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お姫様の騎士

作者: 浪留
掲載日:2026/06/12

二つ目の短編です!

長編が行き詰っているところに、アイデアが降ってきまして…。


是非、楽しんでいってくだされば幸いです!

 むかしむかし、と言うには些か新しすぎる時代のこと。


 あるところに、小さなお城がありました。

 「城」といっても、立派な外壁や、高い塔はありません。深い堀もなければ、もちろん、門番だっていません。

 それは、古い校舎の三階にある、空調の効きが少しだけ悪い場所でした。


 夏の日には、扇風機と呼ばれる小さな兵士がその身を振るい、冬の日には、ストーブという名の大きな戦士がその身を燃やしました。


 それでも、その場所はお城でした。

 なぜなら、そこにはお姫様がいたからです。


 お姫様は王冠をかぶってはいませんでした。絹のドレスだって着ていません。

 けれど、お姫様がこちらを見れば、城の者たちはみな、少しだけ背筋を伸ばしました。


 お姫様が笑うと、城の者たちは、良い気分になりました。

 お姫様が「ありがとう」や「すごいね」と言えば、夜更かしして描いた画も、期日ぎりぎりで作った小さな本も、なんだか報われた気がしました。

 お姫様が少し困った顔をすれば、たくさんの手が差し出されました。


 だから、その場所はお城でした。


―――


 お姫様には、ひとりの騎士がいました。

 騎士は、お姫様の隣によく立っていました。

 

 彼は、城の扉を開けるのがとても上手な人でした。初めて来た日から、まるで、昔からそこに自分の椅子があったように振舞いました。

 笑うと人が集まり、遅れてもなんだか許され、忘れ物をしても誰かが笑いました。


 彼がお姫様の名を呼ぶと、お姫様はすぐに振り返りました。

 彼が冗談を言うと、お姫様は一番先に笑いました。

 彼が隣に座ると、お姫様は椅子を少し近づけました。


 城の者たちは、それを見て思いました。

 「ああ、やはり、お姫様が選ぶのは騎士なのだ」と。


―――


 お姫様がまだ「姫」ではなかった頃。彼女はよく、夜の森で迷いました。

 「森」と言っても、本物の森ではありません。光る箱の中にある、作り物の森でした。

 そこでは、遠く離れた者たちが同じ道を歩き、同じ敵と対峙し、同じ夜を少しだけ分け合うことができました。


 彼女は、その森を歩くのが、あまり上手ではありませんでした。

 道を間違え、罠を踏み、大事なところで転びました。

 みなが右へ進むとき、彼女だけが左へ歩いてしまいました。


 そのたびに、盾を持つものが前へ出ました。

 盾を持つものは、立派な剣を持っていたわけではありません。魔法が使えたわけでも、みなが振り返るような、美しい容姿を持っていたわけでもありません。


 ただ、彼女が倒れる前に、いつもそこにいました。


 彼女が謝ると、盾を持つ者は言いました。

 大丈夫、と。

 彼女が失敗すると、盾を持つ者は言いました。

 次だ、と。

 彼女が「私なんか」と言うと、盾を持つ者は言いました。

 なんか、じゃない、と。


 不思議なことに、その者はいつも夜にいました。


 彼女が眠れない夜。

 彼女が自分を少し嫌いになる夜。

 彼女が、誰にも聞こえないと思って弱い言葉をこぼしてしまう夜。

 そういう夜に、盾を持つ者は、光る箱の向こうから現れました。


 遠い国の言葉では、騎士と夜は同じ音をしているそうです。

 ナイト。

 それはたぶん、どちらも大切な人の無防備を見守るものだからでしょう。



 やがて彼女は森を出て、城へ来ました。

 そして、城で彼女は、お姫様になりました。


―――


 お姫様は「こうい」を受け取るのが苦手でした。


 そんなことしなくていいよ、と笑いました。

 申し訳なさそうに手を振りました。

 自分なんかに、と言いかけて、やめました。


 けれど城の者たちは、彼女をお姫様として扱いました。

 何度も、何度も。


 そうして彼女は、少しずつお姫様になっていきました。


 それは、決して悪いことではありませんでした。

 彼女はずっと、自分がお姫様になれることを知らなかったのです。



 そのころ、彼がお城にやってきました。


 彼は王冠を持ってはいませんでした。もちろん、白馬にだって乗ってはいません。

 けれど、彼がお城へ入ってきたとき、空気は自然と彼の方を向きました。


 何かきっかけがあったのでしょうか。

 わかりませんが、お姫様にとって、彼は特別だったのでしょう。お姫様は彼の方をよく見るようになりました。


 彼が机に肘をつけば、お姫様も少し体を傾けました。

 彼が帰ると言えば、お姫様も時計を見ました。

 彼が「また明日」と言えば、お姫様はその明日を、ほんの少し楽しみにしました。


 彼はよく何かを忘れる人でした。


 約束を忘れました。

 祭の準備を忘れました。

 頼まれていた小さな本を忘れました。


 お姫様の小さな願いも、忘れました。


 けれど不思議なことに、その忘れ物は、いつも無くなり切る前に見つかりました。


 誰かが、彼の空けた穴を埋めました。

 誰かが、彼の代わりに祭の準備を整えました。

 誰かが、姫の好きな甘い飲み物を、彼の手に持たせました。


 だから、彼はいつも、最後には間に合いました。


―――


 年に一度の祭の日がやってきました。


 城の者たちは、たちまち忙しくなりました。

 テーブルを運び、椅子を整え、画を飾り、小さな本を並べました。

 お城は、いつもより少しだけ、お城らしくなりました。


 お姫様はその日、いつもよりも長く、鏡の前にいました。

 彼はその日、少しだけ、遅れてやってきました。


 お姫様は怒ったふりをし、彼は笑って謝りました。

 その手には、お姫様の好きな飲み物がありました。

 お姫様は喜び、それを受け取りました。



 物語は、もう、少しずつ、終わりへと近づいているのだと、誰もがわかっていました。



 祭が終わるころ、お城の外には夜が来ていました。


 廊下の明かりは頼りなく、窓の外には片づけられていく小さな店々の音がしました。

 お城の中には、お皿と、お箸と、余ったお菓子と、少しだけ浮かれた空気が残っていました。


 お姫様は彼を呼びました。

 彼は振り返りました。


 お姫様は、少しだけうつむきました。

 それから、彼の手を取りました。


 城の者たちは拍手をしました。

 誰かが笑いました。

 誰かが冷やかしました。

 誰かが、やっぱり、と言いました。


 お姫様は幸せそうでした。

 彼も、悪くない顔をしていました。



 こうしてお姫様は、騎士と結ばれました。

 めでたし、めでたし。


***


「…なぁ、最後の方ちょっと駆け足すぎないか?」

 まだ部屋にいたのだろう、同じサークルの友人が手元のノートをのぞき込んでいる。


「しかも、あいつは『騎士』というよりも『王子様』だろ。そっちの方が似合う」

 人のノートを勝手に覗き見ては、友人は続ける。


「逆に、『騎士』はお前の方だろ」



 部室には、紙皿と割り箸と、食べ残されたジャンクフードたちが残っていた。机の下には、踏まれて潰れた紙飾りが一つ落ちている。

 廊下の向こうから、まだ誰かの笑い声が聞こえている。彼女と彼の声かどうかは、分からない。


「お前っていつもそうだよな。」

「何が」

「物語の外側の顔をして、舞台を整えてる」

「なんだそれ。…でも、誰かがやらないと、いけないだろ」

「だから、そういうとこ」


 友人は、机の上に残った紙皿を二枚重ねた。

 少しだけ、沈黙があった。


「行かなくていいのか? 今なら間に合うぞ」

「どこに」

「お姫様のところ。好きなんだろ? ずっと。昔から」

「彼女には彼がいる」


 友人は眉を寄せる。

「王子様ね…」

「彼女が選んだんだ」


 友人は少し黙った。

「…じゃあ騎士様は?」


 答えなかった。

 友人も、それ以上は聞かなかった。ただ、机の上の紙皿を二枚重ねた。


「騎士と結ばれるお姫様の話だって、あるだろ」

「あるな」

「これだって、表向きは騎士とお姫様だしな」


 友人は何でもない顔をして「もしお前が、騎士だって名乗れたらな」とつぶやいた。

 返す言葉がなかった。


 友人は、ゴミを片付け終えたのか、ドアの前に立った。

「帰るぞ。男には人気だからな、お前」

「うるさい」


 最後の灯りを消すと、城はただの部室に戻った。

 夜だけが、少しだけ残っていた。

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