第8話 魚が食べたくなっただけなんですが
最近、肉は飽きた。
いや、正確には――
毎日肉なのが面倒になった。
「……魚、食べたいな」
ふと思った、それだけだ。
問題は一つ。
ここは内陸だ。
海は遠い。
干物はあるが、
正直、毎日はきつい。
(取りに行くの、
面倒だな)
そう思った瞬間、
解決策は一つしかなかった。
「……転移すればいいか」
次の瞬間。
潮の匂いがした。
視界いっぱいに広がる青。
白い波。
港。
「……おお」
海洋都市は、
ノアんとことは真逆だった。
人が多い。
声が大きい。
魚の匂い。
(うるさいけど……悪くない)
港を歩く。
朝市が開かれていた。
「新鮮だぞー!」
「今朝獲れだ!」
「まだ動いてる!」
魚が、
普通に動いている。
(……これだ)
「すみません」
漁師に声をかける。
「魚、
売ってもらえます?」
「量によるな!」
「多めで」
「どれくらいだ!」
またこの流れか。
俺は、
考えるのをやめた。
「……食べたい分」
「分かるか!」
漁師が笑った。
港の端。
魚籠。
水槽。
氷。
それらを見て、
俺は一つ確認する。
(生きたまま……いけるか?)
収納。
問題なし。
「……じゃあ」
魚籠ごと、
収納。
「……え?」
漁師が固まる。
次の魚籠も。
その次も。
魚は、
ちゃんと生きている。
「ちょ、
兄ちゃん!?」
「鮮度、
落ちないですよね?」
「そういう問題じゃ……」
だが、
代金はきっちり払った。
そこは大事だ。
昼前。
港の一角で、
ちょっとした騒ぎが起きていた。
「魚、
どこ行った!?」
「さっきまで、
ここに……」
俺は、
もうそこにいない。
面倒だから。
ノアんとこ。
街の中央。
「……何ですか、
これ」
リリアが、
乾いた声で言った。
「魚です」
「見れば分かります!」
市場の真ん中に、
水槽が並んでいる。
しかも全部、
中で魚が泳いでいる。
「……生きてますよね?」
「はい」
「……内陸ですよね?」
「はい」
リリアは、
深く息を吸った。
「……職人、
呼びます」
判断が早い。
夕方。
街が、
妙に騒がしい。
「魚だ!」
「生だぞ!」
「刺身ってやつか!?」
誰かが叫び、
誰かが笑う。
肉一色だった食卓に、
革命が起きていた。
夜。
宿の夕食。
皿の上に、
透き通った切り身が並ぶ。
「……うまい」
正直な感想だ。
それだけで、
今日来た価値はある。
だが、
それで終わらなかった。
翌朝。
街の外に、
馬車が増えている。
「魚があるって聞いた」
「本当か?」
「生、だと……?」
市場に並ぶ水槽を見て、
人々は喜び、騒いでいた。
だが。
リリアとバルドは、
別の表情をしていた。
「……問題があります」
バルドが帳面を閉じる。
「毎回、
ノアさんが行く前提になっています」
「……それ、
面倒ですね」
即答だった。
「海洋都市では、
これを使っていました」
リリアが指差したのは、
木箱だった。
中に、
薄く霜が張っている。
「魔導保冷箱です。
短時間なら、
鮮度を保てます」
「……これ、
誰でも使えます?」
「はい。
魔力が少しあれば」
(じゃあ、
俺じゃなくていいな)
翌日。
港町から、
試験輸送が始まった。
保冷箱を積んだ馬車。
護衛の冒険者。
途中で、
魚がダメになることもある。
だが――
全部は腐らない。
「……使えるな」
ノアの評価は、
それだけだった。
「ノアさん」
リリアが聞く。
「今後も、
海に行ってもらえます?」
「……最初だけでいいです」
「え?」
「仕組みが回れば、
俺が行く必要ないですよね」
バルドが、
深く頷いた。
「はい。
物流は、
再現できるものにすべきです」
(いい考えだ)
考えるのは、
やっぱり面倒だが。
それでも。
魚は、
途切れなかった。
数は減る。
鮮度も落ちる。
だが、
ゼロにはならない。
それが、
街を変えるには十分だった。
この日。
ノアんとこは、
ノアがいなくても魚が届く街になった。
完璧じゃない。
だが、
回る。
それが一番、
面倒が少ない。
ノアは、
満足していた。
自分が行かなくて済むからだ。
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