第39話 それは、もう名前を持っていた
最初に決めたのは、
ハブリスではなかった。
王国文官室。
分厚い報告書の、
表紙に手が止まる。
「……“ハブリス圏”」
若い官吏が、
首を傾げた。
「通称、
ですよね?」
「ええ」
上官が頷く。
「ですが」
「正式文書には、
通称は使えません」
正論だった。
「では」
別の官吏が、
書類をめくる。
「地名から取りますか?」
「ハブリス連合?」
「交易都市圏ハブリス?」
どれも、
しっくり来ない。
「……中心は」
年配の文官が、
地図を見る。
「街ではなく、
機能だな」
「機能?」
「集める」
「流す」
「分ける」
皆が、
同時に頷いた。
「なら」
誰かが、
静かに言った。
「カリクスは?」
「……杯?」
「ええ」
「集めて、
満たして、
分け与える器」
沈黙。
そして――
納得。
その場で、
決まった。
正式名称
カリクス経済圏
(通称:ハブリス圏)
同じ頃。
教会の記録室。
司祭が、
報告を受ける。
「王国の文書で」
「名称が
定まったようです」
「……どれだ?」
「カリクス、
と」
司祭は、
少しだけ目を細めた。
「象徴的だな」
「信仰ではない」
「だが、
意味は深い」
異議は、
出なかった。
一方。
ハブリス。
ノアは、
市場で果物を選んでいた。
「……これ、
甘いですか?」
「今日は
当たりですよ」
平和だ。
「ノアさん」
リリアが、
少し困った顔で近づく。
「外で」
「正式名称が
決まったそうです」
「……外で?」
嫌な予感。
「カリクス経済圏、
だそうです」
ノアは、
一瞬だけ黙った。
「……長くないですか?」
第一声が、
それだった。
「通称は?」
「ハブリス圏、
もしくは
“ノアんとこ”です」
「……後者で」
「え?」
「後者が、
一番楽です」
リリアは、
思わず笑った。
その夜。
宿の部屋。
ノアは、
ベッドに転がる。
「……名前って」
天井を見る。
「勝手に
付くもんだな」
自分は、
何も決めていない。
何も宣言していない。
だが――
世界は、
整理を終えた。
点は線になり、
線は面になり、
面は名前を持った。
この日。
カリクス経済圏は、
公式文書に刻まれた。
それは、
国でも、
宗教でもない。
だが――
誰も無視できない。
ノアは、
まだ気づいていない。
名前が付いた瞬間、
それは
守られる対象にも
なったということを。
今は、
考えない。
面倒だからだ。
本話もお読みいただき、ありがとうございました!
少しでも続きが気になる、と感じていただけましたら、
ブックマーク や 評価 をお願いします。
応援が励みになります!
これからもどうぞよろしくお願いします!




