなっていた。

(最近の定例行事みたいになって来たな。しかし、今日はシードも本気だな)

「わかったな。もう二度とさぼるんじゃないぞ!!」

「いえ、決してさぼったわけでは……」

「同じことだ!!」

 シードはジュリアの言葉を遮り叱りつけると、待機部屋を出て行った。ジュリアはしばらく椅子に座りうつむいていたが、結局レッドの元にやって来た。

「で、何をやらかしたんだ?」

 レッドの目の前に来ても何も言わないため、レッドの方から話を促した。

「今日、魔法の講義がある予定だったんです……」

 嗚咽を我慢しながら絞り出しているせいか、いつになく聞き取りづらい声でジュリアは話始めた。

「さぼったのか?」

「違います!!」

 軽く聞いたレッドにジュリアは心外だと言わんばかりに突然声を張り上げると、レッドは思わぬ反応に少し驚いた。

「じゃあ、なんだ?」

「昨日は遅番で、今日は夕方からの哨戒の任でその前に魔法の講義を受ける予定だったんです」

「それで?」

「それで…、昨日も哨戒の任のことでシード様に怒られたので、今日は失敗しないようにしようと昼くらいに前もって哨戒の経路を前もって回っていたんです」

(哨戒経路の下見?ま、まあ、ジュリアなりの予習か……)

「そうしている内に、いつのまにか魔法講義の時間を過ぎてしまって……」

「なるほどな。それでシードがいつもに増して怒ってたのか」

「でも、決してさぼろうと思ったわけでは」

「わかってるよ。おそらく、シードもな。逆に、お前はなんでシードがあんなに怒ってたかわかってるのか?」

 ジュリアはシードが怒っている理由をよく理解していないようであった。

「魔法の講義に行かなかったから……」

「無論、それもある。でもそれだけじゃない。そもそも近衛騎士団は王家を守護すると紋章に誓い、それを責務とする組織だ。学校などの教育機関とは違う」

「それは、わかってます」

 当然と思われることをわざわざ言われたことが気に障ったのか、ジュリアは少しむきになったようだった。

「いいや、わかってない。魔法学校でも魔法の講義は行っているが、それは当人に与えられた権利だ。だが、同じ魔法の講義でも近衛騎士団で行う場合は違う。それは任務であり義務だ。決して与えられた権利ではない」

「……」

 レッドの言おうとしていることを理解しようとしているのか、ジュリアは涙目ながらレッドの目をじっと見つめ黙って聞いている。先ほどのむきになった感じは消えていた。

「事の重大さに気付いているか?今回の件は、別にお前もさぼろうと思っていたわけではなく、他の事に集中していて失念してしまったということなのだろう。だが、任務、いや責務を失念するとはどういうことか。これが陛下や王妃様、王家に関わることだったらどうするのだ?失念していたという理由で王家の方々に危険が及んだらどうするのだ?確かに魔法の講義は王家には直接関係はない。だが、こういこうとがいずれ近衛本来の任務に繋がらないとも限らない。だから、シードはあんなに怒っているんだ」

 ジュリアは黙って聞いていた。自分が犯したことの重大さに気付いてきたのか、その眼は涙で溢れている。

「……、シード様に……もう一度、謝ってきます」

「ああ、そうしてこい」

 ジュリアはレッドに敬礼をするとそのまま待機部屋を出て行った。

(少し厳しく言い過ぎたかな。そもそもジュリアはまだ紋章に誓っているわけではないしな)

 近衛騎士団では正式に入団する際は王家の紋章に近衛の誓いを立てるが、見習いであるジュリアはまだ紋章への誓いは行っていなかった。

(しかし、魔法の講義か。懐かしいな。俺とシードも昔、よくさぼってボスト殿に説教されたな……)

 近衛騎士団では魔法の講義は本人に魔力の有無にかかわらず、見習いや若い騎士に対して近衛騎士団所属の魔法騎士が定期的に行っている。

 魔法には火、水、風、光、そして闇を無から具現化する自然魔法、魔法陣と呪文を必要とするが組み合わせ次第でさまざまなことが可能な陣魔法、そして生物の体に直接影響を及ぼす特殊な回復魔法が存在する。

 それぞれに一長一短があり、使いこなせば非常に便利な能力である。

 自然魔法はこの世の基本となる六つの要素を具現化するだけの魔法であり、それ以上のことはできないが、具現化したい要素を頭の中でイメージするだけでよく、場所は問わない。そのため、使う者の集中力にもよるが即時に発動できる。

 陣魔法は魔法陣と呪文に意味を持たせることにより、王宮の灯りのように魔石を一斉に点灯または消灯させたり、水晶球と組み合わせて遠隔地との会話を行ったりなどさまざまなことができるが、魔法陣を描くために場所を選び、さらに呪文を唱える必要があるため発動までに時間が掛かる。

 回復魔法は外傷を治癒する魔法ではあるが、魔力で外傷を直接治す魔法ではなく、生物がもともと持っている自然治癒能力を魔力により強制的に促進させる魔法である。そのため、回復魔法を掛けられた者は体力を相当消耗する。例えば、骨折を回復魔法で治癒すると体力の消耗により数日は動けない。また、体力の落ちている重傷者に回復魔法を掛けると、体力がさらに奪われるため逆に即死すらさせてしまう可能性がある諸刃の剣のような魔法でもある。

 この三種類の魔法に共通することは、全て術者には魔力が必要ということである。魔力は使い方を学ぶことはあっても、後から鍛えられるものではない。魔力の量は生まれ持ったものであり、レッドやジュリアのように魔力を持たないものは一生自分の力では魔法を使うことはできない。魔力を持つものは少なくはないが、ほとんどの者が微量で、せいぜい釜戸に火を点けたり、夜小さな明りを灯したり、夏の暑い時にそよ風を起こす程度であり、魔法を戦闘に仕える程の魔力を持つ者となると非常に少ない。そういったことが出来る者は一般では魔法士と呼ばれる。魔法での戦闘を専門とする騎士を魔法士とは別に魔法騎士というが、二百五十名程いる近衛騎士団でも魔法騎士は一割にも満たない。

 何故魔力を持たないレッドやジュリアが魔法の講義を受けているかというと、自ら使うことはないが戦いの際に相手が魔法士や魔法騎士だった場合の対処方法を学ぶためである。


 レッドが昔を思い出し物思いに耽っていると、先ほど部屋を出て行ったシードが部屋に戻ってきた。手には厚めの何か資料のようなものを持っている。

「団長、ジュリアに何か言われたのですか?」

「ん?まあ、近衛の心構えってやつをちょっとな。何故だ?」

「それで。先ほどジュリアが私を追ってきて、泣きながら謝ってきたもので。団長がジュリアに説教をするとはめずらしいですね」

 レッドは痛いところを突かれたのか、一瞬バツの悪い表情をしたがすぐに表情を戻した。

「別に説教というほどのことでもないが、いつまでも甘いことは言っていられないしな。メリル様のことを除いても早めに一人前になってもらわないと。近衛の人手不足は慢性的だ……」

「確かに」

 シードは作戦立案者として肌で感じているせいもあるのだろう、その表情は複雑だった。

 近衛騎士団の行動には元老院の承認は必要なく、全て国王の判断に委ねられている。現国王ウォルトにはそのような意識はまったくないが、時の国王が悪王であり独裁的思考を持っている場合は近衛騎士団はその手足となる組織となってしまう可能性がある。そのため、構成人数については法で厳しく制限されており、構成人数の増減には元老院の承認が必要であった。

 近衛騎士団長であるレッドでさえ、人員については欠員の補充以外はできない。ジュリアも例外ではなく、見習いとして近衛騎士団に入る際に、わざわざ元老院の承認を得ている。

「話しは変わりますが、団長。諜報部隊から先ほど報告資料が届きました」

 そう言うとシードは手に持っていた革ひもで綴じられた厚い資料をレッドに手渡した。


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