第41話 善意は、だいたい静かに踏み込んでくる
最初は、
掲示板の紙切れだった。
【視察団来訪のお知らせ】
【目的:交流および善意の協力】
【期間:三日間】
字は丁寧。
言葉も柔らかい。
そして――
断れそうにない。
「……善意、
ですね」
リリアが、
少し遠い目で言う。
「はい」
ノアは、
紙を見たまま答えた。
「一番、
面倒なやつです」
翌日。
来たのは、
十数人。
武装は最低限。
態度は低姿勢。
服装は――
統一されている。
「我々は」
代表の男が、
深く頭を下げた。
「地方復興支援団です」
ノアは、
内心で呻いた。
(名前からして、
帰らなそうだな)
「素晴らしい街ですね」
「仕組みが、
本当に見事だ」
「ぜひ、
学ばせてほしい」
誉め言葉が、
止まらない。
悪意は、
ない。
「我々は」
代表が続ける。
「困窮地域に」
「この成功例を
持ち帰りたい」
「そのために」
「指導を
お願いできればと」
来た。
(そこだ)
「……指導?」
ノアは、
聞き返す。
「はい!」
即答だった。
「制度設計」
「物流」
「自治」
「可能であれば、
中心人物として」
最後の一言が、
重い。
「……ちなみに」
ノアは、
静かに聞いた。
「断ると?」
代表は、
一瞬だけ言葉に詰まる。
「……残念です」
「ですが」
「記録は残ります」
悪気は、
ない。
だから厄介だ。
場の空気が、
微妙に固まる。
誰も、
怒っていない。
だが、
誰も楽ではない。
ノアは、
小さく息を吐いた。
「……一つだけ」
「条件があります」
全員が、
身を乗り出す。
「真似しないでください」
「……え?」
「仕組みを
持ち帰らないでください」
困惑が、
広がる。
「代わりに」
ノアは続けた。
「困っている理由を
教えてください」
「街ごとに、
違います」
「それを無視すると、
壊れます」
代表は、
黙った。
反論できない。
実務を
分かっている人間ほど、
刺さる言葉だ。
「……我々は」
少しして、
代表が言った。
「答えを
探しに来ました」
「答えは、
ありません」
ノアの返事は、
淡々としていた。
「あるのは」
「面倒の種類だけです」
「それが違えば、
解決も違います」
沈黙。
長い。
だが、
敵意はない。
「……分かりました」
代表は、
深く頭を下げた。
「今回は」
「見て、
聞いて、
帰ります」
それが、
限界だった。
夜。
宿の部屋。
ノアは、
ベッドに倒れ込む。
「……善意って」
独り言。
「押し付けると、
暴力だよな」
誰も、
殴っていない。
だが――
踏み込まれた。
この日。
カリクス経済圏は、
模倣を拒否した。
閉じたのではない。
線を引いた。
それは、
敵を作らないための
境界だった。
ノアは、
まだ知らない。
善意を断れる街は、
世界で一番、
扱いにくい
ということを。
だが――
今は、
考えない。
面倒だからだ。
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