第38話 どう使うかで、誰も揉めなかった
問題の素材は、
倉庫の中央に置かれていた。
見た目は地味だ。
光らない。
唸らない。
だが――
触った職人は、
全員黙った。
「……これ」
鍛冶師が、
ぽつりと言う。
「刃にするには、
もったいない」
「壁に使うには、
強すぎる」
「魔導具にしたら、
一生壊れませんね」
意見は、
次々に出る。
だが――
奪い合いは、ない。
リリアは、
少し不思議そうだった。
「……珍しいですね」
「何が?」
ノアは、
椅子に座ったまま聞く。
「普通なら」
「『自分のところで使わせてくれ』って
言い合いになるのに」
「……そうですか?」
ノアは、
首を傾げる。
理由は、
簡単だった。
誰もが、
分かっている。
この街は、
一箇所に使っても
終わらない。
「……まず」
建築責任者が言う。
「街道沿いに
小規模な補強」
「次に」
別の職人。
「倉庫の要所」
「最後に」
魔導師。
「共有設備に」
自然な流れだった。
ノアは、
それを聞いて頷く。
「……順番、
楽でいいですね」
それが、
最大の評価だった。
数日後。
変化は、
派手ではない。
だが――
確実だった。
街道。
補強された地面は、
馬車の振動を吸収する。
「……楽だな」
「荷が揺れない」
誰かが言い、
誰かが頷く。
倉庫。
温度と湿度が、
安定する。
「保存、
楽すぎる」
声が漏れる。
公共設備。
壊れない。
止まらない。
「……これ」
「いつ直したんだ?」
「……直してない」
ノアは、
それを遠くから見ていた。
誇らしくはない。
満足でもない。
ただ――
安心だった。
「……揉めないって」
独り言。
「一番、
面倒が少ないな」
夜。
宿の部屋。
リリアが、
静かに言った。
「この街」
「もう、
ノアさんが
決めなくても
動きますね」
ノアは、
少し考えた。
本当に、
少しだけ。
「……それ」
「最高ですね」
心からの本音だった。
この日。
ハブリス圏は、
“成長段階”を終えた。
これからは、
広がるだけ。
壊れにくく、
止まりにくく。
そして――
誰か一人に
依存しない。
ノアは、
まだ知らない。
こういう仕組みを、
世界は
国家より怖いと
感じ始めるということを。
だが――
今は、
考えない。
面倒だからだ。
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