第30話 それだけは、面倒を通り越す
ノアが怒った。
正確には――
怒ったと気づかれた。
それだけで、
周囲は静かになった。
発端は、
小さな話だった。
街の外れ。
新しくできた工房区。
鍛冶見習いの少年が、
うずくまっていた。
「……どうした?」
ノアが声をかけると、
少年は驚いて顔を上げた。
「ノ、ノアさん……」
顔に、
殴られた痕。
「誰に?」
声は、
低かった。
「……外から来た人です」
「理由は?」
「素材を……
安く売れって」
ノアは、
黙った。
話は、
すぐに集まった。
国外商人の一部。
力関係を勘違いした連中が、
個人に圧をかけ始めていた。
街を相手にするのは怖い。
だから、
弱そうなところを狙った。
「……それ」
ノアは、
リリアを見る。
「街の問題ですね」
「はい」
バルドも、
静かに頷く。
「放置すれば、
例になります」
ノアは、
深く息を吐いた。
「……面倒ですね」
いつもの言葉。
だが、
温度が違った。
その日の夕方。
ノアは、
倉庫に向かった。
目的は一つ。
素材の回収。
「……え?」
商人たちが、
唖然とする。
積み上げられていた素材が、
次々と消える。
収納。
収納。
収納。
「ちょ、
ちょっと待て!」
「それ、
取引予定の――」
「予定です」
ノアは、
淡々と言った。
「もう、
ありません」
「な、
何をする気だ!」
商人の一人が叫ぶ。
ノアは、
初めて視線を向けた。
「一つだけ」
静かな声。
「俺の街で、
俺の人間を
脅すな」
それだけだった。
誰も、
言い返せなかった。
怒鳴られていない。
武器も抜かれていない。
だが――
終わったと分かった。
「取引は?」
誰かが、
震える声で聞いた。
「続けます」
ノアは、
すぐ答えた。
「ただし」
一拍。
「個人交渉は禁止」
「街を通してください」
「それが嫌なら、
来なくていいです」
商人たちは、
何も言えなかった。
来なくていい、
と言われる街ではない。
それを、
全員が知っていた。
翌日。
告知が貼られた。
【取引は、
街を通して行う】
【個人への圧力行為は禁止】
【違反者は、
以後の取引対象外】
罰則は、
書かれていない。
それで十分だった。
その後。
脅していた商人は、
自然に消えた。
追放ではない。
拒否だ。
夜。
宿の部屋。
ノアは、
ベッドに座っていた。
「……怒るのは」
小さく呟く。
「本当に、
面倒だな」
だが。
やらないと、
もっと面倒になる。
リリアが、
そっと言った。
「……ありがとうございました」
ノアは、
少しだけ困った顔をした。
「礼、
言われると
余計に面倒です」
でも――
否定はしなかった。
この日。
ハブリスは、
一線を越えた。
自由な街でありながら、
守る線を持った。
ノアは、
支配者になっていない。
英雄にもなっていない。
ただ――
選ばせない存在になった。
それが、
一番強かった。
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