第36話 対等という言葉が、やっと出てきた
その使者は、
命令書を持っていなかった。
勅命もない。
要求書もない。
ただ――
白紙の書簡を持っていた。
王国文官。
年配で、
無駄のない服装。
護衛は、
少ない。
威圧する気が、
最初からない。
「……ご挨拶に」
それが、
第一声だった。
応接室。
円卓。
いつもの茶。
ノアは、
いつものように座っている。
(今回は、
長くならないといいな)
「我が国は」
文官は、
言葉を選んで話し始めた。
「ハブリス圏を」
一拍。
「一つの経済主体として
認識しました」
室内が、
静かになる。
「支配ではありません」
「編入でもありません」
「保護でもありません」
文官は、
先に釘を刺した。
「我々は」
「対等な立場での調整を
希望します」
その言葉を、
ノアは聞いた。
そして――
少しだけ驚いた。
「……調整?」
「はい」
「税も」
「法律も」
「軍事も」
「一方的に
適用するつもりはありません」
ノアは、
内心で頷いた。
(分かってるな)
「理由は?」
短く聞く。
文官は、
即答した。
「無理に
触れば」
「壊れるのは
こちらだからです」
正直すぎる。
「……賢明ですね」
ノアの本音だった。
「お願いが、
一つだけあります」
文官は、
姿勢を正す。
「予告なく
変えないでほしい」
「……何を?」
「物流」
「通貨の流れ」
「人の移動」
「急に止まると、
困ります」
ノアは、
少し考えた。
本当に、
少しだけ。
「……止める時は」
「止める理由が
面倒な時です」
文官は、
苦笑した。
「それでも、
教えていただければ」
「……考えます」
それで、
十分だった。
話は、
それだけで終わった。
署名なし。
契約なし。
ただ――
認識だけが
置かれた。
帰り際。
文官が、
ぽつりと言う。
「……英雄ではない」
「ですが」
「無視できない人です」
それは、
最大級の評価だった。
夜。
宿の部屋。
ノアは、
ベッドに倒れる。
「……対等、か」
独り言。
「上下がないのは、
楽でいい」
支配されない。
支配もしない。
責任も、
最小限。
この日。
王国は、
ハブリス圏を
“特別扱いしない特別”
として扱うことを決めた。
それは、
戦争よりも難しく。
同時に――
最も安全な選択だった。
ノアは、
まだ気づいていない。
対等と呼ばれた瞬間、
世界の土俵に
上がってしまった
ということに。
だが――
今は、
考えない。
面倒だからだ。
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